移動式のタイのお寺みたいなものが交叉点の角をまわって現れて、初めてみたとき、これはなんだろう?とおもって訊いてみたら霊柩車だというのでびっくりしたことがあった。
パトカーのデザインも変わっているとおもうが、霊柩車は、秀逸であるとおもう。
パチンコ店の開店とお葬式の花環が色がちがうだけで、ほぼおなじなのもおもしろい。
日本はデザインの感覚が、ほかのどの国とも異なる国で、デザイナーや視覚芸術家がつぎつぎに生まれる下地は、普段の生活にあるのは間違いない。
もうほとんど日本のことはおぼえていない。
人間の記憶は大事なことは忘れて、あんまり意味のない細部を鮮明におぼえているように出来ているものであるらしい。
おぼえているのは奇妙なことばかりで、もともとはイギリスのものだというが、当のイギリスではついぞお目にかかったことがない蒸したたらこのサンドイッチや男や女の人の変わったところがある歩き方をおぼえている。
どこに行っても奇妙なほど低い天井や舗道や店舗のファサードにあるさまざまな意匠の広告の色調をおぼえている。
記憶のなかでは、日本の人の背丈はだんだん高くなってゆくのは、なんどか日本に行くたびに経験したことで、日本の人が聞いたら怒るに決まっているが、なあんとなく欧州人とおなじくらいと記憶のなかで調整されている日本のひとの背は、現実の、例えば鎌倉駅の前に立つと、びっくりするほど低い。
数字で見ると、男の人の平均身長は170cmくらいで、だいたい150cmだった大日本帝国時代に較べれば、多分、主に栄養状態が向上したせいで20cmくらいも伸びたことになっているが、それでも、やはり、ずいぶん背が低い感じがする。
日本と聞いて真っ先におもいだすのは、白い自転車に乗って紺色だったかネズミ色だったかの制服を着たおまわりさんたちで、モニとふたりで、いかにもかわいいので、何枚も写真を撮っている。
日本の治安の良さを象徴するような光景。
おまわりさんが、中国やイタリアの田舎でよく見かけるような自転車に乗って、心なしかアゴをつきだして、低すぎるサドルに乗って、息をつきながら自転車をこいで、どこかへ急行している。
いつだったか自分も自転車に乗っているときに、日本橋で、信号を待っていた舗道で、おまわりさんが横にならんだので、
「どんなときに舗道を走ってもよくて、どんなときはダメか、わからないんだけど、あなた、判りますか?」と聞いたら、
何秒か考え込んで、
「ぼくもわかりません。はっきりしないですよね」
と正直なので日本のおまわりさんが、いっぺんに好きになってしまった。
サンフランシスコのヘルメットをかぶってマウンテンバイクに乗ったおまわりさんは、
「写真、撮ってもいいかい?」
と訊いたら、ちゃんとポーズを決めて、
「かっこいい自転車だよね」と感想を述べたら
「いえーい」と、にっかり笑って、
あれも良いが、日本のひとのはにかみと誠実そうなところも、
やはり出色であるとおもう。
ひところは文字通り日の出の勢いだった中東の航空会社、カタール航空やエミレーツ航空が、乱調で、おまけに戦雲があらわれているので、ニュージーランドから欧州に行くのに、東京がまた選択肢に入るようになった。
この行き方の欠点は、ニュージーランド航空が日本から欧州には飛んでいないことで、ブリティッシュエアかANAになるが、共同運行にしても、例えばシートが、いまはどうかわからないが、フルフラットでなくて、くたびれる。
シンガポール経由が最も座席もサービスもよくて、多分、またシンガポール経由になるのではないか。
遠回りでもよければ最初から最後までニュージーランド航空で行けるメリットがあるロサンゼルス経由があるが、このルートの欠点は、空港が混雑するのと、寄ると、どうしても数日遊んでしまうので、乗り換えに何日もかかるというバカなことになるのが欠点です。
日本は、だから、もう行く機会がストップオーバーでもなさそうな気がする。
ちょうど普段頭のなかに保存されている日本語は、落ち着いた、リズムのよい言語であるのに、インターネットで出会う「生の」日本語は、見るのもうんざりするような醜悪な言語で、嫌でも眼にはいる、十年ずっとつきまとっているトロルたちの日本語などは、「これが人間の言語だろうか?」とおもうくらいひどいが、
それとおなじことで、日本といっても、記憶のなかに保存されている日本のほうが、現実に訪問する日本よりも、だいぶん眉目(みめ)が良いのかも知れません。
日本は衰退した国で、変化がないどころか、あとじさりしている。
21世紀のドアの前でたちすくんでいたかとおもったら、驚いたことに踵を返して、すたすたと20世紀の前半に向かって歩きだしてしまった。
さすがに、いくら「美しい国」に戻すのだと政府が頑張っても、戦前のビンボで喧嘩っぱやい国まで戻るのは無理があったようで、いまはだいたい90年代くらいのところで社会全体が停滞している。
観光で訪問するには停滞した社会は絶好で、だから最後に日本を数日訪問したときも、「この国は楽しいなあ」と心の底からおもった。
銀座のデパ地下や京都の寺町、どこに行けばおもしろいものがあるか判っているので、なおさらだった。
人間ひとつとっても、日本に住んだことがあれば、慣れていて、パッと見て、「あ、このひとは話しかけても大丈夫だな」
「この人はやめたほうがよさそう」と直ぐに判別できるようになる。
外国人に対して表情が開いているひとと、善意悪意というような問題ではなくて、閉じている人がいる。
滞在ではなくて訪問であると、いわば良いところだけをつまみ食いして、デパ地下歩きをしているようなものなので、日本くらい楽しい訪問先は珍しいのではなかろうか。
だから友達がアジアのどこか、上海か香港か、と述べて悩んでいると、東京や京都は、どう?
と、つよく薦める。
インドの映画「The Lunchbox」には駆け落ち先にブータンを
「1ルピーが10ルピーに使える国」として、繰り返し言及されるが、東京も似ていて、「1ドルが2ドルに使える国」なので、
ちょうど昔むかしのシンガポールとおなじことで、質のいいサービスや食べ物がびっくりするほど安いので、それも日本観光の最大の魅力をなしている。
日本を理解するときに、外国人のあいだでは日本語が判る人間と日本語があまり判らない人間のあいだでおおきく分かれる。
日本語がまったく判らないか、表層的にしか理解できない場合は、英語世界の醜さから脱走したい気持も手伝って、日本を「ここではないどこか」とみなしたがる強い傾向がある。
基本的になにもかもがsillyであるアニメの世界に住んでしまいたいという疲れた魂の希望が発揮される。
不幸なことに日本語に対する理解が深まるにつれて日本への失望が頭をもたげてくるようです。
自分はどうだろうか?
と考えると、悪い癖で、日本語に対しても深入りしすぎたのではないかと、この頃、よく感じる。
ひとが薦めてくれるのに従って、本を2冊か3冊だして、そこで終わりにするのがいいのではないか。
あるいは、そのうえに「俊頼髄脳」を英語に訳して、そのくらいで終止符にするのがよいのではないか。
日本はもうすぐ第二院の半数改選で、日本をよくするのだ、とあちこちで議論が沸き起こる短い政治の季節を迎えている。
日本の政治のことは、さっぱり判らないが、日本語の衰退を見れば、想像がつかないことはない。
天人にも五衰があるというが、社会の衰退の初めの徴候は無論言語が美しくなくなることで、日本語はだいたい80年代初頭くらいから衰退が始まって、失礼ではないか、と言われそうだが、いまはこれがかつての表現の美しさで鳴らした日本語か、と驚かれるほど醜い言語に変わり果てた姿をさらしている。
翻訳者と共同で英語で執筆しているのだと事情を説明したほうがよさそうな村上春樹も、日本語で読んでみると、苦痛なくらい表情の冴えない日本語であると感じる。
もちろん、谷崎潤一郎たちの世代と較べて、ということで比較としてフェアではないが。
現代日本人の手でよってたかってボロボロにされた、零落した言語で社会や政治について考えても、ほとんど無意味なことを、いまの段階に至って指摘するのは残酷なだけだろう。
自分に対しても認めざるをえない事実として死語の体系と化した過去の言語を愛していたのだという盛大に時間を浪費した自己の現実の姿に憐れみを感じる。
それならば、まだ外国語の習得に未練を持っているのなら、もうそろそろ、他の言語に軸足を移したいとおもうが、例えば円地文子の日本語を読むと、あるいは透谷の謦咳にふれると、なかなかそうもいかないのです。
いま、放送大学で “Walking with Writers” という授業を受講しています。
いまさらになって、Rupert Brooke とか Margery Kempe らの文章の抜粋を読みながら、Britain について学んでいます。
わたしは、極東の島国に長居しすぎました。
“Passion” でしたよ、わたしにとって。
自分らしい生き方を求めて、新天地を探してます。
外国語って、英語がカタコトなぐらいで、あとは単語単位ですこししか理解できないけれど、それでもがんばって、自分には合わなかった国から脱出します。
コスモポリタンを目指していた学生時分を思い出しながら。
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