生物に学ぶイノベーション ~生物模倣技術の挑戦~
ものづくり変える 驚きの生物パワー
自然豊かな、山形県鶴岡市。
ここで今、ある画期的な製品が開発され、世界の注目を集めています。
慶應大学発のベンチャー企業が、ある生き物をまねた、特別な素材を作ることに成功したのです。
バイオベンチャー企業 関山和秀社長
「人工的に作ったもので、クモの糸です。」
この青い糸は、クモの糸の構造をまねて、人工的に作り出したものです。
実験では、ナイロンより高い伸縮性を実現。
さらに強度は、鋼鉄製の糸の2倍にも達することが分かりました。
この糸をシート状に編んで、自動車のボディーなどに使えば、従来より軽くて丈夫な車を造ることも可能といいます。
バイオベンチャー企業 関山和秀社長
「クモの糸が作れるなんていうのは、たぶん普通に生活していたら、そういうことにはならないと思いますし。
発表したときに懸念したのは、信じてもらえないんじゃないかと。」
クモの糸は、以前から優れた性質を持つ夢の繊維として、注目されてきました。
クモが出すさまざまな糸の中でも、ぶら下がるときに使う糸は、特に強さと伸縮性を兼ね備えています。
その秘密は、分子レベルの構造にあることが分かってきました。
主な成分は、フィブロインと呼ばれるたんぱく質で、硬い部分と軟らかい部分が並んだ構造をしています。
これが集まって糸になるとき、硬い部分はくっつき合って頑丈に、軟らかい部分は絡まり合って、伸縮性を発揮します。
この独特の分子構造が、丈夫さとしなやかさを両立させ、クモの糸の驚異的な強じんさを生み出していたのです。
しかし、クモは縄張り意識が強く、すぐに共食いしてしまうため、絹糸を作るカイコのように、大量に飼うことができません。
クモの糸の量産は、かなわぬ夢でした。
では、このベンチャー企業は、不可能とされてきたクモの糸の量産に、どうやって成功したのでしょうか?
「ここで培養を行なっています。」
不可能を可能にしたのは、最新のバイオテクノロジーです。
「クモの糸の遺伝子を持った微生物を、ここで培養しているところになります。」
この中ではバクテリアが培養されており、クモの糸の原料となる、たんぱく質を作り出しています。
バクテリアにクモの糸を作り出す遺伝子を入れると、その命令に従って、たんぱく質フィブロインを作り出します。
温度や栄養などを調整して、このバクテリアを大量に培養。
培養液を精製すると、フィブロインだけを回収できるのです。
それを溶液に溶かし、細く圧縮して押し出すことで、糸状に成形します。
量産に向けた計画も動き出しており、年内には試験プラントが稼働する予定です。
「ゴムみたいですね。」
バイオベンチャー企業 関山和秀社長
「バイオテクノロジーもそうですし、IT技術、コンピュータの解析技術、分析技術もそうですし、ようやく生物のメカニズムを人間が理解して、しかも、それを産業に生かしていけるような時代に入ってきて。
バイオを使った、いろんな新しい産業というのが、医薬とか創薬だけじゃなくて、盛り上がってくるんじゃないかなと。」
日本では、こうした生物模倣技術の画期的な研究成果が相次いでいます。
例えば、重さ僅か数グラムの、超小型の飛行ロボットの開発。
モデルになっているのは、ハチドリという小さな鳥です。
複雑な羽の動きをハイスピードカメラで撮影し、スーパーコンピューターで解析することで、ロボットに応用しようとしています。
さらに、壁や天井を自由に歩き回る、ヤモリの足の接着方法の研究も進んでいます。
それを後押ししているのが、ナノテクノロジーの進展です。
従来より小型化され、高性能になった電子顕微鏡が普及し、100万分の1ミリ単位での観察が容易になりました。
ヤモリの足の裏には、吸盤や粘着物質はありません。
しかし、電子顕微鏡で観察すると、数億本に枝分かれした微細な毛が生えていて、物質と引き合う特殊な力が働いていることが分かりました。
これをまねて、今年(2013年)実用化されたのが、ヤモリテープ。
強く接着するのに、簡単に剥がすことができ、繰り返し何度も使えます。
ヤモリテープでは、カーボンナノチューブによって、ヤモリの足の裏の構造を再現しています。
生物模倣技術が目指すのは、機能の再現だけではありません。
その製造方法も、生物に学ぼうとしています。
新素材の研究を行っている、東京大学の研究室です。
研究対象は、意外な生き物です。
「これは?」
東京大学 垣澤英樹准教授
「これはアワビです。」
東京大学 垣澤英樹准教授
「アワビの貝殻は炭酸カルシウムで、セラミックスの一種なんですけど、セラミックスとは違って、非常に割れにくい性質を持っているので、その割れにくさの秘密を調べています。」
アワビの貝殻を電子顕微鏡で観察すると、驚くべきことが分かってきました。
貝殻は、厚さ1ミリにつき、薄い板が1,000枚以上も積み重なり、板の間にも軟らかい接着層が挟まる複雑な構造をしていたのです。
貝殻に力が加わると、薄い板が1枚ずつ壊れて、進行を食い止めます。
板の間の接着層もクッションとなって、衝撃を吸収するため、簡単には割れません。
何より研究者たちを驚かせたのは、貝殻の作られ方です。
アワビは、ほとんどエネルギーや資源を使わず、海水中の炭酸カルシウムを取り込んで、貝殻を成長させます。
人間のように、高温で焼き固めたり、高い圧力をかけることなく、ありふれた物質だけを使って、強じんな貝殻を作っていたのです。
この仕組みをまねすることができれば、エネルギー消費が極めて少なく、しかも環境に優しい製造技術が確立できると考えています。
東京大学 垣澤英樹准教授
「何億年という歴史の中でとう汰をしてきて、たどり着いた作り方ですので、もっともエネルギーの少ない作り方をしていると。
その中から、人間の技術に応用できるようなものを見極めて使っていく、応用していくと。
そういうのは必要ではないか。」
生き物に学べ 技術革新
●今、生物模倣技術が脚光を浴びている背景をどのように捉える?
そうですね、原発問題や、あるいは石油、天然ガスが高騰化していますよね。
これによりまして、エネルギーを多用する地下資源依存型のものづくり、そのものに陰りが見えてきているんだと思いますね。
逆に生物の世界に、イノベーションとか、ブレークスルーのアイデアを探るべきじゃないか。
実は産業界が注目をし始めたということが、やっぱり大きなポイントだと思いますね。
2つ目は、やはりVTRの中にありましたけれども、技術の進化だと思います。
電子顕微鏡によって、生物の微細な構造を容易に観察することができるようになりました。
あるいは、構造がもたらす物理的な挙動を、スーパーコンピューターなんかを使って、精緻に解析することができる。
そして、ヤモリテープのカーボンナノチューブのお話がありましたけれども、まさにそのナノテクノロジーを使って、そういう微細な構造そのものを再現することもできるようになった。
この3つの技術の進化によって、生物模倣技術っていうのは、新しい段階に入ってきたと言っていいと思います。
●ヤモリテープ以外に、どんな研究が進んでいる?
そうですね、例えば、タマムシの仲間は、数十キロ離れた火山活動を認識することができる、そういうことが分かっているグループがいるんですね。
(タマムシの仲間?)
実は赤外線を受容する、やっぱり微細な器官を備えているというのが分かりまして、今、それの研究によって、いわゆる高性能の赤外線のセンサーの開発が進められたりしています。
あるいは、砂漠に、砂の上をすいすい移動してしまう、例えばトカゲの仲間がいるんですけれども。
(砂漠の中を?)
これは、回転摺動を高める、いわゆるベアリングの技術なんかに応用され始めているんですね。
(摩擦を少なくすることを、そこから学ぶということなんですね。)
生物の数だけ、人工物が学ぶべきヒントはあると言っていいかもしれません。
●製造方法まで生き物から学ぼうという思想については、どう考える?
まさに生物は、それこそ炭素とか酸素とか、水素とか窒素とか、いわゆる軽元素と呼ばれる、ありふれた材料でものづくりやってますよね。
しかも、それを常温、常圧で形にしているわけですよ。
やはり、人工物っていうのは、高い温度をかけたり、高圧にしたり、真空下に置いたりして、ものを作ってきた。
こういうことの改め方、そのものも生物に学んでいく。
結果として、そういう合理的な生産方法っていうのは、やっぱりコスト性をよくしていくことにも、たぶん効いてくると思ってるんですね。
(省エネや、省資源のものづくりというノウハウが学べる可能性があるということになりますね。)
世界が動き出した 生物パワー活用
先月(6月)20日、都内で、生物模倣技術の研究者が一堂に会しました。
大学や企業などの研究者、およそ80人を前に、世界各国の最新技術が報告されました。
「いちばん注目を浴びていたのが、ドイツのトンボの飛行をまねたロボット。
バイオニックコプターと呼ばれるものです。」
ロボットやセンサー、そして新素材の開発など、欧米では産業への応用が急速に進んでいます。
「かなりの製品のところまで、バイオミメティクス(生物模倣)の技術を使おうとしています。」
国際的な競争が激化する中、日本でも、研究開発の体制作りが急務となっています。
東北大学 下村政嗣教授
「やっと今、産と学が危機感を感じて、やろうかなという感じです。
後れを取らないようにしないといけない。」
ようやく国も動き始めました。
生物模倣技術による新材料などの研究に対し、およそ10億円の予算を投入。
産業競争力の強化に生かす戦略です。
生物パワー活用 日本の強みは
生物模倣技術を産業に結び付けるために、新たな取り組みも始まっています。
舞台はここ、博物館です。
北海道大学の博物館には、100年以上にわたって収集されてきた生物の標本、およそ300万点が保管されています。
「大雪山の山の上、高山帯にしかいない、ウスバキチョウという、天然記念物の高山チョウです。」
標本は、羽や体の表面の構造、そして、手足や関節の仕組みなど、生物が進化させてきた機能を知る貴重な手がかりです。
北海道大学 大原昌宏教授
「まだまだ未知の、生物学にとっても宝の山。」
博物館では今、標本を電子顕微鏡で撮影し、分類することで、生物資源のデータベース化を進めています。
今後、全国の博物館からのデータを集め、オンラインで技術者に公開することで、製品への応用を一気に加速させようとしています。
さらに生物学、材料工学情報科学などの専門家たちが月2回集まり、画像を共に分析することで、製品化の可能性を探る検討会も動き始めています。
生物学の専門家
「不思議な模様が並んでいるんですよね。」
生物学の専門家
「あと、こっち側にザラザラがあるんですけど。」
工学の専門家
「すごいですよね。」
生物学の専門家
「こういう模様って、工業製品につけて、摩擦軽減とかにならないんですか?」
工学の専門家
「これ(見たのは)初めてですね。」
工学の専門家
「センサーなんじゃないですか?」
この研究者たちのネットワークが今、注目している生き物がいます。
モンシロチョウです。
検討会で見たチョウの画像から、新たな素材のヒントが得られました。
チョウの細長い口の断面。
注目したのは、内側の表面にある微細な構造です。
チョウは、ストローのように細長い口で、粘り気のある花の蜜を吸っています。
しかし、蜜を吸い込むために必要な大きな筋肉はなく、そのメカニズムは謎でした。
口の内側の構造によって表面張力が強まり、吸い上げなくても、蜜が自然に上がってくるのではないかと考えたのです。
このチョウの口の構造を応用すれば、ポンプなどを使わない液体の輸送技術などが開発できるのではないか、と期待しています。
千歳科学技術大学 平井悠司講師
「工学者といって、生物はダメだではなく、やはり生物をやっている方と一緒に、垣根を少しずつ減らしていく方が、本来はいちばんいいのかなと。
こういう学問領域が増えるのは、非常に有用なことだと思います。」
生物パワー研究最前線 日本と世界の動きは
●博物館を中心に研究者がネットワークを作る動きについては?
非常に重要だと思いますね。
日本の場合は生物学者、工学者だけではなくて、医学者、あるいは情報科学の研究者、さらに言うと、歴史学者とか、博物学者も参画しているんですね。
そしてもう1つのポイントは、メーカーを中心とした、エンジニアの皆さんも、そのネットワークに参画しているんです。
もうすでに大手の家電メーカーさんが、空気を上手に捕捉するチョウに学んだ扇風機ですとか、あるいは鳥の羽に学んだ空調機なんかを、すでに実用化をして発売するような成果も上がってるんです。
●これまでそうした連携は、なかなか取られてこなかった?
そうですね。
産業界と同じで、やっぱり研究者ごとに縦割りの構造だったんですね。
やっぱり、それを横断的に結んでいくっていうのは、たぶん、さまざまな成果をこれから生み出していくと確信しています。
●日本もおよそ10億円の予算を投入 各国の状況は?
今、生物模倣技術で国際的な技術標準を取ろうと積極的に動いているのは、ドイツなんですね。
ドイツの場合は、ドイツ銀行と政府が組んで、実はこの分野のネットワーク作りに、桁が2桁違う、3,000億円を投下しているんです。
今、中国も、こうしたドイツの動きに参画しようと動き始めてもいるんです。
●さまざまな研究者のネットワークが加わり始めているということ?
そうなんですね。
ただし、ドイツの場合は、やはりメカトロニクスとかロボットとか、バイオニクスというような言われ方をするんですけれども、どっちかというと、機械工学の分野に限定されてるきらいがあるんですね。
それに対して、日本のネットワークは、今申し上げましたように、極めて学際的なネットワークですので、逆に日本は、いろんな分野で、リーダーシップを取れる可能性があると思っています。
●この分野の進化の先に、どんな社会の変化が生じると考える?
そうですね。
やっぱり、そもそも生物は自然、地球と共生をしながら、共進化をしてきたわけですよね。
そして、これは前段でも触れましたけれども、省資源な材料の使い方とか、省エネルギーな構造とか、やっぱり、こういうものづくり、まさに共生のデザインを、やっぱり人工物がこれからもっと学んでいく必要があると思ってるんですね。
さらに言うと、これからは生物がいろんな材料を生物自身が生み出していく、そこでは例えば欧米にはない、例えば昆虫とか藻類の遺伝子情報の研究治験ですね、こうした知的財産って、日本が世界でいちばんたまってるんですね。
(藻類というのは、海藻とかの藻類?)
そうですね。
こういう知財をうまく生かしながらですね、いろんな領域に生物模倣技術を展開をしていく。
そうすると、繰り返しになりますけれども、創薬とか、そういう世界だけではなくて、工業製品のいろんな材料とか、もしかすると、いろんな半導体の基板のようなものも、生物に学んだり、あるいは生物に作らせたりするような、そういう技術が、これからたくさん生み出されてくると思っています。
●日本がこの分野で先頭を行くために、どんなことが必要?
やはり今までどちらかというと、生物学っていうのは、産業の世界と遠いというふうに思われていたんですけれども、やっぱり、そういう研究者たちを積極的に企業自身が支援をしていくような、そういうコラボレーションスタイルの研究開発みたいなことを、やっぱり国策としてもらう、そんな流れを作ってもらいたいと思っています。
そこに環境とか、共生というキーワードをもって選択してもらいたいと思いますね。