アレン細胞と政略結婚【十五】
ロディスさんの屋敷を後にした俺たちは、一度生徒会室へ戻った。
「「「「「……」」」」」
部屋の空気はかつてないほど重く、時計の秒針の音が嫌に大きく聞こえた。
そんな中、
「シィ……ッ」
「こんなのあんまりなんですけど……」
リリム先輩とフェリス先輩の消え入りそうな声が生徒会室に響く。
会長を含めたこの三人組は、千刃学院で初めて出会ったわけではないらしい。
いわゆる幼馴染というやつで、小さい頃からの友達だったようだ。
付き合った時間の長さは、そのまま思いの重さに繋がる。
きっと二人の苦しさは、俺たちの比ではないだろう。
(くそ、どうすればいいんだ……っ)
俺だって会長を救いたい。
お別れもできず、一生会えないなんて絶対に嫌だ。
(でも……)
天子様の思惑。
一人神聖ローネリア帝国へ渡った会長の意思。
ロディスさんの覚悟。
この一件には、様々な『思い』が複雑に絡み合っている。
下手に俺たちが動けば、それこそ状況を掻き乱すだけになるかもしれない。
(せめて彼女の意思――本当の気持ちだけでもわかれば……っ)
助けて欲しいのか、それともこのまま動かないでいて欲しいのか。
それがわからない今、俺たちは全く身動きが取れない。
(会長……っ)
そうして俺が空席になった彼女の机へ視線を向けると、
(……あれ?)
とある引き出しが、不自然に突き出ていることに気が付いた。
それがどうにも気になった俺は、その取っ手を引いてみる。
するとそこには――一通の
「……これは?」
裏返して見れば、女の子らしい可愛い丸文字で『生徒会のみんなへ』と記されていた。
「か、会長の書き置き……っ!」
俺が思わずそう叫ぶと、
「なっ!?」
「ほ、本当……!?」
リリム先輩とフェリス先輩は、慌ててこちらへすっ飛んできた。
それに続いてリアとローズも駆け寄ってくる。
「アレン、早く読んで!」
「あぁ、わかった」
リアにそう急かされた俺は、便箋に入ってあった手紙を読み始める。
「――みんながこの手紙を読んでいるということは、私はもう千刃学院にはいないでしょう。何も言わず、勝手に辞めちゃってごめんね。やむを得ない事情があって、すぐにこの国を発たなければならなかったの」
どうやら会長は、政略結婚の件について語るつもりはないらしい。
「――リリム、フェリス。何だかんだ言いながら、私の我がままに付き合ってくれてありがと。あなたたちのおかげで、とっても刺激的な学生生活を送ることができたわ。私のこと、ずっと忘れないでくれると嬉しいな」
「し、シィ……ッ」
「忘れられるわけ、ないんですけど……っ」
リリム先輩はポロポロと涙を流し、フェリス先輩は唇を噛み締めた。
「――リアさん、ローズさん。あなたたちのおかげで、生徒会はとっても賑やかになったわ。いつも定例会議に出席してくれて、ありがとう。しっかり者の二人がいるおかげで、安心して旅立つことができるわ。リリムとフェリスは……私と同じでちょっと頼りないから、支えてあげてくれると嬉しいな」
「か、会長……っ」
「くっ……」
リアは目尻に涙を浮かべ、ローズは悔しそうに拳を握る。
「――そしてアレンくん。お姉さんに意地悪ばかりするあなたには、ノーコメントです。……なーんて、冗談よ。思えばアレンくんとは、いろんな勝負をしてきたわね。部費戦争にイカサマポーカー、裏千刃祭にクリスマス、結局一度も勝てなかったなぁ……。あなたはとっても強いから、これからもみんなを守ってあげてね? これはお姉さんからの最後のお願いよ」
会長は最後の最後まで、みんなのことを気に掛けてくれていた。
「――みんなと過ごした生徒会での毎日は、本当に楽しかったわ。それじゃ、さようなら」
そこで手紙は終わっていた。
見れば――最後の『さようなら』という文字は、涙で
(……会長)
あの人は本当にいつも自分勝手だ。
わがままで素直じゃなくて……底なしのお人好しだ。
(自分が一番苦しくて悲しくて辛くて、助けて欲しいはずなのに……っ)
俺たちに迷惑を掛けないよう、最後の最後まで「助けて」と言わなかった。
だけど……言葉にしなくたって伝わるものはある。
(会長の意思は――本当の気持ちは、しっかり受け取った……)
涙で濡れたこの手紙には、これでもかというほどに彼女の気持ちが詰まっていた。
(そうだ……俺はクリスマスのあの日、会長と約束したじゃないか)
『――呼んでくれれば、いつだって助けに行きますよ』、と。
それに母さんとポーラさんは、口を揃えて言っていた。
『剣士が一度口にした約束は死んでも守れ』と。
「――決めた。俺は……助けに行くよ」
相手が神聖ローネリア帝国だろうが、黒の組織だろうが……そんなことはもうどうだっていい。
今ここで動かなければ、『アレン=ロードルという剣士』は死んでしまうのだ。
(約束も守れずに黙って死ぬぐらいなら、自分の筋を通して死んだ方がマシだ……!)
こうして俺は、会長を助けるために神聖ローネリア帝国へ乗り込むことを決意したのだった。