2016/11/05
日本のテレビCM史の流れを変えた異才 ― 今村昭物語(9)
続・今村昭は、いかにしてダイアローグ型CMを創り得たのか
さて、翌日朝のスタジオ。室田、川谷の二人は、定刻の1時間も前に現れ、借りてきた猫状態。前日の泥酔はどこへやら、神妙にスタンバイしている。関谷監督が声を掛ける、「リハ、いきまーす!」。
まずは、前日の「ニッカLビン・初登場編」─ CMタイトルは「ハードな二人・タキシード編」。カメラは若き名匠、中堀正夫。バーバル・ギャグ的なので、字コンテ風に起こしてみよう。
(ヒゲノLビン~♪がバックでME)
室田 Lビンと自分用の大きなグラスを持ち並々注ぎ、「これだ!」。
川谷 自分用のグラスを持ち(氷入り)、「美味しそうね、ポケットビンひとビン分がお得なのよね」─(商品お得感説明)自分にも注げ、とグラスを上げる。
室田 川谷を無視し、美味そうに飲む顔。
川谷 注いでくれよお、とこづく。
室田 ものすごく嫌そうに、注ぐが、2、3滴。ちょっぴり。
川谷 あれえ?という顔でなめるように飲む。「美味しい!」。もっと、と、さらに、こづく。
室田 無視している。Lビンを挙げ「これ!」
(Lビンのロゴ。MEは続く。)
NA 「男の優しさってその・・、Lビン。やっぱり!(川谷の声)」。
── このシューティングは午前中で終わってしまった。二人の演技と間合いは素晴らしく2、3テイクで「オーケー、いただきます」。であった。午後はスーツに着替え、倉本聰監督が演出する。3編を撮影する。字コンテ風ご参考。
☆ハードな二人・結婚編(エマニュエル)
バーのカウンター。ワンフレームカット。室田課長と川谷社員。川谷の隣に、すごく妖艶な美女。真ん中に、Lビン。3人のグラスには既にウイスキーが注がれている。
川谷 美女と手をとりあっている。うれしさをかくせず、おもむろに室田に囁く。「結婚…しようと思うのです」
室田 まったく表情を変えず。しばらく間があり、囁き返す。「よしなよ…」。
川谷 ムッとする。振り返り美女の煙草に火をつけるサービス、が、美女に煙をモワーーーッと吹かれ、当惑(ロゴ。MEは演歌調)。
☆ハードな二人・結婚編(タマちゃん)
続いては、結婚編の2である。
バーのカウンター。室田課長と川谷社員、川谷の隣に、すごく太ったタマ子ちゃん。真ん中にLビン。タマ子ちゃん、もじもじしている。
川谷 それがおかしいらしく、笑いつつ室田に囁く。「け、結婚してあげようか、だって」。
室田 突然グラスをとり、川谷越しに、タマ子ちゃんに叫ぶ。「お、おめでとう!! タマ子ちゃん!!」
川谷 仰天して、室田にけんめいに首を振る(うれし恥ずかしげなタマ子ちゃん)(ロゴ。MEは演歌調)。
この撮影も順調だった。倉本監督がCM的に迷うところは関谷監督が助ける。リハ、テイクとも、何度かしたが、スタジオ中が照明さんも、小道具さんもメイクさんも、含み笑いしっ放し。立ち合いのニッカ社員も笑い放し。わたしは今村さんのキャスティングに感心していた。さすが、東映ピラニア軍団の名コンビ、相性、演技、呼吸、間合い、表情のつくり、─ いや実に上手い。これぞ俳優の芸というものだ。3本目は「会社編」である。
☆ハードな二人・会社編。
バーのカウンター。室田課長、川谷社員。間には、ニッカLビンがドン。
室田 やや深刻な顔、グラスをなめつつ、ポッと呟く。「会社、辞めようかと思うんだ」。
川谷 (クックッと笑い)「またですか?」。
室田 「……」憮然とする。
川谷 (さらにおかしげに)「送別会、どこがいいですか?」。
室田 「…」、さらに憮然としている。
川谷 (クックッが止まらず)「中華にしますか?和食にしますか?」。
室田 呆れて憮然としている。
川谷 (ゲラ笑いしながら)「祝辞、ぼくに言わせてくださいね」。
室田 ほぼ呆れたで、無言。(ロゴ。MEは演歌調)。
こうしてラッシュ、編集に入った。録音技師、編集技師、立ち合い関係者、監督、俳優、皆さん笑い放し。とくに3本目は受けた。かくて初号試写会。社運を賭けるニッカは、常務、社長も出席。大人数だ。登場編は文句なく通過。結婚編の二つも通過。会社編は、常務まで大笑い、受けるよ!の声まで出た。…ただ、ひとり、を除いてである。
そのひとり、とは?
「社員の結果こそ、社にとりなににも勝る、と信じ、努力してきました。やっとわが社は現在に至った。それなのに会社を辞めたいとのCMを私が笑えると思われますか?」
─ だれあろう、NHK連続テレビ小説「マッサン」のモデル、竹鶴政孝社長その人であった。
…その場にいた人で社長をやったことがある人は誰もいない。なるほど、これが社長の気持ちというものなのだ!…シーンとした、試写室はおのずと結論を出した。お蔵である!
電通に帰ってきた今村さんはスタッフに、これだけお蔵入りと告げた。みんな、ひっくり返ってしまった。…まあ、これが大事件ではあった。倉本聰は、納得できず後に、自分のドラマで再現したりしている。
今村さんのCMでお蔵入りは、実はこれだけでもないが、結構傑作で、幸いにも電通データベースには残っている。余裕あれば、後で触れたい。
さて1本はお蔵だが、3本は(今村さんの読みは当たった)大好評である。認知度は非常に高く、ニッカの営業努力(業務店、飲食店などへの販促である)も強く、すごく売れた。ニッカも電通も、成功である。この利益が原資となり、ニッカの後の高級品開発につながった。なお、この3本は、すべてACC秀作賞を受賞した。
ところで、この室田・川谷CMは一応続きがある。「あの日の新聞編」というもので、Lビンのラベルを応募すれば、好きな日の新聞がもらえるという販促CM。ボルサリーノ風の帽子にコートの室田が、グラスを持ちながら独白…「あいつも変わっちまったなあ、…? タマちゃん、とか言ったかなあ」…
─ NA「いま、思い出のあの日の新聞がもらえます!ニッカLビンで!」。
つまり、タマちゃんで、一応続いてるわけではある。これは、今村さんが演出したが、なんというか、室田の演技と表情が秀逸で、笑える。意外に佳作かも知れない。続く2本がある。
「俺たち、まだ泣くこと覚えていた」「俺たち、まだ笑うこと忘れてなかった」の2編である。今村さんの単独演出だ。─ 室田、川谷の間に女性がおり、テレビを見ている、飲みながら、3人とも泣いている。ほんものの涙が流れる。なにを観ているのかは、CM画面では、わからないようになっている(受け手によりなんでもよい、ということだろう)。
─ NA「俺たち、まだ、泣くこと、覚えていたんだ。─ ニッカLビン」
もうひとつも同じで、今度は3人がテレビを観ながら、飲みながら笑っている。苦笑、微笑、大笑い、苦笑い。なにを観ているのかはわからない。受け手の自己体験で感情移入してくれ、というようなCMである。
思うにこれは、今村さんの実験CMだったのだろうと思う。Lビンは大成功したし、すこし、ゆとりもあった。
ただ傍にいた語り手の感想を言うと、あまり、今村さんらしい作風とは思えなかった。当時の情緒CMを切り返したかったように思える。室田、川谷の演技は一貫し、素晴らしいものではあった。
さて今回はここで、ニッカ編2で終え、以下、予定で、つなぎたいと思う。───
この時代のころの今村さんCMのほかを挙げ(手塚CM第2弾ほか)、わたしが作業していた、ある外国人俳優CMを、いかにブラッシュアップしたか、さらに余波で、なんで「スターウォーズ」ブームをわれわれが引き起こしたのか、そのまた余波で、なんで今村さんとわたしはSFラジオドラマを作るはめになったのか(しかも、今村さんは小説まで書く)、資生堂CMで、どうしてカンヌ金賞、銅賞までいけたのか(つまり2年連続)。さらには、つくば博の政府映像、そして東宝映画「竹取物語」制作に進むのか?そして、手塚治虫ランドを創るなんていう大それたプロジェクトへいくのか?…これらは一部趣味に見えるかもだが、仕事であったのである。
では、次回お会いしましょう。
(文中敬称略)
◎本連載は、電通OBの有志で構成する「グループD21」が、企画・執筆をしています。
◎次回は11月06日に掲載します。