*緋弾のアリア ざ ごーすと いん ざ しぇる? 作:田吾作
<< 前の話
ㅤ喉元過ぎれば熱さ忘れる。今の俺には、昨夜の銃撃戦よりも蘭豹先生の絡み酒の方が何倍も厄介だ。
ㅤ今日明日と、特に任務のない*1俺は一通のメールに呼び出され教務科のとある一室までやってきていた。滅多に使わない携帯の番号を知っているのは、フギンムニンを除けば三人しかいないのだ。
「おどれぁ、アタシの酒が飲めねぇってかぁ?」
「……いえ」
ㅤ……せめてこんな朝じゃなけりゃな。
ㅤ俺の目の前でぐでんぐでんに酩酊しているのは強襲科の鬼教師、蘭豹先生その人である。先の通り朝っぱらから酒を浴びるほど飲み、義体とはいえ生徒に飲酒を勧める教師の鑑だ。
ㅤ平日なのにあんた授業はどうしたとは聞かず、渋々コップを受け取り中身を呷る。味覚はカットしてないので、なんとも言えない妙な味が口いっぱいに広がるのが感じられた。
「……ぅ。何です、これ」
「これかぁ? あー、またたび酒やな」
ㅤそう言ってからからと笑うが、この人に薬酒が必要とは到底思えない。となると物珍しさからか。
ㅤふと目を奪われて珍しかったから一本買ってきたと、まあ気持ちはわからないでもない。歪に膨れた果実がぎっしり詰め込まれた瓶になみなみと注がれた琥珀色の液体は、そこいらの酒屋でそうお目にかかれる代物でもないだろうし。
「そら酒ならまだあんぞ。おら、飲め飲め」
「……昼過ぎ迄ですよ」
ㅤそんなわけで言われるまま、されるがまま。飲めと言われれば飲むし、空いた杯には注いだり注がれたり。愚痴を聞けと言われれば聞いてやる。大抵はあの教師がどうだとか、仕事が面倒だとか。
ㅤ早朝からの酒盛りはノンストップで続けられ、今や部屋に入れば万人がその異様なまでの酒臭さに顔を顰めるだろうし、ぶっちゃけ扉を開けるだけで酔えそうな空間を生み出している。多分。
『ああ、ボスってばまたあんなに飲んで……』
『……アルコールは瞬時に分解されるんだろ?』
『うん、体内プラントでね。──けど、だからって見てて楽しいものじゃないよ』
『そんなもんかねぇ……』
ㅤ先生も相当な酒豪だが、それでも人間なので飲めば飲むほど酔いが回る。ペースは早いし量も多いしで、もうべろんべろんだ。
『アルコールってのは、血中濃度 .5%で致死レベルなんだろ?』
『まあ。大体ウィスキーボトル一本ちょっとくらいかな』
『……あの女、ホントに人間なのか?』
『さあ?』
「あはァ……ナギサァ、飲んでぇるかぁ?」
「……それなりには」
「あーん? まぁだシケたツラしてんなぁ……んー」
ㅤお昼をそこそこ過ぎた頃。上半身を振り子のようにゆらゆらさせはじめた先生が、一升瓶片手にもたれかかってくる。
ㅤ何が不満なのかじろりとそのままの体勢で俺を見上げると、ぐりぐり頬に指を立ててきた。──どちらかというとごりごりに近い。
「おどれぇ、んなぶっすーっとしてよぉ……おもろいか?」
「……これでも結構楽しんでるつもりなんですけど」
「んぁー、そーじゃねぇんだよなぁ……っち、くっそムカムカするぅ……」
「ここで吐かないでくださいよ」
「ちげーし。わっかんねぇかなぁ……わっかんねーよなぁ……お前はそーいうやつやし」
ㅤわかってる。失礼な、とは思わない。楽しかろうがつまらなかろうが、義体の都合で大して表情に出ないのだ。申し訳ないが、表情の変わらない相手と飲んでても面白くないだろう。
ㅤ理不尽、かつアレな部分も多いものの。なんだかんだで先生には世話になってる、気に掛けてもらっている自覚があるので嫌と断ったりはしないし付き合いもするが、こればっかりはどうしようもない。
ㅤどれだけ楽しんでいると口頭で伝えても、平坦な声色では焼け石に水だ。寧ろこうして火に油を注ぐような場合もある。
「俺、隠れんぼが得意なんです」
「……かもなぁ」
「嫌なら
「うっさいわ、アホぉ……」
ㅤいやいや、冗談ではなく。
『ボス、遠山 キンジが動いた』
『午後は任務に出るみたいだね。校舎を出て、駅に向かってるよ』
『わかった。そのまま継続してくれ』
『命令は了解された(よ)』
「先生、俺はそろそろお暇させて頂きます」
「……」
「……先生?」
「……──くぅ」
「……あー」
ㅤ互いにそれなり以上に稼いでいる──と、思われる。少なくとも稼いでないとは言えない。ゆえにちょっと長めの酒盛りをしたところで用意した酒が尽きる事はそうないが、大抵はその心配をする前にこうして先生が先に潰れる事の方が多い。
ㅤその話を教務科の他の教師──綴先生というらしい、蘭豹先生の親友なのだそうだ。偶然鉢合わせた先生にしたところ、乾いた笑いと共に白目を剥かれたとだけ言っておく。
「それでは、また」
「……すぅ」
「……失礼します」
ㅤもふもふのタオルケットを掛けておいて、明かりを消してから部屋を出る。
『フギン、遠山は?』
『遠山 キンジはターゲットと合流、予定通り駅から青海行きの便に乗ったな。追うなら十分後の便だ』
『よし、最短ルートで行くぞ』
ㅤ最短ルート、光学迷彩をふんだんに利用した時短ルートだ。不法侵入、サイボーグダッシュ、サイボーグジャンプ、サイボーグ飛び降り、もうなんでもアリである。
ㅤ算出した経路……といってもほぼ一直線だが、マップに表示された線をなぞるように第一歩、の前にトイレで光学迷彩を起動させた。
○
「──そのまんま出てくかよふつー……女が隙晒してんやぞ……」
○
『さて、どうしたもんかな』
『困ったね』
ㅤキンジ一行を追って青海の公園までやって来たところで、俺達はちょっとしたアクシデントに見舞われた。
『子猫だね、首輪に鈴って事はやっぱり飼い猫かな』
『あんな高いところから落っこちるなんてな。ボスに助けられてなきゃどうなってたか……』
ㅤ何の因果か。光学迷彩を起動させて路上を爆走中だった俺の目の前で、一匹の子猫が木の枝から落っこちたのだ。それはもう見事に。
ㅤそのままでも怪我はしないだろうが、首輪が見えたので万一があっては不味いだろうとサイボーグ走り幅跳びの要領で助けた次第である。ここまでは良かった。
『これ、さっきまで飲んでいたまたたび酒の影響じゃないかな……多分』
『あれが?』
『ああ。確かに着替えてないからな』
『マジか』
ㅤアルコール部屋入室の際に嗅覚をカットしていたのをすっかり忘れてた。迂闊だったかぁ。
ㅤ明らかに酔ってるような、反応のおかしくなった子猫を抱えたまま、こいつをどうしようかと途方に暮れる。
ㅤ確かについさっきまでまたたび酒を飲んでいた。というか結局先生は一滴も飲まなかったし、俺はそのまま丸々一瓶飲まされた。だがそれ以上に他の酒も大量に飲まされていたはずだ。──だから強烈に臭うわけだが。これまたたび関係ないな多分。
『……なるほど、これはなかなかクるな』
『あ、ボスの不快指数が上昇してる』
ㅤ本当は今頃遠山と任務ついでの公園デートと洒落こんでいるであろう神崎さんに最近の動向についてお説教するつもりでいたのだが、こんな酒臭いヤツが説教しても効果はなさそう……というか、真昼間から酒飲んでるようなやつに人のプライバシーの何たるかを説かれてもこれっぽっちも響かないだろう。
ㅤ幸い遠山はクソイケメン主人公だが、一時を除いて大抵常識人の枠に収まっている。
ㅤ神崎さんに代わりにお説教しといてくれと頼めば彼の事だ、イケメン主人公パワーできっとなんとかしてくれるだろう。──あ、ついでに猫もなんとかしてもらおうか。
『それで、遠山は……』
『ん、付近のカメラから二人の姿を確認した。この先のベンチだな』
『お、そいつはラッキーだな』
ㅤ指定ポイントに従い、公園用に植樹された木々の隙間を抜け二人の死角から様子を伺う。
『……何してんだ、あいつら』
『聴覚を調整すれば聞き取れるんじゃない?』
『いや、そうじゃなくてだな』
ㅤ人目もはばからず痴話喧嘩? 神崎さんがいきなりベンチを立ち地団駄を踏みはじめ、それを見た遠山が慌てて止めようと立ち上がる。とても奇妙だ。
ㅤまあ、こっちはさっさと用事を済ませて風呂に入りたいので空気を読まずに登場するわけなんですが。やあ遠山 キンジくん。
「あいつの場合向こうから来るまで待つってのが定石なんだよ」
ㅤん、なんか俺の話してたっぽい? 相手が来るまで待つってまるで釣りの発想だな。
「餌があれば釣れるだけ魚の方がまだマシ……は?」
ㅤおっとそれ以上近寄ってくれるなよ、今の俺は相当酒臭いぞ。未成年には毒だ。……あー、帰りは電車使わないでおこう。
ㅤおっと皆まで言うな、神崎さんがお前の連れだって事は想定済みだ。お前をマークしてたのだって、見張ってれば探さなくても神崎さんが見つかるってアタリをつけてただけだしな。
「……出来れば赤の他人って事にしといてくれ」
ㅤ何だよ連れないな。主人公とヒロインだろ、もう熱々じゃないのよ。──ってそうじゃなかった。お前の彼女、神崎さんなんだけどさ。人の事こそこそ探る悪い癖があるみたいでさ、俺の事も調べて回ってるみたいなんですよ。本当は俺が直に説教したいとこなんだけどさ、ちょっと代わりに注意しといてくれない?
ㅤあ、それとこの猫お願いね。じゃ。
「あ、おい待て──」
ㅤ待ちませーん。
ㅤ少し早足気味に木陰に滑り込みそのまま光学迷彩を起動、木と一体化しその場をやり過ごす。これ臭いでバレないか……今更心配になってきたぞ。
ㅤ基本体臭は皆無だが、衣類や髪の毛等に染み付いた環境臭はどうだろう。今まで考えてもこなかったが、これからはその辺も気にする必要がありそうだ。
○
ㅤ翌日。俺がオフである事を知る別のやつからメールでお誘いがあり、放課後いつものように女子寮前まで来ていた。──あ、用があるのは女子寮じゃなくてその手前にある温室の方な。
「あ、なっちん!」
ㅤ女子寮前で待機してたのは、彼女を待っていたのと彼女が押しているサービスワゴンを代わりに運んでやる為だ。危なっかしいので転けないもんかと見ていて冷や冷やする。
「待ったぁ?」
「……そこまでは」
ㅤ大して待ってはいないかな。
ㅤ彼女は理子、情報収集癖のある探偵科の愛すべきおバカだ。ただ周りが言うほどバカでもない。線引きはしっかりしてるし、一度注意した事はしっかり覚えてる。
ㅤこいつとの出会いは理子の盗聴、ノゾキ、尾行にはじまるが、それについて聞きたい事があれば直接聞けとお説教したところ、以来こうして俺がオフで蘭豹先生に呼び出されてない日には午後の茶会──彼女曰く『なっちんに聞きたいあんな事やそんな事を聞いちゃう会』だそうだが、そうまでして俺の事を知りたがる物好きである。
ㅤ時に収集した情報を売る事もあるらしいが、俺の情報だけは売り物にしていないらしいので考慮してくれているんだろう。だから気兼ねなく誘いにノッてるわけだが。
「ひと月と三日、十八時間ぶりだね。理子、ずっと楽しみにしてたんだよ?」
「……物好きな人だな」
「ふふ〜ん、理子は乙女なのだぁ!」
ㅤ何故かドヤ顔で胸を張る理子を後目に茶会のセッティングをする。この為に購入して設置した丸テーブルと椅子はどれも多少値が張ったが、良い買い物だった。うん。
「……最初の一杯は?」
「はいはーい! いつも通りでお願いしまぁーす!」
ㅤ椅子に腰掛けた理子の元気な返事を聞いて、モカエキスプレスをミニガスバーナーにかけ点火する。
ㅤ気分は手のかかる娘を相手にする休日のパパだな。親子関係はまあ、良好だろう。多分。
「じゃあじゃあ、早速質問ね」
「……なんだか今日は随分と早い気もするけど」
「あー、んとね。今日はキーくんが来るからぁ、ちょっと時間押し気味なのです」
「依頼?」
「うん」
「……そか、頑張ってるんですね」
ㅤ話を聞きながら、袋の砂糖を開いて大さじで少し多めに量る。小鉢に移し替えて、後は四分程度待ってコーヒーが出来上がるのを待つばかりだ。
「そーいえば聞いてなかったなーって。なっちんってわんちゃん派?ねこちゃん派?」
「……犬、かな」
「ほえー、どして?」
「さあ、どうしてだろう?」
ㅤフギンムニンが犬──狼?っぽいからとは言えないな。
『僕ら犬なの? 由来はカラスなのに?』
『まあ、ボスに従順って意味でなら正解かもな』
『じゃあこうしてもいいよね?』
『あ?』
『へへ、すりすりすり……』
『っだー! やめろ!』
ㅤエージェント体とはいえ、顔面に擦り寄られるとこそばゆいものがある。手で軽く振り払うと、『ワー』っと妙に愉快な反応と共に離れた。
「ん、どしたの? 虫でもいた?」
「……まあ、そんなとこかな」
ㅤそろそろいい感じか。どれどれ。
「……と、カップは──」
「んっと、これね」
ㅤ言いつつ理子がワゴンからカップとソーサーを取り出し、テーブルに置いた。
「あ、キーくん」
ㅤん、
「相変わらずの改造制服だな。なんだそれ、メイド服?」
「これは武偵高の女子制服、クラロリ風アレンジだよ! キーくんいい加減ロリータの種類くらい覚えようよぉ……」
「きっぱりと断る。ったく、お前はいったい何着制服持ってるんだ」
ㅤ甘いな、遠山。女性に服の種類を聞くのは不粋だぞ。
「ここにいるって事は、今日は休みだったのか」
ㅤえ? ああ、まあ昨日今日は。──ってかやめろよお前、折角依頼人と理子とで気兼ねなく話せるようにしてんのにさ。
ㅤ理子のカップにコーヒーを適量注ぎ、少しだけ余らせておく。本当は別々で取った方が良いんだけどな。
「たまの休みに猫探しとお茶会か?」
ㅤなんだその猫探しって……あ、ひょっとして昨日デートの最中に猫押し付けた嫌味か? いや、それは正直すまんかったと思ってる。反省はしてない。
ㅤお茶会はまあ、正直オフの日にやる事もないし。家族サービスみたいなもんだろ、ケーキ買ってやったりとかな。二日以上の連休なら静岡に帰るんだけど、平日だしそうもいかない。
「──ってなわけで、理子の改造制服はそんな感じなのだぁ!」
ㅤそうかそうか。理子はお洒落さんだな。
ㅤタイミングを見計らって皿に乗せたケーキをテーブルに置いてやると、流れるようにデザートフォークを手にした理子が一欠片口に入れた。
「はむっ──ん〜〜っ! 美味しー!」
ㅤそれは良かった。食べ物の為に行列に並ぶのはお兄さん何気に初体験だったぞ。
「朝から?」
ㅤそう。前に理子が読んでた雑誌に載ってたのを見てさ、先着十名ってどんなもんなのか気になってたんだよ。お土産にも丁度いいかなって。
ㅤ早朝に奥様方に挟まれるのはなかなかに辛いものがあったが、フギンムニンのお陰でなんとか乗り切れた。いやー、助かった助かった。
『ボスの土産にかける情熱はスゴイからな』
『僕らの時も、何買って帰ろうかって時間かけてるからね』
ㅤさっき小鉢に移していた砂糖にほんの少し余らせたコーヒーを垂らし、素早く掻き混ぜる。乳化してクリーム状になったらクレマの完成。
ㅤケーキとこれでもう甘々なんですが、やっぱ女の子って甘い物が好きなんだなぁ。
「お前ほど不思議の塊みたいなやつはそうそういないと思うぞ」
ㅤいやいや、世界は広いぞ遠山くん。不思議なんてそこら中に転がってるさ。
「……まあいいか、本題に入るぞ。理子、こっち向け。いいか、ここでの事はアリアには秘密だぞ」
「むぐむぐ……──うー!らじゃー!」
ㅤ理子が元気よく返事するのを聞きつつ、遠山の分のコーヒーを用意するべく手早くモカエキスプレスを分解し準備する。客人の分を用意するのをうっかり忘れてたってのは秘密だ。ついでに折りたたみ椅子もだしておこう。
ㅤところで内緒話だって念押しを俺に言わないのは信頼してるからか、それとも俺に喋る相手がいないと思ってるからか。後者だとは思いたくないな。
「むむむっ! うっわぁ〜!『しろくろっ!』と『妹ゴス』と『めたもる』だよぉ!」
ㅤぐいぐいと裾を引っ張られ、何事かと振り向けば理子が何やら手にしたゲームのパッケージらしき箱をこちらに見せてきた。
ㅤし、しろ……? まい? め、めた……な、何?
『あー、いわゆるギャルゲーってやつだな』
『ぎゃ、ギャルゲー?』
ㅤ疑問に応じるように、小窓で複数の情報が表示される。おおう、こりゃ凄いな。
『これが しろくろっ!、こっちが妹ゴス。どちらもネットでの評価は良好かな』
『ん、このめたもる……とかいうやつは?』
『うぇっと、これはぁ……その……あはは……』
『評価悪いのか?』
『あー、まあ。悪いというわけじゃない。支持する層も少なくはないみたいだな』
『うん?』
ㅤ珍しく歯切れの悪いフギンムニンにクレマを掻き混ぜながら首を傾げていると、
ㅤ
『ああ、まあなんだ。ちょいとショッキングな画像もあるからな……』
ㅤしどろもどろといった様子でフギンが情報をこちらに開示すると、サイトのページらしきものと一緒に小窓でやや明度の低い画像が表示された。
ㅤ何かと思えば幼い少女が包丁片手にこちらに迫る画像、それもケチャップ付きである。なかなかにえげつない一枚絵だ。
『これもギャルゲーなのか?』
『これはちょっと特殊な部類じゃねぇの。いわゆるバッドエンドルートってやつだな』
『バッドエンド?』
『このゲーム、トゥルーエンド……というよりバッドエンドじゃないルートがそれぞれの登場人物につき一種類ずつしかなくて。それで、選択肢でミスをすると問答無用で血を見るハメになるみたいなんだ……タイトルもメタモルフォーゼ、豹変って意味みたいだよ』
『……おおぅ』
ㅤ追加で次々と悲惨なシーンが表示される。ちょ、ちょっとタンマ。もういいから、わかったから。
『特にこのキャラクターの場合、トゥルーエンドですら最後にハテナが付けられてしまうような惨憺たる結末で……』
『ん゛、ん゛んっ……なんでまた理子はそんなゲームを?』
『あー、知らないんじゃないかな』
「ねー?」
ㅤうぇ!? あ、うん。そ、そうかもな。うん。……ごめん、お兄さん何も聞いてなかったわ。いつもより気持ち込めてクレマ混ぜるから許して。
「……まあ、とにかく。じゃあ続編以外のそのゲームをくれてやる。その代わり、こないだ依頼した通りアリアについて調査した事をきっちり話せよ?」
「あい!」
ㅤワゴンから紙コップを取り出し、砂糖適量とコーヒーを入れる。好みもわからんし、遠山の分は取り敢えずこれでいいだろう。
「ねーねー、キーくんはアリアのお尻に敷かれてるの? カノジョなんだからプロフィールくらい直接聞けばいーのに」
「カノジョじゃねぇよ」
「っえー? 二人は完全にデキてるって噂だよ? 朝キンジとアリアが腕を組んで出てきたっていうんで、アリアファンクラブの男子が『キンジ殺す!』って大騒ぎになってるんだもん。がおー!」
「指でツノ作らんでいい」
ㅤあ、アリアファンクラブ?
『神崎 アリアが三学期からこの学校にいるってのはボスも知ってるよな』
『そりゃあな』
『とても可愛らしい容姿の転校生に男子生徒はもうメロメロってな感じで……あっという間に出来ちゃったみたいだよ』
「ねぇねぇ、どこまでしたの?!」
「どこまでって?」
「えっちい事」
「ぶふっ──するか! バカ!」
「んもう、汚いなぁ……嘘つきなって、健全な若い男女の癖にぃ〜」
ㅤ初々しい反応だな……でも口に含んだ物を吹き出すのはちょっとどうかと思うぞ。いかにも漫画的だけどさ。
ㅤテーブルの染みになる前にちゃちゃっと手早く拭き取っておく。どうぞ、話を続けてくださいな。
「……お前はいつも話をそっち方向に飛躍させる。悪い癖だぞ」
「ちぇー……」
「それより本題だ。アリアの情報……そうだな、まず強襲科での評価を教えろ」
「はーい。んとね……まずランクだけど、なっちんと同じSだったね。なっちんもそうだけど、二年生でSって、片手で数えられるくらいしかいないんだよ」
ㅤあー、やっぱそうなのか。にしてもちょっと武偵の評価ってか、ランク付けって結構いい加減過ぎやしないか?
ㅤ神崎さんがSってのはまあヒロインだし、一年の頃の遠山がSだったのも頷ける。ただそこにどうして俺まで割り振られてしまってるのか疑問でしかない。
『相変わらずボスって自己評価厳しいよね』
『厳しいもなにも、今は義体とお前達のお陰でなんとかやってこれてるだけで、このまま生き残れるだけの経験値が圧倒的に足りてないんだ』
『ふぅん……でも僕らのボスはボスだけだよ──忘れないで欲しいな』
「理子よりちびっ子なのに、徒手格闘も上手くてね? 流派はボクシングから関節技まで何でもありの……えっと、ばー……ばーー……ばーりつぅ? うー、なっち〜ん」
ㅤうん、バーリトゥードね。
「そうそうそれそれ! それ使えるの。バリツって言い方もするみたい」
ㅤ……え、そうだっけ? あれってバーリトゥードとは別物の、創作上の格闘技じゃ。てかそもそも日本の武術って設定だろあれ。
『アーサー・コナン・ドイルの推理小説、シャーロック・ホームズの空き家の冒険に登場する架空の日本武術だな』
『だよな、あの壮大なゴリ押し』
『ゴリ押しというか、止むを得ずって感じだけどね……』
ㅤ新しいものに挑戦したくてもそうさせてもらえない。……うーん、人気作家ってのも辛い立場だったんだろうなぁ。──まあ、ドイルさんも呑気にバラの世話なんてしてるやつに同情なんてされたかないだろうけど。
「拳銃とナイフは、もう天才の領域。どっちも二刀流。両利きなんだよ、あの子」
「それは知ってる」
「じゃあ、二つ名も知ってる?」
「……いや」
ㅤ二つ名ってのは、確かとても優秀な武偵に付けられる通り名みたいなもんなんだったか。
「双剣双銃のアリア──笑っちゃうよね。双剣双銃だってさ」
「笑いどころがよくわからないんだが……まあいい。他には……そうだな、アリアの武偵としての活動についても知りたい。アイツにはどんな実績がある?」
「あ、それならすごい情報があるよ。──今は休職してるみたいだけど、アリアは14歳の頃からロンドンの武偵局武偵としてヨーロッパ各地で活動しててね……」
ㅤへぇ、ロンドンね。確かシャーロック・ホームズの舞台もロンドンだっけか。
『かの有名なベーカー・ストリートだね』
『そうそう』
「……その間、一度も犯罪者を逃がした事がないんだって」
「逃がした事が……──ない? 一度も?」
「狙った相手を全員捕まえてるんだよ。99回連続、それもたった一度の強襲でね?」
ㅤあー、まあ。ヒロインだし、そんくらいの方がインパクト強くて良いんじゃない?
「あー……そうだ、他に体質とか何かないか?」
「うーんとね。お父さんがイギリス人とのハーフなんだよ」
「てことはクォーターか」
ㅤまあロンドン中心に活動してたってくらいだし、親族の誰かがイギリス人でも不思議じゃないわな。
「そう。で、イギリスの方の家がミドルネームの『H』家なんだよね。すっごく高名な一族らしいよ。おばあちゃんなんて、Dameの称号を持ってるんだって」
「『H』家? でいむ?」
「イギリスの王家が授与する称号だよ。叙勲された男性はSir、女性はDameなの」
「おいおい、って事は何だ。あいつ貴族なのか?」
「そうだよ。リアル貴族。でも、アリアは『H』家の人たちとは上手くいってないらしいんだよね。だから家の名前を言いたがらないんだよ。理子は知っちゃってるけどー、あの一族はちょっとねぇー」
「教えろ。ゲームやったろ」
「理子は親の七光りとか大っ嫌いなんだよぉ。まあ、イギリスのサイトでもググればアタリぐらいは付くんじゃない?」
『……どうする?』
『ま、改めて軽く渫ってみるか。……ってか調べなくても絶対神崎さんシャーロック・ホームズ的なあれだろ。『H』家で貴族ってもう決まりじゃん』
『じゃあ遠山 キンジは小さなホームズの相棒、ジョン・H・ワトスンだね』
『あー、充分有り得るな』
ㅤここ数分でこの物語の核心的な部分を突けたような気がする。ストーリー展開はシャーロック・ホームズの内容をふわっとなぞるような形なんだろうか……。
「うん? キンジ? 他には?」
「……あ、いや、もうそのくらいでいい」
ㅤおや、もうお帰りで? ──あ、そう。まあ頑張りたまえよワトソン君。君に早いとこ巨悪を討ってもらわにゃ、俺もおちおち寝てらんないからなぁ。うんうん。
ㅤ……なんてジョークめいた調子で言ってみたものの、当の本人はそそくさと帰ってしまい聞いてるんだか聞いてないんだか、冗談が空振って何だか妙に気恥ずかしくなってしまった。
○
「なっちんさ」
ㅤえ、なに。どうした?
ㅤちょっとラテアート凝ったの作ってるんだけど、これがなかなか難しくてさ。
「真面目な話。──どこまで知ってるの?」
ㅤえ゛、何を……ってギャルゲーの話? 今このタイミングで!?
ㅤいや、うん。俺何も知らないから。
「……うん、わかったよ。全部知ってるんだね」
ㅤ何故バレたっ!?
「でもわかんないんだ。どうして黙っててくれてるんだろうって」
ㅤ──っやー、俺の方がわかんねぇ。え、なに。俺ってそんなネタバレとか不粋な事するようなやつだって思われてるわけ!!?
ㅤ見てよこれ、動揺で手先がぶれてラテアート崩しちゃったよこれ。
ㅤ俺そんな人が楽しめなくなるような事するようなやつじゃないからな?
「でもそれって、なっちんにはなぁんにも利がないよ?」
ㅤねえ待って、ちょっと君の中の俺ってどんなやつなの?──やべっシュガーミルク入れすぎたぁ!?
ㅤいや、もうあれだから。俺からはもう頑張れとしか言えないから。トゥルーエンド目指して頑張れ。
ㅤ……バッドエンドルートのゴアシーンとかやばいけど。あれ本当にR15なのか? Z指定の間違いだろ。
『そういや、峰 理子そっくりなキャラクターも登場してたな』
『今その情報は必要なかった……』
ㅤ──っと、ついうっかりいつもの癖で失敗作を理子の前に置いてしまった。いくら何でもこれは飲めないだろ。
「んふふー、そっかそっかー」
ㅤえ、嘘飲むの!? や、やめときなってそんな体に悪い……ああー、あー!!?
ㅤ
『お、見事な一気飲みだな』
『うわぁ……』
○
「うぇぇん……晩御飯が食べられないよぅ……」
ㅤうんまあそうなるよな、あんなの飲んだら。……いやごめんって。
*1:お前に任せられる任務がねーと事前に通知されている。流石に鬼でも俺一人の身に余るレベルのものは回してこないらしい。
○旧後書き
作者はギャルゲーやった事がないので、作中の描写は完全に独断と偏見です。友人から聞いたネタを参考にしました。
ユキカゼは脳内で全部半角カナ喋りしてる。※完全に個人的なイメージです。
△<ドウシタノー? ダイジョーブー? ワーイ!
ㅤフチコマ、タチコマ、ウチコマ、ロジコマ。どのデザインも好きなので、いっそ混ぜてしまおうとイメージしているのがうちのシンクス達です。配合率は皆様のご想像にお任せしますし、なんなら単体でもOKですよ。
今朝パソコンカタカタしていたら、全ての元凶である友人からLINEが飛んできました。おめー何した!?と、そう書いてありました。
時を同じくして、サークルのグループチャットに次々と僕に向けたメッセージが飛んできました。ぶっちゃけ怖かったです。そりゃもう凄い剣幕だったんで。
とにかくこの作品について言ってるようだったので何があったんだろうと思い、このサイトを改めて開くと、一言付き評価が付けられてました。
曰くランキングを見て来て下さったと。……ここ数日で一体何があったんです!?
あの、大変恐縮です。評価を頂いてるのは知ってましたが、ここ数日のてんやわんやには気づかず、いつも通りスマホ版で感想欄の常連さん方とキャッキャウフフしてるだけのつもりだったので、全く気付いてませんでした。申し訳ない。
改めて感想、お気に入り登録、しおり登録、評価等ありがとうございました。
……なんでこんな事になってるんでしょう。
○後書き
第五話です。