栗原裕一郎の音楽本レビュー 第11回:『1979年の歌謡曲』
1979年はなぜ歌謡曲にとって特別な年だったか 栗原裕一郎が話題の書に切り込む
冨田恵一の『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』(DU BOOKS)はドナルド・フェイゲンのソロアルバム『The Nightfly』を1冊かけて分析した本だが、80年代に音楽制作に起こったイノベーションが裏のテーマとしてあった。冒頭で冨田は、70年代から80年代への変化というのは、徐々に進行したのではなく、デジタル時計が切り替わるように一息に完了したのだと書いていた。
「文化的にも70年代は文字通り79年12月31日を持って終了し、80年1月1日から明確に80年代は始まった、とのイメージさえ持つことができた」
さすがに1月1日からというのは誇張としても、歌謡曲のフィールドでも79年から80年にかけての変化というのは劇的なもので、80年に登場した松田聖子には70年代までの光景をガラリと塗り替えてしまったようなインパクトがあった。
ただし聖子という現象は突発的な事故ではなかった。70年代に歌謡界で進行し蓄積されてきた変化が、松田聖子というアイコンに収斂し一気に開花したと見るべき事態だった。その変化とは、歌謡曲とニューミュージックがせめぎ合いの末に融合していったプロセスのことだ。
開花に備えるために深くかがんだかのように、1979年の歌謡シーンはちょっと特異な様相を呈していた。何より顕著だったは、アイドル歌謡が不気味なまでに不況だったことだろう。個人的には「アイドル歌謡最暗黒の年」と呼んでいるのだけれど、新人は枯渇し、人気アイドルは失速していた。
この年一番期待されていた新人アイドルはたぶん能瀬慶子だったといえば、ある年齢以上の人ならその暗黒さ加減に見当がつくのではないか。死屍累々である。登竜門であるレコード大賞新人賞にノミネートされたのは、井上望、倉田まり子、桑江知子、竹内まりや、松原のぶえという面々で、純粋にアイドルと呼べるのは、井上と倉田だけだった(桑江、竹内も準アイドルくらいの扱いではあったが。最優秀新人賞は桑江知子)。
他方で、山口百恵は引退を発表し、前年まで一世を風靡していたピンク・レディーはつるべ落としのような凋落の軌道を描いていた。
では、どんな音楽がチャートを賑わせていたのか。
まずニューミュージック勢、それからニューミュージックに偽装した歌謡曲、もしくはニューミュージックとハイブリット化した歌謡曲である。その間隙を突き、幾人かの演歌歌手が奮闘していたというのが79年の状況だったと整理できるのではないかと思う。ジャニーズが息を吹き返すのも、80年にたのきんトリオの野村義男を除く二人がソロデビューして以降のことで、79年のチャートに影はない。
つまり1979年というのは、松田聖子によって歌謡曲とニューミュージックの止揚が完了する直前の、混沌が絶頂に達していた年なのだ。
この79年の特殊さ、とりわけ音楽性の洗練と豊かさに注目し、ある種の画期として描き出したのが、本書『1979年の歌謡曲』である。
79年象徴度
ここリアルサウンドの音楽書レビューのために書店の音楽コーナーは定期的にチェックしていて(だいぶブランクが空いたけど、その間もチェックだけはしてたんですよ笑)、店頭で本書を見るなり「やられた」と思った。1979年の歌謡曲のヤバさについては評者も、お遊び的なものだがイベントまでやったことがあったからだ。
だがそれをテーマに本が1冊仕上がるとまでは考えなかった。ニッチすぎるという頭があったし、どう語ればいいかという問題もあった。普通に書けば70年代に起こった変化をクロニクルに記述していくことになるが、それでは歌謡曲史のごく一部にすぎないのでインパクトに乏しい。もっと大きな本に繰り込むならともかく、70年代だけというのはきびしいよなあ、まして79年オンリーなんて……などなど。
本書が採用したのは、79年のヒット曲を発売日順に取り上げ、各曲のデータを並べ、批評を加えていき、それらの総体として79年の歌謡曲の特殊性と音楽性を浮かび上がらせるという手法だ。表面的にはディスクガイドの体裁でありなんの工夫もないように思うかもしれないけれど、これはけっこうコロンブスの卵だなあと感心した。たとえるなら、一つ一つは独立していながら全体としてストーリーを成す連作短篇集のような構成になっているのである。
取り上げられている楽曲は50曲で、オリコン最高位、売上枚数といったデータに加え、「名曲度」「79年象徴度」に関する評価がミシュラン形式で添えられている。
「79年象徴度」というのは「その楽曲を聴いたときに79年の風景が心にぐっと盛り上がる度」だそうで、「名曲度」ともども「とても個人的で抽象的な尺度である」と断られている。
「名曲度」については、たしかにまあ人それぞれであって他人が口を挟める領域ではないが、「79年象徴度」については評価のポイントを抽出することは可能だ。そしてそれが本書の主張にもなっているはずである。評者なりに抜き出すと次のようになるだろうか。
(1)ニューミュージックの歌謡曲への侵攻
(2)歌謡曲のニューミュージックへの接近
(3)音楽性の洗練
(4)CMやドラマのタイアップによるニューミュージックの産業化
(5)作詞における新旧の交代
(6)ピンク・レディーの凋落(に象徴されるもの)
(7)音楽のメタ化、ポストモダン化
ということで、この七つの要素を軽くめぐるかたちで書評を書いてみることにしたい。
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