杏林大学老年腫瘍学のチームメンバー(医師・看護師・薬剤師・臨床心理士)
抗がん剤治療に関しては、ガイドラインに沿って抗がん剤の投与法を考えていくが、G8等を参考にした結果、抗がん剤の種類や量を減らすこともある。また、下痢や全身のだるさ、食欲低下などの副作用症状が強い場合には、影響している薬を外すこともある。吐き気や嘔吐については、新しいタイプの有効な吐き気止めを用いることで、症状はかなり改善されてきたという。
全体的な傾向としては「最近のデータによれば、だいたい、75歳ぐらいまでは標準治療を実施しているのではないかと予想できる」と長島氏は言う。
認知症の人ががんになった場合の治療選択とは?
JCOGの前述の治療方針決定までのプロセスでは、「患者の意思決定能力」が尊重されるが、認知症の場合はどうなるのか。「患者の意思決定能力」とはどういうことなのか。「患者さんご自身が治療のメリット・デメリットのバランスの判断や、本人の意向を周囲に伝えることができない場合、『治療の意思決定が難しい』と判断します。その場合は、標準治療でなく減弱治療(抗がん剤の種類や量を減らす治療法)を選択することがあります」と長島氏は話す。
その理由は、現在、抗がん剤治療は入院せずに通院(外来)で受けることが増えているため、自宅で副作用の管理に気を配る必要があるからだ。副作用と思われる症状が出たまま放置しておくと、急変するなど重篤な状態に陥る可能性もある。
例えば、こんな事例があった。盲腸がんと診断された80歳の女性は手術を受けたが、手術中の組織検査の結果、がん細胞陽性と判定された。このため、抗がん剤治療を希望した。だが、女性は3年前からもの忘れがあり、初期のアルツハイマー型認知症と診断されていた。さらに、術後、認知機能が悪化した。例えば、やかんの火を消し忘れたり、食事したことを忘れて、食後すぐに「いつ、ごはんにする?」と聞いたりするようになった。
抗がん剤の投与方法には、外来での点滴・自宅での点滴・自宅での内服の3種類がある。この女性の場合、抗がん剤の投与方法には次の4通りが考えられた。
(1)抗がん剤の外来での点滴と自宅での点滴
(2)抗がん剤の外来での点滴
(3)抗がん剤の外来での点滴と自宅での内服
(4)抗がん剤の自宅での内服
多職種カンファの様子
そこで、病院では多職種のチーム(老年医学科医・腫瘍内科医・看護師・薬剤師・医療ソーシャルワーカー・ケアマネージャー)によるカンファレンス(会議)で話し合った。その結果、4通りの治療方法のうち、いずれも自宅での点滴や服薬管理は難しいと判断し、病院としては(2)を勧めることになった。この治療法は「大腸癌治療ガイドライン」で「強力な(積極的な)治療が適応とならない患者向け」である。
インフォームドコンセントでは患者・家族に4通りの治療法を紹介し、それぞれのメリット・デメリットと考え方も説明した。長島氏の説明を聞いて、患者と家族は(2)の治療法を選んだ。治療開始後は副作用が見られず、毎週、外来へ通院できた。今では、女性は趣味の太極拳を再開し、徐々に活動量も増えているという。
「高齢者のがん治療対策」は、今後の国のがん対策でも重要視されている。大規模なデータベースの構築と活用が始まれば、さらに、適した治療法が確立していくことになるだろう。次回は高齢者に罹患者数の多い泌尿器のがん(前立腺がん・膀胱がん)と頭頸部がん(口腔がん・のどのがん)の治療についての考え方を紹介する。