花王「アタック」が32年間も首位を譲らない理由
都内のスーパーで展開された「アタックZERO」の売り場(筆者撮影)
7月中旬、都内の大型スーパーを訪れた。洗剤売り場に回ると、店頭が白地に赤囲みロゴの液体洗剤で染まっていた。花王が4月1日に発売した衣料用洗剤「アタックZERO(ゼロ)」だ。イメージキャラクターの5人の俳優、広告コピーのPOPが周囲に踊る。
「アタック」は1987年に発売されたロングセラーブランドだ。発売から間もなく大ヒット商品となり、同年の「日経ヒット商品番付」(当時は日経流通新聞)で「西の横綱」に選ばれた。以来、32年にわたり衣料用洗剤のトップブランドを続け、現在、グローバルの売上高は1000億円を超える。その旗艦ブランドが全面リニューアルされた。
「今回、商品名の“ZERO”に思いを込めました。花王が独自に開発した洗浄基剤『バイオIOS』を主成分とし、これまでの洗剤では落ちにくかった汚れがゼロ、生乾きのイヤなにおいもゼロ、洗剤残りもゼロの“ゼロ洗浄”を目指したのです」
「アタック」のブランドマネジャーである野村由紀氏(花王ファブリックケア事業部)は、こう胸を張る。
大胆な販売戦略もとった。これまで家庭で使われてきた「アタックNeo」シリーズを廃止して「アタックZERO」に一本化した。もちろん消費者が思惑通りに切り替えてくれれば……の話だが、花王は「これはいける」と思うと、時々こうした戦略をとる。
例えば1984年にボディソープ「ビオレu」を発売したときの広告コピーも、「もう石鹸使わないのよ。今日からビオレu」だった。もともと花王石鹸(1890年発売)でメーカーとしての歴史を刻み始めた会社なので、「成功体験を捨てる」例で紹介されることも多い。
イケメン俳優5人が“説明調”で訴求
今回「アタックZERO」は、テレビCMでもユニークな訴求を行った。人気のイケメン俳優を揃えて、やりとりの中で商品の性能や優位性を伝えるようにしたのだ。
「アタック」のブランドマネジャーの野村由紀氏(筆者撮影)
「今回は伝えたい特長が多いので、商品の優位性を俳優さんに話してもらうようにしました。イケメン起用のフレームなら、女性が関心を持つと考えたのです」(野村氏)
こうして、ストーリーの中で嫌みなく商品特性を伝えられ、キャラクターがかぶらない5人が選ばれた。松坂桃李(30歳)、菅田将暉(26歳)、賀来賢人(28歳)、間宮祥太朗(25歳)、杉野遥亮(23歳)だ(年齢はいずれも商品発売の4月1日時点)。
筆者は、かつて花王でコーポレート情報の発信に携わった。今でもメディアから、同社の企業体質への質問を受ける。その際「まじめだけど、少し理屈っぽい。学校の教室に例えると“理系の学級委員”です」と答えてきた。
これまでの洗剤広告も、理系らしく「機能の説明」が目立った。近年多かったセリフは「アタックが新しくなりました!」――。だが今回は、その決めゼリフを封印した。
「若い世代からは、『アタックは古いブランド』と思われていました。売り上げが首位の割に、存在感が希薄なブランドになっていたのです。このイメージを変えるには、大胆さを打ち出し、表現手法のリニューアルも大切。今までの洗剤CMで使われた言葉を洗い出し、使わないようにしました」(野村氏)
CMの中身を調べると、セリフに「界面活性剤」や、片手で軽量できる「ワンハンドプッシュ」を繰り返すなど、かなり“説明調”だ。映像は目新しいが、花王らしさは健在。そこが社風だろう。ただし、肝心の商品が高品質でないと話題性に終わる。その点はどうか。
「アタックZERO」のCM例(画像提供:花王)
「ヤシの搾りかす」を再活用
「新たに開発した『バイオIOS』は、非常に高い水溶性を有しながらも油になじみやすい性質をあわせ持つ画期的な洗浄基剤です。衣類の汚れ部分に集中作用して高い洗浄力を発揮しつつ、繊維に何も残しません。
原料は、アブラヤシの実から食用のパーム油を採取した際に残る、搾りかすです。これまで用途が限られていた油脂原料を有効活用できるようになり、サスティナブル(持続可能な)基剤を生み出すことができました」(野村氏)
花王が説明する表現を借りれば「バイオIOSの分子構造モデルは、長い親油基(=油になじむ部分)の中間部に親水基(=水になじむ部分)が位置する特殊な構造」なのだという。だから「油によくなじみ、汚れを落としながら、水によく溶ける」と説明する。
この「搾りかす」の有効活用は、花王の研究所における長年の課題だった。先人が積み重ねた知見に加え、和歌山県にある同社の研究所に所属する坂井隆也氏、藤岡徳氏、堀寛氏の3人をはじめとする関係者の連携で、ようやく使途を見いだすことに成功したという。
実は、アタックの歴史は「研究員の着眼の歴史」でもある。1987年の初代アタック発売の8年前(1979年夏)から、当時の研究員が「服の繊維に潜む汚れを落とす」基剤を探究し、試行錯誤の末、汚れを分解する「アルカリセルラーゼ」(「バイオテックス」)に結実した。
研究開発の現場も何度か取材したが、いつの時代も「The Detergent」(ザ・デタージェント=究極の洗剤)を掲げていた。つねに「究極」を目指して改良し続けたからこそ、アタックは30年以上、トップブランドでいられたのだろう。
「洗濯機」も「衣類」も「消費者」も変わった
1987年(アタック発売時)と2019年現在では、衣料用洗剤を取り巻く環境は大きく変わった。とくに次の3つだ。
(1)「洗濯機」の変化
(2)「衣類」の変化
(3)「消費者意識」の変化
(1)は、戦後の高度成長期に洗濯機が家庭に普及するにつれ、洗剤とは切っても切れない関係になり、洗濯機の進化に合わせて、各メーカーが洗剤の機能を進化させてきた。
1987年当時の洗濯機は、洗濯槽と脱水槽が別々にある「二槽式洗濯機」と呼ばれるものが主流だった。それが時代とともに「全自動(一槽式)洗濯機」や「乾燥機付き洗濯機」が開発され、さらには「ドラム式洗濯機」などに進化した。
現在、洗濯機の約2割を占める「ドラム式」は、少ない水で衣類をたたくように洗う。従来型の洗濯機とは洗い方が異なり、今回のアタックZEROでは「ドラム式専用」商品もそろえた。
(2)は、近年に大きく変わったものだ。新素材の化学繊維(化繊)が増え、従来の洗剤では繊維に潜む汚れが落としにくい。以前の取材では、2000年頃までは洗濯機で洗う衣服の約9割が木綿と聞いた。ビジネス現場のカジュアル化も進み、着る服も変わった。
(3)の変化はさまざまだ。例えば専業主婦が減り、女性が外で働く時代になった。そうなると、忙しい時間をやりくりして洗濯機を回す。「家事の分担」意識も高まり、洗濯が必ずしも女性の役割ではなくなった。一人暮らし世帯も増え、単身者にとって洗濯は必要な作業だ。このため、洗濯はより簡単に、誰がやっても失敗しないことが求められている。
今回の「アタックZERO」は、ふだん“あおり系表現”を好まない会社にしては珍しく、メディア向け資料でも「花王史上最高」や「日本のお洗たくをリードしてきたアタック」という言葉が並ぶ。それだけ自信のある商品なのだろう。
かつて「ひと晴れ2億円」という言葉を聞いた。「晴れて暑い日になると洗濯機を回す家庭が増え、花王商品の売上げが1日で2億円になる」という意味だ。
今年はようやく7月も終わりに近づいたタイミングで「梅雨明け宣言」が出た。東京地方は「7月16日まで20日連続、都心で日照時間3時間未満」だったという。関係者が期待するのは、梅雨明けして「晴れた日が続く夏」だ。衣料用洗剤は夏の最盛期に数字を上げないと、冬に取り戻せるような商品ではないからだ。
「新商品は発売日から改良品」
最後に、衣料用洗剤は、各メーカーがしのぎを削る激戦市場だが、消費者の満足度は決して高くない。例えば「靴下のニオイが取れなかった」など、不満を持つ人もいる。そもそも「家庭で洗う洗濯物はこんなもの」という、諦めに似た意識もある。
「アタックZERO」も、インターネットの消費者レビューを見ると、「アタックネオのほうがいい」という声も目立つ。こうした声と向き合い、今後は何をどう変えていくか。
花王社内には「新商品は発売日から改良品」という言葉もある。新商品の発売は製品開発としては1つのゴールだが、消費者の満足に応える活動ではスタートだ。「これで十分」と思えば進化も止まってしまう。次の改良に取り組む先にこそ、首位ブランドの浮沈がある。