迷子のプレアデス   作:皇帝ペンギン
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祝! 亡国の吸血姫!!




Prologue

「はぁ……」

 

 プレアデス副リーダー、ユリ・アルファは本日何度目かの溜め息を吐いた。ひとつ吐く度に「あー、ユリ姉。幸せが逃げるっすよ」と次女であるルプスレギナの軽口が聞こえてきそうだ。いっそのこと本当に聞こえたらどんなにいいか。熱狂的な声援はうるさいくらいに響いているが彼女の声はない。

 

「本当に……どうしてこんなことに」

 

 もうひとつ溜め息。うなり声を上げ突っ込んでくる相手に対しガントレットを起動し、拳を固める。ガツンと胸の前で両の拳を打ち付けた。とりあえず、殴ってから考えよう。

 

「ユリ姉……頑張れー」

 

 また別な妹の抑揚のない声が聞こえた。

 

「決まったぁああああ! ここに新たな女王の誕生だぁあああ!!」

 

 割れんばかりの大歓声が巻き起こる。ユリ・アルファは声援にぎこちない笑みで応えた。バハルス帝国、闘技場は新たなチャンピオン誕生に沸きに沸いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「やあ、おめでとう! まさかあの武王に勝ってしまうなんてね」

「ありがとうございます」

 

 闘技場での劇的な勝利の後、ユリ・アルファは帝城に招かれていた。帝国の支配者――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。彼は優しげな好青年の顔でもってユリ・アルファと妹のシズ・デルタを快く迎える。そこに鮮血帝と揶揄される苛烈さは微塵も見当たらない。

 

「がっはっはっ! どんな厳つい野郎かと思いきや、こんなべっぴんさんとはな! なあ、ニンブル?」

「御前だぞ、バジウッド。それに彼女にも失礼だ」

 

 ジルクニフを取り巻く帝国四騎士が一人、〝雷光〟バジウッド・ぺシュメルの発言を同じく四騎士の一人〝激風〟ニンブル・アーク・デイル・アノックが諌める。〝不動〟ナザミ・エネックは沈黙を守り、〝重爆〟レイナース・ロックブルズは何が気に食わないのか、斜に構えて舌打ちした。

 それはレイナースのみならず、給仕のメイドたちも皆似たような反応を示していることからも伺える。ユリとシズは共に絶世の美というものを備えていた。かの黄金の姫に勝るとも劣らない美しさだ。レイナースやメイドたちとてかなりのものだが、同性の嫉妬とはかくも恐ろしいものなのか。ジルクニフは内心の腹立たしい思いを表情に出さぬよう苦労した。

 

(馬鹿め……気持ちはわからぬでもないが今だけはよせ)

 

 帝国四騎士が全員掛かりでも勝てない武王。彼に単独で勝てた、しかもとびっきりの美女ときたものだ。その計り知れぬ価値はフールーダ・パラダインに次ぐと言っても過言ではない。逃す手はなかった。

 

「アルファ殿、少しよろしいだろうか」

「何でしょう、皇帝陛下」

 

 ジルクニフは物腰柔らかな好青年の顔を浮かべる。幾人もの異性を虜にしてきた笑顔のはずだが、この女性の前にははたしてどれほどの効果があるか。

 

「見たところ君たちはこの国の人間ではないようだ」

「それは……」

 

 言い淀むユリの表情がわずかに曇るのをジルクニフは見逃さない。

 

「これほどの美しさだ、ひと目見たなら決して忘れることはないだろう。無論、デルタ殿も」

「お戯れを」

「…………」

 

 ユリは世辞を軽く受け流しシズは我関せずの態度を貫く。というか妹の方は先ほどからひたすら果実水を飲み続けている。そんなに気に入ったのだろうか。グラスにストローを刺しチューチュー啜っている。眉間に寄った皺が若干気になるが彼女の癖なのだろう。ユリはそんな妹から目を逸らしつつコホンとひとつ咳払いし、

 

「お察しの通り、私たちは帝国の人間ではありません。この国には情報を求めてやって参りました」

「ふむ、してその情報とは?」

 

 ジルクニフの食指が動く。これだ、ここで彼女たちの望む情報を与え恩を着せるのだ。その上で仕える気はないかそれとなく交渉に持っていく。

 

「はい、私たちは――」

 

 

 ◇◆◇

 

 

「はあ? 今何と」

「聞こえなかったっすよ? ほら、もっと大きな声で」

「……も、申し訳ない。どうやらこのエ・ランテルには君たちの求める情報はないようだ」

 

 王国城塞都市エ・ランテル、冒険者組合長のプルトン・アインザックと魔術師組合長のテオ・ラケシルは目の前のメイド姿の二人に深々と頭を下げた。

 

「チッ……何の役にも立ちませんね。この下等生物どもは」

「まぁまぁ、そこまで言っちゃ可哀想っすよ」

 

 ナーベラル・ガンマが悪態をつき、ルプスレギナ・ベータがそれを諌める。よくよく観察すると諌める振りをしているだけだ。あまりにもあんまりな物言いにもアインザックたちは反論することはない。いや、できない。彼女たちは英雄なのだから。

 突如として外周墓地より大量発生したアンデッド。圧倒的物量の前には外壁を隔てる門など何の役にも立たない。無数のアンデッドは亡者の渦と化し瞬く間に居住区へと押し寄せた。中には骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の姿もあったという。それも複数体。ミスリル級までの冒険者しかいないエ・ランテルでは対処の仕様がなかった。次々に襲われ動死体(ゾンビ)と化す市民たち。動死体(ゾンビ)がまた新たな犠牲者を生み、また繰り返す。被害は雪だるま式に増えていく。対して一人、また一人と倒れ臥す冒険者や憲兵たち。このままなすすべもなく蹂躙されるしかないのか。

 

 その瞬間、

 

「〈雷撃(ライトニング)〉」

「〈大治癒(ヒール)〉」

 

 颯爽と現れた二人の美女。彼女らは強力な魔法を繰り瞬く間にアンデッドを殲滅。黒焦げになった首謀者と思しき男を憲兵たちへと突き出した。

 ナーベラル・ガンマとルプスレギナ・ベータ。エ・ランテル始まって以来最悪の厄災となりかけたアンデッド騒動を二人は電光石火の早業で解決する。おかげで人的被害は最小限に止まった。まるまると肥えた都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアが礼を述べようとして、

 

「ぷひー。いやあ、きみたちのおかげでたすかっ――」

「アインズ・ウール・ゴウンについて教えなさい! さあ早く!!」

「ナザリック地下大墳墓はどこっすか!!」

「ぷひーー!?」

 

 二人はものすごい剣幕で詰め寄った。パナソレイは豚のような悲鳴を上げてひっくり返る。アインズ・ウール・ゴウンにナザリック地下大墳墓。まるで聞いたことのない人物、または組織、あるいは地名、場所。それから一週間、冒険者組合、魔術師組合の組合員たちが総出でエ・ランテルの蔵書を当たった。されどめぼしい情報は何一つ見つからずじまいに終わる。不眠不休で検索作業にあたり眼の下にクマを作るアインザックたちに、しかし美女二人は労うどころか蔑みの言葉を浴びせた。

 

「で? 情報も碌に提供できない哀れなアンタらは私たちに何を提供できるんすか?」

 

 軽い口調とは真逆なルプスレギナの刺すような眼光。アインザックとラケシルは思わず身震いしてしまう。この対応を違えてはマズイと本能が訴えかけてきた。

 

「ま、待て待て待て! ちょっと待ってください!」

「お、お主たちが欲してる情報は王都にならばあるかもしれんぞ!」

 

 アインザックは地図を広げるとエ・ランテル、王都リ・エスティーゼ間の経路を指し示した。

 

「へぇ、王都か……ナーちゃんはどう思うっす?」

「いいんじゃないかしら? こんな下等で下賎な輩の相手をしているよりは幾分マシだわ」

 

「…………」

 

 アインザックもラケシルもこめかみをひくつかせ、喉元まで出かけた反論を何とか抑え込む。彼女たちは英雄、英雄、英雄……神への祈りのようにブツブツと自己暗示をかけひたすらに耐えた。

 

「王立図書館を余所者が訪ねても門前払いされるのがオチだろう。我々が紹介状を書こうではないか」

「えー、アンタらみたいなショボくれたおっさんの紹介状なんて役に立つんすかぁ?」

「甚だ疑問ですね」

「う……ぐぐ……!」

 

 淀みない流れで罵倒される。おそらく普段から罵倒し慣れているのであろう。そこに疑いの余地はなかった。だが挫けない。性格はさておき、彼女たちの力は本物だ。王国に取られる前に是非ともコネクションを築いておきたい。そのためには、

 

「ナーベラル嬢、ルプスレギナ嬢。お二人に折り入って話がある。君たちにとっても悪い話ではないはずだ」

「……どうだろう? 冒険者になってみないかい」

「冒険者?」

 

 この後、当然のように最高位を要求する二人にアインザックたちは散々泣かされることとなる。最終的には特例として試験免除でのミスリル級の資格。さらに街を救った報酬として多額の金貨を支払うことで何とか勘弁してもらった。

 

 ここに未来のトラブルメーカー、ミスリル級冒険者チーム『美姫』が爆誕した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「ぽりぽりぽり……はぁ、やっぱり人間の男って最高ぉ」

「そう? 私は女の方が好みだけど」

 

 楽しげに談笑しながら街道を歩く二つの影。エントマ・ヴァシリッサ・ゼータとソリュシャン・イプシロン。十人とすれ違えば十人とも振り返る美貌を誇る二人は談義に花を咲かせていた。

 

「うぷぷぅ、ソリュシャンの食べ方ならお肉の柔らかさなんて関係ないじゃないぃ」

「あら、結構違うのよ? 女の良さがわからないなんて貴方もまだまだね」

「確かに女も脂がのってて美味しいけどぉ」

 

 内容さえ聞かなければ微笑ましいことこの上ない。好きな食べ物の話。最中、エントマは恍惚の表情を浮かべ()()()を貪り食う。()()()()()()()()()()()()()()()()()。他の姉妹はさして欲しがらなかったため、エントマとソリュシャンで山分けしたのだ。彼女が齧ってるのはその残り。血の滴る成人男性の上腕を肩口からポリポリと齧る。綺麗に食べ終えたエントマが、顎の辺りを拭いながら問いかけた。

 

「ねぇ、ソリュシャン。本当にこの道であってるぅ?」

「ええ、問題ないはずだわ。ちゃんと道案内に沿ってるし。ねえ?」

 

 妹の言葉にソリュシャンは大きく胸元をはだける。露わになった豊満な双丘からヌルリと何かが浮かび上がってきた。はたして、それは人間の頭部だった。皮膚が溶け、焼けただれた様は男か女か判別不可能。辛うじて声から男と判断できる程度だった。不定形の粘体(ショゴス)であるソリュシャンが文字通り丸呑みしたものだ。こんな状態になってもまだ男は生きていた。生かさず殺さず。彼の生命力が特別高いわけではない。できるだけ長く、男の悲鳴と苦痛を愉しみたいという思惑からである。

 

「はははぃいい!! ぞうでじゅうぅうう!! ご、ごぢらがほうごぐにつながるみぢでしゅぅううう!! ひぎぃいいい! た、たしゅけ――」

「ほらね?」

 

 良い感じな消化具合にソリュシャンは大層気を良くする。元どおりに収納し、それから自身の手に輝くクリスタルに視線を落とした。魔封じの水晶――今現在消化中の男が所持していたものだ。ソリュシャンの口角が耳元まで大きく釣り上がる。端整な顔立ちが醜く歪んだ。

 

「うふふ、楽しみだわ」

「お肉ぅぅ! 食べ放題ぃぃ!」

 

 二人は足取りも軽くスレイン法国へと向かった。




投稿ミスったので再投稿です。ご迷惑をおかけしました。


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