http://www.noevir-hk.co.jp/magazine/2010/05/post_137.html 762吉村外喜雄のなんだかんだ 歴史から学ぶ「韓民族の心を歪めた李王朝」 李朝では、国王が立法、司法、行政、軍事の全権を独占した。 しかし、李朝27代のほとんどの王は、 社会から隔離されていたために、暗愚そのもの…聡明な君主は数名しかいなかった。 権力を手中にした貴族階級の士大夫や両班たちは、暗遇な王に代わって、 国王の名のもと限りない虐政を行った。 儒教を柱とした階級・身分制度のもと、 それぞれ上の階級が下の階級を軽視する風潮が深く浸透し、 上層が下層の行動を監視した。最下層の賤民は、一般人と区別するため、独特の髪型と、 すぐに区別できる服を着せられ、 履物まで差別された。 「血の涙」 詩人/李人稙(イ・インジク)1862~1916 「両班たちが国を潰した 賤民は両班に鞭打たれて殺される 殺されても 殴られても 不平をいえない 少しでも値打ちある物を持っていれば 両班が奪っていく 妻が美しくて 両班に奪われても 文句を言うのは禁物だ 両班の前では まったく無力な賤民は 自分の財産 妻だけではなく 生命すら その気ままにゆだねられている 口ひとつ間違えれば ぶっ叩かれるか 遠い島へ流される 両班の刃にかけられて 生命すら保つことができない 」 賤民は賤民で、更に下の”極賤民”を差別し、威張り散らした。 民衆がお上に反抗できない仕組みになっていて、社会は完全に窒息… 身動きとれない社会になっていた。 武人は、上級の将官以外は、中人か常民から成り、 李朝での身分は蔑視された。高句麗の将軍だった太祖・李成桂が、クーデターで王位を簒奪したことから、 李朝の王は強い軍隊を持つことを警戒…軍事力を持とうとしなかったす。 国防は宗主国・中国に委ねたのです。 (軍隊を放棄して、自国の防衛・安全をアメリカに委ねている日本の現状に似ている) 下層者が上層者に出会った時、腰をかがめ平身低頭…NHK「イ・サン」では、 王様の後ろに、 十数名の従者が腰をかがめ、頭をたれて付き従う… 又、両班に中人や常民がすれ違う時も同様、 腰をかがめ平身低頭する…そうしなければ、 棍棒で痛いほど叩かれる破目に陥るのです。 李朝時代は、正義感の強い者や賢人は、うとまれ排斥され、葬りさられた。 親には孝行し、絶対的服従…長幼の序が厳しく守られた。韓国ドラマで、 両親が我が子を叱る時、子は両親の前にひれふし、一言も言い訳や口答えをしない…そんなシーンを何度か見た。 今の日本の家庭では見られない、儒教思想の浸透がうかがえるのです。 江戸時代の武士階級同様、”両班”は不労所得階級。労働は卑しいものであり、 常民以下の生業とされた… 額に汗する労働はさげすまれてきたのです。 李朝末期、”高宗”がアメリカ公使館に出向いた時、 公使館員が庭でテニスに興じていた。それを見て…「どうしてあのようなことを、 召使にさせないのか?」 と尋ねた…有名な逸話です。 崔 基鎬著「韓国堕落の2000年史」 |