最後の戦い
白金の光が降り注いだ。
煌く光の柱は虚空からスっと地面――白亜の円柱へと伸びる。そして、人が七、八人は余裕で乗れるであろう巨大な円柱の天辺に触れると、次の瞬間にはふっと消えてしまった。
光が消えた後には片膝立ちになった人影がいた。言わずもがな、ハジメだ。
ハジメは、剣呑に細めた眼差しを周囲に巡らせる。
そこは、【神域】に入って最初に辿り着いた極彩色の空間のように、ハジメのいる円柱を起点にして真っ直ぐと白亜の通路が奥へと伸びている場所だった。但し、周囲は極彩色に彩られているわけではなく、深淵のような闇に閉ざされている。
通路が純白なだけに一直線に伸びる道がやけに映える。その白亜の道の先は上へ繋がる階段になっていた。
(鉱物じゃないんだな……)
ハジメは、足元を見ながら内心でポツリと呟く。
錬成の派生〝鉱物系鑑定〟を使って白亜の通路を調べるが何の反応も得られなかった。周囲の闇も感知系能力を走らせるが反応はない。
(まぁ、道は一本だ。今更、未知やら罠やらに思考を割いても意味はないな)
静か過ぎるほど静かな空間を、ハジメは泰然と歩き出した。
元から足音を消すくらい問題のないことだが、今は意識して消してはいない。にもかかわらず、ハジメの足音はおろか、衣擦れの音や呼吸音も全く聞こえない。まるで、周囲の闇に根こそぎ吸い込まれてしまっているかのようだ。
そんな音の無い世界を、ハジメは真っ直ぐ前を見つめたまま進んでいく。その先で待っているであろう最愛を想いながら。瞳は、敵への憤怒と最愛への切なさが混じり合って、それこそ周囲の闇の如く深淵を湛えている。
ハジメの足が階段に差し掛かった。下から見上げる階段の上は淡い光で包まれている。ハジメは、そのまま躊躇うことなく光の中へ身を投じた。
白に染まる視界。
そこを抜けた先は、どこまでも白かった。上も下も、周囲の全ても、見渡す限りただひたすら白い空間で距離感がまるで掴めない。地面を踏む感触は確かに返ってくるのに、視線を向ければそこに地面があると認識することが困難になる。ともすれば、そのままどこまでも落ちていってしまいそうだ。
「ようこそ、我が領域、その最奥へ」
周囲に視線を巡らせていたハジメに声がかかった。
可憐で透き通るような声音。川のせせらぎのように耳に心地よい聴き慣れた最愛の声。
だが、今は少し濁っているように感じる。声音に含まれる意思が性根から腐っているからだろう、と思い、ハジメは僅かに眉をひそめた。
同時に、ふっと背後で輝いていた淡い光のベールが消える。そうすれば、黒を基調とした衣服を纏ったハジメの存在は、まるで真っ白なキャンパスにポタリと垂れたインクのようだった。
そのハジメの視線の先が不意にゆらりと揺らぐ。
舞台の幕が上がるように、揺らぐ空間が晴れた先には十メートル近い高さの雛壇。そして、その天辺に備え付けられた玉座には妙齢の美女が座っていた。
波打ち煌く金糸の髪、白く滑らかな剥き出しの肩、大きく開いた胸元から覗く豊かな双丘、スリットから伸びるスラリとした美しい脚線。全体的に細身なのに、妙に肉感的にも見える。足を組み、玉座に頬杖をついて薄らと笑みを浮かべる姿は、〝妖艶〟という言葉を体現しているかのようだ。
並みの男なら、否、性別の区別なく全ての人間が、流し目の一つでも送られただけで理性を飛ばすか、あるいは信仰にも似た絶大な感情と共に平伏するに違いない。そう無条件に思わせるほど、圧倒的な美がそこにはあった。
だが、ハジメは無表情のまま、真っ直ぐにその美女――何故か、成長した姿のユエを見つめるだけで特に感情を波立たせた様子は見られなかった。
それは、見た目の美しさに反して、その眼や口元に浮かぶ笑みに内面をあらわすかのような〝嫌らしさ〟〝醜さ〟を感じさせられたからだろう。
それが分かっているのか、いないのか……ユエ改め、その体を乗っ取ったエヒトルジュエはニヤニヤと嗤いながら、再度、口を開いた。
「どうかね? この肉体を掌握したついでに少々成長させてみたのだ。中々のものだと自負しているのだが? うん?」
明らかに楽しんでいると分かる口調でそんなことを言うエヒトルジュエに、ハジメはわざとらしく溜息を吐きつつ軽く肩を竦めた。
「完璧だとも。内面の薄汚さが滲み出ていなければな。減点百だ。中身がお前というだけで全てが台無しだよ。醜いったらありゃしない。気が付いていないなら鏡を貸してやろうか?」
「ふふふ、減らず口を。だが、我には分かるぞ? お前の内面が見た目ほど穏やかでないことを。最愛の恋人を好き勝手に弄られて腸が煮え繰り返っているのだろう?」
「当然だろ。なにを賢しらに語ってんだ? 忠告してやるよ。お前は余り口を開かない方がいい。話せば話すほど程度の低さが露呈するからな」
冴え渡る毒舌。この間、ハジメはずっと無表情のままである。その淡々とした語りが嫌味などではなく本心から語っているのだと雄弁に物語っており、エヒトルジュエの目元がピクリと反応した。
そして、誰が見ても仮面だと分かる笑顔を貼り付けたままスっと口を開いた。
「エヒトルジュエの名において命ずる――〝平伏せ〟」
極自然に放たれたのは【神言】――問答無用で相手を従わせる神意の発現。かつて、ハジメをして死に物狂いで足掻かせたその〝反則〟に対し、ハジメはゆらりと揺れて……
ドパンッ!!
「――ッ」
銃撃をもって応えた。
銃弾は、エヒトルジュエの眼前で障壁に阻まれ、空間に波紋を広げている。
「……【神言】が僅かにも影響しない?」
「俺の前で何度それを使ったと思ってる。ちゃちな手品なんざ何度も効くかよ」
「……」
ドンナーの銃口を真っ直ぐに向けて来るハジメに、エヒトルジュエの眼が細められる。だが、決して余裕を崩さないまま、頬杖をつく手とは反対の手を誘うように差し出した。
途端、ハジメの持つドンナー&シュラークや〝宝物庫Ⅱ〟など、アーティファクトの周囲の空間がぐにゃりと歪む。が、直ぐにパシッと何かに弾かれるような音と共に正常な状態へと戻ってしまった。
「……なるほど。対策はしてきたというわけか」
「むしろ、していないと思う方がどうかしている」
「調子に乗っているな、イレギュラーの少年。【神言】や【天在】を防いだだけで、随分と不遜を見せる」
「お前からどう見えるかなんてどうでもいい。クソ野郎。あの時の言葉、もう一度言ってやる」
「……」
ハジメは、チャキッとドンナーの照準をエヒトルジュエの心臓に合わせながら、朗々と宣言した。
「――ユエは取り戻す。お前は殺す。それで終わりだ」
白の空間は音を吸収しない。むしろ、凛と言霊を響かせた。
言葉の弾丸を放たれたエヒトルジュエは、その決意を踏み躙るのが楽しみだと表情を邪悪に歪めながら、組んでいた足を解き、頬杖を外して、おもむろに立ち上がった。そして、玉座を背に上段から睥睨しながら莫大なプレッシャーを放ち始める。白金の魔力が白い空間を塗り潰していく。
「よかろう。この世界の最後の余興だ。少し、遊んでやろうではないか」
エヒトルジュエの体がふわりと浮き上がった。
両手を軽く広げながら豊かな金髪を波打たせて、黒いドレスの裾をなびかせる。
同時に、エヒトルジュエを中心に吹き荒れていた白金の魔力光が急激に集束し、その背後で形を作っていく。
燦然と輝きながらエヒトルジュエの背後に現れたのは三重の輪後光。その大きさは、浮き上がったエヒトルジュエを中心に一重目が半径二メートル程で、三重目は半径十メートル以上ある。
その輪後光から、無数の煌めく光球がゆらりと生み出されていく。その数は、まさに星の数と表現すべきか。だが、その壮麗さに反して放たれるプレッシャーは尋常ではない。一つ一つが、容易く人を滅し、地形すら変えかねない威力を秘めているのが分かる。
巨大な輪後光を背負い、数多の星を侍らせ、白金の光を纏うエヒトルジュエの姿は、なるほど、その内面の醜さを知らなければ確かに〝神〟と称するに相応しい神々しさを放っていた。
対するハジメは、
「出し惜しみは無しだ。――全力でいく」
鮮麗な紅の光を噴き上げた。荒々しく螺旋を描く魔力の狂飆はハジメの黒いコートをはためかせ、その体を紅色で包んでいく。そのエヒトルジュエの威光を前にしても僅かにも怯んだ様子のない隻眼は、いつしかレッドスピネルの如く澄んだ紅色で輝いていた。
限界突破の終の派生〝覇潰〟だ。この瞬間、ハジメのスペックは一気に五倍に膨れ上がった。そこに、天歩の終の派生〝瞬光〟が発動され知覚能力がケタを超えて強化される。
同時に、宙に飛び上がったハジメの背後に無数の十字架が並び立つ。闇色と称すべき黒き機体に、紅の紋様が刻まれた十字架は、その総数、実に七百七機。
――新型多角攻撃機 クロス・ヴェルト
従来のクロスビットよりも二回りはコンパクトでありながら、纏う紅の光は背筋に滑り落ちる氷塊を感じさせるほど禍々しい。その光景は、さながら魔王が屠ってきた敵共の墓標というべきか。
お前も、この葬列に加わるのだと、無言でそう主張しているかのような今のハジメは、静かでありながら、かつてない憤怒と殺意を発し、まさに神殺しをなさんとする者として相応しい威を放っていた。
絢爛豪華な白金の輪後光と数多の煌めく星。
暴力的で荒々しい紅の暴風と闇色の十字葬列。
それらが互いを呑み込まんと、空間を軋ませながらせめぎ合う。
エヒトルジュエが、指先まで計算され尽くしたような優雅さで片腕を突き出した。
「さぁ、遊戯の始まりだ。まずは――踊りたまえ!」
直後、数多の光星がハジメ目掛けて殺到した。それどころか、背後の輪後光からおびただしい数の白金の光が、まるで幾何学模様でも描いているかのように飛び出してくる。ある種の芸術性すら感じさせる光の流星群。球体状のものもあれば、刃のように曲線を描くものや、ブーメランのように回転しながら迫ってくるものもある。
「てめぇが誘うダンスなんざ、お断りだ。――フルバースト!」
ハジメがエヒトの誘いを鼻で笑い、号令を一言。
次の瞬間、一斉に十字架の切っ先を前方へと向けたクロス・ヴェルト七百七機が、一斉に砲火を上げた。その全てが電磁加速され、更に弾頭自体も全てが一点集中で多段衝撃波を放つ特殊弾――バースト・ブレットだ。
白金の流星群と、紅の弾丸が空間を埋め尽くす。その光景はまるで、中世の戦争において、両軍が雄叫びを上げながら激突せんとしているかのよう。死神よりも凶悪なそれらの両軍は、それぞれの指揮官のちょうど中央にて互いに破壊を叩きつけ合った。轟音と、凄絶な衝撃と、恒星が生まれたのかと錯覚するような閃光が迸る。
数多の流星が弾け飛び、紅を纏う弾丸が消滅していく。流星と弾幕は、その破壊力において拮抗しているようだ。
「ほぅ、これを凌ぐか。では次の一手といこうか。簡単に死んでくれるなよ?」
愉悦をあらわにした笑みを浮かべ、エヒトルジュエが優雅に腕をひと振りする。すると、背後の輪後光が燦然と輝きを強め、その直後、ズズズと人型の光が現れた。光そのもので構成された人のシルエットは、その手に二振りの光で出来た大剣を携えていることもあって使徒を彷彿とさせる。
「能力は使徒と同程度だ。しかし、この後光が照らす攻勢の中、果たして自律行動で襲いかかる光の使徒まで、対応できるかな?」
そんなことを言っている間にも、光の使徒はおびただしい数が生み出されていく。既にエヒトルジュエを中心に、輪後光を背にして並ぶ光の使徒の数は軽く百を超えるだろう。
だが、そんな絶望的とも言える光景を前にして、ハジメは「ふん」と鼻で嗤うのみ。そして、口にする。自軍召喚の言霊を。
「物量戦は錬成師の領分。使い古された木偶人形なんざ、今更だろう? ――来い、〝グリムリーパー〟」
〝宝物庫Ⅱ〟から紅い魔力が溢れ出る。強烈な閃光と共に膨れ上がった魔力は、まるで爆発四散するかのように飛び散り、一時的とはいえ白金に満ちる空間を紅で染め上げた。そうして、一拍後、閃光が収まった後には、
「これは……ゴーレムの軍団、か?」
呟きを漏らしたエヒトルジュエの視線の先には、紅い光を纏う数多の魔物の群れがいた。ただし、その体は鋼鉄よりも頑丈そうな鉱石で構成され、鋭い牙の奥には銃口が、背や腹には開閉する扉とミサイルが、爪は触れるだけで全てを切り裂きそうな超振動を起こしているという、異様さで溢れていたが。
――ハジメ専用
大狼型、大鷲型、蟷螂型、大亀型、大猿型とバリエーション豊かな、生体ゴーレムの軍団。その数は百を優に超え、しかも体内にはハイブリッド兵器を満載している。痛みを知らず、疲れも知らない、魔王の殺戮軍団。
口元を釣り上げたエヒトルジュエと、絶対零度の目を細めたハジメは、同時に命を響かせた。
「光の使徒よ、不格好な魔物もどきを駆逐せよ!」
「死神共、木偶人形を喰い殺せ」
直後、光の使徒が光芒を弾きながら飛び出し、金属の魔物が咆哮を上げながら突進した。残像を引き連れながら高速移動する光の使徒に、波紋を広げながら空中を疾駆する機械の大狼は、驚いたことに同じく残像を引きながら速度で追従する。そして、背中から小型のガトリングレールガンを展開し、ガパリと開いた口元からは砲撃をぶっぱなした。
スラスターを吹かせて一気に上昇した大鷲は、遥か上空からクラスター爆弾を豪雨の如くバラ撒き戦場を蹂躙する。大亀は背中から大量のミサイルを放ち、固定砲台と化している大亀を狙って接敵してきた光の使徒を、大猿が壁のような大盾を以て防ぎ、隙を突いてソニックヴェーブを発生させる蟷螂が使徒の核を切り裂いていく。
当然、光の使徒にやられるグリムリーパーもいるにはいたが、致命を受ける度に周囲を巻き込んで自爆するので、最低でも必ず相打ちには持ち込んでいた。
「我が魔法に、物量で拮抗するとは……とても人間とは思えんな。しかし、逆に言えば、イレギュラーの本領とやらは、我と拮抗する程度が関の山だったということでもあ――」
「おしゃべりな、駄神だ」
揶揄するように言葉を放つエヒトルジュエを遮って、ハジメが、ドンナー&シュラークを抜き撃ちする。銃声は二発分。空を切り裂く閃光の数は六条。
それが、凄まじい激突を見せる破壊の嵐の中を、まるで泳ぐように潜り抜けて、術者たるエヒトルジュエを狙い撃ちにする。
ギィイイイイッ
そんな硬質な音を立ててエヒトルジュエの眼前で弾丸が塞き止められた。止められた弾丸の位置は、頭、心臓、四肢の六箇所。針の穴を通すような射撃でありながら、一発たりとてミリ単位のずれすらない。衝撃と弾幕が溢れる中で寸分の狂いもなく放たれた絶技だ。
一撃目の弾丸が、刹那の内に連続した衝撃をピンポイントで放った。バースト・ブレットだ。指向性を持たされた衝撃は、エヒトルジュエの障壁にただの一発で致命的な亀裂を入れた。そして、その真後ろに同軌道で放たれていた二発のバースト・ブレットが一発目を杭打ちするように押し込み、一気に障壁を粉砕する。
パァアアアンッと粉砕音が響くよりも速く六箇所同時攻撃の魔弾がエヒトルジュエを穿たんと迫る。
それにスっと手をかざすエヒトルジュエ。そんなことをしても、電磁加速された弾丸が止められるはずもない。あっさりそのたおやかな掌を食い破り、その奥にある心臓を穿つことは明白だ、と思われたが……
「我が障壁を破るとは。しかも、自動再生があるとはいえ恋人の心臓を躊躇いなく狙うその性根……楽しませくれるな、イレギュラー」
そんなことを言いながら唇の端を釣り上げるエヒトルジュエの掌や胸は、何のダメージも受けていないようだった。
その原因はかざした掌の先、そこに発生している小さな渦巻く黒い球体だろう。おそらく、重力魔法の〝絶禍〟だ。弾丸を呑み込み、そのまま超重力で圧壊させてしまったのだ。
それほどまでに微細な制御をすることも、電磁加速された弾丸をしっかり知覚して受け止める反応速度も、やはり尋常ではない。自動再生に頼らないのは遊戯のつもりか、あるいは触れることを不遜と取る神の矜持か。
この数瞬の攻防の間にハジメの方でも、クロス・ヴェルトの弾幕をくぐり抜けた流星群が到達した。拳大の光星がハジメに殺到する。
視界を埋め尽くす光の群れを前に、しかし、ハジメの表情には何の焦りもない。
「――ふぅ」
短く吐き出された呼気。
次の瞬間、光弾の群れがハジメの体を通過した。僅かにジジジッと奇妙な音を響かせながら、まるで幻影のハジメを攻撃しているかのように致死の弾丸は意味を成さずハジメの背後へと抜けていってしまう。
「ほぅ、見事だ」
エヒトルジュエが思わずといった様子で称賛の言葉を漏らす。
敵をして思わず感嘆させるすり抜けの原因。それは、どうということもない。単に、高速かつ必要最小限で避けている、それだけだ。ジジジッという音は、光弾がハジメの衣服に掠っている音。それほどまでにギリギリ、ミリ単位の見切りで回避しているのである。
常人であれば動いていないように見えただろうが、エヒトルジュエの知覚上ではハジメの体がまるで分身でもしているかのように何重にもブレては元の位置に戻るという光景が映っていた。
「では、これはどうだ?」
エヒトルジュエがゆるりと手を払う。
途端、輪後光から蛇のようにうねりながら不規則な動きで伸びる光が幾本も放たれた。それだけでなく、直径二メートルはありそうな巨大な光弾がまるでシャボン玉の如く大量に吹き出されハジメへと迫っていく。
「チッ」
舌打ち一つ。
ハジメは〝縮地〟と〝空力〟を使いながらその場を飛び退く。光鞭が一瞬前までハジメがいた場所をしたたかに打ち据え、バブル光が空間そのものを隙間なく埋め尽くして弾け飛んだ。
クロス・ヴェルトを縦横無尽に飛ばし、グリムリーパーに命じてあらゆる角度からエヒトルジュエを狙い撃ちする。しかし、エヒトルジュエが腕をひと振りするだけで、接近した機体は全て粉砕されてしまった。
「……」
ハジメはその光景にスッと目を細めつつ、〝宝物庫Ⅱ〟を輝かせた。
直後、その手に握られる巨大な兵器。一見すれば、六つの回転砲身を持つガトリングレールガン〝メツェライ〟だ。しかし、その大きさが全く異なる。二回り以上は巨大化しているのだ。しかも、よく見れば、六つの砲身の全てが、それぞれ六つの砲身そのものとなっている。
――超大型電磁加速式ガトリング砲 メツェライ・デザストル
従来のメツェライの砲身そのものを一つの砲身と見立てた六×六回転砲身を持つガトリング砲。毎分七万二千発という怪物という評価を通り越して、発想が馬鹿とさえ言えてしまいそうなとんでも兵器だ。
ハジメが、そんなとんでも兵器の引き金を引いた。
ヴォッッ!!
と、そんな空気そのものが破裂するような異音を響かせ、一瞬で薬莢のスコールを発生させたメツェライ・デザストルは、射線上の一切――流星群も、バブル光も、光の使徒すらも一寸でボロクズのように粉砕してエヒトルジュエへと迫った。
それはもはや、紅い光の濁流だ。進路上の全てを呑み込む自然災害と同義の破壊の嵐。
「凄まじいものだ。だが、当たらなければ意味はあるまい? ――〝白き終末の大渦〟」
水平に伸ばしたエヒトルジュエの両手の先で、まるで白金の光が渦巻いた。煌きながら渦巻くそれは、まるで銀河が生まれたかのよう。
直後、並の障害などものともせず突破するであろう紅い魔弾の濁流は、まるで一刀両断にでもされたかのように、エヒトルジュエの眼前で真っ二つに分たれ、両サイドの銀河へと呑み込まれてしまった。当然、魔弾はただの一発足りとて、エヒトルジュエには届いていない。
「……これでも届かない、か。ったく」
思わず悪態を吐くハジメに、背後から流星群が殺到した。転移でもさせたのか、いつの間にか背後に回っていた数多の光星がハジメを呑み込まんと迫る。
それらを時に残像すら残さず、時に木の葉のようにゆらりゆらりと揺れながらかわし、ドンナーとメツェライ・デザストル、それにクロス・ヴェルトを駆使して流星群の隙を見つけてはエヒトルジュエに紅き閃光を伸ばすハジメ。光の使徒と激戦を繰り広げる機械式の魔物達も、隙あらばエヒトへ攻撃の手を伸ばしている。
白い空間は美しく乱舞する白金の光と、その間を縫うように駆け巡る紅い閃光で傍から見れば心奪われずにはいられない絶佳というべき様相を見せていた。
そんな中、攻防の手を全く緩めることなく、そしてハジメの銃撃やグリムリーパー達の攻撃を捌きながら、エヒトルジュエは余裕の笑みを浮かべてハジメに話しかけた。
「そう言えばイレギュラーよ。アルヴヘイトをどのようにして仕留めたのだ? あれも一応は、神性を持つ我が眷属だ。いくらお前と言えど、そう簡単に討たれるとは思えないのだがな」
大きく迂回しながら四方よりハジメを狙う回転光星を、独楽のように回りながらドンナーで迎撃しつつハジメは鼻で嗤いながら返答した。
「ハッ、あの俗物が神? 笑わせるなよ。無様に命乞いしながらあっさり死んだぞ。あれなら迷宮の魔物の方がまだ根性がある」
「ほぅ、あっさりとなぁ」
バブル光が空間を埋め尽くす。ハジメはメツェライ・デザストルを仕舞うと、代わりに〝アグニ・オルカン〟を取り出し前方目掛けてミサイルの群れを発射した。
凄まじい轟音と爆炎が上がりバブル光の檻に穴が出来る。
そこを瞬時に駆け抜けてアグニ・オルカンの照準をエヒトルジュエに合わせて引き金を引く。
が、その瞬間、エヒトルジュエがパチンッと指を鳴らした。同時に何もない虚空から突如、雷が降り注いだ。極限まで集束・圧縮されたそれは、もはや雷で出来た槍だ。名付けるなら、神の放つ雷の槍――〝雷神槍〟といったところか。
「っ」
感知系能力に反応する暇もなく、僅か数メートルの死角から雷速で飛来したスパークする白金の槍はあっさりとアグニ・オルカンを貫いた。それだけでフレームが変形し、更に内部のミサイルに詰められた燃焼粉に引火して大爆発を起こす。
咄嗟にアグニ・オルカンを投げ捨ててその場を離脱したものの、一発でも絶大な威力を誇るミサイルが至近距離で何発も爆発した挙句、雷神槍もまた圧縮した雷を四方に撒き散らしながら破裂したこともあって、ハジメはダメージを負うことを避けられなかった。〝金剛〟や見かけ以上に頑丈な金属糸と魔物の革で作られた衣服を貫いたことから、その威力の高さが分かるだろう。
「ぐぅ……(即時発動、ランダム座標からの雷速攻撃……やっぱ、まだまだ手札を持っているか)」
思わず呻き声を上げつつ、内心で呟くハジメを尻目に、エヒトは何事もなかったように話を続ける。
「隠すことはない。分かっているぞ。概念魔法を発動したのだろう? お前にとってあの時は極限と言える状況だった。まさか、アルヴヘイトを打倒し得るほどに強力な概念を生み出すなど、我にとっても予想外ではあったが……」
「……」
アグニ・オルカンを失ったハジメは、一瞬、何かを考えるような様子を見せると、周囲に炸裂手榴弾をばら撒いてバブル光を弾き飛ばしながら再びメツェライ・デザストルを取り出した。そうしてエヒトを牽制しながら、クロス・ヴェルトを操り、その内の一機をエヒトルジュエの頭上に位置させた。
「大方、〝神殺し〟の概念でも作り出したのだろう? そして、その切り札を懐に忍ばせて、これならばと希望を抱きながらここまで来た。ふふふ、可愛いものだ」
エヒトルジュエは頭上のクロス・ヴェルトに視線すら向けず、それどころか口を閉じることもなく手を頭上で薙いだ。
それだけで、発砲寸前だったクロス・ヴェルトが不可視の刃に寸断されて爆発する。内蔵された弾丸が破片手榴弾のように周囲を殺傷しようと飛び散るが、それすらエヒトルジュエの手前の空間で弾かれて届かない。
その様子を見て、しかし、ハジメは舌打ちするでもなく、愉悦に浸りながら語るエヒトの様子に注視し、スッと目を細めた。そんなハジメを気にするでもないエヒトは、更に滑らかに舌を滑らせる。
「それを使えば、我と吸血姫の魂を切り離すことが出来ると、我だけを殺せると、そう思っているのだろう?」
「……バレバレか。まぁ、誤魔化す気もない。俺の
「ふはっ、未だこの女の魂が無事でいると信じているのだな。ありもしない幻想に縋りついて吠えるその姿、真、滑稽の極みだ」
そう言って、再び鳴らされるフィンガースナップ。
直後、ハジメがガクンッとつんのめるように動きを止める。
「――ッ」
原因は明白。ハジメの持つメツェライ・デザストルが歪む空間に捉えられていたのだ。その空間の歪みは、ギュッと押し固められたように形を取り正方形のブロックとなった。その中央にメツェライが固定される。
ほぼ同時に、再び何の前触れもなく虚空から雷の槍が飛来した。
「くそっ」
思わず悪態を吐きながら、ハジメはメツェライ・デザストルを〝宝物庫Ⅱ〟に格納することで逃れようとする。しかし、それを見越していたかのように、エヒトルジュエから「――〝捕える悪夢の顕現〟」と呟きが響いた。
ハジメの首が飛ぶ。四肢がもぎ取られ、心臓を穿たれる。
「カァッ!!」
裂帛の気合が迸った。
発信源は死んだと思われたハジメから。先程の光景はエヒトルジュエが掛けた幻覚だ。下手をすれば、それだけで命を奪いかねないほどリアルな幻覚。それを体内の魔力を爆発させる勢いで活性化させ吹き飛ばした。
だが、一瞬、意識を奪われたことに変わりはない。その代償はメツェライ・デザストルだった。
雷神槍が突き刺さる。メツェライ・デザストルはアグニ・オルカンと同じ末路を辿ることになった。
――強い
ハジメは素直に、そう評する。
術の展開、発動規模、速度、威力、どれをとってもかつてのユエを軽く超えている。魔力が尽きる気配もない。輪後光から放たれるおびただしい数の流星は、ほぼ自動なのか制御に苦心する様子は欠片もなく、光の使徒も無尽蔵に生み出され、その合間に強力極まりない神代級の魔法を連発してくる。
ハジメでなければ瞬殺必至だ。
自慢のアーティファクトを二つも失ってしまったハジメを、更に追い詰めるようにエヒトルジュエは意気揚々と口を開いた。
「中々に、甘美な響きであった」
「あ?」
「吸血姫――ユエだったか。お前の女の悲鳴は、甘く蕩けるようであったぞ」
「……」
ストンとハジメの表情が抜け落ちる。
「肉体の主導権を奪われ、もはや魂魄だけとなった身でよく抗っていた。だが、抗えば抗うほど魂には激痛が走っていただろう。……クックックッ、我には見えていたぞ。身の内で必死に歯を食いしばって耐えている吸血姫の姿がな。それもやがて耐え切れなくなり、悲鳴を上げ出した。そして、己の魂が端から消えゆく様に恐怖し、震えながら……最後の言葉は、『……ハジメ、ごめんなさい』だったか。ふふふ」
「……」
「そうやって消えていったのだよ。恐怖と絶望を存分に味わいながらな。分かるかね? イレギュラー。お前の追って来た希望など、最初からありはしないのだよっ! ふはっ、ふはははははっ」
哄笑を上げるエヒトルジュエ。確かに、ハジメの魔眼にはユエの魂が映らず、白銀色の魂が溶け込むように根付いているのが見て取れた。それは、いかにも、エヒトルジュエの言葉が真実であると示しているかのようで……
ハジメは無言でいくつもの手榴弾を上空に投げた。それをドンナーで余さず撃ち抜く。その瞬間、手榴弾を中心に周囲の光星が纏めて地に落とされた。
使ったのは重力手榴弾――発動と同時に超重力地帯を作り出す特殊効果を持つ。その効果によって周囲の光弾が落とされたのだ。
ハジメの手にはシュラーゲン・AAが握られる。一瞬でチャージを完了した貫通特化の
重力手榴弾により薄くなった弾幕地帯を無人の野を行くが如く、放たれた紅の閃光は真っ直ぐに突き進む。
エヒトルジュエは手をかざす。眼前に可視化した障壁が二重、三重と重ね掛けされる。
シュラーゲン・AAの牙は、一枚目の障壁を爆砕し、二枚目を一瞬の拮抗の後に食い破り、三枚目の障壁すらも砕いてエヒトを強襲した。が、三重の神性障壁は明らかに砲撃の威力を減衰させており、そうなれば、当然、エヒトの両側に控える白き大渦の影響を無視することなどできない。八十八ミリの砲弾は、虚しく軌道を捻じ曲げられ、圧壊の渦へと呑み込まれてしまった。
「我は神ぞ。自動再生がある限り貴様の攻撃など何の痛痒も感じはしないが……触れること自体が不遜と心得よ」
そして、そんなことを言いつつお返しだとでも言うようにニヤリと嗤いながら優雅な仕草で手を振るう。
「――ッ」
直後、ハジメの四方上下の空間そのものが弾けた。それにより生まれるのは絶大な衝撃。魔王城で放たれた〝四方の震天〟を更に強力かつ精密にした空間爆砕だ。更に、その後ろから、転移でもさせたのか、いつの間にか回り込んでいた圧倒的な物量の光星が迫って来ているのが分かる。
これまたノータイムかつ逃げ場のない圧倒的な攻撃に、ハジメは可変式大盾〝アイディオン〟を取り出した。瞬時にギミックが作動しハジメを覆う球状の盾が展開される。
轟音。
全方位から放たれた空間爆砕の衝撃は、一撃で〝アイディオン〟の一層目を木っ端微塵に吹き飛ばした。凄まじい衝撃が伝播してきて〝アイディオン〟を支えるハジメの左腕が悲鳴を上げる。
そこへ追撃の嵐。莫大な量の光星が、復元する間もなく次々と襲いかかった。光の嵐に呑み込まれた〝アイディオン〟は、まるで恒星のように輝く。
それでも、どうにか突破を許さない強固さは難攻不落の城塞と称するべきか。
だが、その防御力もエヒトルジュエにとっては面白い余興に過ぎないようで、おもむろに手を掲げるとその掌に蒼白い焔を生み出した。そして、そっと息を吹きかけるようにして送り出す。
スっと音もなく飛翔した蒼焔は、未だ集中砲火を受けている〝アイディオン〟に突撃し――そのまま防壁をあっさりと透過した。
直後、
「がぁああああああっ!?」
響き渡る絶叫。
〝アイディオン〟のギミックが解かれて、そこから蒼い焔に巻かれたハジメが飛び出して来た。
間髪入れず迫る転移してきた流星群を、グリムリーパー達が主の身代わりとなって防ぎ、鋼鉄の雨を降らせた。同時に、周囲に呼び寄せて結界を張ろうとしたクロス・ヴェルトも、数十機単位で雷神槍に貫かれて爆発四散する。そんな周囲の犠牲に歯噛みしつつ強引に包囲を突破して、苦痛に歪んだ表情のまま紅の魔力を収縮。次の瞬間には衝撃に変換して蒼焔と殺到する光星を辛うじて吹き飛ばす。
同時に、後に残された〝アイディオン〟が、鉄壁を崩して内への隙間を開いた為に内外から攻撃を受けて木っ端微塵に粉砕されてしまった。
「はっははははっ、先程までの大言はどうしたのだ? 随分と見窄らしい姿になっているではないか」
エヒトルジュエが可笑しそうに嗤う。
その視線の先には、あちこちに火傷を負い服の一部も焼損させて荒い息を吐くハジメの姿があった。魔力も蒼炎と光星の吹き飛ばすのに相当量を衝撃に変換したようで、かなり目減りしている。〝全属性耐性〟や〝金剛〟の護りを気休め程度にしてしまう威力には戦慄せざるを得ない。
「はぁはぁ、今のは……ユエの……」
「いや、我のだよ。吸血姫も使えたようだが、元々、我が使っていた魔法だ。あらゆる障害を透過し目標だけを滅ぼす。〝神焔〟というのだ。どうだ? 中々、美味であっただろう?」
「……」
ハジメは答えない。それよりも魔力を回復力に変換して少しでもダメージを治癒することに意識を注ぐ。出来れば回復薬を飲みたいところだが、果たしてそれをエヒトルジュエが許すかどうか……苛烈な攻撃を受けた後とあっては、隙は見せられなかった。
この場にシア達がいれば、ここまで圧倒され追い詰められるハジメを見て驚愕に固まるに違いない。実際、ハジメ自身もユエの体を完全に掌握したというエヒトルジュエの実力に、内心で苦笑いを浮かべずにはいられなかった。
だが、当然、それを表情に出すことはなく、代わりに反抗と不屈の眼光を叩き付ける。
「ふむ、最愛の女は既に消えたと言われても、未だ折れる気配すら見せないか……」
「当たり前だ。お前の言葉を、何故、俺が信じてやらなきゃならないんだ? 戯言が好きなら一人で好きなだけ語ってな」
ハジメの物言いに苦笑いを浮かべるエヒトルジュエ。まるで、ハジメの回復を待ってやっているかのように攻撃の手を緩めて話し出す。
「本当に、お前という存在はイレギュラーだ。フリードの出現でバランスが崩れかけた遊戯を更に愉快なものにする為、異世界から力ある者を呼び込んだというのに……本命を歯牙にもかけぬ強者になるとはな」
「……何故、今回に限って召喚なんぞしやがった」
人間と魔人の戦争ゲーム。エヒトルジュエが催した最低の遊戯。そのバランスをフリードが崩したのだという言葉に、ハジメは僅かに眉をしかめた。フリードの大迷宮攻略が、神の意図したものではないイレギュラーなことだったと言われたのが少し意外だったのだ。
そして、大迷宮攻略者なら、三百年前、ユエの叔父であるディンリードも同じである。しかし、ハジメが学んだ史実において、その時、勇者召喚が行われた記録はないし話を聞いたこともない。
何故、今回だけ、という疑問は巻き込まれた者としては当然に思うところである。単にエヒトルジュエの話に付き合って回復の時間を稼ぐという意図もあったが。
「昔と違って、現代にはフリードに対抗できる人材がいなかったのでな。まさか、吸血姫の他に竜人まで生きていたとは思わなかったのだよ。どちらも上手く隠れたものだ。……この世界に良い駒がいないのなら別の世界から調達するしかあるまい」
「……別の世界、ね」
「そうだ。もっとも、お前達の世界に繋がったのは全くの偶然ではある。どうせならと、我の器と成り得る者、親和性の高い者を探した結果だ。神の身なれど、世界の境界を越えることは容易くない。まして、器なき身では【神域】の外で直接干渉することもままならんほどだ。結果として、どうにか上の世界から引き摺り落とすことには成功したわけだが……お前のようなイレギュラーを含む、おまけが多数付いて来てしまった」
エヒトルジュエの話からすれば、光輝はユエと同様、器としての可能性も考えて選ばれたようだ。おそらく、導越の羅針盤タイプの魔法を使って探り当てたのだろう。だが、肉体という器がないエヒトルジュエは【神域】の中でしか十全に力を振るうことが出来ず、しかも上位の世界である地球には力の制御も上手く出来なかったようだ。
その結果が、クラスメイト全員の召喚だったということだ。つまり、本当に、光輝以外は神すら意図しない〝巻き込まれ〟だったらしい。迷惑なことこの上ない話だ。
「もっとも、そのおかげで三百年前に失ったと思っていたこの最高の器を見つけることが出来たのだから僥倖だったと言えるだろう。ふふ、これで【神域】の外でも十全に力を発揮できる。異世界へ渡ることも容易い」
おそらく、使徒の肉体でも神を降ろす肉体としては不十分なのだろう。そうでなければ、これほど器を手に入れたことに歓喜を見せるはずがない。
己の手を握ったり開いたりしながら悦に浸るエヒトルジュエに、ハジメは、実はずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「エヒトルジュエ……お前はなんなんだ?」
「抽象的に過ぎる質問だな。イレギュラー。だが、何と言われれば、当然、答えは決まっている。全てを生み出し支配する神である、と」
超然と創造神にして支配神であると名乗るエヒトルジュエ。
だが、それをハジメは鼻で嗤う。
「いいや、お前は神なんかじゃない。この世界を創造なんてしていないし、全てを支配してもいない。人が想像する超自然的な存在なんかじゃない。ただ、人より強大な力を持っているだけだ」
「……ほぅ。何を根拠に、そのようなことを?」
興味を惹かれたのかエヒトルジュエが尋ね返す。
「簡単だろう? お前の知覚は、奈落の底のユエを、そして、この大陸の外に隠れた竜人族を捉えられなかった。お前の力はこの大陸のみ、それも奈落には届かない程度の範囲にしか及ばないんだ。そんなもの創造主にしては矮小すぎるだろう?」
「クックックッ、我を矮小と言うか。それで? 神でないなら何だと言うのだ?」
ハジメは、どこか苦虫を噛み潰したような表情で回答を突きつける。
「……お前は俺達と同じ〝異世界の人間〟だ」
「ふむ。神でなく強大な力を持っているから、自分達と同じ外の世界の人間だと……そう言うわけか」
「それだけじゃない。そもそも〝外の世界〟なんて概念を知っている時点でおかしいんだよ。〝この世界にいないから他の世界の人材を〟……そんな発想は異世界が存在することを最初から知っていなきゃ出てこない。ファンタジーな娯楽が溢れる俺達の世界ですらただの妄想の類だってのに。これが世界を創造できる程の存在なら知っていることも納得出来るけどな、さっき言った通り、お前が全知全能な超常の存在でない以上、俺達と同じ理由で異世界の存在を知っていたと考えるのが自然だ」
その言葉に、エヒトルジュエは「ふむ」と頷いた後、わざとらしくパチパチと拍手を始めた。
「見事、と言っておこうか。確かに我は異世界の人間だった。
そして、おもむろに手を掲げる。直後、虚空に雷鳴が轟き、蒼炎が爆ぜ、暴風が吹き荒れ、空気が凍てつき、白煙が渦巻いた。
ハジメにとって見慣れた光景。しかし、そこに集束される力の大きさは過去に見たそれを遥かに凌駕する。
生まれゆくは五体の天龍。ユエが作り出した重力魔法と最上級魔法が複合された凶悪にして壮麗な蹂躙の権化。それらの天龍が、ギロリと
ユエの天龍とは明らかに異なる天龍の気配。ハジメの魔眼は魔法で構成された天龍に核以外の物質を捉える。その脈動を打つ赤黒い鉱石は明らかに魔石だ。
どうやら、天龍に変成魔法を使って魔物化させたようだ。素材は空間魔法で取り寄せたのだろう。魔物だけでなく使徒の気配も混じっている。天龍の厄介さを熟知しているだけに、それらに術者の制御を離れ自律的に獲物を襲うというおまけが付いたことに、ハジメは内心冷や汗を流さずにはいられない。
(物量戦で圧倒できない上に、ここに来てまた厄介な新手を……まぁ、楽に行けるとは思ってなかったさ。覚悟なら、出来ている)
内心で独り言ちるハジメの視線の先で、五体の天龍は、エヒトルジュエを中心にしてとぐろを巻くように宙を泳いでいる。
大人の姿になったユエが壮麗な龍を従えるその姿は、まさに神話に出てくる女神のようだ。否、どの神話の女神とて、輪後光を背に天龍を侍らす今のユエの姿を前にしては霞まざるを得ないだろう。きっと、美の女神であるアフロディーテですら裸足で逃げ出すに違いない。
その神々しいまでの美貌を台無しにする中の人が、嫌らしく嗤いながら口を開いた。
「さて、イレギュラー。少しは回復したかね? そろそろ、遊戯を再開しようではないか。その間、少し昔話をしてやろう。出来るだけ長く足掻くのだぞ? 自身のことを話すのは随分と久しい。我の興を満たせ」
「言われなくても足掻くさ。俺自身の為になっ」
次の瞬間、五天龍から一斉に咆哮が上がり、ハジメに凄絶な殺意と威圧がのしかかる。同時に輪後光の流星群も再開された。白き空間が魔物と化した天龍と光の奔流に埋め尽くされた。
今まで、読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。
遂に最後が見えたこの「ありふれた」物語。
今まで読んでくださった読者の皆さんとゴールしたいと思いますので、最後までよろしくお願い致します。
ちなみに、輪後光からの流星群はニコ動「霊○と幽○子の弾幕ごっこ」をイメージしてます。神動画です。是非、検索してみてください。
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