*緋弾のアリア ざ ごーすと いん ざ しぇる? 作:田吾作
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「キンジ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「……なんだよ」
ㅤアリア襲来の翌日。対策を練る為に適当な依頼を受けた俺は、結局待ち伏せしていたアリアを引き連れて依頼の猫探しに青海まで出ている。
ㅤいざひと仕事といく前に、アリアのワガママもあって遅い昼食をマックのテイクアウトで済ませた俺達二人は、食休みにそのまま公園のベンチになんとなく腰掛けていた。──ふと、アリアが妙な事を聞いてくるまでは。
「あんたナギサって知ってる?」
「……は?」
「強襲科の生徒で、オマケにC組らしいんだけど、なかなか捕まんないのよね……」
ㅤあいつC組だったのか……って、そうじゃなくてだな。
「あー……、そりゃあれだ。諦めろ」
「はぁ? なによ、あんたもそれ?」
ㅤジトッとした目でこちらを見るアリアだが、どうしたって相手が悪い。
ㅤ強襲科でナギサと言えば死にたがりのバカだが、他所の、特に探偵学部──探偵科や鑑識科なんかじゃ、どっちかって言うと神出鬼没・正体不明な印象が強い。それぞれのスキルが通用しない、探偵or鑑識泣かせという意味でだ。
ㅤ本人曰く隠れんぼが得意だとかで、去年のカルテット──プワゾン*1で誰にも見つかる事なく目的のフラッグをたった一人で運び続けたという実績を持っている。噂じゃ教務科が設置していたカメラにすら写っていなかったらしい。
ㅤこう言っちゃなんだが、俺のヒステリアモードが全くと言っていいほど通用しなかった男だ。自惚れ前提で、並のスキルじゃ歯が立たないだろうな。
「みんなして"探すだけ無駄だからやめておけ"って……目撃情報があるにも拘わらずよ!?」
「あ、おいバカやめろって……」
ㅤ
ㅤそんな事もあって首を横に振ると、アリアがいきなり立ち上がり、文句を言いながらその場で地団駄を踏みはじめた。
「あいつの場合向こうから来るまで待つってのが定石なんだよ」
「知らないわよ! あたしはすぐ会いたいのっ!」
ㅤ周囲の目もあるので慌てて止めるが、わがまま姫の噴火はそう簡単に収まりそうにない。それどころか勢いが増しているような気すらする。ㅤ
「調べようとしたらサーバーが落ちてるし、資料はずっと閲覧中になってるし! なんなのよもう!」
ㅤ知らんわ。
ㅤもう一度言うぞ、相手が悪い。あいつはどんなに探しても見つからない時は見つからないし、かと思えば──
「……俺は魚か何かなんですか」
「餌があれば釣れるだけ魚の方がまだマシ……は?」
ㅤ──こんな感じで真横にいたりする。
ㅤ心做しか頭から湯気が立ち上りはじめているような気がするアリアを他所に、背後の木陰からゆらりとナギサ本人が現れた。──……何故か子猫を一匹抱えて。マジかよ。
ㅤ肝心のアリアはナギサの登場に全く気付いている様子もなく、ブツブツと文句を言いながら地面に当たり散らしている。
「やっぱり、あなたのツレだったんだ」
ㅤ一瞬アリアの方を向いて、ナギサがボソリと呟いた。
ㅤどこから調べたんだその情報は、とは聞かない。強襲科の女子が話のネタにする程度には、不本意ながら俺達の事は校内でも有名になってしまっているからだ。
「……出来れば赤の他人って事にしてくれ」
ㅤその為に俺は癇癪を起こしたアリアから少し、さり気なく距離を置いている。このまま逃げても良かったが、そうすると後が怖いからな。
「そいつは無理な相談だな。遠山さん、彼女によくよく伝えておいてくださいよ。──あまり人様の事を根掘り葉掘り調べて回るのは感心しませんから」
ㅤおーいアリア、普通にバレてるぞー。
「それじゃ、頼みますよ」
「あ、おい待て──って、居ねぇ……」
ㅤそう言うとナギサは抱えていた猫を俺に寄越すと、引き止める間もなく木々の間へと消えて行った。
ㅤ慌てて追い掛けるも、そこには人がいた形跡すら見られない。相変わらず神出鬼没なやつだ。
「ちょっと聞いてる!?」
「はいはい、聞いてる聞いてる……──頼んだ、か」
ㅤアリアを適当にあしらいつつ渡された子猫を眺める。思いの外律儀なあいつの事だから、これが依頼料代わりって事なんだろう。
ㅤというのも、子猫は俺が今から探そうとしていた依頼の資料にあった通りの特徴をしていた。念の為に写真と照らし合わせて見て、細部まで確認したので間違いない。
「なあ、アリア」
「何よ」
ㅤああ、わかってるって。報酬分は働かないとな。
○
ㅤアリアと一度だけ依頼で組む事と引き換えに、ナギサからの信頼、それから僅かな金銭と0.1単位とを得た俺はその翌日。先日メールで組んでいた予定通り、女子寮の前の温室まで来ていた。
ㅤこのやたらとデカいビニールハウスは、手入れが行き届いている割には人気がない。ん、逆か?
「理子」
ㅤバラ園の奥、温室の中央には小ぶりだが良質な丸テーブルと、それと組になる椅子が二脚。待ち合わせしていた相手は、そこで茶会を開いていた。一人で? いいや、二人で。
「あ、キーくん」
ㅤカップをソーサーに置いて手を振るのは、俺と同じ探偵科の理子だ。俺の待ち合わせ相手でもある。
「相変わらずの改造制服だな。なんだそれ、メイド服?」
「これは武偵高の女子制服、クラロリ*2風アレンジだよ! キーくんいい加減ロリータの種類くらい覚えようよぉ……」
「きっぱりと断る。ったく、お前はいったい何着制服持ってるんだ」
ㅤそんな言葉にえっとえっとと、素直に改造制服の種類を指折り数え始めた理子はさておき、もう一人の方を向く。二日連続で会うのは珍しいので、少し気になったのだ。
「ここにいるって事は、今日は休みだったのか」
「昨日ぶりですね──ええまあ。昨日と、今日は」
ㅤ言いつつ理子のカップにコーヒーを注ぐナギサは、理子に付き合わされたのか白いシャツに黒のベストを着込んでいる。やたらとサマになっているが、これも改造制服だな。
「たまの休みに猫探しとお茶会か?」
「……そうは言いますけど、そんな休日の過ごし方も存外悪くありませんよ」
ㅤ慣れた手つきでショートケーキを箱から取り出すナギサの顔には、付き合わされている事に対する悪い感情は見られない。──まあ、殆ど無表情なわけだが。
ㅤもうわかるとは思うが、この温室はナギサの目撃情報が教務科の次に多い。こいつが休日に──依頼がないってだけで授業はあるが、教務科にいなければ大抵はここにいるって話だ。
「──ってなわけで、理子の改造制服はそんな感じなのだぁ!」
ㅤそんな話もそこそこに、ナギサがケーキを理子の前に置いた。
ㅤするとどうやら改造制服の内訳について語っていたらしい理子が話を区切り、配膳されたケーキにデザートフォークを入れ──
「はむっ──ん〜〜っ! 美味しー!」
ㅤ一切れ口に入れると途端に頬に手を当てて悶え始める。本当に忙しいやつだな。
「……朝から並んだ甲斐があったかな」
「朝から?」
「先着二十名限定ってやつでしてね」
ㅤなるほどな。
ㅤちなみにアリアと同じくナギサも、噂じゃ卒業に必要な単位は既に獲得してるとかしてないとか。本人が何も言わないんで不確かな情報だがこの分だと本当らしい。
「お前ほど不思議の塊みたいなやつはそうそういないと思うぞ」
「どうだろう。世界はあなたが思っているより幾分広いでしょうし」
ㅤいやいや。少なくともこの学校にいて、お前がポットとケトルを扱うのが上手いって事を知ってるのはここにいる人間──俺や理子くらいなもんだろうし。
「……まあいいか、本題に入るぞ。理子、こっち向け。いいか、ここでの事はアリアには秘密だぞ」
「むぐむぐ……──うー!らじゃー!」
ㅤ理子がフォーク片手に敬礼? するのを後目に、俺は鞄からやや大きめな紙袋をひとつ取り出して手渡す。
「むむむっ! うっわぁ〜!『しろくろっ!』と『妹ゴス』と『めたもる』だよぉ!」
ㅤ受け取った紙袋を鼻息荒くびりびりと破くと、理子は中のゲームを確認して声を上げた。
ㅤ嬉しそうにナギサに見せているが、これらは全てR15指定のギャルゲーだ。購入の際に色々なものを犠牲にしたが、俺もなりふり構ってられないしな。
ㅤ一度だけの約束だが、あのアリアがそれで済ませるはずがない。事が起こるまでにそれ相応の対策を練る必要があるのだ。
「あ……これと、これはいらない。理子はこーいうの、キライなの」
ㅤや、返されても処分に困るんだが。
「なんでだよ。これ、他と同じようなヤツだろ?」
「ちがう。『2』とか『3』なんて、蔑称。個々の作品に対する侮辱。イヤな呼び方」
ㅤわけのわからん事を。
ㅤ『ね?』と理子が同意を求めると、ナギサは珍しく苦笑しつつ、『かもね』と理子のコーヒーに茶色っぽいクリームを混ぜながら曖昧に返事した。何かしらこいつらの間で通ずるところがあるんだろう。
「……まあ、とにかく。じゃあ続編以外のそのゲームをくれてやる。その代わり、こないだ依頼した通りアリアについて調査した事をきっちり話せよ?」
「あい!」
ㅤ理子は誰もが認めるバカ──ただナギサ曰く皆が言うほどの馬鹿じゃないらしいが、ともかくバカだ。俺だってバカだと思っている。
ㅤただこのバカ、バカだが情報収集に関しては群を抜いている。ノゾキ、盗聴に盗撮、ハッキング等。これだけで武偵ランクAという地位を獲得した、言うなれば現代の情報怪盗なのだ。
ㅤちなみにそんな理子に盗聴やなんかではなく、直接話を聞くという手段を取らせたのが、そこにいるナギサその人である。
「よし、ならとっととしろ。俺はトイレに行くフリして小窓からベルトのワイヤー使って脱出して来たんだ。アリアにバレて捕捉されるのは時間の問題なんだからな」
ㅤいつの間にか出されていた折りたたみ椅子に腰掛けると、紙コップにコーヒーが注がれていた。
「ねーねー、キーくんはアリアのお尻に敷かれてるの? カノジョなんだからプロフィールくらい直接聞けばいーのに」
「カノジョじゃねぇよ」
「っえー? 二人は完全にデキてるって噂だよ? 朝キンジとアリアが腕を組んで出てきたっていうんで、アリアファンクラブの男子が『キンジ殺す!』って大騒ぎになってるんだもん。がおー!」
「指でツノ作らんでいい」
ㅤなんでそんな事に……って、ああ。あの朝か!
ㅤ
「ねぇねぇ、どこまでしたの?!」
「どこまでって?」
「えっちい事」
「ぶふっ──するか! バカ!」
「んもう、汚いなぁ……嘘つきなって、健全な若い男女の癖にぃ〜」
ㅤ理子が茶々を入れてくるのに対応していると、知らぬ間にナギサがコーヒーを拭き取っていた。
「……お前はいつも話をそっち方向に飛躍させる。悪い癖だぞ」
「ちぇー……」
「それより本題だ。アリアの情報……そうだな、まず強襲科での評価を教えろ」
「はーい。んとね……まずランクだけど、なっちんと同じSだったね。なっちんもそうだけど、二年生でSって、片手で数えられるくらいしかいないんだよ」
ㅤまあ、そんな気はしてた。ナギサで若干麻痺してる感じはするが、身のこなしからしてアリアはアリアで相当ヤバい奴なのだ。
「理子よりちびっ子なのに、徒手格闘も上手くてね? 流派はボクシングから関節技まで何でもありの……えっと、ばー……ばーー……ばーりつぅ? うー、なっち〜ん……」
「……バーリトゥード、『何でもあり』って意味じゃなかった?」
「そうそうそれそれ! それ使えるの。バリツって言い方もするみたい」
ㅤなんというか、ヒステリアモードで投げ飛ばされたのはあれで二度目だったな。それがあんな小柄な体から繰り出されたものだと考えると、今更ながら背筋が凍る気分だ。
「拳銃とナイフは、もう天才の領域。どっちも二刀流。両利きなんだよ、あの子」
「それは知ってる」
「じゃあ、二つ名も知ってる?」
「……いや」
ㅤ二つ名といえば、そこでバラの世話をはじめた男の死にたがりも二つ名扱いになるのか? 死にたがりのナギサって、誰でも知ってるわけだが。
ㅤ
「双剣双銃のアリア」
ㅤ妙な笑みを浮かべると、理子は指を四本立てた。
「笑っちゃうよね。双剣双銃だってさ」
「笑いどころがよくわからないんだが……まあいい。他には……そうだな、アリアの武偵としての活動についても知りたい。アイツにはどんな実績がある?」
「あ、それならすごい情報があるよ」
ㅤコーヒーを一口飲み、理子は話し始めた。
「今は休職してるみたいだけど、アリアは14歳の頃からロンドンの武偵局武偵としてヨーロッパ各地で活動しててね……」
ㅤそこまで言ったところで一拍置く。静かな空間に水を撒く音がやけに響いている。
「……その間、一度も犯罪者を逃がした事がないんだって」
「逃がした事が……──ない? 一度も?」
「狙った相手を全員捕まえてるんだよ。99回連続、それもたった一度の強襲でね?」
ㅤ『わー、すっごーい』理子がシリアスな雰囲気から一転して茶化すようにそう言うが、俺は笑えない。
「はは、なんだそれ……」
ㅤどんなバケモノだよ。──ってか、そんなやつに狙われてるのか俺は。
「あー……そうだ、他に体質とか何かないか?」
「うーんとね。お父さんがイギリス人とのハーフなんだよ」
「てことはクォーターか」
ㅤなるほどな、そりゃあ容姿も名前もちょっと日本人離れしてるわけだ。
「そう。で、イギリスの方の家がミドルネームの『H』家なんだよね。すっごく高名な一族らしいよ。おばあちゃんなんて、Dameの称号を持ってるんだって」
「『H』家? でいむ?」
「イギリスの王家が授与する称号だよ。叙勲された男性はSir、女性はDameなの」
「おいおい、って事は何だ。あいつ貴族なのか?」
「そうだよ。リアル貴族。でも、アリアは『H』家の人たちとは上手くいってないらしいんだよね。だから家の名前を言いたがらないんだよ。理子は知っちゃってるけどー、あの一族はちょっとねぇー」
「教えろ。ゲームやったろ」
「理子は親の七光りとか大っ嫌いなんだよぉ。まあ、イギリスのサイトでもググればアタリぐらいは付くんじゃない?」
ㅤ簡単に言ってくれるが、俺だってそうできたら苦労しない。
「俺、英語ダメなんだよ」
「がんばれやー!」
ㅤそう言う理子の手が盛大に空振り、俺の背中ではなく手首に直撃。──嫌な音と共に着けていた時計が地面に叩き落とされてしまった。
「う゛……壊れてるな」
「うぁあー!? ごっ、ごめぇーん!」
ㅤ金属バンドが壊れて外れてしまった時計を見て、理子が手をわちゃわちゃとさせながらテンパる。
「あー……まあ、別に安物だからいいよ。台場で1980円で買ったやつだ」
「ダメ! 修理させて! 依頼人の持ち物を壊したなんていったら、理子の信頼に関わっちゃうから!」
ㅤそんな事を述べながら、理子は俺の手からもぎ取った腕時計をそそくさと胸の間に入れてしまった。
ㅤ思わず目を逸らしてしまうが、ばっちり見えてしまってたな。その、でかいのが。
「うん? キンジ? 他には?」
「……あ、いや、もうそのくらいでいい」
ㅤヒステリアモードになりかけている事にちょっとした嫌悪感を抱きつつ、見てしまった事がバレたら面倒な事になるという思いもあって話を切り上げる事にする。
「小さなホームズか、遠山さんも大変ですね。……──まあ、頑張りたまえよ。親愛なるワトソンくん?」
ㅤ帰り際にアサキジがそんな事を言っていた……ような気がする。生憎焦ってたんであまりよく聞き取れなかったが。
○
ㅤ遠山 キンジが去った温室で、茶会は思いの外静かに続けられていた。
ㅤ普段はナギサに対する質問を織り交ぜた雑談を楽しそうに繰り広げている理子が、先程から口を噤んだままなのだ。
「なっちんさ」
「……うん?」
ㅤぽつりと、理子が顔を伏せたまま呟く。
「真面目な話。──どこまで知ってるの?」
ㅤ表情こそ窺えないが、酷く強ばった声色でナギサに問いかけた。敵か味方か、返答次第ではこの場で事を起こさなければならない。
「……俺は何も知りませんよ」
ㅤ器用にラテアートを描きつつ、先の問いかけに短く返答したアサキジに、理子は顔を上げてじぃっと視線を向ける。何も見逃さないと、そう言うように。
ㅤ何も知らないというのは、どうであれ無理のある話だ。彼はキンジに頑張れワトソンと、そう告げた。──本人はうっかり、口が滑ったとでも言いたげな様子だったが、要するにそういう事なのだ。
「……うん、わかったよ。全部知ってるんだね」
「……」
「でもわかんないんだ。どうして黙っててくれてるんだろうって」
ㅤ逆に見詰め返されて目を逸らす理子に、ナギサは折角のラテアートを崩しながら言葉を紡いだ。
「ネタばらししたんじゃ君が楽しめない──じゃ、駄目?」
「でもそれって、なっちんにはなぁんにも利がないよ?」
ㅤナギサは自分の秘密を知っている、知った上で黙っている。いつから知っていたのかまではわからないが、長ければ一年もの間そうしていた事になるだろう。
ㅤだがそうする事でナギサに何の利益があるというのか。自分を利用するにしても、何のリアクションもないままというのは可笑しい。それどころか時折自分に味方するような素振りまで見せるのだ。
ㅤ軽率だと警鐘を鳴らす自分を押し潰すように、彼を信じたいとそう思いを寄せる自分が日増しに大きくなっている。
ㅤここ一年ですっかり絆されてしまったと言ってしまえば簡単だが、どうしてこうなってしまっているのか理子にはわからなかった。
「……ただ」
「ただ?」
ㅤそんな彼女を他所にナギサは、ティースプーンを忙しなく回しながら、重い重い口を開く。まるで言葉を絞り出しているようで、どこか拙い。
「……ただ一人の友人として。俺は君の、峰 理子にとっての最良の結末を祈っている。──案外そんなものじゃないかな、この話は」
ㅤ結局紡がれたのは強引で、もうこの話はやめにしようと、有耶無耶にしようとしているようにも感じられる物言いだった。
「……そっか」
ㅤけれど理子には、ナギサが本気でそう考えているように感じられた。本気で、自分を応援してくれているのだと。
ㅤことりと自分の前に置かれた淹れたての一杯。驚く程に苦くない、コーヒーとも言えないただただ甘いだけの失敗作。
ㅤナギサにしては珍しいそれは、失敗して、オマケに自分にそれを出してしまうくらいには、彼が理子の為に悩んでくれている事を示していた。そう、自分の為に。
「なっちんは、理子の味方?」
「……」
「んふふー、そっかそっかぁ」
ㅤなんだ、結局彼は自分の味方なのだ。そう判断した理子は、彼が自分の為に淹れた一杯を飲み干した。
ㅤミルクと砂糖と、クリームいっぱいの、甘い甘い一杯。何故だかそれがとても美味しく感じられた、この時だけは。
○
「うぇぇん……晩御飯が食べられないよぅ……」
「……悪かったよ」
ㅤ数十分後。胃もたれで晩御飯が食べられないと嘆く理子と、その横でパンと簡素なカップスープを購入するナギサの姿がどこかのコンビニで確認された。
○旧後書き
ㅤ何とか仕上がった第四話、長々とお待たせしました。僕の数週間って何処に消えたんですかね。史上最長のゴールデンウィークなんて、そんなものは都市伝説だ。
ㅤ第五話もネタ帳片手にポチポチやっていきます。今回よりは早く仕上がるはずです。平日の方が暇な時間が多いって、どういう事なんでしょうか。
ㅤ僕は元気ですが、激しい寒暖差で体調を崩す後輩や先輩が多い気がします。皆さんもご自愛ください。それではまた次回、お会いしましょう。
○後書き
第四話です