訪問診療にできること~最期まで人生を楽しく生き切る~
コラム
高齢者が病院でやせたのは、飢餓が原因だった
僕たちが訪問診療におうかがいしている、ある老人ホームに、90歳の男性が入居してきました。彼は若いころからたくさんタバコを吸っていたので、肺を悪くしてしまい、現在は肺気腫による慢性呼吸不全の状態。息苦しさを緩和するために在宅酸素療法(自宅での酸素吸入)を受けていました。彼は、これまで何度も肺炎を繰り返していました。今回も肺炎で入院したのですが、入院中に足腰が弱ってしまい、寝たきりの状態に。自宅での生活が難しいと判断され、老人ホームに入居してきたのです。
初めて会った彼は、とてもやせていました。身長168センチメートル、体重38キロ。体格を示すBMI(Body Mass Index/ボディ・マス・インデックス)という数値は13.4でした。BMIは「体重(キログラム)」を「身長(メートル)」×「身長(メートル)」で割って計算しますが、25を上回ると肥満、18.5を下回ると「やせ」、22が標準とされています。BMI13.4ということは極度のやせ形。いわば骨と皮だけのような状態でした。
「はじめまして。よろしくお願いします。」
僕が 挨拶 すると、彼は絞り出すように「よろしく」と一言、なんとか答えてくれましたが、そこから先、彼の声はかすれ、何を伝えようとしているのか理解することができませんでした。そして1分もしないうちに、彼は疲れ切ったように話すことをやめてしまいました。
車いすに移ってみました。自分ではほとんど力が入りません。軽い 身体 をヘルパーさんに持ち上げられ、車いすに座りましたが、強い息切れでとても苦しそうでした。入院中は頑張って、出された食事は全量食べていたそうですが、体重は減る一方だったそうです。
やせていくのは老衰だから仕方がないのか
これは老衰だから仕方がない。それが、病院の主治医の見解でした。確かに90歳と高齢で、しかも超やせ形、そして寝たきり。基礎代謝量(生きていくために最低限必要なエネルギー)を計算すると820kcalでした。リハビリの努力を加算して、運動代謝(運動によって消費されるエネルギー)を加えたとしても、せいぜい1000kcalくらいです。入院中に出されていた食事は1300kcal。食事としては十分なはず、と思うのは普通かもしれません。
彼は肺の病気でしたが、栄養の消化吸収や代謝をつかさどる臓器には大きな病気はありませんでした。少し便秘気味でしたが、少なくとも消化不良ではありませんでした。老衰でやせていくのは、普通、身体が食事を受け付けなくなるからです。彼の場合には食事が 摂 れている。それなのに、やせていくというのは、純粋に食事量が少ないのではないか?
僕はそう考えました。
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