2019年6月、国家基本問題研究所の第6回「国基研 日本研究賞」が発表されました
国家基本問題研究所と言えば、理事長に櫻井よしこ(ウヨ業界の広告塔)、副会長に田久保忠衛(日本会議会長)と高池勝彦(新しい歴史教科書をつくる会会長)を据えた改憲団体ですね。一応は公益財団法人です
国家基本問題研究所では親日家の外国人研究者を顕彰する賞を年に一度開催しており、それが「国基研 日本研究賞」です
その「国基研 日本研究賞」の今年の受賞作品を眺めていて、「おやっ?」と思ったことがあります
詳しくは後述しますが、運営に税金が注がれている公益財団法人にしては、賞の選考があまりにもあんまりなのですよ(誤解なきよう先に言っておきますが、「日本研究賞」は多額の寄付により成り立っているそうです)
「日本研究賞」の歴史
さて、本題に入る前に、これまでの歴代受賞者並びに受賞作を見ていきましょう
第1回
日本研究賞:ケビン・ドーク麗澤大学客員教授『大声で歌え 君が代を』(PHP)他
日本研究特別賞:劉岸偉東京工業大学教授『周作人伝 ある知日派文人の精神史』(ミネルヴァ書房)
日本研究奨励賞:ブランドン・パーマー米コースタル・カロライナ大学准教授『日本の朝鮮統治を検証する1910-1945』(ジョージ・アキタとの共著, 草思社)・『検証 日本統治下朝鮮の戦時動員1937-1945』(草思社)
日本研究奨励賞:ワシーリー・モロジャコフ拓殖大学教授『ジャポニズムのロシアー知られざる日露文化関係史』(藤原書店)
第2回
日本研究賞:エドワード・マークス愛媛大学准教授『レオニー・ギルモア:イサム・ノグチの母の生涯』(彩流社)
日本研究奨励賞:デイヴィッド・ハンロン米ハワイ大学教授『Making Micronesia : a political biography of Tosiwo Nakayama』
(ミクロネシアをつくる トシヲ・ナカヤマの政治的経歴 *邦訳なし =米ハワイ大学出版)
第3回
日本研究賞:楊海英静岡大学教授
『日本陸軍とモンゴル 興安軍官学校の知られざる戦い』(中央公論新社)・『チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史』(文藝春秋)
日本研究奨励賞:
陳柔縉 コラムニスト・元聯合報(日刊紙)政治部記者『日本統治時代の台湾』(PHP)
ロバート・D・エルドリッヂ 元在沖縄米軍海兵隊政務外交部次長
『尖閣問題の起源 沖縄返還とアメリカの中立政策』(名古屋大学出版会)
第4回
日本研究賞:ジューン・トーフル・ドレイヤー マイアミ大学教授
『Middle Kingdom and Empire of the Rising Sun: Sino-Japanese Relations, Past and Present』(Oxford University Press)邦訳なし
日本研究特別賞:ヘンリー・S・ストークス『英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄』(祥伝社新書)
第5回
日本研究賞:ロバート・モートン 中央大学教授『A.B. Mitford and the Birth of Japan As a Modern State: Letters Home』(Renaissance Books,2017) 邦訳なし
日本研究特別賞:崔吉城東亜大学教授、広島大学名誉教授『朝鮮出身の帳場人が見た 慰安婦の真実―文化人類学者が読み解く『慰安所日記』』(ハート出版)
……いかがでしょう
当初はウヨなりに学術的な賞にしようという意欲が感じられなくもない選定でしたが(あくまでもウヨ基準では、ですが)、徐々にそれが崩れていっているのがおわかりになりますでしょうか?
第3回と第4回の対比がわかりやすいので、少し説明します
第3回奨励賞を受けたロバート・D・エルドリッヂは、ウヨ業界の有名外国人です
ただし、受賞した作品はウヨ丸出しと言えるようなものではありません。なんといっても版元は名古屋大学出版会ですし
つまりこの本に賞を与えても、学術的な賞であると装うことは可能なわけなんです
一方で第4回特別賞はといえば……ヘンリー・S・ストークス『英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄』(祥伝社新書)
うん、タイトルだけでわかる濃厚なネトウヨ本ですね
ヘンリー・S・ストークスもまたウヨ界隈の有名外国人です。ニューヨークタイムズの東京支局長をつとめたほどの人物ですが、加瀬英明らによって十数年かけて"調教"された結果、重度のウヨになってしまったそうです(ニューズウィーク日本版2018.10.30「ケント・ギルバート現象」)
さて、第4回にしてどうあがいても学術っぽく見えない本に賞を与えてしまった「日本研究賞」
タガが外れたのか、第5回にはハート出版の本に特別賞を与えてしまいます
それが崔吉城『朝鮮出身の帳場人が見た 慰安婦の真実―文化人類学者が読み解く『慰安所日記』』
一見したところ学術的な出版物と装えなくもなさそうですが、中身はもちろんウヨ向けの一般書籍
崔吉城さんは民俗学・文化人類学の専門家で、歴史学は僕同様にド素人です。民俗学と歴史学は隣接ジャンルであるはずなのですが、それでコレとは……
しかし、これに賞を与える一番の問題点は、著者や中身ではなく出版社です(著者や中身に問題があることは言うまでもありませんが、それは今更な話です)
世の中には、儲かりさえすればウヨ本だろうがリベラル本だろうがかまわず出版する会社があります。大手出版社はたいがいそうですね
一方で、ウヨ本をせっせと量産し続ける出版社があります
ハート出版といえばスピリチュアル関連の書籍でも有名ですが、アジア太平洋戦争関連で言えば、ウヨの中でも特に頭が悪いのを相手にしているイメージのある出版社ですね
出版書籍のリストを見てみると、「うわぁ……」とドン引きすること間違いなしです
どれだけ立派な本に見せかけようとも、この出版社の書籍に賞を与えている時点で、学術的な賞を装うことは不可能です
……と、まあ、徐々にではありますが、確実に、「日本研究賞」は学術ウヨから一般ウヨ寄りへとシフトしつつあるのが現状かと思います
第6回「国基研 日本研究賞」特別賞の不公正
一般ウヨ寄りの流れに乗るか、それとも流れを変えるのか。注目の第6回「国基研 日本研究賞」、選考結果は以下のとおりでした
・日本研究賞
受賞者なし
・日本研究奨励賞
簑原俊洋『「アメリカの排日運動と日米関係『排日移民法』はなぜ成立したか』(朝日新聞出版)
・日本研究奨励賞
ペマ・ギャルポ『犠牲者120万人 祖国を中国に奪われたチベット人が語る 侵略に気づいていない日本人』(ハート出版)
・日本研究特別賞
秦郁彦『Confort Women and Sex in the Battle Zone』(Hamilton Books)=『慰安婦と戦場の性』新潮社の英訳
ブログタイトルにもあげたように、主眼は特別賞にあるので、奨励賞の2人は簡単に紹介するにとどめます
簑原俊洋『「アメリカの排日運動と日米関係『排日移民法』はなぜ成立したか』(朝日新聞出版)
簑原俊洋さんは日系アメリカ人。なんでも英雄譚にしてしまう歴史家で有名な五百旗頭真さんのお弟子さんだったりします。つまり猪木正道や高坂正堯の孫弟子ということになりますね
いわゆる「産経文化人」の一人で、産経新聞に「新聞に喝!」という連載をもっています
『「アメリカの排日運動と日米関係『排日移民法』はなぜ成立したか』が朝日新聞出版の本だからといって、この人の受賞に噛みついていたウヨは恥を知りなさい(実際に見た)
師匠の五百旗頭真さんともども、あるていどまでなら信頼をおいてもいい保守論客の一人でしょう。少なくとも陰謀史観にはハマらなそうな印象です(ちなみに五百旗頭真さんは田母神俊雄の陰謀史観を斬って捨て、ウヨから襲撃を受けたこともあるのだとか)
まあ、毎回ある「ちゃんとした賞ですよー」というカモフラージュ枠ですよね
ペマ・ギャルポ『犠牲者120万人 祖国を中国に奪われたチベット人が語る 侵略に気づいていない日本人』(ハート出版)
はい、出ました有名外国人ウヨの一角ペマ・ギャルポ。そしてハート出版
ペマ・ギャルポは1953年チベット生まれ、1959年中国脱出→インドへ、1965年から日本に移住してきたという経歴の「実は中国のことあんま知らないんじゃね?」な人
ネトウヨ本を大量生産し「中国脅威論」でヘイトを煽るだけの簡単なお仕事。そんな汚れ仕事で異国の地を生き抜く強者です。「統一教会」や「幸福の科学」とも仲が良い節操の無さにはいつも感心しています
中国の人権侵害は、それはそれとして批判すべきですが、無駄に脅威を煽りヘイトを募らせる論客はノーサンキューです
秦郁彦『Confort Women and Sex in the Battle Zone』(Hamilton Books)
本日問題にしたい話題はこの一冊についてです
『慰安婦と戦場の性』の英訳は長年ウヨの悲願であったわけですが、その出版経緯は特殊でした
英訳を企画したのは、改憲団体のひとつである「日本戦略研究フォーラム」のなかにある「対外発信助成会」です
このことは以前にも指摘しましたが、『慰安婦と戦場の性』の英訳は寄付によって為されています
今一度、「対外発信助成会」の言葉(http://www.jfss.gr.jp/home/index/article/id/179)を引いておきましょう
"秦郁彦著『慰安婦と戦場の性』の
英訳を外国の有力出版社から出すがよかろう、と『文藝春秋』誌上で提案いたしました"
"しかし Comfort Women in the Battlefield の英訳出版助成金の申し出がなく、残念に思いましたのでこのような会の設立を考えた次第でございます"
"つきましては、事業推進に当たっての翻訳料・出版費用等々に関する諸経費のご寄付を左記の通り謹んでお願いするものでございます"
つまり英訳を提案したにも関わらず、外国の有力出版社からも声がかからず出版助成金の申し出もなかったため、しかたなく全国のウヨお金で出版されたわけです
さらに引用します
"尚、この度の対外発信事業第一作目の『慰安婦と戦場の性』(秦郁彦著 新潮選書)の英訳はジェイソン・モーガン氏(歴史学博士)に、出版社は University Press of America との契約で進めております"
はい。おわかりですね?
当初は「University Press of America」で出版される予定だったわけです。名前からわかるように、まあ学術出版社でしょうね
が、実際につかわれた出版社は「Hamilton Books」。Hamilton Booksのホームページ(https://www.hamiltonbook.com/)を見てもらえればわかりますが、どうあがいても学術出版社ではありません
どんな理由で出版社変更が行われたのかはわかりませんが、もしかするとUniversity Press of Americaからは「レベルに達していない」と思われたのかもしれませんね
……と、ここまで長々と『慰安婦と戦場の性』英訳バージョンの出版経緯を説明してきましたが、問題は出版経緯ではありません
問題は英訳を訴えて「日本戦略研究フォーラム」で「対外発信助成会」をつくった責任者は誰か、です
その人物の名は、平川祐弘。文学研究者の東京大学名誉教授にして、様々なウヨ団体と関係する保守じいちゃんです。海上自衛隊幹部学校の外部講師として度々お呼ばれし、日本軍の話をしていることでも有名な人です
平川祐弘が『慰安婦と戦場の性』の英訳責任者であることの、何が問題なのか?
答えは簡単
平川祐弘は「国基研 日本研究賞」の選考委員でもあるのです
自分の企画した本に自分で賞を与える……普通に考えてアウトでしょう。しかも平川祐弘ってば、上記画像のURLで同書籍の講評までしてるんですから面の皮が厚すぎですよ
国家基本問題研究所は、曲がりなりにも公益財団法人です。運営にはいくばくかの税金(補助金)が使われているはずですし、税制上も優遇されています
税金の投入された団体の賞で、こんな公平性に欠ける選考が行われている……
こんなことが許されるのでしょうか?
……ところで、「日本研究賞」は外国人研究者を顕彰するための賞ですが、秦郁彦さんは日本人のはずなんですが……あれれぇ?
まとめ
本日の話の主要なポイントは次の2点
・「国基研 日本研究賞」は徐々に一般ウヨ書籍寄りになってきている
・「国基研 日本研究賞」では疑惑の選考が行われている
今後ますます一般ウヨ書籍寄りの賞になっていくとすれば、必然的に学術的価値のないただのウヨ本がドンドン受賞していくことになります
つまり、『慰安婦と戦場の性』英訳バージョンで見られたようなあからさまなものでなくとも、ウヨ仲間への利益供与的色合いが強まることを意味しています(日本人でも受賞できるんならなおさらです)
思想の右左関係なく、公益財団法人の開催している賞が、こんなことでいいのでしょうか?