「ぷはぁ! ……ったく、あの禿げとんだ期待ハズレっすよ!」
「下等生物に期待したのが間違いね」
「今度会ったら残りの毛ぜんぶ毟りとってやるっす! お姉さん葡萄酒おかわりー!」
「はーい、ただいまー!」
王都リ・エスティーゼ。エ・ランテル最高級宿屋「黄金の輝き亭」と同等、もしくはそれ以上の超高級宿。宿泊施設に併設されている酒場に一際騒がしい円卓があった。冒険者チーム“美姫”のルプスレギナ・ベータとナーベラル・ガンマである。エ・ランテルで入手した紹介状を携え王立図書館へ行ってみたはいいものの、待っていたのは失望だった。手当たり次第蔵書をあたったが、アインズ・ウール・ゴウンのアの字も見つかりはしない。そもそも二人には王国語が読めない。逐一翻訳させるのも煩わしいと、クレマンティーヌと玩具二号ことブレイン・アングラウスに残りの検索作業を押し付け、こうして英気を養っている最中だった。
「うー、不味い! もう一杯っす!」
「……その辺にしておいたら?」
「大丈夫っす! 〈
ナーベラルの前にはミルク多めのアイスマキャティア。対してルプスレギナはもう何杯目かもわからない木杯を卓に叩きつける。ルプスレギナを創造した至高の御方、獣王メコン川曰くこれが正しい作法なのだそうだ。
「お、おい……あれって」
「美姫のルプスレギナとナーベラル……」
「……なんと美しい」
周囲の卓から思わず溜め息が漏れる。“赤の美姫”ルプスレギナは健康的な褐色の肌に太陽のような笑顔が眩しい。ころころ変わる表情もどれも魅力的だ。対する“黒の美姫”ナーベラルは南方の血が入っているのだろうか、彫刻のような美しい容貌にどことなくエキゾチックな雰囲気が漂っていた。ツンと澄ました態度もまたたまらない。その黄金の姫と何ら遜色ない容姿に留まらず、二人は今やいろんな意味で注目の的だった。
王都デビューは鮮烈だった。なにしろ多数の行商人や貴族たちを襲った「死を撒く剣団」殲滅を提げての王都入りなのだから。さらに剣団に囚われていた娘たちの救出。余談ではあるが、救出された娘たちは皆口が効けなくなっていた。よほど怖い目にあったのだろうというのは治療にあたった信仰系
「唯一の収穫はほら、あれっすよ。一夜で国を滅ぼしたっていう吸血鬼!」
「……完全にあの方ね」
姉妹は揃って同一人物を連想していた。何となく気に食わない、など至極些細な理由で一国を滅ぼすなんて彼女ならありえそうだ。容易に想像できる。吸血鬼の逸話や近年の目撃情報を募るのがナザリック帰還への一番の近道かもしれない。
「やめておけ」
そんな彼女たちに水を差す一言が降りかかる。隣の卓からだ。やる気満々で行動の指針が出来かけたところに冷や水を浴びせられた形になる。
「は?」
もしここにクレマンティーヌやブレインがいれば一目散に逃げ出したことだろう。ルプスレギナとナーベラル、この二人を怒らせることが何を意味するか。心なしか部屋の温度が下がった気がする。
「おいおい、よせよイビルアイ」
仲間と思しき巨躯が仮面をつけた
「そんな伝説上の存在、探してどうなる?」
「何故見ず知らずの貴方にそんなことを言われなければならないの?」
「喧嘩売ってる? 売ってるっす? 言い値で買うっすよ」
「はっ、相手を見てものを言うんだな」
見えない火花がバチバチと散る。一触即発の空気が漂う中、破ったのは新たな来訪者だった。金色の短髪にシャツの下には
「ガガーラン様──さん、イビルアイ様」
「よう童貞! 良いところに来たな!」
ガガーランは破顔して来訪者を迎え入れる。童貞と呼ばれたクライムは渋面しかけた表情を何とか押しとどめる。だがその瞬間の変化は劇的だった。
「ど、どど童貞!? ぷぷっ!」
「……くす」
ルプスレギナはクライムを指差し大爆笑。ナーベラルは顔を逸らし憐憫の表情を浮かべた。場の空気が一気に弛緩する。見ず知らずの、しかも美人に童貞バレしてしまった。クライムは羞恥に顔を真っ赤に染める。
「何だい、俺に抱かれる気にでもなったのか?」
「ち、違います。私はアインドラ様からの伝言をお伝えに──」
「ラキュースから? それは」
「へい少年!」
帽子に覗く赤い三つ編みがふわりと翻る。ルプスレギナは無理矢理会話に割り込んだ。
「その歳で童貞なんて可哀想っす! 何ならお姉さんが相手してあげるっすよ? アッチの方なら任せてほしいっす!」
「なっ──!?」
また空気が一変した。今度は別な意味で。ルプスレギナが親指と人差し指で輪を作っているのがまた場の混乱を招く。周囲で動向を伺っていた冒険者たちが思わず卓から立ち上がる。ただでさえクライムは黄金の姫の寵愛を一身に受けているのだ。さらに蒼の薔薇とも親しく、ガガーランからは繰り返しベッドに誘われる始末。加えて赤の美姫、ルプスレギナのこの爆弾発言だ。憎しみだけで人が殺せるならば、クライムは既に死んでるだろう。
ここは王国随一の超高級宿泊施設。利用している冒険者は最低でもミスリル級以上。自分の技量を上回る冒険者たちの憎しみを込めた殺気を受け、クライムは身震いした。ガガーランが豪快に笑いながらクライムに肩を回す。彼女の分厚い胸板と丸太のように太い腕と比べると、鍛えているはずのクライムがまるで華奢にみえた。
「がはははは! べっぴんさんよう、そいつは勘弁してくれや。こいつの童貞は俺が予約済みだぜ?」
「違います! 私はこの身の全てをラナー様に捧げて──何を言わせるんですか!?」
「あはは! 童貞くん面白!」
鉄心石腸。クライムは両者からの誘いを鋼の精神力できっぱりと断る。ガガーランは本気かもしれないが、目の前の赤毛の女性はこちらをからかっただけなのだと悟る。何かが通じ合ったのだろう。ルプスレギナとガガーランは固い握手を交わす。
「蒼の薔薇のガガーランだ、よろしくな。こっちは連れのイビルアイ」
「おい、私はこんな奴らとよろしくする気なんか」
「ルプスレギナっす。ルプーって呼んでいいっすよ。この子は妹のナーベラル。ナーちゃんって呼ぶと喜ぶっす」
「ルプー……貴方」
ナーベラルが姉の勝手な発言に顔を顰める。イビルアイは仮面で隠れているがおそらくナーベラルと同じ表情をしているのだろう。
「それで、リーダーはなんだって?」
「は、はい。すぐに動くことになりそうだ、詳細はまた戻ってから伝える。ただ、戦闘準備を整えておいてほしい、とのことです」
「あいよ」
ガガーランが丸テーブルに金貨を数枚置く。
「忙しなくてわりぃが俺らはこれで。またなルプー、とナーちゃん……だっけか? 今度一緒に呑もうぜ、今日の埋め合わせするからよ」
「……誰が下等生物如きと──もがっ」
「はいっす、その時は負けないっすよ」
「ふん。いいか、お前ら? 吸血鬼を捜そうなんて馬鹿な真似はするんじゃないぞ?」
最後にクライムがぺこりとお辞儀して三人は酒場を後にする。開いた扉から入れ替わりに二人の男女が顔を出した。ローブを羽織る金髪の女と青髪の男。五人は、正確にはクライムを除いた四者は互いに視線を交錯させる。
「おっ」
「む」
「おんや〜?」
「…………」
けれども言葉を交わすことなくすれ違う。男女は中へ、蒼の薔薇とクライムは外へと。
「ただいまご主人さまー」
「ったく、人使い荒いんだよ……いえ、何でもないです」
扉がゆっくりと閉ざされる。蒼の薔薇は宿屋を後にした。
「……なるほどねえ、いきなりオリハルコン級はどうかと思ったが中々どうして」
王都を歩くガガーランは最後にすれ違った男女を振り返る。彼らはルプスレギナたちの卓に座った。冒険者組合の情報によると“美姫”のメンバーは四人。十中八九あの二人も美姫だろう。美姫の男というのは違和感があるが、もしかしたら新規加入メンバーなのかもしれない。
戦士のガガーランは
「イビルアイ、ルプーたちはどうだ?」
「……ん? ああ」
ガガーランは先程から黙りこくっているイビルアイに問いかける。
「……あれは強い、特に黒髪の方。もしかしたら私と同格かもしれん」
「マジかよ……!」
ガガーランが驚きに目を見開き、クライムが息を呑む。アダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇。中でもイビルアイは最強を誇る。そのイビルアイをして同格と言わしめるとは。しかもあの若さで、だ。とてもじゃないが信じられない。あれ程の強者を目にするのは十三英雄以来だ。否が応でも魔神との戦いを思い出してしまう。
最初は弱かったが最後には誰よりも強くなったリーダーたる人間の少年。旋風の斧を振るいし
「案外誰かの子孫かもしれないな……」
過ぎ去さりし日々に思いを馳せ、郷愁の念にかられたイビルアイは仮面越しに思わず微笑みを浮かべた。
◇◆◇
「──そう、わかったわ。エントマにもよろしくね」
ユリ・アルファは〈
「…………ユリ姉、どうだった?」
「ええ、二人とも元気そうよ」
ユリの言葉にシズ・デルタはホッと胸を撫で下ろす。連絡がつかない夜は心配のあまり眠れなかった。ソリュシャンとエントマはスレイン法国を脱出した後、紆余曲折を経て現在は丘陵地帯にいるらしい。道中、鬱蒼と生い茂る森林に差し掛かったが、そこは
「全く……心配かけて」
ユリは眼鏡を上げ直す。連絡が入ったときこそお説教の嵐だったが、一番妹たちの身を案じていたのもまた彼女だろう。ユリは思う。今回の件はソリュシャンたちにも多少の落ち度があると。ユリとシズは帝城の賓客として、ルプスレギナとナーベラルは冒険者として。情報を得るため多かれ少なかれ人間社会に溶け込もうと努力していた。
ソリュシャン、エントマの落ち度は最初から人間を食糧とみなし、ほとんど交流を持とうとしなかったこと。成果を急いてパンドラの箱を開けてしまった。おかげでスレイン法国にはもう近づけない。有益な情報があったかもしれないのに、調査の機会は潰えてしまった。こんこんとお説教をしたから事の重大さがわかってもらえたと信じたい。他の姉妹たちにも注意を促し、ユリ自身も居住まいを正した。同じ轍は踏むまい。これからはより慎重に事を運ばなくては。
「…………無事で良かった」
「ええ、そうね。不幸中の幸いだわ。これに懲りたらあの子たちも──」
ユリは足音から、シズも熱探知により人の気配を察知した。姉妹は向かい来る人物に会釈する。帝国主席宮廷魔術師、〝
「ごきげんよう、パラダイン様」
「…………ごきげんよう」
「うむ、ごきげんよう。アルファ殿、デルタ殿」
フールーダは豊かに蓄えた顎鬚を撫で上げ、姉妹とすれ違う。ユリ・アルファは帝国四騎士や武王を超える強者である。だが、フールーダの興味の対象足り得ない。彼の目的は魔法の深淵を覗くこと。それ以上でも以下でもない。
ユリは少しずつ遠ざかる老体に不自然にならないように話題を取り繕う。
「シズ、貴方は今日も街を回るの?」
「…………うん、アルシェが案内してくれる。ウレイリカとクーデリカも一緒」
「そう、それは楽しそうね」
「待たれよ」
突然背後から降りかかる声。何かしら不信感を抱かせてしまったか。一瞬身構える二人。フールーダが凄まじい形相でシズの両肩を掴んだ。まるで変質者が息遣い荒く、いたいけな少女に迫っているようだ。というよりそうとしか見えない。事案発生である。ユリが思わず拳を固め、女教師譲りの怒りの鉄拳を見舞おうとして、
「アルシェとは、もしやアルシェ・イーブ・リイル・フルトのことか?」
「──え?」
「…………そう、だよ?」
目を白黒させながら答えるシズにフールーダの顔が驚愕に彩られる。
「おお……おお」
本来なら交錯するはずもない点と点が線で繋がっていく。かつて逃した大きな鳥が、何処かへ飛んでいってしまったはずの