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2019-07-16

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・農業だとか狩猟だとかで生きていた時代は、
 「よくわからないことだらけ」だったろう。
 お天道様の動きや、風や雲や、植物や昆虫の様子、
 月の満ち欠けなんかのことをいろいろ、
 ちょっとずつ知っていって、それを蓄積させて、
 「こういうときは、こうするものだ」と伝えていった。

 南から日本という島国に流れ着いた昔の人たちも、
 星の位置やら潮の流れ、荒天の避け方なんかを知り、
 生き延びるだけの食糧を確保しながら、ここに来た。
 身体の延長としての道具というものはあったけれど、
 機械と呼べるようなものは、ほぼなかった。

 機械が登場して、数学や物理の進化が加わると、
 それまでの時代にしてきたことのなかに、
 「これはちがってたんじゃないか」ということが、
 たくさん見つかってきた。
 まじないでは病気は治らないし、魔女なんていないし、
 馬より蒸気のほうが力があったりすることがわかった。
 物理の法則を軸にした「工業化」というものが、
 文明を発展させ、人間のできることを増やしていった。
 損得でいえば得がたくさんあったし、
 わざわざ「工業化」をやめる理由もあまりなかったので、
 たいていのことは、「工業化」し続けていった。
 説明できるし、再現できるし、予測もできるんだから、
 そっちへ行くに決まってるとも言える。
 なんども言うけど、いいことがたくさんあった。
 そして、いまも、たくさんあるのは知っているさ。

 だけど、なにもかも「工業化」はできないんだよね。
 もともと、そんなことできないはずだったんだ。
 でも、いまでも「工業化」が進化だと考えられている。
 「こうしてこうして、こうすればこうなる」と、
 トコロテンのつくり方みたいなことを信じている。
 その前提になる考えは、「同じ」ということへの幻想だ。
 記号じゃないんだから、ほんとは同じなんてないんだ。
 「ここでは、これを同じと考える」しかないんだよね。
 「同じ」であることを元にして、判断も予測もする。
 だから、つまらないんだよなぁ。
 「天は、予測を無視し給う」とか言って、今日は終わる。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
昔はよかったということじゃない。笑え、みたいなことだ。


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