オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
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善は急げではないが、ラナーたちの革命は即日行われた。八本指と関わっていた連中に準備をさせる時間を与えないためだった。軽く休みはしたものの、「黒銀」も「蒼の薔薇」もそのままラナーの護衛として傍に控えていた。
今は謁見の場で国王であるランポッサ三世にザナック王子が直訴しているところだ。目の前には物的証拠である資料の数々。これの作成に王子とラナー、レエブン候とその配下の文官たちは夜通しにらめっこをしていた。関わっていた人間を全て余すことなく処罰するためだ。
その結果六大貴族で無罪だったのは半数。レエブン候にベスペア候、ウロヴァーナ辺境伯だけだった。
ブルムラシュー候は八本指を通して法国や帝国に情報を流してその報酬を受け取っていたこと。ボウロロープ候はバルブロ王子と密接な関係であったために予想はされていたが娼館や麻薬などと繋がっていた。リットン伯もバルブロ王子を推薦していた関係か、自分の価値を上げるために八本指の資金源になり、様々な融通を受けていた。
「これらのことから、王国への反逆罪として死刑に処すのが妥当と考えます国王陛下」
「死刑だとぅ!?父上、これらは偽装された資料の数々です!我々が八本指なる犯罪組織と繋がっているはずがないでしょう!これは我々を陥れるためのでっちあげだ!」
「元兄上。それは見苦しいでしょう。あなたの名前と印が押された書類が山と出ているのに。それともあれですかな?王城の離宮ともあろう場所が、犯罪者組織如きに侵入され王位継承者の印が奪われて模倣されて、それに気付かぬような警備がされていると?または国を裏切っていたそこの大貴族たちがあなたを貶めるために印を奪いましたかな?六大貴族ともあれば、離宮に入るくらいはできますでしょう」
「貴様ぁ!どこまで俺を侮辱するつもりだ!」
などといった茶番劇に付き合わされること数十分。モモンガたちは飽きていた。護衛として何かあった際のために控えているが、こんな勝ち確定の訴えで、他にも散々な証拠があるのに無実を主張する第一王子の発言に帰りたくなっていた。
だがここでもしザナック王子とラナーが殺されたら王国は真の意味で終わる。ようやくまともな指導者が王位に冠するというのに、ここで二人が倒れれば王国を潰して帝国と併合するのが一番の手段となる。
本当にもしも。万に一もありえないがここでラナーとザナック王子が殺されたらレエブン候を次代の国王として、主犯と王位継承者は全員殺していいとラナーに言われている。そんなことはしたくないので三人にはすでに様々な防衛魔法を施しているが。
ザナック王子とバルブロの言い争いは続かない。というより、ザナック王子の証言をどうやったって認めないのだ。今地下通路のことも地図付きで証拠とされたが、頑なに嘘だと言い張る。
この決着は王にしかできない。王国において王族を裁けるのは国王のみだ。どんな罪状があって、どう処罰するのかは国王にしか決められない。
息子と忠臣がそんな犯罪者組織と懇意となっていたと知って鎮痛な表情を浮かべる国王。そしてザナック王子が持ってきた証拠を見ながら、バルブロたち検挙された者の顔も見て判決を下す。
「我が子バルブロは王位継承権を剥奪し、流刑と処す。場所については今後精査する。他に八本指と関与のあった貴族は爵位の剥奪と無期限の禁固刑に処す。以上だ」
その判決の甘さから、ザナック王子にレエブン候、果てはラナーまで表情を歪めていた。国王は処刑ではなく、あくまで島流しや禁固刑で済ませた。それは国に爆弾を残すという発言に他ならない。
生きていれば八本指ではなくても、どうにかして救出させる可能性が残るということ。それでは脱獄した後にクーデターでも起こりかねない。少し考えればわかることだというのに。
以上と言ってしまったことで、この場での紛糾も全てが封殺されてしまった。バルブロたちはザナック王子の証言を認めたことで顔を歪めていたが、ザナック王子の指示で罪人たちは牢へ運ばれていく。
モモンガたちもザナック王子やラナーと一緒に退室した。レエブン候だけは謁見の間に残り、そのままモモンガたちはザナック王子ごとラナーの私室へと来ていた。
「甘い!甘すぎる!誰も処刑せずあの男に至っては流刑だと!?どこまであの男に甘いのだ父上は!」
「仕方がありませんよ、お兄様。お父様はそういう方です。予想はされていたでしょう?」
「してはいたが、実際にやられるとクルものがあるな……」
王族と「蒼の薔薇」の面々が椅子に座って紅茶を飲む。「黒銀」とクライムは男ということもあって立ったまま話を聞いていた。一応請け負った依頼はここまでだが、王国の未来を案じてまだ残っている。
「妹よ。元兄上はどこに流されると思う?」
「十中八九エ・ランテルでしょう」
「エ・ランテル!?他国にも繋がる重要拠点じゃない!そんなところにあのバカ王子を連れて行くっていうの?」
「元王子だぞ、アインドラ嬢。……まさに、外国に渡ってもらうためか。どうせ子ども同士で血みどろの争いをしてほしくないとかそういうやつだろう。ならば責任を取って処刑にしてほしいものだがな」
ザナック王子が不貞腐れる。禍根を残してでも生きていてほしいと思うのは親心なのだろうが、それはこの王国に、そして王族や貴族に当てはめるのであれば余計な感傷だ。
帝国という戦争をしている国があって、そことの国力は雲泥の差。その上王国は内側から土台が崩れている。その内側を崩そうとしていた反逆者を生かしておいて生き残るように援助もする。その援助すら手痛いのに、だ。
「やることは山積みだな。まずは内政だが、帝国との戦争のことも考えなければならん。予想通り領主が消えたが、奴らの血筋や配下も信用ならん。レエブン候も当てがいないと言っていたがどうする?」
「本来であれば犯罪者の土地も没収でしょう。つまり王の直轄領になります。ですがお父様一人では無理なので私たちで受け持つことになるでしょう。相応しい人物に明け渡すまで」
「つまり候補となり得る貴族を見つけろと」
「あら。お兄様、貴族である必要はないでしょう?我が国の貴族も最初から貴族だったわけではありませんから。建国に貢献したから王族や貴族を名乗っているだけですわ」
「つまり我々に協力的な人物であれば良いと。アインドラ嬢。冒険者を続けたままで構わんから領主をやらんか?」
「私ですか!?」
ザナックからの指名に思わず大声をあげてしまったラキュース。彼女の実家はアインドラ家という王国の優良貴族なので地位としては十分ではある。
「お兄様ズルイですわ。ラキュースは私が狙っていましたのに」
「だから余裕だったのか。ったく。だがアインドラ嬢ではなく、彼女の父親でも良いわけだ。王族に協力して八本指討伐に貢献した家とでも謳っておけばいい」
「急いで信頼できる人物を担ぎ上げませんと、内側からボロボロと崩れていきますわ。大変ですわね。国王陛下」
「俺はまだ正式に王位を継承したわけではないぞ?」
「ですが時間の問題でしょう」
「まー、王子様がやるしかないわな。継承位はトップだし、陛下は今回の事でもう限界だろ。良い歳だし」
そう茶化したのは「蒼の薔薇」の戦士ガガーラン。筋骨隆々な大柄の人物だが、れっきとした女性だ。八本指襲撃ではかなり活躍した人物でもある。
こういう場面で物怖じしないのはかなり重宝される性格だった。
「うん、ムリ。あの甘々な性格じゃ立て直しきかない」
「時には強引な手段が必要」
「私も同感だな。八本指を対処できなかったことには目を瞑ったとしても、今回の処罰はもう言い訳できない。あれが王では回復の兆しもないだろうさ」
「ちょっと、イビルアイ」
「蒼の薔薇」の他の面々もガガーランに恭順する。モモンガたちも前回褒賞を渡される時に会ってはいるが、少しの会話だけでどんな人物だかはわからなかったので今回の結末にはほとほと呆れたほどだ。
いくらラナーから聞かされていても、諸々の政策などから予想はしていても、実際に目にするのはいささか心情的に異なる。
「父上には引退されても領土の管理などやってもらうことは多々あるがな。手が足りん」
「ではお兄様のお相手を探しませんと。結婚して子を為さないと、王国は継承できませんわ」
「お前の子でも継承権はあるだろうが。これも内政に関わるんだろうが、できれば外側から連れてきて国の安定に繋げたいものだ。ベストは帝国。最悪竜王国だが、あそこも火の車……。法国は無理だ。帝国を促してウチを潰す気満々。かといって内側から娶ればまた派閥争いの勃発。うん?詰んでいないか?」
「派閥争いは今回の一件で鳴りを潜めるとは思いますが、いつかは起こり得るでしょうね……。でもそれは外から取っても同じですわ。原理主義と言いますか、王国至上主義派閥と娶った先の国と友好を保とうとする派閥との争いが起こりかねません。王国の貴族は基本的に排他的ですから」
王族二人の容赦ない物言いにこの場にいるメンバーの表情が全員引き攣っていく。王族だからかもしれないが、結婚が完全に政治ありきの話だ。吟遊詩人が歌うような大恋愛の末の結婚など無理なのだろう。
貴族であればまだ選択肢があったかもしれないが、第一王子を排除した段階で王位継承権を持っている二人の選択の幅は狭まっただろう。
男尊女卑の風潮があるため、ザナック王子は本妻のほかに側室を迎えることはできるが、ラナーは一人しか選べない。できれば王国の補強に繋がる人材との結婚を考えなければならないのが悩むポイントだ。
「その話し合いには、俺たちは参加できそうにないな。特に俺たち『黒銀』なんて全員平民だぜ?」
「あら。ブレイン様、今回の一件で皆さんへ貴族位を与えて、無理矢理娶るということもできますわよ?帝国も似たようなことがありますし、王国としても地盤固めをしたい時期です。ラキュースではなくてもイビルアイさんに貴族位を与えて領地を与えてお兄様に嫁いでもらう、ということもできなくはありません」
「へ?」
(ちっ。やはりそんなことを考えていたかバケモノめ。貴族に取り上げるならアダマンタイト級というのは対外的にも申し分ない。内からという選択肢なら悪くないのがまた嫌になる。……そういう意味ではモモンやブレインもイケる。モモンの魔法の力はレエブン候すら認めるものだ。ブレインの実力は王国戦士長に匹敵する。クライムの隠れ蓑にはいいだろうよ。こいつの相手になっちまったら悲惨だろうがな)
ブレインへ答えるラナーの内容に、ザナック王子は心の中で舌打ちをしていた。正直この部屋までの護衛を済ませた時点で役目は終わっている。だというのに引き留めた理由はこれだと確信していた。
「何故私なんだ。ラキュースで良いだろう」
「ラキュースは貴族ですので、例えるならイビルアイさんがいいかと。つまり、我々が有益だと判断したら私とブレインさんが婚約する可能性もあるということです」
「はぁ……?俺のような剣にしか取り柄がない奴を貴族に縛って、王女様と婚約して何になるんだ?」
「周辺諸国への牽制にはなりますわ。ブレイン様の名前は周辺諸国には広く語り継がれていますもの。結婚相手で重視されるのは家柄かその人物の伝説。救国の英雄ならば十分に条件を満たしていますわ。そして王国戦士長のような例は彼だけのものではなく、実力ある者には均等に与えられる名誉だと宣伝できます。そうなれば民も国のために尽くしてくれるかもしれません。……その前に、やることはたくさんありますが」
ラナーが語ったのは可能性の一つ。今回貴族は一斉に姿を消す。となると、釣り合う家が王国内にほぼないのだ。ならば釣り合う相手をでっち上げるだけ。貴族も元々は二百年前にそう名乗ることを許されたというだけの存在。精々五世代から六世代分の積み重ねしかないのだから、実は貴族の遠縁の人物だったなんていくらでも誤魔化しがきく。
それも内政が落ち着いて、他国から釣り合う人物を見つけなければ、だが。
「そのやることに、我々が何か手伝うことはありますか?ザナック殿下、ラナー殿下」
「おや、モモン殿。冒険者は国の揉め事に関わらないのが鉄則ではないのかね?」
「今回のような王国存亡の危機となれば話は別でしょうし、何より我々と『蒼の薔薇』はお二方と懇意にしていると示してしまいました。それに立て直しには強力な力が必要なのでしょう?国という枠組みがなくなれば困るのは冒険者も同じですし、一度も二度も変わらないでしょう。それにここに座られている先達はどうなさいます?」
「ぐうの音も出ない」
「鬼リーダーのお願いだから聞いてたけど、ド正論」
「まあ、そうだな。『蒼の薔薇』が協力しているなら、『黒銀』も変わらないか。ただし戦争行為には徴用しない。あくまで護衛や依頼程度ということだろう?」
「はい。それに私とパンドラはあまりカルネ村から離れたくないので」
「ほう?その理由は?」
先に言っておけばそこまで呼び出されないだろうという打算の元、モモンガは理由を述べることにする。国の危機やどうしても力を貸してほしいとなれば、今国に潰れられても困るので手伝うつもりだった。
それにラナーではない限り、「蒼の薔薇」がいれば充分だろうという思いもあったからだ。
「知人の娘がいまして。その子たちにあまり心配をかけたくないのです」
「なるほど。それはたしかに大事だ。わかった。本当に必要な時にのみ『黒銀』は呼ぼう。それに本業は冒険者だからな」
「察してくださり、ありがとうございます」
「ムム、美少女の予感。カワイイ?」
真面目な話をしていたはずなのに、忍者の姉妹の片方に何故か食いつかれてしまった。モモンガは素直に可愛いと答えようとしてしまったが、そう言ったらカルネ村まで着いてくる予感がしたのでやめておいた。
そこからも少しだけ話し合いをして解散となった。何か依頼があれば手伝うが、政策については口を出せそうにない。だからモモンガたちも素直に出て行くことにする。
城内から出ようとしている際中、モモンガはイビルアイに話しかけられる。
「モモン殿。先ほどの殿下たちにかけられていた魔法を教えていただけないだろうか。これでも私は魔法についてかなり詳しい方だが、見たことのない魔法だった」
「ああ。巻物で唱えたので防御魔法だということと第六位階の魔法だということしか知りませんよ。私には使えません」
「「第六位階!?」」
イビルアイとラキュースが声を合わせる。ブレインなどタネを知っているから呆れているが、ブレインのように長く付き合うわけでもない相手に事実を伝えるつもりはなかった。
「パンドラのこの鎧を見つけた遺跡で見つけまして。殿下たちが致命傷を負って、もし亡くなってしまったら蘇生魔法も通じないでしょう?二人がいなくなれば王国が消し飛びます。そう考えれば安いでしょう」
「って言っても第六位階だぜ?魔法の種類によったらあのフールーダ・パラダインですら使えないかもしれない術式が刻まれた巻物を」
「アイテムはアイテムですから。人の命や国より大事なものはないでしょう」
「モモンさん。……私の親友や、国のためにそのような貴重なアイテムを使っていただき、ありがとうございます。王国の貴族に連なる者として、感謝いたします」
ラキュースが深く頭を下げる。モモンガとしても損得勘定で動いただけなので、こうして誠意をもって頭を下げられるのは騙しているようで良い気がしない。騙しているのは事実なのが更にたちが悪い。
「冒険者として当たり前のことをしただけですよ。上層部が腐っていれば、国も民も悲しい思いをするだけです。カルネ村で厄介になっている現状、王国が倒れたら困りますから」
「モモンさん、あなた方ならすぐにアダマンタイトに上がれると思います。その日を心待ちにしています」
「昇級はゆっくりしますよ。三人しかいませんし、バランス悪いですからね」
そうお世辞を言って別れる。「蒼の薔薇」の姿が見えなくなったところで、ブレインにため息をつかれながら質問された。
「巻物なんて使ってないんだろ?」
「当たり前だろ。何で魔法で出来ることを貴重なアイテムを消費してやらなければならないんだ。逸脱者とかと同じく有名になりたいわけでもないし」
「でもモモン、六腕の三人倒したんだろ?『蒼の薔薇』はお前の事相当な実力者だと思ってるはずだぜ?」
「俺は一人倒したとしか報告してないぞ?壊滅よりも、恐怖は残ってるって思ってた方が注意して物事にあたれる。八本指が復活するかもと思ってればバカなことしないだろ」
「ま、人間って脅威とか競争相手がいてこそ成長するものだからな。八本指の恐怖が若干でも残ってるのはいいことかもしれん。安心しきってる方が危ないもんな」
そのまま徒歩で王都から出て、ちょっとだけ露店を眺めて王国名物なる土産を買って、またある程度人目から離れた場所についてから《転移門》でカルネ村に帰る。エンリたちとご飯を食べてから借りていた馬車を返しに行って今回の騒動の終幕となった。