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【社会】

懸命に生きた、教材に 聴覚障害、苦労して大学生に

亡くなる約1週間前、福祉イベントにボランティアとして参加した時の秋沢瞳さん=両親提供

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 重度の聴覚障害があり、昨年秋に交通事故で亡くなった女子大学生が目標に向かい懸命に生きた姿が教材となり、故郷の小学校の道徳の授業で語り継がれている。女性は城西国際大(千葉県東金市)三年の秋沢瞳さん=当時(21)、神奈川県二宮町出身。「一瞬一瞬を無駄にせず生きてほしいというメッセージが伝わってくれたら」。母洋子さん(52)は願っている。 (太田理英子)

 秋沢さんは二〇一六年、「故郷の自然を守り、福祉を充実させたい」と、地元の特別支援学校から城西国際大環境社会学部に入学した。

 聴覚障害のある学生を同学部が受け入れたのは初めてだった。新しい環境に戸惑う秋沢さんを、同級生らが講義内容を文字に書き起こしてサポートした。同級生らも、周囲の人をよく観察し、困っていれば自然と手を差し伸べるようになっていったという。

 同級生の山野紘輝(ひろき)さん(21)は「言葉ではなく、相手の目や表情を見て気持ちをくみ取ることの大切さに気づかされた」と話す。秋沢さんとコミュニケーションを取りたくて、自らも手話を学んだ。指導教官だった瀧章次(たきあきつぐ)教授(60)は「秋沢さんと過ごすことで、いろいろな背景の人とどうやって言いたいことを受け止め合うかを学び、皆が変わっていった」と振り返る。

 学生生活に慣れると、秋沢さんは明るく活発に。一年生の夏から東金市内の手話サークルで手話を教え、介護施設で週三日ほど炊事のアルバイトも始めた。

 三年生になると、スウェーデンへの留学を決意。昨年十月三日には、瀧教授に留学準備の相談をした様子を日記につづった。「応援してくれて、とてもうれしかった…!英語力UPするようにがんばる!!」

 その三日後、手話サークルの帰り道に横断歩道を渡る途中で信号無視の車にはねられ、亡くなった。

 秋沢さんを道徳の教材にしたのは、神奈川県二宮町立山西小学校の前校長松本雅志さん(57)=現二宮中学校長。秋沢さんが幼少期に通ったリトミック教室の講師と知り合いだった松本さんは「目標に向かって一生懸命生きた姿を残したい」と、両親らに話を聞き、秋沢さんの人生をA4二枚の教材にまとめた。

 タイトルは「生き続ける灯(ともしび)」。今年一月、山西小の道徳の授業で披露すると、児童からは「あきらめないで夢に向かって突き進んだ。ここまで頑張ったのはすごい」などの感想が寄せられた。これまでに教材は町内外の小学校で使われてきた。「子どもたちの心に染み込み、支えになってほしい」と松本さんは期待する。

 「志半ばで亡くなったと思うとつらいが、皆に愛され幸せな人生だったと思う」と母の洋子さん。いつか、秋沢さんの目標だったスウェーデンを家族で訪れ、遺骨をまくつもりだ。

◆故郷の神奈川・二宮 小学校で語り継がれ

 「生き続ける灯(ともしび)」(一部抜粋)

 「耳の聞こえないひとみちゃんでしたが、リトミックの先生の弾くピアノのリズムを体全体で受け止め、踊りを楽しんでいたのです」

 「『なぜ、耳が聞こえないというだけで、入学ができないのだろう』と考え、苦労して手話通訳や、話し言葉を文字に書いてくれる人がいる大学を探し、見事合格することができました」

 「何事にも努力を忘れず、自分の決めた目標に向かってまっすぐに進んできたひとみちゃん。たとえどんな時でも弱音を吐かず、常に前を向き、自分の道を切り拓(ひら)こうとしていました」

亡くなる前日まで、大学生活などの様子が記された秋沢さんの日記

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