広島のお好み焼きが新時代を迎えている。定番だけでなく、味付けや麺の食感に工夫をこらすことで特徴を打ち出す店が続々と出現しつつあるのだ。これまでは関西のお好み焼きの陰に隠れて認知度がいまひとつだったかもしれないが、この大きなトレンドを逃すのはもったいない。
押さえつけることでここまで平たくなる。この店では極細麺を使っていることも一体感につながっている(「悟空」)■基本は重ね焼き
まずは基本をおさらいしよう。
広島のお好み焼きの特徴はその作り方にある。関西風のお好み焼きが具材を全て混ぜ合わせてからパンケーキのように焼いていく「混ぜ焼き」であるのに対し、広島のお好み焼きは具材を鉄板の上で順番に加熱処理していく「重ね焼き」。クレープのようなものといってもいい。
重ねる材料に何を選び、どの順番でどう調理するか。この「重ね焼き」であることが、様々なバリエーションを生むきっかけになる。
広島駅ビル内にもお好み焼き店が連なり、サラリーマンや観光客でにぎわう食べる側にしても、「混ぜ焼き」タイプのお好み焼きに比べ口の中でほぐれやすく、素材の味や食感がよりはっきりと感じられる。ソースやだしだけではない味わいを楽しめるのだ。
わかりやすく説明するため、あえて分類を試みた。全体的な味と、食感(主に麺)の2点に焦点を当て、縦軸と横軸で分析した。表の作成にあたっては年間180枚のお好み焼きを食べるという『鉄板おたく』、広島経済大学の細井謙一教授の意見を参考にした。
ふわふわ感が全面に出る「ドーム型」のお好み焼き(広島市南区の「電光石火 駅前ひろば店」)真ん中には、どのガイドブックにも載っている定番の老舗「みっちゃん」を置いた。広島でお好み焼き店を訪れる際の参考にしてほしい。
まず真ん中はクラシカルな路線。味はキャベツや卵の味を生かし、ソースがほどよくからむ。食感は固くもなく柔らか過ぎもしない。「みっちゃん」のほか、「へんくつや」「麗ちゃん」などが並ぶ。新鋭では「ju―shi」にも要注目。基本のお好み焼きに加え、生クリーム載せなど凝ったトッピングにもチャレンジしている。
そして細井教授が「ここ10年ほどの流れ」と指摘するのが、麺をパリパリに焼き上げて食感を強調する路線だ。地元では「麺パリ」と呼ぶスタイル。最たる物が広島県府中市の発祥とされるお好み焼きの亜種「府中焼き」で、「としのや」がチェーン展開する。このほか、「三幸」「八昌」の名前が挙がる。
逆にしっとり、ふわふわでボリューム感を強調する路線もある。一般的には卵を焼いて小麦クレープの逆サイドの面を固めるところ、ほぼ半熟の卵をかけて仕上げる「ひなた」、「ちゅうりっぷ」などだ。
■主食にもシメにも
調理法だけでなく、具材の選び方も食感に大きく影響する。特に麺に注目してほしい。実は広島では、かなりの割合で生麺を使用し、その都度ゆでる。
店に入り、鉄板の脇に麺をゆでるための鍋があれば、そこは生麺派だ。製麺所であらかじめ火を通しておくゆで麺や蒸し麺に比べ、コシが強くパリッとした食感になるという。細さも、モダン焼きのような太めから、冷や麦のような極細まで幅広い。極細麺では「悟空」が地元では有名。
素材の味を生かすという意味では、キャベツの扱いに定評のあるのが「いっちゃん」。ほとんど調味料を使用せず、季節によって水分や甘みの異なるキャベツの加熱時間を調節。甘みを最大限に引き出す。
逆にとことんひねるのが「横川鉄板」。広島のもう一つのB級グルメ、「汁なし担々麺」や山口県の「瓦そば」の味を再現したお好み焼きを提供する。今後も新星が続々とデビューしそうだ。
こんなに幅広いバリエーションを持つ広島のお好み焼き。地元住民の使い方も様々だ。夕方は主食として家族連れが晩ご飯を楽しむ光景がみられるが深夜にはシメとしてサラリーマンが使用する。記者も実際、取材先との会食の2軒目にお好み焼き屋を愛用する。広島のサラリーマンにとって、シメはラーメンではない。
2本のへらを操りお好み焼きを押さえつける。押さえつけることでキャベツや麺など具材が一体化する。財布にも優しい。基本の「肉玉そば」(豚肉とソバとキャベツが主な具)の中心価格帯は700~800円だ。もちろん油断は大敵。大葉やイカ、もちやチーズなど魅惑的なトッピングが数多く待ち構える。欲張りすぎれば千円を超えることも珍しくない。
忘れちゃいけないのはソース。いくら食感や味付けにこだわっても、ソースの味が全体を左右することは否定できない。ただ、この世界は地元メーカー「オタフクソース」がガリバー。「県内では7~8割のシェアを占める」(同社)という。
少数派の雄として、お好み焼き店が数多く入居する「お好み村」の全店で使用される「ミツワソース」(サンフーズ)や毛利醸造の「カープソース」。中間醸造の「テングソース」がある。
店頭には使用するソースを示す幟(のぼり)が立っていることが多く、店選びの参考にするのも一興。ただ、残念ながら記者の舌は鈍感で、味の違いが区別できない。ビールを飲み過ぎているのかもしれないが……。
■「おしい!お好み焼き」
広島県には2000軒近い数のお好み焼き店があり、その数は日本一だ。にもかかわらず、知名度は有名な関西のお好み焼きの陰に隠れがち。広島県庁が昨年からしかけた自虐キャンペーンでも「おしい!お好み焼き」と指摘されてしまった。
だが、改めて見渡せば、見た目も味も関西風に負けない店が粒ぞろい。ぜひとも直接訪れて、個性的なお好み焼きを楽しんでほしい。(広島支局 三田敬大)
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