2019-06-09

母が女王になった日

昨日、母親閉鎖病棟にブチ込んだ。

言い方はかなり乱暴になるが、ニュアンスとしていちばん正しいと思う。

統合失調症は恐ろしい病気だと思った。医療ドキュメンタリーなどでよく見る、狂人(これもかなり乱暴な言い方だけど)が家にいるのは正直厳しい。

かに監視されている

テレパシーで会話が聞こえる

BGMが常に頭を回る

マカオ拉致される

覚醒剤お茶に混入されている

私は女王

私は特別人間

声が聞こえないあなたたちがおかし

母はこの国を統治する女王なので、ベルサイユ宮殿のような屋敷に住んだことがあるらしい。自らの能力を使い、人を助けないといけないらしい。

から、昨日母は手負いの青年を抱き締め、身を呈して守ったが、もちろんそんな人物存在しない。一時間半、見えない敵と戦って、力及ばず死なせてしまったと泣く。久しぶりに帰省した娘の言葉は一切聞かず、脳内に語りかけてくる謎の人物ABCDとばかり話をする。よその家のチャイムを押しに行こうとし、暴漢がいると警察通報する。

家族の総意で入院を決めた。

内科外科的な症状がないと救急車使用できず、平日ではなかったこともあって最寄りの精神科は頼れない。ただ、メンタルヘルス系の相談ダイヤルに掛けたら、入院可能病院を探してもらえた。タクシーで一時間はかかる、山の上の病院だった。

ふっとスイッチが切れたように大人しくなった母を、タクシー病院へ連れていく。もちろん母は自分入院するなんて思っていないから、ただ夜遅くまで開いている病院という認識で、楽観的だった。車内の会話はほぼない。

周囲にコンビニもないような山奥で、20時くらいから診察が始まる。自分に何が起こっているのか、医師ひとつひとつ説明していく。周りに勧められて心療内科受診していること。エビリファイという薬を気休めに飲んで、調子がいい気がするということ。母と唯一同居している兄がとっていた、支離滅裂言動メモが決め手だった。医師の表情はどんどん貼り付いたような表情になっていき、屈強そうな師長は慣れた様子でうんうんと話を聞く。

あなたはね、もうおかしなっちゃってます。もうね、これは病気です。心配してご兄弟が集まって、相談して、あなた入院させるために今日ここに来たんです。あなたは帰れません。帰せません、入院です」

緊急措置入院だった。

女王は激昂し、同意書を破り捨てる。こんなのはおかしい、私は正常だ、だから帰る、喚いて逃げようとしてもそれは叶わない。師長は手慣れた様子で女王を取り押さえ、兄もそれを手伝った。医師義務的早口書類文言を読み上げる。診察室のある棟を抜け、施錠された扉をいくつか越え、保護室へと向かった。

「こんなのおかしい! 拐われる、信用できない、許さない、離して!」

とにかく大声で叫ぶ。ここが山奥で本当によかったと思った。

「味方が必ず助けに来てくれる! お兄様助けて、お父様助けて、助けに来て!!」

入院患者が驚いた様子で見守っていた。ずるずると引きずられるように歩みを進める女王抵抗は凄まじかった。足を踏み、腕を払おうともがく。ギロチンに向かう女王の姿としては、あまりに無様なものだなと思った。ショッキング光景ではあったが、正直胸が軽くなった。もう、無理な仕事スケジュール帰省することもなくなる。電話ノイローゼになりそうな話を聞くこともなくなる。ご近所の方に怪訝な目で見られることもなくなる。これからきっとよくなる。

母は女王かもしれないが、私は王女ではない。もちろん、臣民にもなれない。入院に関する説明を上の空で聞いて、求められるまま書類電話番号を書いて、女王には会わず病院を出た。意外とあっけないものだなと思った。

お母さん今まで育ててくれてありがとう。私はこれからも、頼れる兄と生きていきます女王陛下、お元気で。

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