(報道発表資料)
2017年5月16日
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下 NTT)は、トランジスタ※1内でランダムな方向に動く電子(熱ノイズ)を観測し、一方向に動く電子のみを選り分けることで電流を流し、電力を発生することに成功しました。これは、熱力学分野で長年パラドックスとして議論されていたマクスウェルの悪魔※2の原理を利用することで実現したものです。
熱ノイズは無秩序な電子の動きであり、電子の動きを平均化すると、どの方向にも動いていません。一方、電流は一定の方向への電子の流れです。通常、外部電源などを用いず、無秩序な熱ノイズから、電流という秩序性を持った動きを生み出すことは不可能です。しかし、もし個々の電子の動きを観測し一定の方向に動く電子のみ選び出すことができれば、電流を生成することができるはずです。この、電子を選び出す作業をするのが「マクスウェルの悪魔」と呼ばれるもので、150年以上前に思考実験として提案されました。しかし、実際に「マクスウェルの悪魔」を実現することは困難であり、これまでの実験は基本的な原理実証に留まっていました。
NTTは、トランジスタ内の電子一個の動きを観測し、その結果に基づいてトランジスタを操作する技術を用いることにより、電流を生成することに成功しました。これにより、初めて「マクスウェルの悪魔」を利用した熱ノイズからの電力の生成が実現できました。ここで得られた知見は、電子デバイスの消費電力の下限や、生体中の微小な熱機関におけるエネルギー変換効率と深く関係しており、これを利用することにより、新たな高効率デバイスの創生に繋がると期待されます。
この成果は、2017年5月16日(英国時間)に英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」オンライン版で公開されます。
通常、熱ノイズのような無秩序な動きから、外部電源を用いずに、電流のような秩序を持った動きを生み出すことはできません(熱力学第二法則※3)。個々の電子の動きを観測して選び出すマクスウェルの悪魔は、この熱力学第二法則を破っているように見え、150年以上議論が続けられてきました。その結果、マクスウェルの悪魔が電子の動きを観測して、その情報を得る際にエネルギーが必要であり、これが電流を流す電源としての役割を果たし、熱力学第二法則を満たすことが分かってきました。この知見は、1ビットの情報を得るためには一定の量のエネルギーが必要であり、逆に1ビットの情報を持っていることにより最大でその量のエネルギーを生み出すことができる、ということを意味しており、情報とエネルギーを結びつけた情報熱力学へと発展しています。情報熱力学は、電子デバイスの電力の下限や、生体中の微小な熱機関におけるエネルギー変換効率と深く関係していることが知られており、これを利用することにより、新たな高効率デバイスの創生に繋がると期待されます。
マクスウェルの悪魔の原理を利用して熱ノイズから電力を生成するには、熱運動している電子を正確に観測すること、観測して得た情報を使って電子を選り分けること、そして選り分けた高いエネルギーを持った電子を外部に取り出すことが必要です。しかし、実際にこのようなデバイスを作製することは困難で、これまでの実験的研究は電子を選り分ける段階に留まっており、電力を取り出すことはできていませんでした。
今回、NTTは、ナノメートルスケールのシリコントランジスタから成る単電子デバイス※4(図1)を用いて、熱ノイズから電流を生成することに成功しました。生成された電流を使って、別のデバイスを駆動することが可能であり、マクスウェルの悪魔の原理を利用した発電が実現できたといえます。
実験では、2つのナノメートルスケールのシリコントランジスタを用いて形成した電子箱を利用しました。電子箱の入口側と出口側のトランジスタをオン・オフすることで、電子箱の入口側の扉(入口扉)と出口側の扉(出口扉)を別々に開閉することができます。電子箱中の電子数は、その近傍に作製された検出器の抵抗を測定することにより、リアルタイムで検出できます。
マクスウェルの悪魔の動作は以下の手順で実現しました(図2)。
この1—4を繰り返して電子を1個ずつ入口から出口に移動させることにより、電流を生成できます(図2)。通常、電流は電位差で決まる向きに流れますが、エネルギーの高い電子を選り分けることにより、電位差を登る向きに電流を流すことも可能です(図3)。
マクスウェルの悪魔を実現するためには、電子一個の精度で正確な観測を行える検出器と正確に開閉できる扉が必要です。NTTでは、ナノメートルスケールのシリコントランジスタを用いて、電子をひとつひとつ観測・制御する技術について長年研究を重ねてきました。これまでの研究で、ナノメートルスケールの非常に小さな電荷検出器を作製し、室温で電子をひとつひとつ検出することに成功しています。また、電子一個を間違いなく閉じ込めておけるシリコントランジスタを作製する技術を利用することで、正確な扉の開閉を実現できています。これらの機能を、ひとつのシリコン単電子デバイスにまとめあげることで、熱運動する電子を選り分けるマクスウェルの悪魔を実現することができました。
ここで得られた知見は、電子デバイスの消費電力の下限や、分子モーター※5などの生体中の微小な熱機関におけるエネルギー変換効率と深く関係しています。分子モーターではマクスウェルの悪魔が活躍しており、熱ノイズのランダムな運動を利用しながら適切なタイミングで動作し、高いエネルギー変換効率を実現していると考えられています。電子デバイスにおいても、生体の仕組みを利用した、高効率な動作の実現を目指します。
Kensaku Chida, Desai Samarth, Katsuhiko Nishiguchi, and Akira Fujiwara
“Power generator driven by Maxwell’s demon”
Nature Communications (2017).
日本電信電話株式会社先端技術総合研究所 広報担当 | NTTのR&D活動を「ロゴ」として表現しました |
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