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活動報告
「覚えてらっしゃいますか?」投稿しました!
2019年07月13日(土) 00:48

詩なのか、純文なのか、少し迷いましたが、詩でアップしました。
→ その後、純文に変更。 →純文のカオスにげんなりして詩に戻す。
私、こういう時間帯に小編が頭に浮かび上がる傾向があるようです。
これは、大学生の時分の実話と、その後の虚構を繋いだお話です。
高校までの「恩師」と大学でのそれは、意味合いが違うと思っています。
大学生のヒエラルキーは、学部四年に修士二年、博士三年と、九年の厚みがあります。恩師は、講師、准教授の上に君臨する絶対者でした。
ばりばり研究職志望だった私には、当時ぺいぺいだった自分にそんな殿上人の恩師がかけてくれた思わぬ一言が、一生ライブ再生できるくらいに衝撃的で、紫綬勲章などより貴重なものでした。
諸事情で研究職へ進まなかったのですが、その後も恩師とは年に一度はOB会でお会いしており、亡くなられた時の喪失感、虚脱感は相当に大きかったです。
そして、いまさらになって思い出して言葉に表したのがこの小編でした。
表題にはこうありますが、覚えてらっしゃらなくともよいのです。
あの時先生がいつの間にか撮っていたストロボ写真と、その余白にあった「ご苦労さん」という走り書きが、いまも変わらず私の活力なのですから。
Neolithicさん
コメントありがとうございます。どうにも同窓会のようなノリで他の方が入りづらい雰囲気を作ってるなと恐縮しておりますが、そのようにおっしゃっていただいてうれしい限りです。
私は滅多に書きませんし。はんなりも直接的にはあの一作だけなんですが、幾年月を経ても、いえ、年を経るごとに、あの頃に言葉にできなかった思いが重石になっていく気がします。
私も、私小説のような類の作品には、作者の執筆背景は重要だと思っています。私達の素人芸にそこまで必要かは自覚ないところですが、そのように感じていただけるなら、当時の背景をぼやかしつつ仄めかすのもわるくはないのかなと思いました。
本作、お読みいただき、ありがとうございました。
お二人の学生時分の近しい距離というのが「僕の罪」でもやり取りされているのを拝見して、おかしな話かもしれませんが、羨ましく思えました。本作も考古学調査の実体験が元のようですね。振り返って、熱中したり先生への憧憬がいまだに強いという経験がないので、どれだけお二人が充実した日々を過ごされたか。その裏にある努力や葛藤がノンフィクションに近い迫力をもって享受できるというのは、割烹を拝読出来るおかげと思います。本来作品のみで読むべし、かもしれませんが、文豪作品などは年譜と私生活赤裸々で解説されているので、割烹もありだと思っています。
端的に詩的表現で恩師への伝えられぬままの思いを形にされ、虚構では出せない深みがありました。
私にとっては宝物だったよ。頑張ってれば、誰か見てくれてる人がいるんだって、それが思いもよらぬ希少な言葉だった。平社員が社長に褒められたみたいな。
「僕罪」のD先生は間違ってたと私も含め多くが思ってる。君も石屋とぶっちゃけた方がいい。
そういう逸話があったとは知らなくて、ちょっと、いやだいぶ驚いてる。僕、参加してない調査だろうね。
あえて書くけど、不都合なら消して下さい。D先生。「僕罪」では良い印象が書けなかったから、罪滅ぼしに。