男をダメにする女
――共演は旧姓・関根恵子、現・高橋惠子さん。『TATOOあり』を若い頃に観ると、「すごい美女と付き合うと、男は大変な目に遭う」という女性恐怖症に陥りそうです。
宇崎 劇中にも台詞がありますよね(笑)。「あの女は男をダメにする女や」と。艶女(いろおんな)ということなんでしょう。艶女って言葉はないけど(笑)。男の心をすっと引き寄せてしまう魔力が、あのときの関根さんの演技にもありました。それに関根さん、撮影現場でキャストやスタッフにお茶を淹れて、お盆に載せて「はい」って渡してくれるんですよ。それって主演女優のやることじゃないでしょう。「もしかしたら、自分に気があるのかな」とみんな思っていたはずです。僕もその一人です(笑)。僕の場合は役柄でも惚れ込むわけですから「関根さんって、いい役者だし、いい女だなぁ」って。それがね、劇中の2人が訣別するシーンで「私はほんまもんの男が好きや」と関根さんは言って、ペッと唾を吐くんです。その瞬間、「えっ、噓! 今までの俺への好意は何だったの?」と(苦笑)。すごいな、この女性は。これが女優なんだなと思わずにはいられませんでしたね。
――豪雨の中での訣別シーン。関根さんに本当に振られたようなショックを受けたんですね。
宇崎 持ち上げられて、ズドーンと突き落とされた気分ですよ(笑)。関根さん、この映画の後に伴明さんと結婚して、高橋惠子になるんです。思わず「噓ッ〜!!」と叫びそうになりました。撮影中は伴明さんも関根さんも、まったくそんな雰囲気じゃなかった。僕が関根さんを蹴ったり殴ったりするシーンで伴明さんは「手加減しろよ」みたいなことは言わなかったし、関根さんも撮り終わった後、僕が「すみません」と謝っても「あっ、大丈夫、大丈夫」としか言いませんでした。今だったらパワハラ問題とかになるくらい激しい現場でした。関根さんもすごい女優だし、伴明さんもピンク映画はずいぶん撮っていたけど、一般映画はこれが初めてだったんで熱の入れ方がハンパじゃなかった。
――高橋伴明監督自身が『TATOOあり』で「男になってやる」という熱い想いがあったんですね。
宇崎 それは確実にあったでしょう。伴明さん、スタッフに「ぶっ殺すぞ!」とかすごいこと言っていましたしね。助監督たちはその後、次々と売れっ子監督になっていきましたし、プロデューサーは井筒和幸監督だったんです。あの井筒監督が1円も間違えないよう勘定していましたからね。
スクリーンに映った自分にショックを受けた
――宇崎さんの俳優デビュー作は、『トラック野郎』(75)のシリーズ第1作。当時大人気だった「ダウン・タウン・ブキウギ・バンド」として出演したんですね。
宇崎 そうです。最初は菅原文太さんと深作欣二監督が「銀行強盗の映画を撮るんで、出演してほしい」と僕が赤坂でやっていたバーを訪ねてきたのが始まりでした。文太さんと一緒に銀行襲撃する犯人役に僕を考えていたそうです。それがしばらくして、文太さん一人で現われて、銀行襲撃の映画の代わりに愛川欽也さんが東映に企画提案した『トラック野郎』を撮ることになったので、そっちに出てくれないかと。それからずいぶんたって、東映から台本も渡されず、役名も教えてもらえずに撮影現場に呼び出されたわけです。ロケ場所がガソリンスタンドだったので、嫌な予感がしていたら、ステージ衣装として使っていたツナギのまま出てほしいと(苦笑)。そのときの台詞は「はい、いらっしゃい」「いい女(スケ)、乗せてますね。桃次郎さん」のふた言だけでした。映画に出た気はまったくしませんでした。その後に出演した『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』(75)も同じようにバンドでの出演でした。ちゃんと役に向き合うようになったのは『曽根崎心中』からです。
――『曽根崎心中』も、江戸時代に実際にあった心中事件を題材にしたものですね。宇崎さんがサングラスを外すとこんな顔なんだなという新鮮な驚きがありました。
宇崎 僕も悩みました(苦笑)。サングラスを掛けていることで、辛うじてキャラクターを成り立たせていた僕が、素顔で映画に出て大丈夫だろうかとずいぶん考えました。映画が完成した後もなかなか上映が決まらなかったんです。『曽根崎心中』の前に公開していた永島敏行さんが主演した同じATG映画『サード』(78)がロングランヒットしていて、それで公開日が決まらずにいたんです。気になって僕も映画館へ観に行きました。ところが『サード』の上映が始まる前に、『曽根崎心中』の予告編が流れ、カツラを被った僕の顔が大写しになって「宇崎竜童」と名前が出た瞬間に、客席でクスクス笑いが起きたんです。ショックのあまり、『サード』を観ないまま後ろの扉から出て行きました(笑)。
――当時は不良イメージの強かった宇崎さんですが、繊細な心の持ち主だったんですね。でも、『曽根崎心中』は物語が進むにつれ、徳兵衛(宇崎竜童)とお初(梶芽衣子)の危険な道行きに引き込まれていきます。
宇崎 それはやっぱり増村保造監督の演出力でしょうね。増村リアリズムというのかな、登場する人物はみんな口角泡を飛ばすようなエネルギッシュさが溢れています。僕以外の役者のみなさんの力と増村監督の演出やスタッフのお陰だと思います。僕自身は完成した映画を観て、役者として自分はダメだなと感じたんです。やっぱり『曽根崎心中』は美男美女の物語なんです。でも、不思議なことにその後、文楽と僕らの音楽がジョイントする「ロック曽根崎心中」をやることになり、近年は僕のパートナーである阿木燿子と一緒に「フラメンコ曽根崎心中」をやっています。いつの間にか『曽根崎心中』が僕のライフワークになっていったんです。僕と阿木にとって、とても大事な作品です。増村監督から受けた演出が僕らの背中を押しているのか、近松門左衛門のエネルギーが働いているのかは分かりませんが、何かにずっと突き動かされて『曽根崎心中』を続けているような気がしています。