貧乏な人は即席麺、うどん、ラーメン、マヨネーズを好む
こうした背景事情を頭に置いたうえで、「貧乏な人は何を食べているか」について、もう少し細かく見てみよう。データは図表3に示した。上でふれた「肉類」を除いて、各食品区分別に主な特徴を挙げると以下の通りである。
①「穀類」~貧乏な人は麦を食べているか~
少し年配の方なら「貧乏人は麦を食え」という言葉をご存じだろう。これは所得倍増計画で有名な池田勇人首相が、まだ大蔵大臣だった1950年に行った国会答弁の言葉だとされている。
米の配給制による統制経済から脱し、価格差に応じ「所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に沿ったほうへもっていきたい」という趣旨の発言だったものが、大蔵官僚出身の池田蔵相の日頃の尊大な態度に不快感を抱いていた野党、マスコミによってそう言ったと広められ、後代まで有名になった言葉である。
現在の政治家の発言でもよくあるように、不用意な発言が大衆の反発をくらった形であるが、この経験がのちに所得倍増計画という大衆の心をとらえる政策につながったともいわれる。
では、現代でも「貧乏人は麦を食え」というような状況かどうか検証しよう。食品区分別に見ていくと「穀類」の中の「米」の摂取量は、実は、全体平均を100とすると困窮者のほうが101とわずかだが多くなっており、貧乏な人が米を食べられないような状況にはないことが確かなのである。
麦製品については、「パン」はやや少ないが、「うどん」「中華めん」「パスタ」なども摂取量が平均より多くなっている。この結果、図表1で見たように、もしその言葉が「貧乏な人は穀類を食え」という意味だとしたら今でも当てはまっているともいえる。
しかし、個別品目別でひときわ目立っているのは全体平均より50%も多く摂取している「即席ラーメン」と、全体平均より23%も低い摂取量「そば」である。「インスタント麺」「そば」の結果を見るだけで、その家の貧困度が測れてしまうともいえる。
②「魚介類」「油脂」~貧乏な人は高級食材には手が出ない?!~
図表1でも見たように「魚介類」は今や高級品であり、困窮者の場合、比較的値段の高い「まぐろ・かじき」や「貝類」といった高級魚では摂取量が少なくなっている。
しかし、これと対照的に、魚介類の中でも、「あじ・いわし」「さけ・ます」といった大衆魚や「水産缶詰」「魚肉ソーセージ」では、困窮者のほうが摂取量は多い。
高級な食材も売られている油脂のジャンルでは、どうだろうか。困窮者は「バター」より「マーガリン」の摂取量が目立っている。こうした食品では、困窮者は、単価の安い食品に傾斜する傾向が認められる。
困窮者は和菓子より洋菓子派、ワインよりビール派が多い
③「菓子」「酒・飲料」「調味料」~貧乏な人はビール党でマヨラー~
他の食品区分では下記のような特徴があった。
●菓子のジャンル:困窮者は、「和菓子」の摂取量は少なく、「ケーキ類」が多い。
●酒・飲料のジャンル:「ウィスキー」や「ワイン」などの洋酒や「お茶」が少ない一方で、「日本酒」「ビール」「コーヒー・ココア」などは平均的な摂取量に達している。
●調味料のジャンル:「ソース」「しょうゆ」が少なく、「マヨネーズ」「味噌」が多くなっている。
困窮者は、和菓子より洋菓子派、ワイン好きというよりビール党、またマヨラーが多いといった結果になっているわけであるが、これらが何を意味するかは不明である。しかし、何となく分かるような気もする。
タンパク質、ビタミン、鉄・亜鉛が少ない
「国民健康・栄養調査」では、「栄養摂取状況調査」で調べた食品摂取量のデータから日本食品標準成分表(文部科学省)を使って栄養摂取量に換算した結果を毎年公表している。2014年の調査結果については栄養摂取量についても食料困窮度とのクロス集計を行っている。最後に、その結果の概要を図表4に掲げた。
食料困窮者のカロリー摂取量は成人1人1日当たり1839キロカロリーであり、成人平均の1876キロカロリーを100とすると98、すなわち2%少なくなっている。栄養素の内訳別に見ると、炭水化物や食塩は99とほぼ平均並みの摂取量であるのに対して、タンパク質は96、そのなかでも動物性タンパク質は94とかなり少なくなっている。脂質も97とやや少なくなっている。
困窮者の食事内容はおなかを満たすことに傾斜している点を上で見たが、栄養素的にも、炭水化物に傾斜し、タンパク質や脂質の少ない構成なのである。炭水化物と塩分が相対的に多いという点では、ある意味、昔ながらの日本人の食生活に近いものであるとも言える。
生活困窮者の栄養摂取量をチェックすると、「ビタミン系」については、「ビタミンB1」は平均並みであるが、「ビタミンA」や「ビタミンC」は平均より8%ほども少ないことも分かる。また、「カルシウム」はけっこう摂取しているが「鉄」や「亜鉛」は平均よりやや少ないようだ。
もし、成人の平均的な栄養摂取量が理想的な構成なのだとするとそれぞれの栄養素が少ない分だけ困窮者は栄養不足ということになろう。しかし、一般的な日本人の摂取量平均がむしろ栄養過多だとすると困窮者のほうが適切な栄養摂取である可能性もある。
つまり、栄養摂取量が平均より少ないからと言って栄養不足であるとは限らないのである。現代日本の生活困窮者の栄養摂取状況が果たして健康上どのような問題を抱えているのかについては専門家の判断を待ちたいと思う。
なお、上でふれたように、この調査は、調査日の献立や食材を漏れなく記録するというかなり調査対象者に負担を強いるものである。ということは、食料困窮者ほど調査協力が得にくくなっている可能性がある。
本当の食料困窮者の食事内容は、調査に協力した食料困窮者のここで示した食事内容よりもっと極端な構成となっている可能性が捨てきれないのである。その点も考慮して、ここで紹介したデータを解釈する必要があろう。
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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
1951年神奈川県生まれ。東京大学農学部農業経済学科、同大学院出身。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、アルファ社会科学株式会社主席研究員。「社会実情データ図録」サイト主宰。シンクタンクで多くの分野の調査研究に従事。現在は、インターネット・サイトを運営しながら、地域調査等に従事。著作は、『統計データはおもしろい!』(技術評論社 2010年)、『なぜ、男子は突然、草食化したのか――統計データが解き明かす日本の変化』(日経新聞出版社 2019年)など。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕 写真=iStock.com)