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もちろん、「情報科」の教師がいないといっても、必修科目の授業をしないわけにはいかない。それを解決すべく「免許外教科担任」という制度が多用されているという。
この制度は、ある教科を指導する担当者がいない場合に、学校長からの申請に基づいて、1年限定で教師が別の教科を担任できる仕組みだ。便利な解決策に見えるが、実態は情報処理を含む「商業科」の教師や、理科や数学などの教師が「理系だから」という理由だけで依頼され、仕方なく情報を教えるという状況が散見されるらしい。このように情報科の教師には、専任のほかにも「他教科との兼務」「免許外教科担任」がおり、文部科学省の調査によると下図のような割合になるという。
これは、あくまで教員免許の有無と、専任か他教科との兼務かの数値だけなので、先述した専任の教師が複数校を掛け持ちする実態は加味されていない。そのため、実際の学校の情報科の先生の現状と微妙に違う可能性があるが、知り合いの都内の私立高校の教務部長の先生に確認したところ、その先生の感覚に非常に近いという。そして、さらに問題が根深いのは、「免許外教科担任」以外の情報科の先生のほとんどは、情報工学などを学んだプログラミング言語やシステムプラットフォーム環境を熟知するエキスパートではないということだ。
2003年に高校で情報科の必修が始まった際、教科担任が不在ということで、幾つもの特例処置ができたという。その一つに、15日間の講習を受けた約1万4000人に免許を発行するという仕組みがあった。この講習を受けた人々が、それだけで情報科の免許を持つ正規の教師となった。
しかし、たった15日間の講習で「情報」という広範で複雑な内容を指導するために必要な知識や技術を習得するのは非常に厳しい。情報の知識には、アルゴリズムのような原理的なものから、動作するためのシステムプラットフォームの設定・構築やその構造の理解、アプリケーションを作るための各種プログラミング言語まで、知識の範囲は多岐にわたる。それらを体系的に学ばなければ、誰かに教えるレベルに到達することは難しいだろう。
先述の「情報科の必修化」のタイミングで、非常に少ない講習だけで正規免許を取得した情報科の先生は1万4000人も居る。その中には豊富な知識を持っている人が皆無という訳ではないし、実際に何名かは存じ上げているが、その数は非常に少ない。そのような情報科の先生に出会える生徒というのは、宝くじに当たるような確率でしか居ないだろう。個人的な感想を述べると、日本の政府も「良く言うとドラスティック、そうでない言い方をするとかなり乱暴な教育改革(の制度設計)」をしたものだと強く感じる。
さて、そこから15年以上が経過した現在(2019年)はどうなったのだろうか。新教科が授業として採用された当時は先述のような状況だったが、15年の間に大学で正規の教育を受けた学生が続々と情報科の教員免許を取得したことで抜本的に改善された――と言いたいところだが、現実はそう甘いものではないらしい。
一部のアンケートによると、高校の情報科の授業でプログラミング教育を実践できたケースは20%程度だという。兼務などで情報に関する体系的な知識を学べていない先生では、とてもプログラミングのような実技にまで対応できないというのが現実なのだろう。また、情報科を本気で学ぼうとすれば、設備(ITシステム)やライセンスなどの環境整備も必要になり、そこにはそれなりの規模の予算が要る。先述のように情報科の授業数が少ない中で、全ての学校が高いレベルの情報科教育を実現する設備を持つことは、経営上厳しいと言わざるを得ないだろう。
そして多くの公立高校では、そもそも授業数が少ない情報科の専任教師の採用枠自体が少ないか、場合によっては採用自体がないそうだ。その結果、必修化から12年ほどが過ぎた2015年時点でも情報科の専任教師は20%程度にとどまったという。つまり、15年以上が経過した現在も2003年当時と状況は大きくは変わらなかったのだ。
筆者の知人で情報工学系の大学教授は、この状況を「高校が『情報』の教育から全力で逃げ続けたツケを大学が払い続けている」と評したのを聞いたことがある。これを“言い得て妙”と言うのは、高校の情報科の先生や関係者に失礼だろうか。しかし、その先生にとっては、実際にその大学に入学してくる生徒の身に起きた現実であり、少なくとも、高校で一定レベルの情報科の知識を得られなかった学生たちにと向き合っている当事者の貴重な意見だと言える。
これが、高校での必修化から関係者も目を背け続けた15年以上にわたる「情報科の現実」であり、みなさんのオフィスやお住まいの近所にある高校でも普通に起きている現実である。そして、この問題で最も重要な点は、問題の原因が先生の怠慢でも学校運営の不備でもないことだ。国が先走り気味で開始した情報科の必修化とその指導者育成におけるビジョンの不透明さ、設備投資予算の絶対的な不足、たった1人の専任者も置けない中途半端な授業数など、そもそもの制度設計に大きな原因がある。
ここまでで、読者の皆さんにも「教育IT」の現実に「闇」のような部分が少なからず潜んでいることをご理解いただけたのではないだろうか。
また、前回の記事では、経済協力開発機構(OECD)の「学習到達度調査(PISA)」において日本の教育は高い水準を維持しながらも、2015年の読解力のみ急激に低下し、その一因として2015年に始まったコンピューターを使った試験(CBT)の存在を指摘した。つまりこれが、CBTを行っただけでPISAのスコアや順位を下げてしまう日本の情報教育の実態なのだ。21世紀が始まったその昔、「情報立国」やら「e-Japan構想」などと美辞麗句を飾り立てていた政治家や官僚はこの現実をどう受け止めているのだろう。
ただ、大学入試センター試験に代わって2022年に導入される「大学入学共通テスト」では受験科目に情報科目が採用されるなどの前向きなニュースもあり、政府も多少本腰を入れ始めたように思われる。それでも情報科の「闇」の部分がすぐに払しょくされる可能性はそれほど多くは無い。15年以上も看過され続けてきたこの問題の根はとても深く、一朝一夕には解決できなくなってしまったからだ。それでも、既にこの世界において情報は経済や生活に欠かすことのできない重要インフラになっている。将来の日本と国民が幸せになるために、決して放置することはできない重要な問題だ。
次回は、本記事でも触れたように2020年に実施が予定されている「小学生向けのプログラミング教育」や、2013年頃に一部で騒がれた小中高校の「教育ITの導入ブーム」などについて述べていきたい。
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