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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

最終章

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171/357

ウサミミ少女は凌駕する

シアの集大成です。

「うりゃあ!!」


 可愛らしくも勇ましい気合の声を上げながら、シアが飛び出す。


 身体強化〝レベルⅣ〟――正確には魔力操作の派生〝変換効率上昇Ⅲ〟の一つ上ということなる。魔力1の消費に対し身体能力の数値を3上昇させることが出来るこの能力を昇華魔法で強制的に〝変換効率上昇Ⅳ〟にしたというわけだ。


 同時に、


「砲撃せよ!」


 ティオの命が響いた。


ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 シアとティオを取り囲む魔物の群れ――それを更に外側から包囲するアーティファクトで武装した黒竜達が一斉にブレスを放った。


 完全なる奇襲。完璧に背後を取られた状態での竜の咆哮(ブレス)


 ティオによく似た黒の閃光は鋼鉄の乙女(アイアン・メイデン)に閉じ込められた哀れな囚人の如く、内側の魔物達を容赦なく刺し貫いた。


 威力は十二分。遭遇当初の白竜が放っていた極光と同レベルといったところ。つまり、現在の強化された灰竜達と同等か、それ以上の威力がある。


 事実、百体の黒竜から放たれた一斉ブレスによって、二百体以上の魔物達が瞬時に粉砕された。尋常でないレベルの魔物達の防御力を突破して、少なくとも、一撃で二体は吹き飛ばしたことになる。


 いったい、そんな強力な竜種の魔物をどこから連れて来たのか。フリードは、銀色の砲撃をティオに向かって放ちながら湧き上がった疑問を胸中で呟く。自分が灰竜を昔の白竜レベルまで進化させるのに、たとえ神の助力があったとはいえ、どれだけの労力と修練を必要としたのか……


 たとえ、ティオに変成魔法に対する高い適性があったのだとしても、魔王城で見たときと比べると有り得ない習熟度である。どう考えても数日で到達できるレベルではなかった。


(だとすれば、やはり、あの黒竜共が身につけている装備が原因か。魔物にアーティファクトを装備させるなど何と常識外な……くっ、またもや奴の仕業かっ。忌々しい!)


 考察の結論を出し、内心でここにはいない白髪の少年に悪態を吐くフリード。自身の砲撃がティオに弾かれるのを確認し、次の一手を打ちながら更に魔物達に指示を出す。すなわち、周囲の黒竜を排除しろ、と。


 主の命令に忠実な従魔達の何割かが、その場でくるりと反転すると標的をティオから武装黒竜へと変更した。


 ティオの狙い通りだ。ただでさえ、白金の使徒とフリード、そして白神竜の相手をしなければならないのに、ひしめき合う魔物に虎視眈々と隙を窺われ、攻防の度に横槍を入れられたのでは堪らない。〝数には数を〟と、こういう事態を想定して用意していたのは幸いだった。


 この武装した黒竜の群れは、ティオの故郷である隠れ里――大陸の北方にある山脈地帯を越え、更に海を跨ぎ、数百キロ進んだ先にある孤島――に生息する竜種の魔物なのだが、元々、奈落で言えば上層の中階レベルの力はあった。


 それを変成魔法によって強化することで中層の中階レベルとなり、それを更にハジメの昇華魔法が付与されたアーティファクトによって最低でも下層の中階レベルとなり、更にチートメイトによって最下層レベルとなったのだ。


 ちなみに、黒竜だけなのは、元々違う色だったのだがティオが変成魔法を使い黒色にしたからである。理由は「魔王と呼ばれる男の女が従える竜と言えば邪竜。邪竜と言えば黒竜じゃろう?」という、しょうもないものだ。本人はドヤ顔だったが。


 そんな武装黒竜達に、フリードの魔物が一斉に襲いかかった。数は未だ十倍以上。スペック的にはほぼ同等。ならば、黒竜達は数の暴力に呑み込まれるしかないのでは、と思われた。


 しかし、その予想はいい意味で裏切られることになる。


 まず、灰竜達が空の覇権は自分達にあると言わんばかりに、怒気の籠った咆哮混じりのブレスを一斉掃射した。無数に奔る光の軌跡。三倍以上の数から放たれたそれは、壁の如き弾幕だ。


 しかし、直撃するかと思われた数多の極光を、黒竜達はバレルロールなど曲芸じみた動きをすることで僅かな隙間を縫うようにあっさりとかわしてしまった。それはまるで、先程のシアが行ったように安全地帯が分かっているかのような動き。


 その原因は、黒竜達が被っている兜にある。密着するように頭部全体と鼻先までを覆うそれには、〝先読〟が付与されているのだ。シアのように事前に明確な映像として見えるわけではないが、攻撃が放たれた後、その軌跡を察知することは可能である。それによって、的確な回避行動が取れたわけだ。


 黒竜が反撃のブレスを放ち、急迫してくる魔物共を薙ぎ払う。


 宙を飛びながら辛うじて黒き閃光を掻い潜り、黒竜の懐へと飛び込んだ馬頭が、その豪腕を振るった。下方から黒竜の腹――そこを覆う鎧に叩き込まれたその拳は、赤黒い波紋を広げ魔力を衝撃波に変換する。


 が、その瞬間、鎧から同じく魔力の波紋が広がり、逆に馬頭を吹き飛ばしてしまった。明らかに〝衝撃変換〟の能力。そう、この黒竜が纏う鎧は衝撃を感知した瞬間、逆に衝撃を返すという、言わば爆発反応装甲なのだ。


 更に、三頭狼や黒豹キメラが襲い来るが、それを爪や尻尾によって迎撃する。すると、そんな鈍重な攻撃が通用するかと嘲笑うように目を眇めた魔物達がするりとかわした……と思われた次の瞬間には、血飛沫を撒き散らして地に落ちることになった。


 確かにかわしたはずなのに両断された肉体。それは、黒竜の爪に取り付けられた外装型の爪や、尻尾の先に装備した刃に付与された〝風爪〟が発動したことが原因だ。


 スペック的には同等。数は比べるのもおこがましい。だが、装備するアーティファクトの有用性が彼我の戦力差を覆す!


「ふふ、これが妾とご主人様の共同作業の成果じゃ。中々じゃろう?」

「ウラノスっ! 薙ぎ払え!」


 ティオの得意げな言葉を無視して、フリードは眉を逆立てながら白神竜に命令を下した。途端、ティオに向かって莫大な極光の奔流が放たれる。


 射線上の全てを薙ぎ払う死の具現を、ティオは何度も喰らうかと言わんばかりにあっさりと回避する。同時に、射線上にいる黒竜達に念話で指示を飛ばし、回避を促した。


 錐揉みしながら緊急回避を行った黒竜達だったが、流石に余波だけで主たるティオの竜鱗を破るような極大の閃光を完全に回避することは出来ず、傷を負う個体もあらわれてしまった。


 すると、すかさず、


「――〝竜王の福音〟」


 ティオが詠唱を口ずさむ。


 途端、黒色の波紋がティオを中心に空間全体へと広がり、翼をもがれ、四肢の一部を吹き飛ばされて地上へと墜落していた黒竜達が、瞬く間に回復し宙にとどまった。


 魂魄再生複合回復魔法〝竜王の福音〟――魂魄魔法〝眷属選定〟という黒竜のみを選んで魔法の効果を発揮させる魔法と再生魔法の複合魔法だ。


 その魔法名の通りに、自分達の王から癒しを受けた黒竜達は歓喜の咆哮を上げながら、より勇壮に戦い始めた。竜王が自分達を守護してくれているのだ。どれだけ傷つこうとも何も恐れることはない、と魔物ならば本能的に回避を選ぶような状況でも、一歩を踏み込んでその爪牙を振るう。それがまた、結果的に黒竜達を優位にしていく。


 更にティオは、その手に持った黒い鞭を振るった。見た目の長さは、せいぜい五、六メートルなのに、一度振るえば有り得ないほど伸長し不規則な軌道を描いて宙を奔る。先端の速度は軽く音速を突破しているだろう。


 それが、フリードを真横から狙う。


「チッ!」


 フリードが舌打ちをしながら銀翼で防御しようとした。だが、そこで黒鞭は急に軌道を変えて白神竜の眼球に先端を打ち付けた。


グルァアアアアアアアッ


 本来なら、たとえ眼球に直撃を受けても、その常軌を逸した耐久力で傷一つ付かないはずの白神竜だったが、黒鞭が触れた瞬間、その場所をなぞるようにして空間がずれ、あっさりとその眼球を切り裂いてしまった。


 この黒鞭、当然、ハジメが作ったアーティファクトであり、正式名称を〝黒隷鞭〟という。柄の部分に小さな〝宝物庫〟がついており、そこに収納されている最大三キロメートルの長さの黒鞭が魔力を注ぐことで自在に出し入れ出来るのだ。一見すると無限に伸びる鞭である。


 更に、この黒隷鞭は束ねた鋼糸に小さな金属片を重ねて貼り付けたもので、目を凝らせば、まるで猫の舌、あるいはサメ肌のように対象を削り取るような構造になっている。そして、その金属片には、空間魔法〝斬羅〟が付与されており、使用者の任意で空間ごと切り裂くことも可能なのだ。


 辛うじてもう一方の目を打たれることは避けたものの、神竜たるプライドがあるのか傷を付けられたことに怒りをあらわにする白神竜。そして、その怒りのまま極光で戦場を横薙ぎにした。


 味方の魔物を多数巻き込み、しかし、ティオに当たらないことに怒りを募らせる。


「戦場で感情に流されるか。未熟じゃのぅ」


 進化して力は増大しても、やはりまだまだ若いということだろう。白神竜は冷静さに欠けるところがあるようだ。


 そんな、ある意味、隙を晒す白神竜に対し年長者の貫禄を見せつけつつ、ティオは更に黒隷鞭を振るった。


 但し、今度は、先の極光の余波によってよろめいている三頭狼に向かって。


「グガァッ!?」


 突然、首筋に巻き付いて締め上げてきた黒隷鞭に、驚愕したような声を漏らす三頭狼。


「生誕せよ、産声(咆哮)と共に、――〝竜王の権威〟!!」


 ティオの威厳すら感じさせる声音が響いた。


 同時に、三頭狼が絶叫を上げた。


「ギィァアアアアアアアアアアアアアアッ」


 およそ三頭狼が出すとは思えない奇怪な叫び。


 その原因は、誰の目にも明らかだ。


「な、何だっ、何をしているっ!?」


 フリードが思わず動揺の声を上げる。


 それも仕方のないことだろう。なにせ、黒隷鞭に巻き付かれた三頭狼が、ベキッゴキッグチャと生々しい音を響かせながら瞬く間に変形していくのだから。


 時間にしておよそ三秒。


 それだけの時間で、三頭狼は、黒い鱗に覆われ、太く逞しい四肢と尾、鋭い爪牙、硬質な輝きを放つ翼を持つ魔物――黒竜へと変貌したのだから。


 魂魄変成複合魔法〝竜王の権威〟――己の竜人族としての魂から竜化の情報を複製し、かつ仮初の魂魄を作り出す魂魄魔法〝竜魂複製〟と、変成魔法〝天魔転変〟の複合により、対象の魔物を強制的に黒竜化させるという魔法だ。


 普通なら、たった数秒で、それも他人が支配している魔物を強制的に変化させた挙句、自分の眷属にするなど、いくら変成魔法に対してもっとも高い適性を持っているティオといえど不可能だ。


 その不可能を可能にしているのが、アーティファクト〝黒隷鞭〟。その真価は、自在の伸縮性でも空間ごと切り裂く能力でもなく、強制竜化の補助デバイスとしての能力なのである。この黒隷鞭を媒介にした時のみ、ティオは大抵の相手を強制的に黒竜化させることが出来るのだ。


 鞭打った相手を従わせる。


 ドMの変態には似つかわしくないと言うべきか、ド変態という大きな括りで考えるなら似合いすぎと言うべきか。シア達が、ティオに黒隷鞭を贈ったハジメに色んな意味で懐疑的な眼差しを向けてしまったのは仕方のないことだろう。


 フリードが自分の従魔を奪われるという事態に驚愕している間にも、更に二体の魔物が黒竜化してしまった。


「それ以上させるものかっ」


 フリードから怒涛の魔法攻撃が放たれる。あらゆる属性の魔法がティオを覆うように殺到し、その隙間を縫うようにして銀羽が降り注ぐ。そして、逃げ道を塞いだところで、白神竜からの極光が迸った。


 ティオはダメージを恐れずフリードが放った攻撃の嵐の中へ一瞬の躊躇いもなく飛び込んだ。どうせ避けられないならフリードの攻撃の方がマシという割り切りの良すぎる、というより既に無鉄砲とも言える回避行動は、確かに、極光を余波も含めて避けることに成功させる。


 但し、ほとんどの攻撃は竜鱗が弾いてくれるとはいえ、フリードの魔法や何より分解能力が強力であることに変わりはなく、決して軽くないダメージを負う。


 粉砕された黒の竜鱗がキラキラと光を反射しながら地に落ちていき、同時に、その内側から血飛沫が撒き散らされた。


「無様だな。竜人族の頑強さと魔法による回復に頼り切った、見るに堪えん戦い方だ」

「そう言うでないよ。これも立派な戦術じゃ」

「馬鹿な。能力に胡座をかいているだけだろう。私の魔物を奪う力の使い方には驚かされたが、結局、本人がそれでは決着は近そうだ」


 フリードは、ダメージを気にしないティオの戦いを嘲った。そして、再び、魔法と分解能力による包囲弾幕を放ちながら、白神竜に極光ブレスを吐かせる。


 ティオもまた、極光ブレスとフリードの弾幕を天秤に掛けて後者をとり、攻撃の嵐へと身を晒す。


 その時、ついでとばかりに黒隷鞭を伸ばして魔物を黒竜に変えていくのだが、その行動により、フリードは、ティオがちまちまと戦力を増やして逆転するか、自分の耐久力が限界を迎えるかというチキンレースをするつもりなのだと考え、更に表情に浮かべる嘲りの色を濃くした。


 そして、そんなに被弾するのが好きなら好きなだけ嬲ってやろうと、嗜虐心に満ちた眼差しをティオに向けて、更に弾幕の密度を濃くするのだった。





 一方、飛び出したシアの方も、白金の使徒達と壮絶な戦闘を繰り広げていた。


 と言っても、決して互角などとは言えない。


 ギリギリ、そう、本当にギリギリのところで、シアの方が(・・・・・)凌いでいるのだ。


 身体強化〝レベルⅣ〟と固有魔法〝天啓視〟がなければ、白金を纏った使徒達には瞬殺されていたかもしれない。簡単に見積もっても、白金の使徒達のスペックはシアの数倍である。普通の使徒よりも強いとは思っていたが、これ程までとは思わなかった。


「そろそろ諦めてはいかがですか? シア・ハウリア」


 大剣をもって鍔迫り合いをして来たエーアストが、シアを至近距離から見つめつつ、そんなことを言う。


 すると、一瞬、シアの頭に霞がかかり、「そうした方がいいかな……」という有り得ない考えが浮かんできた。その異常性にハッと気がついたときには、背後から大剣が横薙ぎに振るわれていた。


 シアは、咄嗟に鍔迫り合いをしている大剣を支点に、〝空力〟で宙を蹴って倒立を行った。間一髪、その下を剣線が通り過ぎていく。


「なめんなっですぅ!」


 倒立しながら身を捻ったシアは、そのままヴィレドリュッケンの引き金を引いて至近距離から炸裂スラッグ弾を放った。改良されて更に威力が上がった特殊弾が凄絶な衝撃を巻き散らす。


 二人の使徒が僅かに怯んだ瞬間、衝撃を利用してシアはその場を飛び退く。


 直後、シアのいた場所を白金の閃光が通り過ぎた。シアは、それに安堵することなく更に〝空力〟で跳躍した。案の定、別の角度から白金の閃光がシアの足を掠めながら通り過ぎていった。


 空中で反転し、宙を踏みしめて一気に地上へと降下する。少なくとも地に足を付けていれば、下方からの攻撃は制限できるからだ。


 そうして、一度、距離を取ることに成功したシアは、ヴィレドリュッケンを油断なく構えながら苦虫を噛み潰したような表情で独り言のように口を開いた。


「この期に及んで〝魅了〟に引っかかり掛けるなんて、失態です」

「むしろ、あの一瞬で解呪したことは驚愕に値しますが? 魅了の効果も強化されているというのに」


 同じく地上に降りて来た使徒達が、五芒星の頂点の位置でシアを取り囲む。


 正面のエーアストが、粘るシアに、どこか呆れたような眼差しを送った。それでも、焦燥の欠片も見えないのは単に無機質であるというだけでなく、自分達が圧倒していると確信したからだろう。


 エーアスト達は、シアが自分達の攻撃を凌げている理由が、固有魔法にあることを知っている。そして、その度に少なくない魔力を消費することも。魔力を補給するアーティファクトを所持していたとしても、ジリ貧であると分かっているのだ。


「本来なら一瞬だって掛かりませんよ。全く、呆れるほど強化されてますね。……それ、ユエさんの魔力でしょう?」


 シアの眼が剣呑に細められた。


 使徒の本来の魔力光は銀色――それに黄金の魔力が混じり白金となっている。そして、その黄金の魔力光は、旅の中で何度も見て感じてきた間違えるはずのない、親友にして姉貴分の……そう、ユエの魔力だ。


 もちろん、それがユエの体を乗っ取ったエヒトルジュエによるものだということは分かっている。


 だが、それでも、大切な人の魔力を勝手に使われて、その力が自分達に矛を向けていると思うと……胸の内に湧き上がる憤怒は並ではない。マグマの如く煮えたぎる怒りで我を失いそうになるのを、シアは必死に抑えた。


 そして、怒りによって生じた全ての熱量を力に変えるつもりで、思考だけはいつだって、戦いの師匠でもあるユエの教え通り氷の如く冷たく静かに。


 そんなシアに対して、エーアストは、何の感情も乗っていないと思える声音で答えた。


「正確には我が主であるエヒトルジュエ様の、と言うべきでしょう。既に、あの肉体も魔力も、全ては主のものです」

「……」


 さも当然という様子で平然と答えるエーアストに、シアの怒りのボルテージは天井知らずに上がっていく。


 シアは、おもむろに〝宝物庫Ⅱ〟から、試験型容器を虚空に取り出した。それを口で直接キャッチすると、十秒でチャージ出来る健康食品のように一気に中身を飲み干した。更なる無茶をするために。限界を超えるために。


 そのまま、ティオがしたようにプッとワイルドに容器を吐き捨てて、ヴィレドリュッケンを一振り。


 シアが、普段、家族にもハジメ達にも、絶対に聴かせることのない絶対零度の声音をもって言葉を吐く。


「くそったれ、よく聞きやがれです。ユエさんの体も魔力も、それどころかそれ以外の何もかも、既に所有者は決まっているんですよ。そう、全てはハジメさんのものです。あなた達がイレギュラーと呼んだ化け物の、ね。未来を垣間見られる、天職〝占術師〟たる私が断言しましょう。お前等にも、お前等のクソご主人様にも――〝未来はない〟です」

「……戯言を。主に手も足も出なかった矮小な存在に何が出来ると? それに見なさい、シア・ハウリア。ティオ・クラルスもフリード様には及ばず、あなたもまた、私達に圧倒されて凌ぐので精一杯。理解できないのですか? それとも現実逃避ですか? 未来がないのは、あなた達の方です」


 一瞬、得体の知れない悪寒に襲われて声を詰まらせるも、現状を客観的に分析して、的確な反論をするエーアスト。


 確かに、ティオは少しずつ黒竜を増やして形勢の逆転を狙っているものの、負わされている手傷の数は半端ではなく、目論見が成功する前に力尽きるように思われた。そして、シアもまた、ここまで押される一方だった。


 エーアストの言葉を否定できる要素は何もない。


 ここまでは……


 シアが、不敵な、否、飢えた獣の如き凶悪な表情で笑う。


「私の力がこれで限界だと、いつ言いました?」

「? 何を――」


 訝しむエーアストが疑問の声を発しようとして――


 だが、その口を塞ぐように――


 シアの力が膨れ上がった。怒声混じりの雄叫びと共に。


「――〝レベルⅤ〟ッッッ!!」


 ズドンッと、大気が揺れる。淡青色の魔力が螺旋を描いて噴き上る。


 本来、昇華魔法で上げられるのは一段上のレベル。なので、シアの限界は身体強化〝レベルⅣ〟のはずだった。しかし、その限界を超えさせるのがハジメ特製の魔法薬〝チートメイトDr〟。


 シアが先程飲んだのは回復薬ではなく、ドリンクタイプのチートメイト。それも、昇華魔法特化成分過剰含有バージョン。身体強化特化型のシアでなければ、数秒と保たず自壊してもおかしくないほどの強化をもたらす。


 限界を超えたシアが、大地を踏み割って一気に飛び出した。


「っ、まだ、力を……ですが、それでもまだ、我等には及びません!」


 正面からフルスイングされたヴィレドリュッケンを、大剣で受け止めるエーアスト。轟音と共に周囲の地面が放射状にひび割れるが、大剣はビクともしない。


 そして、エーアストは自身の言葉を証明するように、単純な膂力でシアを弾き返した。


 事実、シアのステータスと白金の使徒のステータスを比べれば、差は歴然である。


 両者の間にどれだけの開きがあるのか。


 仮に白金の使徒がステータスプレートを持っていたなら、そこに表示される数値はこうなるだろう。


=================

筋力:22000 ⇒[強化66000]

体力:22000 ⇒[強化66000]

耐性:22000 ⇒[強化66000]

敏捷:22000 ⇒[強化66000]

魔力:22000 ⇒[強化66000]

魔耐:22000 ⇒[強化66000]

=================


 通常の使徒がオール12000、強化後は36000といったところ。白金の使徒は倍近いスペックを持つということだ。その強化具合が良く分かる。


 対して、シアの身体強化〝レベルⅤ〟は、


==================================

筋力:100 ⇒[CM(チートメイト) 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅴ38400]

体力:120 ⇒[CM 240] ⇒[昇華魔法480] ⇒[身体強化Ⅴ38480]

耐性:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅴ38400]

敏捷:130 ⇒[CM 260] ⇒[昇華魔法520] ⇒[身体強化Ⅴ38520]

魔力:3800 ⇒[CM 7600]

魔耐:4000 ⇒[CM 8000]

==================================


 この通り、通常の使徒であれば凌駕するスペックではあるが、白金の使徒には遠く及ばないのだ。


 エーアストにより、強引に吹き飛ばされたシアは地面と水平にぶっ飛ぶ。しかし、その表情には通じなかった悲愴さなど微塵もなく、獰猛とすら言える不敵な笑みが浮かんでいる。


 左右からの白金の閃光が迫った。それを、ヴィレドリュッケンの激発により自ら体を吹き飛ばし回避する。そして、後方で待ち受けていたツヴァイトに向かって、くるりと反転すると吹き飛んでいる勢いも利用してヴィレドリュッケンをフルスイングする。


 白金の使徒達が思わず瞠目する雄叫びと共に。


「――〝レベルⅥ〟ッッ!!」

「ッ!?」


 直後のインパクト。そして絵面を見れば一瞬前のエーアストとの激突と同じ。


 しかし、吹き飛んだ勢いと打撃の直前に発動した重力魔法によるヴィレドリュッケンの重量増加により、白金の使徒をして看過できない破壊力が生み出される。


 凄まじい轟音と共に激突した二人を中心にして衝撃が吹き荒れる。粉塵が舞い上がり、その中で、ヴィレドリュッケンを受け止めたツヴァイトの双大剣は交差されていた。


 もはや片手だけでは止めきることが出来なかったのだ。その証拠に、ツヴァイトの足元は、少し後方へと流された後が付いている。


 シアの身体強化〝レベルⅥ〟。その数値は、


===============================

筋力:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅵ46000]

体力:120 ⇒[CM 240] ⇒[昇華魔法480] ⇒[身体強化Ⅵ46080]

耐性:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅵ46000]

敏捷:130 ⇒[CM 260] ⇒[昇華魔法520] ⇒[身体強化Ⅵ46120]

魔力:3800 ⇒[CM 7600]

魔耐:4000 ⇒[CM 8000]

===============================


 依然、遠く及ばないレベル。


 しかし、その足りない分をハジメのアーティファクトと神代魔法が補う。


 鍔迫り合いとなった双大剣の十字に重ねられた中心に打ち付けられたヴィレドリュッケンに、シアは魔力を注ぎ込み内蔵されたギミックを起動する。


 打撃面の中央部分がカシュン! という音と共にスライドしたかと思うと、その奥に装填されていた漆黒の杭が淡青色のスパークを放ちながら一瞬で高速回転する。


「ぶち抜きやがれです!」


 シアの柄を握る指が引き金を引いた。


ゴォオオンッ


 響き渡る轟音。


「なっ!?」


 ツヴァイトの驚愕の声。


 ヴィレドリュッケン内蔵型パイルバンカーは、双大剣を容赦なく粉砕し、その奥にあるツヴァイトの頭部までを粉微塵にせんと迫った。


 驚愕しながらも辛うじて頭を振ってかわしたツヴァイトだったが、頬を掠めた漆黒の杭は、その芸術品の如き美貌に盛大な傷を付け、白金の美しい髪を幾本も引き千切って彼方へと消えていった。


 そこへ、上空からドリットが、左右からフィーアトとフュンフトが、白金の羽を散弾の如く撃ち放つ。


 更に、正面のツヴァイトは至近距離から白金の閃光を、その射線を避けるようにして後方からエーアストが白金に輝く双大剣を振るう。


 逃げ道はない。


 シアの身体強化によるスペックの上昇率に気を引き締め直し、この瞬間に仕留めきるつもりなのかもしれない。下手をすればツヴァイトごと殺りかねない勢いだ。


 そして、実際に回避不可能となったシアはというと、


 ……スっと目を閉じた。


「諦めましたか!」


 エーアストの声が響く。


 この状況で瞑目する理由など観念した以外には思いつかない。エーアストの推測は当然のものだ。


 だが、眼前の化け物ウサギが、そんなに潔いはずもなく、


 次の瞬間、全ての攻撃が空振りした。


「「「「「ッ!?」」」」」


 無機質な表情が完全に崩れる。使徒達の表情が、混乱と驚愕に彩られた。


 それも仕方ないことだ。なにせ、シアは、そこにいるのだから。そこにいて、なのに、全ての攻撃がシアを素通りしたのである。本人が気がつかないほど鮮やかに両断したわけでもなく、羽や閃光で穿ったわけでもない。


 その原因は、眼前に異常として示されている。シアが半透明(・・・)となっているという異常として。


 空間魔法〝半転移〟――自分の肉体を半ば違う位相の空間にずらすという魔法だ。これにより、元の空間からの干渉を一切受けなくなる。ある意味、絶対防御となる魔法だ。


 これは、言ってみれば空間を繋げるという転移魔法の失敗のようなものであり、シア以外の者がやれば体がバラバラになり兼ねない非常に危険な欠陥魔法である。魔法適性が悲しいほどなく、身体強化特化型の、それもチートメイトによる限界突破状態のシアだからこそ、空間魔法を直接身体能力として発揮できるのだ。


 もっとも、シアとて便利に使える魔法ではない。膨大な魔力を消費するし、半転移している間はシアからも元の空間に干渉できない上、そもそも動くことすらもできないのだ。故に、一度の戦闘で一回のみ使える奥の手と言えるのである。


 だからこそ、シアは、このチャンスを逃さない。


 攻撃を透過した瞬間、半転移を解いて元の空間に戻ると、炸裂スラッグ弾を周囲にばら撒きながら、正面へと踏み込んだ。


 双大剣を失い、白金の砲撃を放ったばかりのツヴァイトの懐に肉迫する。そして、突き出されたツヴァイトの白魚のような手の間を蛇のようにくぐり抜けて、シアの手が彼女の頭部を鷲掴みにした。


 目元を覆うように掌を被せ、こめかみに爪を突き立ててロックする。


 そして、


「――〝レベルⅦ〟ッッ!!」


 更なる身体強化。


===============================

筋力:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅶ53600]

体力:120 ⇒[CM 240] ⇒[昇華魔法480] ⇒[身体強化Ⅶ53680]

耐性:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅶ53600]

敏捷:130 ⇒[CM 260] ⇒[昇華魔法520] ⇒[身体強化Ⅶ53720]

魔力:3800 ⇒[CM 7600]

魔耐:4000 ⇒[CM 8000]

===============================


 通常の使徒の強化状態を遥かに上回るスペックをもって、ツヴァイトを掴んだまま正面に突進し、包囲を脱出する。


 一瞬で音速を超えて大気の壁を突き破り、その勢いのまま地面からせり出ていた大岩に後頭部から叩きつけた。


 白金の使徒の耐久力からすれば、頭部がトマトのように潰れるということはない。逆に、大岩の方が粉砕される。しかし、シアはそこで留まらず、ツヴァイトを地面に押し付けるとゼロ距離から炸裂スラッグ弾を撃ち放った。


 更に、その場で跳躍しながら連続して引き金を引く。炸裂スラッグ弾の凄絶な衝撃波に、致命傷には成りえずとも、身動きを取れず、文字通り人形のように翻弄されながら地面に磔にされるツヴァイト。


 エーアスト達が、追って来たのを感知しながら、シアは、お構いなしに〝宝物庫Ⅱ〟から強大な金属塊を取り出した。


 それは、長さ二十メートル、縦横十メートルの長方体。一面の半ばに小さな穴が空いており、シアはそこに柄を伸長させたヴィレドリュッケンを突っ込んだ。


 そうしてみれば、分かる。巨大な長方体は、ヴィレドリュッケンの外付け打撃部位なのだ。重力魔法を使っても人が持てる重量には軽減できないその総重量は百トン。


 そう、これはリアル〝100tハンマー〟なのである。


「大地の染みになりやがれです!」


 シアが裂帛の気合が放たれる。


 人外レベルに強化した膂力を全開にして振り下ろされたそれは、星を滅ぼす小惑星の衝突の如く。


 ツヴァイトが炸裂スラッグ弾による衝撃の嵐からその身を起こしたときには、既に視界一面を冷たい金属の壁が覆っていた。


「――ッ」


 咄嗟に白金の翼で体を覆い防御体制に入る。だが、打撃面には当然、封印石がコーティングされており、インパクトの瞬間、魔力で編まれた翼は、その常識外の重量と相まって霧散してしまった。


 そして、激震。


 人為的に引き起こされた大地震により、この空間最大の浮遊島が鳴動する。大地が陥没し、そこへ墓標のように鎚頭が突き立った。更に、駄目押しとばかりに回転を始める。


 今頃、ツヴァイトと接している打撃面には無数の刃が突出し、ガリガリと地面ごと彼女を掘削していることだろう。実は、この鎚頭にはドリルのギミックが付いているのだ。押し潰した相手を粉微塵に粉砕する為に。


 しかも、相手の抵抗を許さないよう刃には封印石コーティングがなされている。ツヴァイトが白金の翼で身を守っても無駄というわけだ。全くもってドリルとは男のロマンである。


 少しずつ地面に埋没していく100tハンマーを尻目に、同胞の危急などどうでもいいと態度で示しながら、エーアスト達がシアに殺到する。


 シアは、リアル100tハンマーを打ち下ろしたばかり。ヴィレドリュッケンを鎚頭から切り離し柄を収縮させている途中だ。とても回避は間に合わず、また、先程の〝半転移〟ももう使えない。使ってしまえば、魔晶石からの魔力の補充と消費の割合が釣り合わなくなり、身体強化が解けてしまうからだ。


 そうなってしまえば、たとえ一撃は凌げても、次がない。


 故に、シアは別の手札を切ることにした。


「終わりです!」


 エーアストの宣告が耳朶を打つ。


 同時に、


ガキンッ!


 と、硬質な音が響いた。


 大剣を受け止めたシアの体から。


 アーティファクトによる装備で止めたわけでも、ヴィレドリュッケンの柄頭を利用したわけでもない。


 ただ、その肉体一つをもって使徒達の双大剣を受け止めたのだ。


「〝鋼纏衣〟――並では貫けませんよ?」


 シアの不敵な声音が木霊する。文字通り、鋼の衣を纏うが如く、肉体を硬化させる変成魔法だ。


 首、肩口、腕、胴、足と、シアをバラバラに切り刻む気であったことが明白な大剣は、分解能力により少しずつ食い込んでいくものの、浅傷を作るに止まっている。


 使徒達が思わず硬直する。その脳裏を今までのデータが高速で駆け巡るが、シアがハジメのように防御系技能を所持していないことは何度データを精査しても明らかだった。即座に変成魔法と見抜けなかったのは、その使い方が余りに特異であるからだろう。


 龍太郎のように魔石を利用した〝天魔転変〟とは異なり、直接、自らの肉体を変成させているのだ。ほとんどティオの〝竜化〟と変わらない。言わば〝鋼化〟だ。これも〝半転移〟程ではないが、それなりに魔力を消費するので使いどころは考えねばならない。


 僅かに動揺する白金の使徒達。こと、この尋常でない戦場において、それは致命的な隙となる。


 ガシュン! と音をさせてヴィレドリュッケンの柄の収縮が完了した。手元に戻った相棒にシアの口元がニィィと釣り上がる。


 そして、再び、あの雄叫びが上がった。


「――〝レベルⅧ〟ォッ!!」

「なっ!?」


 淡青色の魔力がドクンッと脈動を打つ。シアのスペックがまたしても跳ね上がる!


===============================

筋力:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅷ61200]

体力:120 ⇒[CM 240] ⇒[昇華魔法480] ⇒[身体強化Ⅷ61280]

耐性:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅷ61200]

敏捷:130 ⇒[CM 260] ⇒[昇華魔法520] ⇒[身体強化Ⅷ61320]

魔力:3800 ⇒[CM 7600]

魔耐:4000 ⇒[CM 8000]

===============================


 白金の使徒に迫ろうかという身体能力。


 エーアストの表情が引き攣った。


 直後、シアの〝鋼纏衣〟を食い破ろうとしていた大剣が一斉に弾かれた。そして、両腕をかち上げられ、無防備な腹部を晒したエーアストに、くるりと回転したシアのヴィレドリュッケンが全力で叩き込まれる。


「ガハッ!?」


 エーアストの体がくの字に折れ曲がる。その口からは短い呼気と共に血反吐が噴き出し、衝撃で思わず緩んだ片手から壱之大剣が零れ落ちた。と、同時に、まるでピンボールのように凄まじい勢いで跳ね飛ばされた。


 非常識な防御を目の当たりにして硬直していたドリットがハッと我に返って大剣を振るう。それを自由落下に任せて落ちることで回避し地上へ逃れたシアを、フィーアトとフュンフトが白金の閃光と羽で追撃する。


 それを〝天啓視〟と〝空力〟でひらりひらりと回避したシアは、特大ドリルによって浮遊島に空いた大穴の傍に着地する。


 その大穴を見て、ツヴァイトが確実に討伐されたことを実感し、更に、第一の使徒であるエーアストが明らかに深刻なダメージを受けて吹き飛ばされたことに、自然、表情が険しくなる使徒達。


 自分達が圧倒していると確信していたのに、気が付けば、相対しているのは三人だけだ。


 シアに肉迫しながら、ふと先の宣言が脳裏を過ぎった。


――お前等にも、お前等のクソご主人様にも、〝未来はない〟です


 先頭を行くドリットがギリッと歯噛みした。


 意味もなく、戯言だと胸中で反芻する。


 そして、こびり付いて離れようとしない不吉な予言を振り払うかのように、全力で双大剣を振り下ろした。


 落下の威力も加わったその威力は絶大の一言。


 対するシアは、ヴィレドリュッケンを下段に構えて迎撃の構え。


 ドリットは思う。馬鹿な、と。驚愕に値する身体強化ではある。確かに、白金の使徒である自分達に迫ろうかという、驚異的な上昇率だ。


 だが、それでも自分達には及ばない。落下速度も利用したこの一撃は、単なるステータス的な力を超えるものだ。故に、防げるはずがない。まして、迎撃など出来るはずがない!


 なのに……


(……どうして、あなたの口は動くのです!? 一体、何を言葉にするつもりですかっ!?)


 本当は分かっている。時の流れが遅くなったこの空間で読み取れてしまう口の動きは、この戦場で幾度も見たもの。そこから紡がれる言霊が世界へ放たれる度に、少しずつ、少しずつ、にじり寄って来るのだ。自分達のいる高みへ。まるで深淵へ引きずり込もうと悪鬼が手を伸ばすが如く。


 ゾワリと、ドリットの背筋が振るえる。


 故に、自分でも知らず懇願した。


(止めなさいっ!)


 だが、当然、そんな願いが届くはずもなく――


「――〝レベルⅨ〟ッッッ!!」


================================

筋力:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅸ68800]

体力:120 ⇒[CM 240] ⇒[昇華魔法480] ⇒[身体強化Ⅸ68880]

耐性:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅸ68800]

敏捷:130 ⇒[CM 260] ⇒[昇華魔法520] ⇒[身体強化Ⅸ68920]

魔力:3800 ⇒[CM 7600]

魔耐:4000 ⇒[CM 8000]

================================


 シア・ハウリアは、白金の使徒を凌駕する。


 ドリットの振り下ろされた双大剣とシアのかち上げられたヴィレドリュッケンが激突する。


 爆発じみた衝撃波が周囲に放射され、シアを中心に地面が吹き飛ぶ。ゴバッと大地が陥没しクレーターが出来上がった。


 落下の威力が加わっているにもかかわらず、拮抗する互いの力。


 鍔迫り合いする双大剣とヴィレドリュッケンから盛大に火花が飛び散る。


「神の使徒に並ぶなどっ、不遜と言うのです! 沈みなさい! シア・ハウリアッ!」


 感情がないなど、きっと嘘だ。


 そう思わせるほど激したドリットが背中の翼をはためかせてシアを叩き潰そうとする。


 それは、その言葉通り、神の使徒たる己と並ぶことが許せないから。だが、きっともっと深いところで許せないのは、己の領域に手を掛けたシアに対して〝畏怖〟の念を抱いてしまった自分自身。


 それを誤魔化す為に、死に物狂いで双大剣に力を込める。


 その後ろから、左右に別れて挟撃を仕掛けようとしているフィーアトとフュンフトを視界に捉えたシアは、


「ハッ、知ったことじゃないです! お前等のルールなんてっ!」


 そう言って、シュルリとドリットの首に巻き付けた。


 自分の髪を。


「これはっ」

「邪魔です!」


 まるで生きているかのように動くシアの髪は、そのままドリットの首を締め上げながら左から迫っていたフィーアトに凄まじい勢いで叩きつけた。


 ドリットにしろ、フィーアトにしろ、まさかシアの髪が生き物のように動くとは思いもせず、完全に意表を突かれて共に地面へと叩きつけられた。


 そして、右から迫るフュンフトは……表情を凍てつかせる。


 クルリと振り返ったシアの唇がスっと開かられたから。


 そう、あの形に。


「まさかっ、有り得ないっ! 我等を圧倒するなどっ!」

「これでっ、最後ですっ、――〝レベルⅩ〟ッッッ!!!」


 悲鳴じみた否定の絶叫を上げるフュンフトに、瞳をスカイブルーに輝かせたシアが踏み込んだ。


==============================

筋力:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅹ76400]

体力:120 ⇒[CM 240] ⇒[昇華魔法480] ⇒[身体強化Ⅹ76480]

耐性:100 ⇒[CM 200] ⇒[昇華魔法400] ⇒[身体強化Ⅹ76400]

敏捷:130 ⇒[CM 260] ⇒[昇華魔法520] ⇒[身体強化Ⅹ76520]

魔力:3800 ⇒[CM 7600]

魔耐:4000 ⇒[CM 8000]

==============================


 白金の使徒のスペックを10000以上引き離す圧倒的な身体能力。


 フュンフトには、シアが突然、視界から消えたようにしか見えなかった。シアの移動速度が、遂に使徒の知覚能力を超えたのだ。


 相対していた敵を見失うという神の使徒にあるまじき事態に、愕然と目を見開いたフュンフトに背後から影が差す。


 辛うじて肩越し視線を向けた彼女の目に映ったのは、視界一杯に広がる戦鎚の打撃面だけだった。


「くっ、こんなことが……」


 フィーアトと共に地面に叩きつけられていたドリットが体勢を立て直しながら動揺に満ちた声音を零す。その視線の先では、頭部を粉砕されたフュンフトが大地の染みになっている光景が広がっていた。


「ドリット……このままでは……」


 ドリットの傍らで双大剣を構えるフィーアトが、動揺に揺らぐ瞳をシアに向けながらドリットに話しかける。だが、言葉は続かない。その先を言いたくないという心情が露骨にあらわれていた。


 答えられないドリットは、しかし、その時、シアの異変を捉えた。否、正確にはシアの相棒たる戦鎚の異変。


「あれは……」


 目を眇めて見れば、ヴィレドリュッケンには無数の亀裂が入っていたのだ。


 無理もない。


 度重なる分解能力と尋常ならざる衝撃による攻撃を幾度となく正面から受け止めて、しかも、今や使い手たるシアの膂力も常識外。むしろ、未だ原型を保っているということの方が、どうかしている。


「フィーアト、武器を」

「……なるほど」


 それだけで意思の疎通は完了した。


 直後、シアの姿が掻き消えた。


 と、思った瞬間には、ドリットの背後に出現した。本当に圧倒的な速度。単純な身体能力だけならば〝覇潰〟を発動したハジメすら凌駕しているだろう。


 しかし、使徒の経験則が辛うじて、フュンフトの二の舞を避けさせた。


 シアが見えなくなった瞬間、直感に従って翼で身を包みつつ、双大剣を頭上で交差させたのだ。


 一瞬で粉砕される翼だったが、多少威力を減じさせることはでき、双大剣による防御を成功させた。


「ぐぅううううううっ!?」


 それでも襲い来た絶大な衝撃に、ドリットは、思わず苦悶の声を漏らす。その両腕が、双大剣と共に、限界を伝えるようにビキリッと嫌な音を立てた。


 そこへ、フィーアトが分解能力最大で斬りかかった。


 標的は、シアではなく亀裂を広げるヴィレドリュッケン。シアから獲物を失わせ、生身だけにすれば、まだ勝機があると踏んだのだ。


 しかし、


「読んでましたよ?」


 固有魔法〝未来視〟の派生〝仮定未来〟。何やら相談していた二人の使徒を訝しんで、「もし、ドリットに攻撃したら?」という仮定を元に未来を垣間見たのだ。


 故に、このタイミングでフィーアトがどこを攻撃してくるかも分かっていた。


 掻き消えたのは、シアの美脚。細く引き締まった長い足が、ピンポイントでフィーアトの首に決まった。


ゴキンッ


 と、生々しい粉砕音が響き渡る。


 フィーアトの首が明後日の方向に捻じ曲がる。直後、間髪入れず放たれた流麗にして絶大な威力の回し蹴りが炸裂し、フィーアトの体が凄まじい勢いで吹き飛んでいった。


「くっ、この化け物めっ」

「いきなり褒めないで下さい」


 ドリットが白金の閃光を放つ。距離的にはゼロに近い。


 だが、シアには当然のように当たらない。フッと姿が消えて、次の瞬間には、ドリットの懐に潜り込んでいる。


 息を呑む暇もなくシアの肘打ちがドリットの鳩尾に決まった。ゴハッと血反吐を吐きながらくの字に折れるドリットを、刹那、天を衝くような蹴りがかち上げる。上下百八十度に開いた美しいフォームの前で、顎を粉砕されたドリットが宙に死に体で浮く。


「爆・砕・ですっ!」


 気合一発。


 振り上げた足を戻しながら振るわれたヴィレドリュッケンは、既に視認出来ない速度。刹那の内に音速を突破し、空気を破裂させながら、次の瞬間には振り切られた状態で出現する。


 そして、その攻撃を受けたドリットはというと……


 どこにもその姿がなかった。


 あるのは、放射状に広がった大地の染みのみ。


 そこへ、雄叫びが響いた。


「はぁああああっ!!」


 フィーアトだ。首の骨を粉砕したくらいでは死ななかったらしい。白金の羽で作った魔法陣より炎の津波を顕現させ、それに紛れてシアに接近する。


「こんなもの、今の私には効きません!」


 大火の中でウサミミを揺らしてフィーアトの気配を感知したシアは、絶妙のタイミングで自分を包む炎の一箇所にヴィレドリュッケンを振るった。


 そこへ、飛び込んできた二人の(・・・)影。


「っ!」


 シアが意表を突かれる。気配の感知に優れた自分が欺かれたことに僅かに目を見開く。


 フィーアトの気配も、姿を隠す大火も、この為の布石。


「砕けなさい!」


 フィーアトを捉えたヴィレドリュッケンに向かって振り下ろされたのは、エーアストの大剣だった。


 まるでフィーアトの命と引き換えだとでも言うように、彼女の肢体とヴィレドリュッケンが同時に粉砕される。


 術者の死亡により霧散していく大火の中で、エーアストがシアの背後へ駆け抜けた。そして、すぐさま反転。相棒を失ったばかりのシアに止めを刺すべく、大剣を薙ぐ。


 舞踏でも踊るかのようにくるりと回転しながら、脇構えにした大剣が、シアの命を刈り取ろうと迫る。


 対するシアもまた、エーアストに背を向けた状態から、まるで鏡合わせのように反転した。


 刹那、交差する視線。引き伸ばされた時間の中、互いが無言の意志を伝える。


(使徒は敗北しない!)

(勝つのは私です!)


 大剣の輝きが、ここに来て膨れ上がる。たとえ〝鋼纏衣〟を使われても、シアの首だけは落としてみせるという気概が見える。それは人形には似つかわしくない強烈なまでの意志の輝き。


 あるいは、この瞬間、神のことや使徒としての使命よりも、ただ、このまま負けたくないという、使徒たる自分の矜持を賭けたのかもしれない。


 だが、〝負けたくない〟と〝勝ちたい〟では、意志の強さに開きがあるのだ。ぶつかり合ったとき、刹那の狭間で、押し通るのはきっと……後者である。


 それを証明するかのように、ゆっくりと流れる時間の中で無手のはずのシアの手に何かが形作られていく。赤い液体が、まるで生きているかのように集束していく。


 エーアストの眼が驚愕に見開かれた。


 それは自分が斬り付けたシアの腕から溢れ出る血が集まって出来た……戦鎚だったからだ。


 変成魔法〝紅戦鎚〟――〝鋼纏衣〟と同じ、変成魔法を使った身体操作の魔法。自分の血を自在に操ることが出来るというものだ。


 次の瞬間、元に戻った時間の流れの中で二人は交差し――


 再び背中を向けあった。


 ハラハラと、まるで桜花の如く散っていく血の戦鎚。


 残心するシアの首筋からプシュ! と血が噴き出した。


 そこへ声が掛かる。


「……この、胸の内に湧き上がるものはなんでしょう。締め付けられるような、叫びたくなるような、これは。シア・ハウリア。あなたには分かりますか?」

「……悔しいんじゃないですか?」


 シアの言葉を受けて、エーアストは「なるほど」と頷いた。


 直後、空から降ってきたものが二人の間の地面に突き刺さる。


 半ばから折れた大剣だった。


 見れば、エーアストの大剣は砕けて柄だけとなり、それを構えたままの彼女の胸部は大きく陥没していた。内側が粉砕されているのは明らかだ。


 エーアストは、スっと残心を解くと大剣の柄を投げ捨てた。そして、同じく残心を解いたシアへ肩越しに視線を向けながら、無表情のまま、呟くように最後の言葉を放った。


「私、あなたが嫌いです」


 それは、シアの言う通り、悔しさを多分に含んだもので……


 エーアストは、それだけ言うと、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


 背後で響いたドサリという音に、シアもウサミミと髪をなびかせながら肩越しに振り返った。そして、同じく呟く。さも、それこそが勝因であるとでも言うように。ニヤリと不敵に笑いながら。


「私は、〝大〟嫌いです」


 そして、そのまま大の字になってパタリと倒れた。


「あ~、流石に、レベルⅩはキツイですぅ~~。紅戦鎚使ったから、貧血ですし~」


 シアは、〝宝物庫Ⅱ〟から回復薬を取り出しながら、独り言を呟いて飛びそうになる意識をどうにか繋ぎ止める。


「さて、使徒達は片付けましたが……ティオさんの方は――」


 シアが、白金の使徒達との戦闘をしている内に離れてしまったティオの方に意識を向ける。少し離れた空では、武装黒竜が数倍以上の魔物に囲まれながらも、負けずに大暴れしているようだった。


 黒や白の閃光が飛び交い様は、まるでSFにおける宇宙での艦隊戦のようである。


 黒竜達が統制を失っていない以上、主であるティオも無事なはずなので、シアはホッと安堵の息を吐いた。


 が、次の瞬間、


オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!


 空が落ちてきたと錯覚してしまうような、猛烈、かつ、おびただしい数の咆哮が轟き、同時に、先の比ではない空間を埋め尽くす魔物の大軍が出現した。


 シアが、これはヤバイと、どうにか立ち上がろうとするが、レベルⅩの副作用は強く、直ぐには動けそうにない。


 そうこうしている内に、新たな事態が発生する。上空に凄まじい閃光が奔ったかと思うと、


ズドォオオオン!!


 と、地響きが轟き、シアのすぐ近くに何かが凄まじい勢いで墜落してきたのだ。その振動が横たわるシアをグラグラと揺らす。


 何事かと、シアが上体を起こしながら視線を向けた先、そこには、


「えっ、ティオ、さん?」


 放射状に砕けた大地に横たわる、満身創痍のティオの姿があった。




いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


さて、シアの集大成的な戦いでしたが、どうでしたでしょうか。

ワクドキしてもらえたなら嬉しいです。

ちなみに、ステータス表記の数値は割と適当なのでスルーしていただけると……

あとで細かく調整しようと思います。

よく考えたら、昇華魔法で魔力も増えたら、願いを増やすお願いみたいな反則になると思うので、その辺も修正しつつ、消費と供給のバランスも考慮しないといけない。……更新を優先しますので、修正には時間がかかるかもですが、とりあえず、ふわっとした感じでとらえてもらえればと思います。


次回の更新も、土曜日の18時の予定です。

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