発明 Vol.98 2001-6
知的所有権判例ニュース
「タカラ本みりん」の表示が原材料を普通に
用いられる方法で表示したものと判示された事例
「東京地方裁判所 平成13年1月22日判決」
水谷直樹弁護士
1.事件の内容
 原告宝醤油(株)は,指定商品を旧31類「しょうゆ,たれ」等とする後記商標公報記載の登録商標「タカラ」ほか8件の登録商標を有しておりました。
 被告寶酒造(株)は,後記標章目録記載の標章を,被告商品「煮魚お魚つゆ」の容器(瓶)上に付して販売しておりました。
 そこで,原告は,被告が,後記標章上に「タカラ本みりん入り」と表示することは,(1)原告の上記商標権侵害であること,(2)原告が長年にわたって使用してきた周知な商品等表示である「宝」,「寶」の無断使用であるから不正競争防止法2条1項1号にも違反すること,を主張して,上記被告商品の販売の差止め,損害賠償等を請求して,平成10年に東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。
 
2.争点
本事件での主要な争点は,
 (1)被告商品上の「タカラ本みりん」の表示は,商標として使用されているのか
 (2)上記表示は,商標法26条1項1、2号所定の表示に該当するか
 (3)上記表示の使用は,原告の商品又は営業との間で混同を生じさせるか
の3点でした。

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は,平成13年1月22日に判決を言い渡しましたが,まず左記(1),(2)の争点については,
「(一)被告各標章において,被告商品の正面に位置するラベルの中央部の最も目立つ位置には,被告商品の普通名称である「お魚つゆ」,「万能だし」,「白だし」及びその用途である「煮魚」,「煮物」の表示が,いずれも目立ちやすい大きな文字で記載されていること,これに対して,「タカラ本みりん入り」,「これ一本だけで料亭の煮魚」,「清酒たっぷり」等の表示部分は,右名称部分を囲むように,比較的小さい文字で記載されており,その内容から判断して,いずれも被告商品の特徴や長所を説明的に示していると理解するのが相当である。
(二)(1)「タカラ本みりん入り」の表示中,「タカラ本みりん」の部分は「入り」の部分と字体が異なっているため,「タカラ本みりん」の部分が一連のものと理解され,体裁上「タカラ」の部分のみが区別されるように記載されていないこと,(2)被告各標章の中央部分の右下には,「宝酒造株式会社」という被告の商号が記載されていること,(3)被告の製造,販売に係る「本みりん」は,日本国内でトップシェアを有し,「タカラ本みりん」の商標は日本国内において著名であること,(4)「だし」「つゆ」等の調味料にみりんを入れることはごく自然であると解されること等,右表示部分の体裁,意味内容,「タカラ本みりん」商品の販売状況に照らすならば,右表示部分に接した一般需要者は,右表示部分を被告商品に原料ないし素材として「タカラ本みりん」が入っていることを示す記述であると認識するのが通常であるといえる。
(三)被告各標章において,「クッキングー」,「Cookin'Good」及び「コック用帽子図形」の組み合わせからなる標章は,三ヶ所に記載されていること,また,右組み合わせからなる標章がテレビコマーシャル等で,繰り返し宣伝されていることに照らすと,右組み合わせからなる標章こそが,被告商品の商品名であると認識するのが一般的である。
 以上を総合すると,被告各標章における「タカラ本みりん入り」の表示部分は,専ら被告商品に「タカラ本みりん」が原料ないし素材として入っていることを示す記述的表示であって,商標として(すなわち自他商品の識別機能を果たす態様で)使用されたものではないというべきである。のみならず,右表示態様は,原材料を普通に用いられる方法で表示する場合(商標法26条1項2号)に該当するので,本件各商標権の効力は及ばない。」
と判断し,次に前記争点(3)については,
「被告各標章における「タカラ本みりん入り」の表示部分は,専ら被告商品に「タカラ本みりん」が原料ないし素材として入っていることを示す記述的表示であると解すべきであるから,被告が「タカラ本みりん入り」の表示部分を含む被告各標章を付して被告商品を販売する行為は,不正競争防止法2条1項1号所定の商品表示等を使用する行為に該当しない。」
と判断して,結論として原告の請求を棄却いたしました。

4.検討
 本事件では,被告商品上の「タカラ本みりん」の表示が,商標として使用されているのか否かが争われました。本判決は,これを,商標としての表示ではなく,原材料表示のための使用と認められると判示しております。
 また,本判決では、本事件で問題となった原材料表示における原材料とは,「みりん」ではなく,「タカラ本みりん」であると認定されております。これは,本判決中の「タカラ本みりん」が著名な商品名(商標)であるとの認定を前提とした場合には,一般顧客は,「みりん」ではなく「タカラ本みりん」を,被告商品中に使用されている原材料の表示であると認識するものであると解したことによるものと思われます。
 本判決は,さらに,不正競争防止法に基づく請求を棄却する際にも,この考え方を,そのまま採用しているものと考えられます。
 本判決は,このように,特定商品名の表示が,原材料表示であると認定しているものでありますが,これは,この特定商品名が著名であるとの前提のもとでなされたものと考えられます。
 従って,原材料として特定商品名を表示することが,常に商標法26条1項2号所定の「原材料の表示」に該当するものとまで考えることは本判決の射程距離を超えているように思われます。
 
     

みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後, 1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。