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【社会】

取り調べ、音声のみ証拠に 東京地裁「映像主観判断の危険」

 殺人罪に問われた被告の裁判員裁判に向けた公判前整理手続きで、検察側が証拠請求した取り調べの録音・録画媒体について、東京地裁が「直感的で主観的な判断に陥る危険性が高い」として映像部分を採用せず、音声だけを証拠とする決定をしたことが、関係者への取材で分かった。四日付。映像が裁判員に偏った印象を与えるリスクを考慮し、音声の再生だけを認める判断は異例とみられる。

 今年六月施行の改正刑事訴訟法は、裁判員裁判対象事件などで取り調べ全過程の録音・録画(可視化)を義務付けた。検察当局は供述の任意性だけでなく、犯罪事実そのものを証明する「実質証拠」として可視化の記録媒体を積極的に証拠請求している。

 地裁決定などによると、東京都内で男性を浴槽で溺死させたとして殺人罪に問われた被告の男は、逮捕後の検事の取り調べで自白したものの、その後は否認に転じた。

 検事の取り調べで供述調書は作成されておらず、検察側は「具体的な殺害方法は捜査段階の自白以外で立証することが困難」として可視化の記録媒体を証拠請求。弁護側は「被告の供述態度に目を奪われ、客観的な分析が軽視される危険がある」と反対していた。

 決定で地裁の佐々木一夫裁判長は「自白の信用性を被告の表情や態度から判断するのは容易でない」と指摘。裁判員裁判であることも踏まえ、映像を法廷で再生するのは不相当だと結論付けた。

 二〇〇五年の栃木小一女児殺害事件では、殺害を自白した様子を含む七時間以上の映像が一審宇都宮地裁の裁判員裁判で再生され、地裁は供述態度を重視して有罪と認定。二審東京高裁判決は有罪を維持した上で、映像による自白の信用性判断を「主観に左右される可能性があり、強い疑問がある」と指摘した。

◆安易な証拠化問題

<日弁連取調べの可視化本部副本部長の小坂井久弁護士の話> 録音・録画(可視化)の記録媒体について、映像再生に伴う危険性を踏まえて証拠の採否を工夫した判断だ。ただ可視化は本来、捜査官による暴行や脅迫、誘導といった不適切な取り調べを防ぐのが目的だ。音声だけであっても、犯罪事実そのものを証明する「実質証拠」として扱う道が安易に開かれるようになれば問題だ。黙秘権の行使や自由な供述を確保するには、弁護人が取り調べに立ち会う権利を認める必要がある。

◆一つの解決策示す

<成城大の指宿信(いぶすき・まこと)教授(刑事訴訟法)の話> 取り調べの音声にはない映像特有の危険性を重くみて証拠の採否を判断した初めてのケースではないか。録音・録画の取り扱いに関し一つの解決策を示した画期的な決定だ。映像によってもたらされるバイアス(偏り)の危険性に配慮する一方、証拠としての必要性を訴える検察官の主張もくんでバランスを取ったのだろう。今後、今回のように録音だけを証拠として認める流れが定着するのかどうかを見極める必要がある。

<取り調べの可視化> 自白の強要など違法な取り調べを防ぎ、公判で供述の任意性や信用性を立証するため、取り調べの状況を音声と映像で記録すること。検察は2006年、警察は08年から裁判員裁判対象事件の一部で始めた。大阪地検特捜部の証拠改ざん隠蔽(いんぺい)事件などをきっかけに捜査・公判改革の機運が高まり、裁判員裁判事件と検察の独自捜査事件を対象に取り調べ全過程の可視化を義務付ける改正刑事訴訟法が16年5月に成立。今年6月に施行された。

 

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