オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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前回の続き
王国を中心に各支配者たちがどう動くのか、という話


第104話 道化の王

 王国軍の役割は先陣を切って法国の前衛を崩し、アインズや帝国軍が切り込む突破口を作ること。

 そう言えば聞こえは良いが、要するに相手の戦力も分からないうちから、無理な突撃をさせられる役割だ。

 ただでさえ王国軍は他二国と比べ、兵も弱く武装も貧弱な物しかないというのに。

 そもそも王国の戦法は槍衾を作っての待ちの戦いが基本である。

 まともな訓練を受けていない兵を突っ込ませたところで、無駄な犠牲になるだけだからだ。

 しかし、今まさにその無駄な犠牲を出すために兵が突進していく。

 戦士長ガゼフ・ストロノーフは王国軍の中央付近からそれを黙って見ているしか無かった。

 

(王国の失態を取り戻すためとはいえ、このような無謀な突進をさせなくてはならないとは……)

 かつての帝国との戦争で、手柄を焦った貴族たちが先手を打って突進し、瞬く間に殺され、大きな被害を受けたことがあった。

 それから貴族たちもある程度慎重になり、前線に出てくることはなくなった。だが、今回は魔導王の宝石箱が用意した豪華絢爛な鎧兜や宝剣を見せびらかしたいが為に、前列にもそれなりに多くの貴族たちが集まっている。

 もっとも目立つだけ目立ったら、兵を盾代わりにして後ろに下がっているらしく、そのせいで余計に前線は混乱しているようだ。

 

「やれやれ。ただでさえ、練度不足の兵にあんな面倒な動きをさせたら、そりゃああなるさ。どうすんだガゼフ。助けに行かなくていいのか?」

 いつの間にか隣に移動してきたブレインが言う。

 戦場ということもあり、流石に執事服ではなく、戦闘用の鎖着(チェインシャツ)を身に着けている。

 

「……俺の役目は六色聖典のような強力な個を討つことだ」

 剃刀の刃(レイザーエッジ)の柄を握りしめながら言葉を吐き出す。

 

「雑魚を刈るよりその方が王国の名が上がるってか? 王国はここまで来ても何もかわらねぇな」

 

「……」

 軽い口調ながら、声には険がある。

 無理もない。

 アインズがあれほど、自分たち王国のために骨を折ってくれたというのに、一人の王国貴族の愚行のせいで、そのアインズまでも戦場に出なくてはならなくなったのだ。

 帝国や聖王国に対してもそうだが、魔導王の宝石箱にも多大な迷惑を掛けてしまった。

 他国に対しては、こうして削り役になることで一応の贖罪にはなるが、アインズに対してはそうは行かない。

 先ほど語った六色聖典云々はあくまでここを動かないための建前で、本当は別の目的があるとなれば尚更だ。

 

「にしても、法国側の動きがおかしいな。王国の兵士なんざ農民に毛が生えた程度で、一当たりすればそれぐらい分かるはずだが、何でわざわざ前に出てくるんだ? 法国は数で圧倒しているんだ。距離を取って慎重に動けば被害を出さないで王国軍を潰せそうなもんだが」

 内容は王国戦士長である自分に言うべきものとは思えないが、確かに言われてみればその通りだ。

 王国軍は法国の前衛を突破し、奥にいる本隊であるアインズや帝国軍に繋げるために無理な突進を強いているが、法国がそれに付き合う必要はない。

 弓兵隊だけではなく、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の部隊や召喚した天使たちを使い、距離を取って戦う方法を選ぶ方が自然だ。

 それに気付くと同時に、自分がまったく見えていなかった状況を、あっさりと見抜いたブレインに驚かされる。

 

「……ブレイン。お前、戦況を見る目もあるのか?」

 戦争においてガゼフはただの戦士であり、自分が戦うその場の状況を見ることは出来ても、戦争全体の動きを見ることは出来ない。

 ブレインもそうしたタイプだと勝手に思っていたのだが。

 

「戦争に来るんだ。それぐらいは勉強して来るさ。仮にも俺は魔導王の宝石箱の名を背負っているんだからな」

 さらりと、何でもないようにブレインは言う。

 

「耳が痛いな」

 自分と互角の力を持ち、自分などより遙かに礼節があり、さらには戦場を見ぬく目もある。

 戦士長という立場は、自分などより、ブレインの方がよっぽど似合っている気がした。

 あの御前試合の決勝でブレインが勝っていたら──

 

(いや、魔導王の宝石箱に出会ったからこそ、今のブレインがある。あのまま王国にいてはこうはなれなかっただろうな)

 

「で? それに気づいた戦士長殿はどうするんだ? このままじゃ前線の兵士は全滅して法国はここまで来る。それまで待っているつもりか?」

 わざとらしい台詞は以前と同じく、表立ってではなく、こっそりと王国の手助けをするための助言だろう。

 そう言ってくるからには、ガゼフから上層部に進言し、何かしらの対策を採らなくてはまずい状況になっているということだ。

 

「……ブレイン。お前には、そしてアインズ殿にも、何度も助けてもらっていること、王の臣下として、そして一人の王国民として深く感謝している」

 その場で深く頭を下げる。

 既に戦争中であり、王国の秘宝にして象徴である装備を身に着けたまま、離れているとは言え部下たちも見ている前で頭を下げるなど、本来ならば許されることではないが、感謝を伝えるには今をおいて他にないと思ったのだ。

 

「何だよいきなり」

 案の定ブレインは、呆れたように鼻を鳴らす。

 アインズ率いる魔導王の宝石箱は、どういう理由があるのか不明だが、明らかに王国を贔屓している。今までもそうだったが、今回王国貴族のせいでこんな状況になったというのに、未だ助言をして王国を手助けしてくれることには感謝しかない。

 だがガゼフはその助言を受け入れる訳にはいかない。

 

「俺は陛下の剣。陛下からの命令無くして、ここを動くことは出来ない」

 言葉にしてきっぱりと言い切ることで、その意志を示す。

 ブレインはしばらく間を空けてから、もう一度今度は軽く鼻で笑った。

 

「訳ありってところか。まあいいさ。それより、いつまで傭兵に頭下げてるんだ、王国戦士長殿。戦争中だぜ」

 

「すまん」

 ゆっくりと頭を持ち上げる。

 正直に言うと、ガゼフも自分が今から何をするのか分からないのだ。

 ガゼフが命じられているのは、あくまで戦争が始まったらこの場で待機し、合図を待ち、その後はある者の指示に従うことだけ。

 それもアインズやブレインに何か言われても、動かないように念押しまでされている。

 王国を救うためにはそれしかないのだと、王に頭まで下げられての勅命。

 断ることは出来ない。

 

「ん……ガゼフ、何か聞こえないか?」

 

「何? 俺には聞こえないが、法国が動いたか?」

 前方に目を凝らすがやはりまだ前衛の戦いは終わっていない。こちらが突破する、あるいは法国に突破される。どちらにしても動きがあればここからでも確認できるはずだが。

 

「いや、後ろだ。お前たちの本陣から、馬の足音だな」

 

「伝令か? しかし良く聞こえるな、あちこちで音が混ざり合って俺にはさっぱりだ」

 

「最近耳も良くなってな。一流の執事は五感を常に張り巡らせなくてはならないからな」

 冗談交じりにブレインが笑っている間に、ガゼフの耳にも戦争の争乱に混じって一直線にここに駆けてくる足音が聞こえてきた。

 

「馬上から失礼いたします戦士長。伝令です!」

 そのままガゼフの前で馬を止めた伝令は声を張り上げる。

 

(まさか、これが合図か? 思った以上に早い)

「分かっている。何があった!」

 伝令はホンの一瞬、隣のブレインに目を向けたが、直ぐに口を開いた。

 

「心労にて陛下が倒れられました。以後の指示はザナック殿下、並びにレエブン候がお取りになります。隊の指揮は部下に任せ、戦士長、並びに戦士団の皆様は一度本陣まで下がるようにとのことです」

 思ってもみなかった言葉に一瞬言葉を失ったが、戦士として鍛えた精神力が即座に自分を落ち着かせる。

 

「分かった。直ぐに戻る」

 

「私は他の貴族に伝令を続けます。では!」

 それだけ言うとさっさと伝令はその場から駆け出した。

 

「……良いのか? 離れるなって命令なんだろ?」

 

「言ったはずだ。俺は陛下の剣だと」

 

「分かった。だったらここを任せることになる奴に伝えろ。強い敵が出たら、先ずは偵察を兼ねて傭兵を差し向けろってな」

 にやりと不敵に笑いながら、ブレインは言う。

 それはつまり、本来ガゼフがしなくてはならない、強者が出た場合の相手をブレインが代わりに務めるという意味だ。

 幾ら王の危機とは言え、戦争中に戦力の要である自分が離れるには──他の貴族たちの手前もあり──相応の理由が必要になる以上、ありがたい申し出だ。

 

「重ね重ね、恩に着る……すまない」

 

「その代わり、名声は俺が貰っておくぜ」

 ひらひらと手を踊らせながら、戯けたように言うブレインに、ガゼフは小さく頷いた。

 先の伝令は騎士のような格好をしていたが、一代限りとは言え貴族の一員となる騎士にしては外見に気を遣っている様子が無く、何より兜から覗くその眠たそうな目には見覚えがあった。

 レエブン候子飼いの軍師であり、平民出身でありながら六大貴族であるレエブン候に幕僚として召し上げられた男。

 彼に王国軍の戦争指揮の全権を委ねれば周辺諸国に、王国軍侮りがたし、と言わしめるほどの戦いを見せられるとレエブン候が太鼓判を押したほどの軍師だ。

 そして彼こそが、ガゼフが指示を聞くようにと命じられていた者なのだ。

 

 その者が騎士を装って伝令として現れた事で、ガゼフは一つの疑念を抱いた。

 王が倒れたとは偽りではないのか。ということだ。

 確かに王はただでさえ派閥の纏め上げで忙しい中、フィリップなる王国貴族の暴走により、他国からの突き上げを食らい、心労が溜まっていた。それは事実だが、だからといってガゼフが王の下に行って何がどうなるわけでもない。

 むしろ本来は、このことで再び突き上げを食らいかねない王国の名誉を守るために、全力でこの戦争で活躍し雄姿を示すべきだ。

 レエブン候があそこまで言った軍師がそんなことを理解していないはずがないのだ。

 だとしたら、偽った理由は一つ、ブレインつまりは魔導王の宝石箱に知られずに本陣に出向き、そこで本当の命令が下される。

 ようはあれほど自分たちのために力を貸してくれたアインズたちを、再び騙そうというのだ。

 恩人を騙す事への後ろめたさはあるが、王の忠臣としてこれも必要なことだ。

 

「すまない」

 再度、今度は小声で謝罪の言葉を口にして、それでもガゼフは覚悟を決めて、自分の部下に指示を出すべく歩き出す。

 背後で返事をするかのごとく、納刀による鍔鳴りが一つ響いた。

 

 

 ・

 

 

 要塞の如き天幕内には各国の支配者に加え、それぞれ一人ずつ補佐をする従者、そしてアインズが用意したメイドが数名。合計しても十人程度しか居ない。

 その中で三人の支配者たちは、画面に映し出される戦争の様子を固唾を呑んで見守っていた。

 法国の前衛歩兵部隊は槍兵だけではなく、弓兵や魔法詠唱者(マジック・キャスター)、それらを守る盾兵も配置され、軍隊として統率が取れていた。

 対してほぼ全てを農民で構成された王国には、魔法詠唱者(マジック・キャスター)はおろか、訓練が必要な弓兵も数が少なく、殆ど一方的な戦いとなっている。

 

(辛うじて戦いの形が取れているのは、法国が予想以上に前進してきているせいね。でも、どうして? 距離を取れば一方的な戦いが出来るはず。焦っている。いえ、むしろ足を止めてわざと混戦に持ち込んでいるように見えるわ)

 画面に映し出される戦いは、人と人との殺し合い。

 これまで人と亜人の戦いを見たことはあっても、人同士の争いは見たことが無かったカルカだが、その光景を見ても動揺は少ない。

 画面越しだからなのか、それとも自国の民ではないからかもしれない。だが、どちらにしろ思った以上に冷静でいられたことにカルカは安堵した。

 他国の支配者が居る前で無様な姿は見せられないからだ。

 

「おい」

 同じように画面を見ていたジルクニフが、背後に立たせていた秘書官らしき男に指示を出すと、男は一礼した後テーブルの上に置かれた地図から王国軍の駒を一つ取り除いた。

 それは即ち、その分の兵が既に死亡、あるいは戦闘不能になったということを示している。

 王や軍師はそうして兵士を消耗品の駒として扱うことが必要だ。

 一人も犠牲を出さないなど不可能だからこそ、ある程度の割り切った考え方が出来なくては精神が持たないからだ。

 駒一つで何百何千、場合によっては何万という数を示す場合もある。聖王国の青色に塗られた駒は未だ全て揃っているが、あれが減った時、自分が平静を保っていられるのか。それが次の課題だろう。

 とは言えそちらに関しては、ヤルダバオトの動乱やそれ以前から亜人との戦いを繰り返してきたことで既に経験済みであり、そこまで心配する必要はない。

 毎年戦争を繰り返す二国の支配者にとっては尚更だろう。

 

 

 それからも、法国と王国の駒が少しずつ減っていく。

 戦いの形になってはいるが、やはり取り除かれる駒の数は王国軍が圧倒的に多い。

 また一つ、帝国の秘書官が駒を取る。

 減った駒の総数は、そしてそれを換算した人数はいったいどれほどのものだろうか。

 そんなことを考えた瞬間だった。

 勢いよく、ランポッサが立ち上がり、その拍子に椅子が地面に転がる。

 目を見開いたランポッサの表情は鬼気迫っており、体は小刻みに震えていた。

 

「国王陛下?」

 何かあったのかと問いかけるカルカを無視して、ランポッサはつかつかと帝国の秘書官の下に近づくと、彼が取り除いた駒に目を落とした。

 

「国王陛下。如何なさいました?」

 

「……如何、だと? ……るな」

 震えたままランポッサが何事か呟くが、声が小さすぎて聞き取ることができない。

 

「今、なんと?」

 それは秘書官も同じだったらしく、おずおずと問い返す。

 

「フザケるな!」

 突然の大声と共にランポッサは腕を振り、集められた王国兵の駒を弾き飛ばした。

 

「っ!」

 即座に護衛であり、作戦参謀も務める聖騎士がカルカを庇うように移動する。

 散らばった駒はこちらまでは届かなかったものの、テーブルの上からこぼれ落ち、床に落下していく。

 バラバラと大粒の雨のような音が静まった後、荒い呼吸を繰り返すランポッサをカルカを始めとする周囲は驚愕する中で、ただ一人ジルクニフだけは冷めた目つきで眺めていた。

 

「何故。私だけがこのような仕打ちを受けねばならぬ! 私が何をした! 先代や先々代、いやそれより遙か前から腐敗していた王国を必死に、必死に立て直そうとしていただけだ。愚かな貴族どもや息子にすら足を引っ張られても。国民のために、より良い国を作るためにと! それなのに何故こうなる。何故我が国の民の血だけが流れるのだ!」

 目を血走らせ興奮して叫ぶランポッサ。

 

「……へ、陛下! 落ち着いて下さい。も、申し訳ございません。陛下は少々お疲れのようでして……」

 慌てて、ランポッサが連れていた王国の者が止めに入る。

 もっと早く動けばいいものを。と最初は思ったがあまりのことで動けなかったのかもしれない。

 無理もない。仮にも一国の王が、他国の支配者の前でこんな無様な姿を見せたのだ。

 王国にとってどれほどの損失になるか、わかったものではない。

 

「触れるな。馬鹿者! 疲れてなどおらぬ。本陣だ。本陣に戻るぞ! 済まないが、移動の用意を頼みたい」

 それでもランポッサは庇おうとする配下を振り払い、アインズから自分たちの世話を任せられていた森妖精(エルフ)のメイドに声をかけた。

 

「承知いたしました。こちらに」

 余程しっかりとした訓練をされているのか、取り乱した様子もなく、メイドは案内を始める。

 

「うむ」

 自分たちには一言も掛けることなく、ランポッサは杖を突いて歩き出した。

 

「へ、陛下、お待ち下さい! ……っ! 両陛下、失礼いたしました。我々は一度本陣に戻らせていただきます」

 

「ああ。国王陛下にはゆっくりと休んで貰え。もし、作戦変更があるなら伝えてくれ。こちらの陣形にも関わりがあるからな」

 カルカに先んじてジルクニフが、不敵な笑みを浮かべながら手を振る。

 出遅れたと思ったがもう遅い。カルカもまた同意を示しつつ、ランポッサを気遣う言葉を口にした。

 

「申し訳ございません」

 苦しそうに頭を下げ、男はランポッサとメイドの後を追って部屋を出ていった。

 室内に沈黙が流れ、聞こえるのは画面から聞こえる戦闘音だけ。

 ジルクニフに顎で指示を出された秘書官が床に散らばった駒を回収し始めた。

 

「……国王陛下も精神的にお疲れだったのでしょうね」

 ぽつりと呟く。

 自分などより遙かな長い期間、王位に就いていた男が、あんな醜態を晒してどうなるか、分かっていないはずがない。

 だが。それでもカルカとジルクニフを前にしても、あそこまで取り乱すほどランポッサは追いつめられていたのだ。

 その一翼を担ったのは間違いなくカルカだ。

 パーティーの際も──ラナー王女が蒼の薔薇を通じて、魔導王の宝石箱に頼るよう提案してくれたことで、聖王国が救われたというのに──ランポッサとアインズの会談の邪魔をして、つい先ほどもジルクニフに便乗してランポッサを責め立てた。

 もちろん、その原因は王国にある。

 王国の貴族が暴走したせいで予定が大幅に狂い、戦争の準備も十分にできず、アインズの連れ出した亜人たちと轡を並べては、亜人たちにも強い恨みを持っている国民が暴走しかねないと、あえて離れた位置に陣取らなくてはならなくなった。

 そうした憤りが、王であるランポッサに向かうのは仕方がないことだ。

 己を正当化するように心の中で言い聞かせる。

 国を運営するのは綺麗事だけでは済まないのだと、ヤルダバオトとの戦いを通じてカルカは骨身に染みて理解したのだ。

 むしろあの醜態を今後どう利用するか、それを考えるべきだと、頭を切り替えようとする。

 そんな中、黙って中空を眺めていたジルクニフが、秘書官に声を掛けた。

 

「……おい。王国の被害は何人だ」

 

「はっ! 正確ではありませんが、取り除いた駒で換算すると六千五百です」

 

「法国は?」

 

「……三千五百。になります」

 王国の駒とは別の色に塗られた、テーブルに残った法国の駒を数えて答える。

 

「合計で一万、か。キリが良いな」

 

「皇帝陛下?」

 視線を下に向け、考え込み始めたジルクニフにカルカが声を掛けるが、ジルクニフは答えず、口の中でブツブツと何かを呟き始めた。

 やがてジルクニフの体が小刻みに震え始める。ランポッサに続いてジルクニフまで何かあったのか、と心配したが、ジルクニフは突然勢い良く顔を持ち上げた。

 

「王国は貴族も王も道化しか居ないな。ヴァミリネン。我々も本陣に戻るぞ。準備が必要だ」

 

「っ! かしこまりました」

 ヴァミリネンと呼ばれた秘書官は一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐに納得したように頷き、駒をテーブルに戻すと、別のメイドに自分たちの移動の用意も頼み始めた。

 何が起こっているのかと、混乱するカルカに、立ち上がったジルクニフはチラリと視線を向ける。

 

「聖王女陛下、聞いての通りだ。私も本陣に戻る……それとこれは同盟国に対する助言だが、そちらも早々に本陣に戻った方が良い」

 

「それは、どういう意味ですか?」

 皇帝に対して自分の無知を晒すようだが、ジルクニフが同盟国と言ったことで聞いても問題はない理由付けにはなる。

 それも見越してジルクニフも、わざわざ同盟国という言葉を使ったのかもしれない。

 

「王国軍が逃げ出す。いや、正確には一時的に後退すると言うべきか。それも真後ろにではなく左右に分かれての後退だ。つまり聖王国が陣取っている場所まで来るかもしれん。農民で構成された王国軍が綺麗な後退などできるはずがない。何も知らなければそちらも巻き込まれるぞ」

 ゾクリと背筋に冷たい物が流れる。

 先ほどの醜態、いや錯乱と言っても差し支えない状態のランポッサでは、国民の血が流れることを恐れるあまり、王が撤退を命令するかもしれない。

 しかし真後ろには帝国軍や魔導王の宝石箱の軍勢がいるため、第二陣として右翼、左翼に別れて包囲戦の準備をしている聖王国の陣営に向かって撤退しかねないと言っているのだ。

 確かにそんなことになれば混乱は必至。

 だからこそ、カルカも事前に本陣に戻り、そうした危険性を指揮官たちに伝えておくべきだと、暗に告げているのだろう。

 

(でも本当にそれだけ? 彼は自分などより遙かに頭が切れる。何か裏があるのではないかしら)

 今は同盟国とはいえ、それはあくまで法国を倒すためのもの。ジルクニフならばその後のことまで考えて、聖王国と王国両方に被害を及ぼすような手を考えていても不思議はない。

 そんな視線に気づいたのか、ジルクニフは口元に薄く笑みを浮かべる。

 余裕を持ったその笑みからは何の感情も読みとれない。

 いつかケラルトが言っていた内心の読めない得体の知れない男。という評価の意味を改めて実感する。

 

「警戒する必要はない。これ以上王国の好きにさせるのは癪なだけだ。全く誰が立てた計画か知らんが……いや、誰が立てたかはこの際関係ないか。実行したのは奴だ。愚者には愚者の責任の取り方があると言うことか。俺にはできんな」

 バカにしたように小さく鼻を鳴らし、準備が完了したジルクニフが移動を始める。

 部屋を出るその瞬間、小さく呟いたのをカルカは確かに聞いた。

 

「ランポッサめ。見事だ」

 聖王女である自分の前で、他国の王を敬称も付けずに呼び、ましてあの醜態を賞賛するジルクニフに、カルカは不思議に思い、同時に気がついた。

 今の台詞が思わず口から出てしまったものではなく、カルカに聞かせるものである可能性だ。

 だとすれば答えは一つ。先ほどのランポッサの醜態は演技だとジルクニフはカルカに伝えようとしたのだ。

 それは同時にジルクニフが言っていた王国軍の後退が、本当に起こることを示していた。

 

「陛下」

 どうしますか。と言外に告げる聖騎士に、カルカは決心をして頷く。

 絶対の確証はないが、ジルクニフと自分の直感を信じて行動するしかない。

 

「私たちも本陣に戻ります。急ぎ準備を」

 

「はっ!」

 離れていく聖騎士の背を目で追いながら、十分に離れたところでこっそりと息を吐く。

 つくづく自分は凡庸だ。

 聖王国の為にどんな汚れた手段でも使うと決めておきながら、王国に同情して、その真意を見抜くことが出来ず、在位期間で言えば自分と大差ないジルクニフの助言でやっと状況を理解した。

 あれがなければ今もランポッサに同情したまま、聖王国の民たちに被害を出していたかも知れないのだ。

 だが、今はこれ以上考えてはならない。

 後悔するのは後で良い。今は聖王国の民のために、何が出来るのかを考えるのが先決だ。

 ランポッサとも、ジルクニフとも違う、自分にしか出来ない手段が一つだけあるのだから。

 

「陛下、準備が整ったとのことです」

 覚悟を決め、カルカは準備完了を知らせてきた聖騎士に新たな指示を飛ばした。

 

「分かりました。本陣に戻り次第、私の鎧の準備を。私も前線に出ます」

 民と共に戦うことが出来る。それがジルクニフやランポッサにはできず、自分だけが可能なこと。

 かつて、ヤルダバオトの前に立ったように。

 そう考えて、手足が微かに震えていることに気がつく。

 あの時、ヤルダバオトから受けた、恐怖や痛みが思い出されたからだ。

 しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。戦力としてだけではなく、戦意高揚や、王国軍が後退してきた場合の混乱を収める為にも誰もが崇拝し、誉れと思って貰えるような、至高の王としての演技を見せなくてはならないのだ。

 足や顔から感じる幻痛を無視して、カルカは戦場に向け足を踏み出した。

 

 

 ・

 

 

「王国軍の被害は七千を超えました。対して法国は三千五百。押されています」

 本来は自分も自領土の民を率いるために陣を築いているべき、六大貴族の一人、レエブン候は王国軍の本陣の中で、伝令から知らされた被害状況を確認していた。

 

「そうか。帝国や聖王国に動きは?」

 

「ありません。同盟国である我らを助ける気など一切無いようです」

 幕僚の一人が憤慨して説明し、それに同意するように宮廷貴族たちがはやし立てる。

 

 曰く、やはり他国など信用できない。

 自分たちばかりを危険な目に遭わせて。

 これが終わったら改めて、他国にも宣戦布告をするべきだ。

 

 等々好き勝手に言い放つが、レエブン候としては帝国や聖王国の行いは当然のものだと理解している。

 王国貴族のせいで準備不足に陥ったため、想定より多くの被害が出るかも知れないのだ。

 もっともそうした、感情論による懲罰的な意味合いだけではない。戦後のことを考えれば、王国を弱体化させられるこの機を帝国や聖王国が見逃すはずがない。

 それが国家というものだ。

 自国民を守るためならば、他国の不幸──放っておいたら自国にもその不幸が飛び火しかねない等の場合は別だが──など基本的にどうでも良い。支援や協調をするのはあくまでも、遠回りになってもそれが国家のためになるからだ。

 実際、王国もこれから同じように、自国のために他国に害をなそうとしているのだ。

 

(予定ではそろそろ陛下が来るはずだが、さて。ここに居る何人が理解できるかな)

 チラリと視線を送る。

 その先には、鎧を着込んでなお、小太りの外見が隠しきれていない第二王子の姿がある。

 この中で、レエブン候とその配下を除いて唯一状況を理解しているザナックは、レエブン候の視線に気付いたように、ホンの僅かに顎を引いた。

 危険な戦場に、王が参戦するのはまだありえる話だが、六大貴族の一人にして第一王女を娶ったことで、繋ぎとは言え王位を継ぐ芽もあるペスペア候も参戦しているこの戦いに、バルブロが行方不明のまま──既に死亡したものと考えられているが──廃嫡となり、王位継承権第一位に繰り上げとなったザナックまでも参戦するのは危険すぎる。

 この状況で、万が一にでも全員戦死してしまったらどうなるか。一応の終着を見た派閥争いが王位継承問題を巡って再燃し、最悪王国の瓦解に繋がりかねない。

 しかし、そんな危険な事を王やザナック自身が選択したのは、一つは他国に対する謝罪の意味合いだ。

 王国は今回の責任を感じ、王侯貴族の総力を挙げてこの戦争に参加しますよ。というアピールである。

 そしてもう一つ、そもそもこの問題は今まで王が私情に流されて後継者問題を棚上げにしていたが故に起こったこと。

 だからこそ王は自らを犠牲にしてまで、その償いをしようとしている。

 本陣の天幕が勢いよく開き、王が興奮した様子で戻ってきた。

 

(いよいよか)

 王の突然の帰還に宮廷貴族、そしてレエブン候も一斉に、その場で礼を取った。

 しかしランポッサはそんな貴族たちを無視して、部隊を指揮している各貴族たちへの伝令役を兼ねている騎士に向かって声を張り上げた。

 

「お前たち! 国王ランポッサ三世の名において命じる。今すぐ、全部隊に後退を伝えろ。左右に別れ、聖王国軍と合流せよ。囮の役目は十分に果たした。後は帝国に押しつけてやれ」

 

「お、お待ち下さい、陛下。それでは中央ががら空きになります。帝国に押しつけるのは良いとして、法国軍がここまで攻めてきかねませんぞ」

 宮廷貴族の一人が叫ぶ。

 現在の王国軍本陣の位置は、王国軍の後方。最前線が逃げれば当然守るものが無くなり、法国の突進を受けることになる。

 

「無論我々も後退する。ガゼフと戦士団を呼べ! 我々の護衛をさせる!」

 直ぐ後ろには帝国やアインズの軍もいるというのに、恥ずかしげもなく敵前逃亡を指示する王の姿は本当に錯乱したとしか思えない。

 

「お待ち下さい陛下。それでは戦争後、帝国や聖王国に王国を糾弾する口実を与えることになります。どうかご再考を……」

 単純に宮廷貴族たちはそこまで思い至っていないかも知れないと、少し早いがレエブン候が説明を口にする。

 ただでさえ、王国貴族のせいで同盟内の立場が悪くなっている現状。勝手な行動を取っては責任問題どころか、新たな戦争の火種にすらなりうる。

 

「私に意見する気かレエブン候! これは勅命だ。今すぐ動け!」

 しかし王はそんなレエブン候の忠言を無視して、更に強く騎士たちに命令する。

 

「は、はっ!」

 一斉に返事をした伝令役の騎士たちの中に、眠たそうな顔の平民が混ざっていることに、気付く貴族は居ないだろう。

 

「……陛下。散っていく民の命を嘆くそのお気持ち。痛いほど分かります。ですがこれは戦争。九百万を数える王国民の命を守るため、例えこの場に来ている全ての兵が犠牲になろうと戦うべきです」

 レエブン候の進言に、王は更に瞳を見開きワナワナと体を震わせ始める。

 

「何を言うのですか。レエブン候、陛下の御勅命に逆らうおつもりか!」

 それを見た別の貴族が再びレエブン候に食って掛かる。

 

「貴方たちも理解するべきだ。ここで二国や、魔導王の宝石箱の顰蹙を買っては、どのみち王国に未来など無い。陛下、無礼を承知で申し上げます。今すぐ命令を撤回し、徹底的な遅滞戦闘を続行させるべきです。今しばらく時を稼げば、他国の救援も参りましょう」

 

「無礼ではないですかレエブン候。如何に六大貴族の一人とは言えど、陛下のご命令は──」

 

「いや、レエブン候の意見に私も賛成だ」

 剣呑になった場の空気を変える鋭い声に、皆一斉にそちらを振り返った。

 立ち上がったザナックがジッと王を見つめている。

 

「ザナック! お前まで何を言う。私は国民のことを考えて……」

 

「いえ。お父上は少しお疲れのようだ。休まれては如何ですか?」

 

「ザナック殿下まで。陛下の勅命は王国にとって絶対ですぞ」

 

「国を潰しかねない命令が絶対だと? ふざけたことを言うな! 父上、いや陛下は今正常な判断を下せなくなっているのだ。ならば、それを止めるのも宮廷貴族であるお前たちの役目だろうが!」

 ザナックの一喝により、宮廷貴族は口を噤み、ザナックは更に続けて護衛をしていた近衛兵に目を向けた。

 

「近衛兵! 陛下を休める場所にお連れしろ! 戦争の声も届かぬ静かな場所にな」

 

「はっ! 承知いたしました、ザナック殿下」

 何の迷いもなくザナックの命に従う近衛兵の姿に、全員に奇妙な緊張感が走る。

 ここに来てようやく、宮廷貴族も気付いたのだ。

 これは単なる王への進言ではなく、ザナックによるクーデターなのだと。

 だからこそ、貴族は選ばなくてはならなくなったのだ。ここで王に付くか、それともザナックに付くのかを。

 とは言え、王の錯乱振りと、レエブン候が語ってみせた危険性。そして本来王を守護するべき、近衛兵が既に取り込まれているこの現状では、どちらを選ぶかなど言うまでもない。

 

「失礼いたします。陛下」

 

「離せ! 貴様、私を誰だと──」

 左右を近衛兵に抑えられながら、それでも暴れようとする王の頭から王冠がこぼれおちる。

 ザナックは無言でそれを拾うと、衛兵に指示を出し王を連れ出させた。

 

「離せ! 私は疲れてなどおらぬ、リ・エスティーゼ王国は、私の国だ! 私の、私の……」

 引きずられる様に連れ出される王に対し、レエブン候は頭を下げた。

 周りから見れば、貴族派閥を裏切って王派閥に付いて早々、王すら裏切り、ザナックを王位に就けることを画策した蝙蝠、いや不忠者にしか見えないだろう。

 実際下げた頭はほんの僅か、しかしそこに込められた意志だけは、決して偽物ではない。

 

(お見事でした陛下。後のことはお任せ下さい)

 万感の思いを詰め込んだレエブン候の視線に気付いたように、天幕を連れ出される瞬間、王はほんの少しだけ笑ってみせた。

 そう。これはラナーの立案によって計画されたクーデター。いや、ザナックに王位を譲るための儀式なのだ。

 王国貴族の暴走によって、同盟内での立場が最悪のものとなり、必死の思いで集めた兵たちや、まともに準備もせずに目立つための武具だけ購入した愚かな貴族たちを危険な最前線に立たせる事になってしまった。

 愚かな貴族たちなど死んでしまっても一向に構わないが、今は時期が悪い。

 貴族派閥が解体され、混乱の中にある現状で多くの貴族たちが死亡すれば、まともな教育を受けていない予備の予備ぐらいの者たちが跡を継ぐことも頻発するだろう。

 実際、暴走した例のフィリップという貴族もそうした者だったと聞いている。

 彼のようにまともな知識もなく品位もない者たちが増えれば、これからも同じような問題が発生しかねない。

 だからといって、先ほど王が命じたように、無理矢理後退して帝国や聖王国、あるいは魔導王の宝石箱に法国軍を押しつけるような真似をしては当然、責任問題になる。

 ただ被害の賠償をするぐらいならばまだ良いが、最悪の場合は裏切り者としてそのまま戦争をふっかけられることも大いに考えられる。

 だからこそ、責任を取る者が必要となる。

 そして、王は自らそれを望んだ。

 国のトップである王自身が責任を取る。これ以上の適任者は居ない。

 

「よし。見ての通り陛下は体調を崩され、指示を出すことは出来なくなった。よってこれよりは私が指示を出す。そして私の補佐としてレエブン候を付ける。異論ある者はいるか!?」

 王が去った天幕の中で、ザナックが声を張り、宮廷貴族を一人一人値踏みするように睨みつける。

 誰一人として反対の声を上げる者は居ない。

 当然だ、既に王が連れ出されていくのを見送った者ばかりなのだ。今更異を唱えては、自分も捕らえられてしまう。

 ここまでは全て予定通り。

 

「では急ぎ先ほどの命令を撤回させよ。現状で後退などさせたら混乱や追撃でより多くの被害が出る」

 

「し、しかし、先ほどの陛下の勅命により足の速い馬は全て伝令として出て行きました。追いかけても恐らく伝令が着く前には追いつけません」

 王の勅命を受けて飛び出した伝令は既に本陣から移動している。その時早馬は全て持っていくように伝えてあるのだ。

 しかしその言葉を聞いてもザナックは慌てることなく言い放つ。

 

「だったら尚更急がせろ。最低でも我々にその意志がなかったことだけは両国に伝えなくてはならない」

 これこそが本当の狙いだ。自国可愛さに錯乱した王が暴走し、王国軍を後退させ、その後心労によって倒れてしまった。

 後を引き継いだザナックは、急ぎ命令を撤回させようとしたが間に合わず、結果的に後退してしまったが、直ぐに隊を立て直し聖王国と合流して改めて前進する。

 その為に伝令の中に、自分の虎の子である平民出身の軍師を混ぜているのだ。

 彼ならば上手く軍を操ってくれる。

 それで少なくとも帝国や聖王国は納得する。いや納得するしかない。何しろ全ての責任を王が背負い退位して、新たな王が立つのだ。

 損害賠償などは支払うことになるだろうが、それ以上の事は出来ない。

 

 残る問題はただ一つ。魔導王の宝石箱。いやアインズ・ウール・ゴウンがこれをよしとするかだ。

 極端なことを言えば、アインズが敵と見なした時点で、国の存続は絶望的となる。逆にアインズが王国の存命を望めば、他国は軽々には攻め込めなくなる。

 だからこそ、ここでザナックが華々しい活躍をすることで、王位と共に王国の実権を握り、王国が今後正常な国となる可能性を見せつけるのだ。

 アインズにとって良い稼ぎ場だと映るように。

 

 だが、この作戦を立てたラナーですら、アインズがどう出てくるかは分からないと言っていた。

 あの叡智の化け物でさえ読み切れない、アインズの行動を自分が読めるはずがない。

 自分に出来るのは精々、アインズの機嫌をこれ以上損ねないように全霊を尽くすだけ。

 ガゼフを戻したのもその一つだ。

 ラナー曰く、アインズは王国ではなく、ガゼフ個人を優遇しているとのことだ。

 確かに思い返せば、アインズは不自然に王国を優遇することがあったが、そのいずれも起点となったのはガゼフであったように思えた。

 

 王国ではなく、王個人の忠臣であるガゼフには、この計画は伝えていない。

 如何に王が納得してのことだろうと、今回の計画を知ったらどう出てくるか分からなかったからだ。

 最悪、王だけに責任を取らせるわけにはいかないと、作戦を邪魔してくる可能性すらある。

 だからこそ、本当はガゼフは何も知らないまま、前線で戦って貰っていた方がありがたい。

 しかし単純な戦闘ならともかく、後退による混乱に巻き込まれたり、一人だけ後退せずに最前線に残るようなことをされて、万が一ガゼフが死亡してしまったら、アインズの機嫌を損ねることになりかねない。

 その為、ガゼフには作戦が変更する可能性だけ伝えておき、全てが終わってから本陣に戻してから事情を説明することにしたのだ。

 とにかく、これで全ての下準備が終わったことになる。

 後は筋書き通りに事が進むのを祈るだけだ。

 

「これより王国は私の手で生まれ変わるのだ。お前たちの働きに期待する!」

 

「承知いたしました、ザナック殿下!」

 宮廷貴族たちと共にレエブン候もまた、己の主となる次代の王に忠誠を示すため、深々と頭を下げた。

 恐らくは歴史上初めて、王家全ての者たちが一丸となって、王国を救うために起こした壮大な作戦。

 王国貴族として、何としてもこの作戦を成功に導いてみせると、レエブン候は強く決意した。 




最後はなんとなく良い話っぽく纏めていますが、これまでも十分迷惑掛けた王国が、戦争を利用して更に他国に迷惑を覆い被せようとする話なので、別に良い話ではないです
次は守護者たち側の話になると思います……多分

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