専門家が見た韓国不正輸出リストの問題点……韓国政府は悪質企業名の公表を

国連安保理・北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員の古川勝久氏が“反論”

カテゴリ:ワールド

  • 不正輸出156件のうち、大量破壊兵器関連事案は102件
  • 摘発件数の公開だけでは不十分……韓国政府は事案の詳細、企業名公表を
  • 日本批判は的外れ……迂回輸出の懸念払拭がホワイト国の条件
FNNが入手した韓国政府が作った不正輸出摘発リスト。戦略物資がズラリと並ぶ

2019年7月10日のフジテレビの報道「韓国から戦略物資の不正輸出 4年で156件 韓国政府資料入手で“実態”判明」を受けて、韓国の産業通商資源省が2日続けて見解を発表した。同省はこの間の摘発について、「我が国の戦略物資輸出管理制度が効果的で透明に運営されているという反証だ」とコメント。傘下の戦略物資管理院が毎年発表する「例年報告書」を通じて、不正輸出の摘発状況について情報公開していると主張した。

また、外国の事例としてアメリカと日本を挙げ、アメリカは事例を公開しているのに対し、日本は総摘発件数を公開せず、一部事例にとどまっていると指摘した。日本が輸出管理優遇措置を撤廃した3品目の一つであるフッ化水素については、
①日本から輸入したフッ化水素が北朝鮮に流出した証拠は発見されていない、
②摘発リストに含まれたフッ化水素関連事案は、日本産フッ化水素を使用したものではない、としている。

この韓国政府の主張に対して以下の点を指摘しておきたい。

指摘1:韓国政府の「資料公開の透明性」について

まず、各年度の産業通商資源部は傘下戦略物資管理院の「例年報告書」には、以下の情報のみが記載されている。

2015年:摘発件数のみを公開
2016年:摘発件数のみを公開
2017年:摘発件数のみを公開
2018年:摘発件数のみを公開

以上のみである。

産業通商資源省傘下の戦略物資管理院が発行する定例報告書2018より 不法輸出摘発件数のみ開示され、輸出企業名や品目、輸出先は開示されていない

韓国政府はこの報告書と、「国会議員の求めに応じて情報提供している」事をもって、「戦略物資無許可輸出摘発および措置現況を毎年透明に公開している」、「これは我が国の戦略物資輸出管理制度が効果的で透明に運営されているという反証である」と述べている。
この点について以下の点を指摘しておきたい。

★大量破壊兵器関連事件の情報の重要性

まず、「例年報告書」では、あらゆる兵器転用可能な「戦略物資」に関連した全ての事件の摘発件数の総数のみが公表されているだけである。筆者が指摘した通り、この中にどれほどの「大量破壊兵器関連の規制品をめぐる輸出規制違反事件」が含まれているのか、何ら記載されていない。重要な統計データが欠如しており、透明性に欠けている。

様々な輸出管理の課題の中でも、とりわけ大量破壊兵器(WMD)の拡散阻止は中心的課題であり、国際社会にとって最重要課題の一つである。ゆえに、なかでもWMDに転用可能な物資・技術に対する厳格な輸出規制の運用は、「ホワイト国」として認められるためには必須の条件である。

この点について、韓国の国会議員が入手していた情報によってはじめて、韓国国内で下記の通り多数のWMD関連不正輸出事件が摘発されていた実態が明るみに出た次第である。

2015年から2019年3月の間に韓国国内で摘発された事件・計156件の内訳

NSG (核兵器製造・開発・使用に利用可能な物品を統制する多者間国際体制) → 29件
AG (生化学武器製造・開発・使用に利用可能な物品を統制する多者間国際体制) → 70件
MTCR (ミサイル製造・開発・使用に利用可能な物品を統制する多者間国際体制) → 2件
CWC(化学兵器禁止条約)→1件
WA (通常兵器製造・開発・使用に利用可能な物品を統制する多者間国際体制) →53件

156件のうち、実に102件もがWMD関連事件であった。しかも、摘発された事件の概要を見ると、懸念されうる不正輸出事案が多数見受けられる。いくつかの事例を以下に列挙する。

★核兵器製造への転用が可能な工作機械類の不正輸出事案

高性能の精密工作機械等を含む工作機械類は、核弾頭や遠心分離機のパーツ等の製造にも使用されうるものがあり、先述のNSGの規制リストで輸出規制対象となる製品のスペックが指定されている。韓国国内では、このNSGの規制スペックに該当する工作機械類の不正輸出事案が多数、摘発されていた。これらは、核関連物資として規制されている貨物の不正輸出にかかわる事案であり、中には取引額が8000万円以上と高額な取引も相当数ある。

またNSGリストに該当する他の規制品でも、核燃料棒の被覆材として用いられるジルコニウム(1346万ドル相当:約14億6600万円)が中国に不正輸出されるなどの事案が報告されている。

不正輸出事案には、アメリカや日本、一部の欧州諸国に向けた貨物までも含まれている。本来、核関連物資として厳密な輸出管理が義務づけられている物品でさえ、不正輸出事案がこれほど数多く発生している。このような実態は、先述の「例年報告書」には記載されていない。

加えて、これらの事案の輸出先には、国連専門家パネル等の情報により、北朝鮮の密輸における主要な迂回交易拠点であることが判明している中国や台湾、東南アジアなどが含まれている。もちろん、日本から輸出された貨物が実際に北朝鮮に迂回輸出されたか否か、日本の輸出者だけでは判断が困難である。ゆえに韓国側との真摯な協力関係の下、輸出元の日本としては、そのような懸念を払拭する必要がある。

★摘発件数だけでは不十分

またアメリカや日本と異なり、韓国の場合、個別の事案の詳細はもちろん、不正輸出に関与した韓国企業の情報は何も公表していない。規制品は不正に輸出されたのか、それとも未然に防止されたのかも、説明がない。

韓国の戦略物資管理院は、国会提出資料を通じて戦略物資無許可輸出摘発および措置現況を毎年透明に公開していると発表したが、これらの情報は日本などの貿易相手国に開示される情報ではないため、日本としては特にコメントする立場にはない。
ゆえに、韓国の貿易相手国からすれば、自らの取引相手である韓国企業が、過去に何らかの不正輸出事案に関与したのか、判断が困難である。これでは、日本や欧米の企業からすれば、韓国企業による何らかの不正輸出事案に巻き込まれる懸念を払しょくできないことになる。韓国政府が「透明性」をもって公開していたとする件数の情報だけでは、輸出管理の実務上、あまり大きな意味はない。

今日に至るまで、これだけの数の不正輸出事案が韓国国内で摘発されていたということは、韓国企業の中には依然、輸出管理面での内部管理体制が緩い企業が少なからず存在するものと考えられうる。このような状態では、海外企業からすれば、輸出した貨物が第三国に再輸出されて兵器転用されうる懸念を払拭し難いことになる。

日本語に翻訳された不正輸出摘発リスト

なお、先述の戦略物資の不正輸出摘発事案156件の中には、あくまでも「リスト規制」に違反した事案しか盛り込まれておらず、「キャッチオール規制」違反の事案は含まれていない。[注:1] 日本の世耕経済産業大臣は、2019年7月3日付けのツイートで、韓国にはキャッチオール規制の実効性の面で問題があり、「不適切事案も複数発生していた」と指摘している。キャッチオール規制にかかわる違反事件の情報開示も重要である。

また企業に対する処罰として、輸出制限、教育命令、警告の3つの措置が科されているが、具体的にどのような処罰が科されたのか、外国企業にとっては把握し難い。

一般論として、もし懲罰が軽微であれば、輸出管理違反を犯した企業にとっては、また同じことをして再度、摘発されてもあまり痛みを感じないということになる。これでは、輸出違反を犯して金儲けを行うインセンティブを断つのは難しい。

[注:1] リスト規制で定められていない物品や技術であっても、兵器目的で転用されることがあり得る。このため、海外の取引相手(需要者)や取引目的(用途)によっては、経産省の輸出許可が必要になる場合がある。つまり、通常、そのような輸出に許可は不要だが、兵器転用の懸念が払しょくできない取引についてのみ、輸出許可が必要になる。これをキャッチオール規制という。

指摘2:日本国内の事例の情報について

先述の通り、韓国の産業通商資源省は以下の通り指摘した。
「日本は我が国とは違って総摘発件数も公開しないでいて、一部摘発事例だけを選別して公開している(www.cistec.or.jp)。」
これは誤りである。

まず、このURLのリンク先は、経済産業省傘下の一般財団法人「安全保障貿易センター(CISTEC)」のホームページであり、日本政府の機関ではない。この情報をもとに日本政府を批判するのは、筋違いである。現在、韓国の産業通商資源省が、日本の財団法人と政府機関を区別できないという事実こそ、現在の日韓両国間における輸出管理面での協力関係の欠如を如実に物語っている。
日本では、輸出管理体制の不備を理由に経済産業省から「警告」を受けた日本企業の名前は公表されるので、企業は「警告」に対して神経を尖らせており、年に数件しかそのような事例はない。

また、日本の輸出管理の法令である外国為替法に違反した企業や個人の名前は、容疑者が逮捕された時点で、警察が名前と事件の概要を公表するので、メディアで報道されるのが一般的である。起訴が確定すれば、裁判手続きに入る。裁判所は誰でも聴講できるオープンな場所である。最終的に有罪が確定すれば、その後、経済産業省が輸出禁止等の行政処分を企業や個人に科すこともある。行政処分の情報も、経産省から公表される。日本では、「一部摘発事例だけを選別して公開している」との指摘は誤りであり、透明性をもって情報は公開されている。

★輸出管理のポイント~兵器転用の懸念を払拭できるか?

輸出管理上の重要なポイントは、自国から輸出される物品や技術が、意図せずに兵器転用される懸念を払拭することである。そういう「懸念を払拭できるか」の一点が重要である。

他国に輸出された物品・技術が第三国に迂回輸出された後、「兵器転用された」と判明してからでは、もはや何も対応できない。輸出管理を通じた未然防止こそが重要である。そのためには、輸出の際に、「兵器転用の懸念を払拭できるか」を確認することが極めて重要となる。「何のために使われるのか分からない」という不確実性だけでも、輸出者としては真剣に懸念して対処しなければならない。

ゆえに軍民両用に使用されうる(デュアルユース)物品や技術を輸出する際には、事前にしっかりと最終需要者と用途を審査することが重要となる。最終需要者が何の目的で物品・技術を取得しようとしているのか、確認しなければならない。その際、資料の提出等、需要者側の協力が必要なことが多くなる。

貨物は一度、海外に輸出されると、その後、輸出者がその貨物の動きをフォローすることは難しい。もし貨物が輸出された後になって、輸出国の政府が何か確認したいことが出てきた場合、輸出者経由で需要者側に協力を求めるか、あるいは輸出先の国の政府経由で確認することが重要となる。このような協力関係にある貿易相手国であれば、輸出許可手続きを緩和しても、後でフォローしやすくなるので、輸出管理面での懸念を緩和できる。

韓国のトップ企業30社の経営陣と急遽懇談した文在寅大統領

韓国にかかわる懸念は、韓国企業による不適切な管理に起因する迂回輸出の懸念を払しょくできないことである。
今回の事案リストにある通り、韓国政府がこれまでに摘発しただけでも、リスト規制に基づく機微な規制品の違反事案が数多く確認された。長年の間、日本企業の輸出管理者らの間で懸念されてきた、韓国企業の輸出管理体制の緩さが裏付けられている。

事実、過去には、韓国経由で炭素繊維が中国に不正輸出された事案や、高級乗用車が北朝鮮に不正輸出された事案もある。また韓国メディアなどの報道によると、この2年間、北朝鮮による瀬取りや石炭密輸などに協力した容疑が持たれている韓国企業が少なくとも複数社、韓国政府により取り調べられてきたとされる。さらに、国連専門家パネルによると、2018年12月には韓国企業5社が、北朝鮮産石炭の韓国密輸事件で起訴された。筆者の知る限り、韓国政府がこれらの企業の名前等の情報を公表したことはこれまでに確認されていない。

これでは日本企業からすれば、自社の取引相手の韓国企業が、過去に何らかの事件に関わっていた企業かどうか、見極めが困難である。

日本国内での輸出管理違反事件の捜査において、韓国政府の協力は不可欠である。特にキャッチオール規制では、政府間協力は非常に重要である。膨大な国際物流の中から一つの懸念貨物を摘発するのはとても困難な作業であり、国際協力が不可欠だ。こうした貨物が日本から韓国へ輸出された後、韓国政府に協力を期待できないのならば、輸出前の時点で、時間と手間をかけてでも、予め取引相手の韓国企業や物品の最終用途などについてしっかりと確認をとらなければならない。

韓国側に輸入された後、貨物の用途について日本政府が韓国政府から確認をとれないのであれば、日本としては物品・技術が第三国に迂回輸出されて兵器転用されかねない懸念を払拭できない。これでは従来のように韓国を「ホワイト国」扱いして、輸出の際に何もチェックしないままの状態を続けるわけにはゆかない。

その場合には、残念ながら、日本としては韓国をホワイト国から除外せざるをえないのである。

【執筆:国連安保理・北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員 古川勝久】

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