「ああ〜だから今夜だけは〜」チューリップの名曲『心の旅』誕生秘話

関係者が語る
週刊現代 プロフィール

新田 売れたい気持ちはもちろん強かった。でもそれは他のメンバー4人の人生を背負った財津くんの責任感と、夢を実現する意志からくるものです。当時彼らは青山の2DKのアパートで、メンバー5人が共同生活しながら、音楽に没頭していた。

ドラムの上田(雅利)くんは、他のメンバーに迷惑だからとトイレの中に厚い漫画雑誌とスティックを持ち込んで汗だくになって練習をしていました。そんな仲間の努力を無駄にしないためにも成功してやる、と思っていたはずです。

田家 まさにスター誕生前夜という良いエピソードですね。財津さんは福岡時代からビートルズ的な音楽をやりたいと思っていたけれど、なかなかうまくいかなかった。

当初加入していたフォーシンガーズもビートルズのようなバンドが目標だったけど、いいミュージシャンが集まらなかった。その後福岡で活動していたトップミュージシャンを集めて結成したのがチューリップでした。

直前のボーカル交代

新田 '71年11月、財津くんは1本のオープンリールを持って私の元を訪ねてきました。そのテープの中には福岡で録音された『魔法の黄色い靴』が収録されていたんです。ぜひ聞いてくださいと言う財津くんと2人で試聴室に入り、1曲聴いた私は、こんなサウンドを作れるバンドが日本にいたのかと衝撃を受けました。そしてすぐ「一緒にやろう」と言ったのです。

 

田家 上司と相談せずに契約なんて、改めてすごい時代ですよね(笑)。『心の旅』では録音直前にボーカルがギター・キーボードの姫野(達也)さんに代わったのは有名な話ですが、あれは新田さんが言い出した説がありますが、どうですか?

新田 財津くんがインタビューでそのことをいまだに不満に思っている、と聞くたびに胸が傷みます。たまに会うと「洒落ですから気にしないでください」と言ってくれるけど、そんなはずはない。

伊藤 僕は調整卓の前で待っていたんだけど、録音ブースでメンバーとスタッフが真剣な顔でなにか話している。僕にとっては初めての現場だから、いつもそうなのかと思ったけど、それにしても雰囲気が重い。結局30分以上予定の時刻を過ぎても始まらない。ようやくスタートするのかと思ったら姫野くんが歌い出したので驚きました。

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新田 財津くんは日本のトップボーカリストの1人だと、僕は会った時からずっと評価しています。だからネガティブな理由で姫野くんに替えたのではありません。Aメロとの対比を出すために、財津君の歌声は「あーだから今夜だけは君を抱いていたい」のサビで絶対に必要だったのです。

もうひとつの理由が、この歌の強力な武器はコーラスにあります。コーラスの中心は財津くんです。Aメロのリードボーカルを歌いながらコーラスもする財津くんより、リードボーカルを姫野くんに托して、力強いコーラスを歌い上げる財津くんのほうがカッコいいと判断したんです。

田家 ただ、予想に反して発売直後はあまり売れませんでした。当時の音楽シーンの中で人気があったのは吉田拓郎さん、井上陽水さんのようなシンガーソングライター、キャロルのようなロックンロールか、かぐや姫に代表されるフォーク、あとは昔のグループ・サウンズの流れが一部あっただけでした。ところが、チューリップはそのどこにも収まらない。レコード会社やメディアもどう扱っていいかわからなかったんです。