(cache)甦るマサ斎藤、永遠のGO FOR BROKE<3>通夜の夜に届いたハートの贈り物 : スポーツ報知

甦るマサ斎藤、永遠のGO FOR BROKE<3>通夜の夜に届いたハートの贈り物

マサ斎藤さんの通夜の夜に割れたヒビがハート型になった電球(斎藤倫子氏提供)
マサ斎藤さんの通夜の夜に割れたヒビがハート型になった電球(斎藤倫子氏提供)

 日米のマット界でトップレスラーとして活躍したマサ斎藤さん(本名・斎藤昌典。享年75)がパーキンソン病で亡くなって14日に一周忌を迎える。明大4年時に1964年の東京五輪でレスリング日本代表として出場。卒業後に日本プロレスに入門、その後、東京プロレスへ移籍し、同団体が崩壊後は、単身、米国マットに乗り込みトップヒールとして活躍した。80年代後半から日本マットに定着し、選手としてだけでなく新日本プロレスの渉外部長として日米マット界の懸け橋となりドーム興行で隆盛を極めた90年代の新日本プロレスの黄金時代に大きく貢献した。引退した99年にパーキンソン病を発症し、亡くなるまでモットーの「GO FOR BROKE(当たって砕けろ)」を掲げ、懸命に病と闘った75年の人生。「WEB報知」では、マサさんの妻・斎藤倫子さんを取材。「甦るマサ斎藤、永遠のGO FOR BROKE」と題し、マサさんの秘話を連載します。第3回は「通夜の夜に届いたハートの贈り物」。

 倫子の祈りと願いが届かずマサは、7月14日に天国へ旅立った。訃報は、日本中を駆けめぐり、スポーツ紙だけでなく一般紙も偉大なプロレスラーの死を大きく報じた。

 通夜は21日、22日に葬儀告別式が東京・港区の梅窓院で営まれた。祭壇は、リングをイメージし戒名はリングネームの「マサ斎藤」とした。

 「私は、亡くなってから頭が機能しなくて真っ白になってしまい、(佐々木)健介さんと北斗さんと健介オフィスの副社長が中心になって準備をしてくださいました。親友も連日、東京から応援に来てくれました。他にも関係者の方々の温かいご支援でマサさんらしい葬儀が実現しました。お通夜まで遺体を安置する場所も北斗さんが探してくれました。リングの祭壇は、“やっぱり、マサさんにふさわしいのはリングだ”と言って北斗さんと健介さんが決めてくれたと思います。ただ、戒名は、私が決めました。それは、やっぱりプロレスが大好きでプロレスラーとして人生を全うした方なので、プロレスラー、マサ斎藤として天国へ送りたいという思いからです。ただ、ご実家のご意向もあるので、102歳になるマサさんのお父さんにお伺いして快くご了解して頂いて、戒名・マサ斎藤が決まりました」

 通夜を終え倫子は、亡きがらを自宅のある埼玉県吉川市内の安置場所へ移し、共に一夜を明かした。この時、不思議な出来事が起きた。

 「私は、着替えを済ませると、マサさんの元へ行きました。相変わらず、穏やかに眠り続けるマサさん。マサさんに思い出話とかひとりぼっちにして旅立ってしまった愚痴などを語りかけている最中の事でした」

 倫子はマサへ「マサ、聞いているの?いるんでしょう?いるって事を知らせてよ」と呼びかけた。

 すると、およそ5分後だった。棺を安置した80平方メートルもの大きなホールには、倫子と生前から夫婦を密着取材してきたテレビ局の女性ディレクターの2人がいた。静寂の部屋に突然、パン!っと乾いた音が響いた。驚いて音がしたホールの真ん中辺りへ走った。そこには、割れた電球の破片があった。

 「私は、興奮しながら、“マサさんだ!”と、その破片を持って、ホールの向かい側の部屋へ行きました」

 倫子は、マサが電球を割り「オレはここにいるぞ」と反応したと確信したという。そこには、妹と親友、そして生前親交があった元新日本プロレス執行役員の上井文彦がいた。

 「3人もマサさんの元へいらっしゃいました。割れた電球を見た上井さんは“マサさん、力振り絞ったんやなぁ。魂が物を動かすにはものすごい力がいるそうですよ”と驚かれていました」

 電球が割れた報告を聞き斎場の担当者も部屋に来た。担当者は「電球が切れる事はあっても、割れる事はありません」と不思議そうにつぶやいたという。すると倫子はこう伝えた。

 「奇跡は起こります」

 その言葉は、葬儀告別式を終え、桐ヶ谷斎場で荼毘(だび)に付した翌日に、証明されたと倫子は思っている。吉川で遺体を安置していた担当者が訪れた時だった。担当者は、最初に、あの割れた電球を取り出した。そして驚きを隠さずこう明かした。

 「奥さん、これ見て下さい。今日、割れた電球を取り換えよう外しました。見ると、なんと、キレイにハート形に割れていたんです。普通だったら、そのまま、処分するのですが、あの晩、皆さんから“奇跡は起こる”と聞いていたので、ハート形の電球を手に身震いがする思いでした」

 そう一気に告げると電球を倫子へ渡した。

 「私は、電球を割って存在を教えてくれただけでも、感動していたので、このハート形を見て言葉を失いました。そして、思わず“マサ、有難う!”と呟きました。同時に、生前、マサさんに厳しすぎたり至らないところが沢山あったので、マサさんは、怒っているのではとの不安から解放された気持ちになりました」

 それがマサが通夜の夜に起こした奇跡。第三者から見れば、単なる偶然と笑い飛ばすかもしれない。あるいは、あり得ない超常現象と信じないかもしれない。ただ倫子は、マサからのプレゼントだと信じている。その夫婦だけが抱く愛情に他人が踏み込むことなどできるはずはない。そして今、ハート形の電球は、位牌(いはい)の横に飾ってある。そして倫子はこう誓っている。

 「いまだに、後悔は山程で、気持ちが沈んだ時には、“マサは、ゴー・フォー・ブロークで、マサのハートを私にくれたのだから、心配させないように、前進しなければ”と自分を励ましています」

 マサの奇跡は、これだけではなかった。告別式で信じられない遭遇を引き合わせていた。=敬称略=(取材・構成 福留 崇広)

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