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（坂場）妹さんも絵を描くんですか？
（なつ）そうだったんです…絵は　私たち　きょうだいにとってヘンゼルとグレーテルが落としていったパンだとある人に言われました。
パン？帰り道を残すための道しるべなんです。
これは　君が作るべき作品です。えっ…。
そのために僕が必ず　この企画を通します。
そして　その企画は無事に通りなつが初めて原画を務める短編映画の製作が始まりました。
（坂場）演出部の坂場です。え～　これは短編なので長編とは違うやり方をしてもいいと思います。
まず　脚本を最初に作りそれを　皆さんが絵にするのではなく脚本自体も　皆さんと一緒に作っていきたいと思います。
（茜）えっ　それは　つまり…どういうことですか？
まずキャラクターのイメージを膨らませアニメーターの意志やアイデアによってストーリーやセリフも生み出していくということです。漫画映画では　アニメーターが作家にもなり　役者にもなる。そういうやり方がもっと試されていいはずなんです。
どんなに　ありえない話でも本当のように見せる力はアニメーターにしか発揮できないんです。
（神地）面白い！
（堀内）君　誰だっけ？
（下山）新人君だよ。
神地航也です。
じゃ　メンバーもそろったしやってみよっか…　ね。　ハハハ…。
（坂場）よろしくお願いします。よろしくお願いします。
♪～
♪「重い扉を押し開けたら暗い道が続いてて」
♪「めげずに歩いたその先に知らなかった世界」
♪「氷を散らす風すら味方にもできるんだなあ」
♪「切り取られることのない丸い大空の色を」
♪「優しいあの子にも教えたい」
♪「ルルル…」
坂場君の提案により　脚本を作る前にアニメーターがキャラクターを描くことになりました。
ヘンゼルとグレーテルを　なつが魔女を　マコさんが担当しました。
（麻子）仲さんは　どう思いますか？
脚本も作らずに　いきなり　イメージをアニメーターに描けと言われても…脚本までは　演出の方できちんと書いてもらわないと困ります。
（仲）うん…　坂場君のやり方か…。
まあ　しかし　これは短編だからねそう珍しいやり方でもないと思うよ。
この会社が出来て　やっと日本でも長編が作られるようになったけどそれまでの漫画映画は　脚本家に頼らずアニメーター主導で作ってた短編ばかりだからね。
坂場君は　その原点をやろうとしてるんじゃないのかな。
原点ですか…？
そうは感じませんけど。
とにかく　僕は短編には　口を挟まないからマコちゃんと　なっちゃんが中心になって頑張ってよ。
仲さんは　どうして私と一緒に　奥原さんを原画にしようと思ったんですか？
不満？不満はないです。
彼女の能力は認めています。
お互いに　いい刺激になると思うんだ君と　なっちゃんは。
すいません。
あの　これ描いてみたんですけどどうですか？
なるほど…　面白いです。
なつは　坂場君と一緒にキャラクターから　物語のイメージを膨らませていきました。
いいと思います。　けど…。
けど？
そして　なつが描いたイメージをもとにストーリー作りが始まりました。
これから　ストーリーを皆さんと検討したいと思います。
あの　すみません。はい。
そのイメージボードまっすぐに貼り直してもいいですか？
あ…　どうぞ。　すみません。
相変わらず不器用ね。
（下山）え～　親に捨てられて森の中で迷いお菓子の家を見つけて魔女に捕らえられる。
ここまでは　ほぼ原作どおりだよね。
はい。　問題は　ここからなんです。
ヘンゼルとグレーテルは　魔女を殺さずに魔女から逃げ出したいんです。
逃げる？これは　奥原さんのアイデアですが魔女よりももっと悪いやつがいたらどうかと。
（堀内）魔女よりも悪いやつ？
魔女が　最終的な敵じゃないってこと？
はい　そうです。（下山）つまり　影の本丸か？
魔女は　その本丸に仕えているだけなんです。
例えば　森の奥にこういう高い塔が建っていてそこに　いたらどうかと。
（下山）うん　バベルの塔のように。
そこは　お菓子の塔じゃないんだ。はい。
いや　ちょ　ちょ　ちょ　ちょちょ　ちょ　ちょい…。
イッキュウさんが貼ったら　それピサの斜塔みたいになっちゃう。　やめて。
あっ…　で　その塔には闇の世界を支配する悪魔がいるんです。
悪魔？その悪魔の塔に魔女は　捕まえた子どもたちを連れていかなくちゃならないんです。
その途中でヘンゼルとグレーテルが逃げるんですよ。
どうやって逃げるの？
鳥が助けるんです。鳥？
ほら　森に来る時に　ヘンゼルはパンをちぎって落としていくじゃないですか。
そのパンを食べた鳥たちが今度は　ヘンゼルに恩返しをするんです。
鳥たちが　魔女を襲ってヘンゼルたちを逃がしてやるんですよ。
（堀内）話を作り過ぎてないか？それじゃ　もう　グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」ではないだろう。
面白い！
あっ　面白いと思います！
僕も　やっと　この企画に乗れるような気がしてきました。
本当？新人が　生意気なこと言うなよ。
遠慮なく意見を言えって言われたんで…。
いいですよ　何でも言って。
あっ　それから　どうなるんですか？鳥が助けたあとは。
そう　まさかそこで終わりじゃないわよね？
あっ　悪魔が　まだ出てきてないもの。
はい。　あの　ヘンゼルとグレーテルはそれで逃げるんですが魔女が追ってきてまた捕まっちゃうんです。
例えば　妹のグレーテルが魔女に捕まって兄のヘンゼルが悪魔の塔に助けに行くんですよ。
面白くない！えっ？
僕は　捕まるなら兄のヘンゼルだと思います。
それを　妹のグレーテルが助けに行くんです。ずっと魔女の手伝いをさせられながら兄を助けようとしてきた。その思いを　最後までいちずに貫かせてやるべきです！
なるほど…。ちょっと。
えっ　どうやって塔の上まで登るの？
壁を　よじ登ればいいと思います。
あの絵だと塔に　つたが絡まってるんでしょ？
そのつたを　よじ登っていくんですこうやって…。
♪～
まなじりを決して登る　グレーテル。
おお…。面白い！
悪魔の目的って何なんだろう？（なつ　神地）えっ？
そりゃ　もちろん　魔女に代わって子どもたち食べるんだろ？
普通に考えれば　そですよね。あ～　もう　それじゃ面白くない！
オオカミは　どうでしょう！？オオカミ？
悪魔は　塔の上でオオカミを飼っているんですよ。
ペットのように。そのオオカミの餌食として魔女は　子どもを太らせて連れてくるように命じられていたんです。
怖い！
闇のオオカミたちです。
その前に差し出される　ヘンゼル。
危機一髪そこに　グレーテルが助けに来た！
さしずめ　そのオオカミは戦争　兵器の象徴といったところか…。
で　どうなるの？そこから２人は　どうやって逃げるの？
どうしよう？
魔女が裏切るんですよ。えっ？
魔女が　悪魔を裏切ってグレーテルの味方になるんです！
すごい！　面白い！
ねえ　ちょっと待ってよ！これは短編なのよ！
そんなに　話　複雑にしてどうすんの！
ますます　何の話だか分からなくなってきたな。
えっ　でも　面白くないですか？
私は　何となくですが面白いと思いました。
面白いか面白くないかじゃなくて…。
アクションの連続にすれば時間は大丈夫ですよ。
１本も作ったことない人が何言ってんの！
まあ　そうですけどね…。
とにかく　今日は　もう　この辺にしとこう。あんまり時間もないけど…。
また　話し合いましょう。
はい。はい…。
すごいですね　あの人。うん…　神地航也君か…。
新人とは思えません。
まあ　生意気な新人はここじゃ珍しくないけどあそこまで　物言う新人って珍しいかもね。
大学を出たばかりということは私より　年は１つ上ですか。
（下山）研修期間の能力試験じゃ１番の成績で　動画になったらしいよ。
へえ…。
そんなことよりこれから　どうするんですか？
私も　奥原さんも初めて原画をやるアニメーターなのよ。
坂場さんだって　演出するのはこれが初めてなんでしょ？
きちんとした話もなくてどうやって作るの？
今更　脚本家を立てろと言うんですか？
未経験の我々だから新しいものを生み出せる可能性だってあるんです。
マコさんは　内容に不満なんですか？
私が不満なのは　自分が何を作ってるか分かんないってことよ。
まあ　確かに　アニメーターっていうのは話を前に　絵を作る人間なわけであって話を作る人間じゃないからね　普通は。
でも…　怖いけどその分　ワクワクもしてるんです。
マコさんだって童話を　そのままやっても大した冒険にはならないって言ってたじゃないですか。
だから　話を作る才能も必要だってことを言ってるのよ。
（店員）いらっしゃいませ。あれ　神地君！
すいません　ちょっといいでしょうか？えっ　どうしたの？
さっき話してたところを僕なりに絵コンテにしてみたんですけど。
絵コンテ？（神地）あっ…　とはいっても描いたことがないんで絵コンテみたいなものですけどね。
見てもらえますか？是非　見せて下さい。
私も見たいです！
はい　はい…。
えっ　これ…君が描いたの？
言いっ放しもどうかと思ったんで。
使えなかったら捨てて下さい。
この先は？　魔女が裏切るところは描いてないんですか？
あ…　そこは　まだです。
僕は　その魔女のキャラクターが大好きなんです。怖いけど　どこか滑稽で　愛嬌があって。だから　つい味方にしたくなっちゃったんですよね。見てる子どもたちも喜ぶんじゃないかと思って。
何か…　あっ　どうも　すいません…。
失礼しました。
よかったですね　マコさん。何が？
魔女のキャラクターマコさんが描いたんじゃないですか。
マコさんの絵が神地さんを動かしたんですよ。
新人に褒められて喜んでる場合じゃないでしょ。
（下山）うん…まあ　でも　これからは　神地君みたいな絵も話も作るのが得意なアニメーターが現れても不思議じゃないよね。
そうですよ。これからの日本の漫画映画にはいつ　どんな才能が現れるか分からないんです。
才能…。
何だか　ますます　ワクワクしてきました。
なつよ　その心の高ぶりは一体　何だ？