(11月14日付朝刊に掲載した「ことばの広場」を再録しました)

 大河ドラマ「西郷(せご)どん」でおなじみの「チェスト」という掛け声は、幕末から使われているという鹿児島の方言です。スポーツ大会で「チェストいけ!」という気合の入った横断幕を見かけることもあります。もっとも、地元の人はふだんは使わない言葉だと言います。

 薩摩に伝わる一撃必殺の剣術とセットで語られることがあります。しかし、示現(じげん)流、野太刀自顕(のだちじげん)流、薩摩影之(かげの)流、それぞれの掛け声は、「エイッ」「イエーッ」「チェイ」。自顕流を指導している島津義秀さんは「チェストとは言わない。それでは気合が入らない」。

 さらに「歴史作家が剣豪と方言のチェストを取り上げる中で広まったのではないか」と推測します。池波正太郎、司馬遼太郎、津本陽らが作中に「チェスト」を登場させています。

 剣術を極めるには、精神修養のために薩摩琵琶の習熟が求められます。弦の音鋭くバチをさばき、戦物語などを朗々とうたいます。語りが悲壮の極みに達した時、かつて聴衆は「チェストー」と嘆声を発しました。