*緋弾のアリア ざ ごーすと いん ざ しぇる? 作:田吾作
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ㅤ狙撃科の天才少女レキ。ロボット・レキと密かに呼ばれる彼女もまたナギサと同じくSランク武偵である。
ㅤ一つの定義として何を以てして最強だとするかは千差万別だが、もし死にたがりと呼ばれる彼が最強のアタッカーだとするならば、彼女は最強のバックアップと言えるだろう。
○
ㅤ彼女にとってナギサは不思議な雰囲気を持つ知り合い*1であるのと同時に、金払いの良いクライアントのひとりでもある。
ㅤ去年教務科の紹介で組んで以来、頻度こそ多くはないが今日のようにたまに声を掛けてくるので、まあ得意客と言っても良いかもしれない。
ㅤちなみに支払いは最初に教務科が決めた配分のままで、二人なら報酬の約60%が自分の口座に振り込まれる。
ㅤさすがにお金に頓着しない彼女も自分の仕事量に対して本当にこんなに貰っても良いのだろうかとは毎回思っているが、ただこれに関してナギサ本人が特に気にしてる風でもなく、これといって何も言わないので直接話題にしてまで触れた事はない。
ㅤそうやって増えに増える貯金は、諸々の必要経費を除く大半が他に使い道が存在しないので結果的に食費に少しずつ削られる。
ㅤ最近はナギサの勧めでヨーグルトとジャムを普段の食事に追加するようにしているからか、通帳を見た感じ以前よりは出費も多くなっているらしい。
ㅤそれでも微々たるものだが。
「二週間ぶりでしたか。呆気ないものでしたね」
「……まあ。かもしれませんね」
ㅤこう言ってはなんだが、今回もいつもと変わる事なく楽な仕事だった。
ㅤナギサが突っ込んで行き、自分は不測の事態に備えて彼が一人でどうにかしているその状況を後ろから眺めているだけ。
ㅤたまに一人か二人、多くても四、五人程度が彼に
ㅤもちろんそれで良いからって何もしていないわけではないし、相手の出鼻を挫く役目は自分が任されているのでやる事はやっている。
ㅤただこちらから観測した情報を伝えようにも、ナギサがどういうわけか背後から壁の向こう側までの全てが分かっているかのように動くのでまるで意味がない。
ㅤ──……そうささやくんですよ、俺のゴーストが。
ㅤ以前、彼女は本人にそれとなく訊ねた事がある。どうして目標の位置が分かるのか。それに対する彼の返答が、ゴーストだ。
ㅤゴーストが何なのかまではわからなかったが、少ない言葉数の中でそれが
「お店、開いてませんでしたね」
「……ああ、うん」
ㅤそんなこんなで二週間ぶりの任務も特に危な気なく終わり、帰路に就いている。
ㅤなんとなく空腹を感じるのは気の所為か。いつも二人で仕事をした日にファミレスに寄っているからかもしれない。今日は作戦開始時間も遅く、時間が時間なのでいつもの店が開いていなかったのだ。
ㅤ……二人。
ㅤ今回も彼の依頼に応じたのは助手席に陣取っている自分だけだったらしく、車輌科が手配した偽装バンに運転手は付属していなかったし、電子機器類の積まれた貨物室には誰もいない。二人っきり。
ㅤ金払いの良さはイコール人受けの良さには繋がらないらしい。相変わらず他の生徒に避けられているようだ。
「今の、右でしたよ」
「……」
ㅤ例えば目的地手前でいきなり車を停めたり停めさせたり、そのまま暫く黙って目を閉じていたり。意味もなくやっているわけではないのはわかるが、これといって説明もなくやっている──求められても無視したりあやふやに返したりする*2との事で、そういう所が他の生徒たちには馴染めなかった、受け入れられなかったのだろう。
ㅤ当の本人は気にもしていないようで、いつものように偽装バンを自分で運転しつつ、今夜も大活躍したであろう愛用の拳銃──マテバ
ㅤ完全によそ見運転だがハンドルを握る手に淀みはなく、揺れも少ないし比較的安全運転と言っても良い。レキも最初は危機感を覚えたものの、ひょっとしたらそこいらの車輌科の生徒が運転する車よりも安全かもしれない等と考えている……まあどこまで行っても結局はよそ見運転なのだが。
「お昼に、あなたについて聞かれました」
「……へえ?」
ㅤ食事といえば。と、そうレキはお昼の出来事を思い出す。密かに楽しみになりつつある、ジャム付きヨーグルトの時間を邪魔された苦い記憶だ。
「調べて回っているみたいです」
「……そう、か」
ㅤ付き合いが長いだろうと人物像について根掘り葉掘りと聞かれたが、何度か組んでいるだけで
ㅤ彼が探られている事を知らない筈もないが、ただなんとなく自分は情報を売るような真似はしていないと、そう伝えておこうと思った。
「ご存知かと思いますが、念の為に伝えておきます」
「……ん。いや、ありがとう──っと、ここでいいか」
ㅤそんな会話をしていると、車がどこかの駐車スペースに停められた。もちろん女子寮の前ではないし、車輌科のガレージでもない。
「……ここは?」
「まあ、なんと言うか。──寄り道を」
ㅤエンジンを切りながら、深夜の二時まで営業しているファミレスを指差す。どうやら空腹を感じていたのは自分だけではなかったらしい。
ㅤそれならそれでファミレスの駐車場に停めれば良いじゃないかと思うのは自分だけだろうか。そう考えながら静かに頷くレキだった。
○
『ボス、二台後ろだ』
『げっ──やっぱり?』
ㅤツイてない。これといって今日が特別不運だったわけでもないのにそう思ってしまうのは、今日イチで気分が落ち込んでいるからに違いない。
ㅤなんとなくそんな気はしてたけどさ、そりゃ仕事帰りに尾行されてるだなんて言われれば誰だってテンションも下がる。もうがた落ちですわ。
『念の為に都内のIRシステムから確認したんで、尾行はほぼ間違いないと思うが』
『……うへぇ、ほんと嫌んなるよなぁ』
ㅤ……けどまあ、人生最悪の瞬間なんて案外簡単な事で更新されていくものだ。そうだろ。昨日はカップ焼そば失敗したしな。
ㅤ結構萎えてげっそりしているのに表情や動きに出ないのは、この義体の良いところでもあるし悪いところでもある。
ㅤ助手席に人を乗せて運転しているわけだし、動揺して手元を狂わせるわけにもいかないからな。
ㅤ例えば表情を読まれてどうこうだとか、そういう心配がないのは便利なものだと思うが、無愛想だと思われたりガンつけてると思われるのは不便で仕方ない。
ㅤ余裕ぶってると思われるのもどうかと思うな。や、内心一杯一杯なんですよこれでも。
『さっきの残党かな。どこに隠れてたんだろう?』
『どうする、やるか?』
『他に生き残りがいたら面倒だし、先に探りを入れといた方が良いんじゃないかな?』
『──ああ、それなら抜かりはない。既に手は着けてある』
ㅤ
ㅤ中途半端に教科書通りな尾行を続けているのは、車輌を二台挟んで後方にいる普通車。
ㅤちょくちょくもう一台の別の車輌と交代したりして誤魔化している……のか?どう考えたって二台でやる事じゃないだろ。
ㅤ
「二週間ぶりでしたか。呆気ないものでしたね」
ㅤ……え? ああ、まあそうね。
ㅤ確かに美少女版サイトー枠の君からしてみれば今回も大した事なかったでしょ。
ㅤおかげで俺も楽できたよ、うん。なんか豚箱入りから逃れた連中に尾行されてるみたいだけど。
ㅤところで理不尽極まりない内容てんこ盛りな武偵憲章の中に任務は裏の裏まで完遂と、そんな調子で時間外労働を推奨する鬼8条がある。この場合はそれに該当する感じなのか?
ㅤなんにせよ狙撃手である彼女の手を煩わせる必要もないだろうし、楽した分だけ時間外労働はこちらが引き受けるべきか。こんな事も出来るのかぁと勉強させてもらってます。
ㅤそれにほら。義体の性能に胡座かいて生きていけるほどこの世界は甘くないし、死なない程度に経験値稼がにゃ。楽ばっかしてたら絶対後で酷い目に遭うって、それもう目に見えてっから。
『ふむ。やはり警視庁のサーバーにある今回制圧した指定暴力団の構成員のリストには、さっき拘束した二十七人目以降の情報は載っていないな』
『載ってりゃ最後の確認の時に気付いてただろうしな、人数足りねーって』
『車種やナンバーから持ち主と関連情報を洗い出すとなるとちょっと時間かかりそうだ。先に車両盗難の届出の有無を確認してみるが、どうだ?』
『そうだね。ならボス、ちょっと回り道しよう』
『わかった。フギン、頼んだぞ』
『命令は了解された。任せときな』
ㅤ言葉通り後ろの事はフギンに任せて、俺は俺で運転に集中する。また今度休みに構ってやろう……オセロかトランプでも買って帰ろうか。
「お店、開いてませんでしたね」
ㅤマップを呼び出して、最適な経路を算出したところでふとレキがそんな事をボソリと言った。……あ、途中までいつものルート使ってたから店の真横を通ったのか。
ㅤファミレスに関しては蘭豹先生の絡み酒を回避する*4為に時間潰しの一環として毎回利用しているのだが、今日は時間も遅いのでいつものファミレスは既に営業時間を過ぎてるし、なにしろそもそも時間を潰す必要がないので端から寄ろうとも他の店に行こうとも考えていなかった。楽しみにしてたなら悪い事したな。
『ムニン。連中、攻撃してくると思うか?』
『何とも言えないかな。少なくともこんな街中で事を起こすつもりはないみたいだけど……』
『お前もそう思うか』
『うん。連中も馬鹿じゃないって事だね』
「今の、右でしたよ」
ㅤああ、うん。今日はちょっと遠回りして、近場のまだ開いてるファミレスに寄るから。まあ待ってなって。
『む、この角度なら顔写真から照会出来るか……ふむふむ……──っと。この運転手、やはり過去に何度か逮捕されているな』
『アクセス出来るか?』
『少し待て……ははん、武器密売グループの下っ端か。紐付けされた端末の履歴に取り引きに関するやり取りの断片を確認、アタリだな』
『──うへぇ。ちなみにその組織、どんな品を扱ってんの?』
ㅤ俺の問いにフギンが回収したリストと情報を表示する。
ㅤ軽く目を通してみたものの、相手はそこそこ大きな組織の中でも末端もいいとこで犯罪歴もチンピラの域を出る事はなく、大した仕事も任されていない連中らしい。
ㅤああ。これ何かあったらトカゲの尻尾切りにされるポジションのやつだな、間違いない。
『……商売邪魔したんで目付けられたってとこか 』
『そーなるな。どうする?』
ㅤ
ㅤじゃ、ぶっ飛ばす方向で。これくらいならもっとやばい事だって今までに山ほどあったわけだし、ポカやらかさない限り大丈夫だろ。
ㅤ情報を整理していく内にテンションも回復してきてるし、正直昨日のカップ焼きそばダバァの方がダメージデカかったような気がするし。
ㅤもちろん舐めて掛かるとデッドエンドしかねないこの世界のストーリー死亡フラグイベントというのも忘れてはいけないが、今朝イケメン主人公である遠山が自転車を爆破されて、更にそこでヒロイン神崎に助けられているという点から関係ないものと思われる。
ㅤ自転車爆破は世間一般的に武偵殺しの模倣犯による犯行だってのが専らの噂──まあ本家なんだろうが、この際模倣犯だか本物だかは別にどうでもいい。
ㅤ万一模倣犯だとしても、攻殻S.A.C.の笑い男の例だってあるわけだし誰がやったかなんてのは重要じゃない。
ㅤつまるところストーリー的にまず来るのは武器密売組織絡みの事件ではなく、主人公らによる自転車爆破事件の捜査&解決だと思われる。
ㅤ物語第一話で盛大に爆破されましたよ、それとは全く関係ない──犯行に使用されたセグウェイやらUZIやらを取り扱っていない武器密売組織の敵が出てきましたよ、結局爆破したのは誰だったんだろうね、おわり……とはならないだろうし。
ㅤラスボスへの伏線?ラスボスが小道具使って自転車爆破はちょっと規模が小さすぎてわからない。
「お昼に、あなたについて聞かれました」
ㅤえ、今なんて?
「調べて回っているみたいです。ご存知かと思いますが、念の為に伝えておきます」
ㅤや、待って。いきなり何の話かと思ったけどそれ俺知らないやつ。調べて回ってるって、俺を?今更誰が?
『ああ、ボス。それなんだがな』
『……何か知ってるのか?』
『武偵高のデータベースの検索履歴にだな、ボスの名前がだな……』
『何だと?』
『おっと、さっすがボスってば人気者だね』
『ふん。ボスからすればたまったものじゃないだろうがな』
『あはは。……かもね』
ㅤ誰だって自分の事をコソコソ探られたら良い気はしない。
ㅤそれこそ俺みたいに後ろめたい事があるなら尚更忌諱するものだ。完璧に隠し通しているつもりでもどこにボロが出てるかわかったもんじゃないしな。
ㅤまた明日にでも調べてる本人に注意勧告しとくか。いつだかの理子の時みたいに、興味本位で人のプライベートを暴くのは良い事じゃないって説教する方針で。
「……ここは?」
ㅤ目的地から少し離れた場所にあるコインパーキングに駐車し、首を傾げる彼女にファミレスを指差して伝える。俺がやっとくから先行ってていいよ、お腹減ってるでしょ。
『気になるがそいつは後回しだ。今はひとまずこのバンを餌に連中の出方を見るが、手を出してくるようなら容赦なく一気に叩くぞ。フギンは各所に手を回せ、ムニンはサポートを』
『了解された』
『アイサー!』
ㅤさて、やりますかね。
○旧後書き
ㅤ遅くなりました。平日の朝と昼と夜と、更新するならどのタイミングが読者の皆様に喜ばれるのだろうかと思案しています。
ㅤGWはサークル活動に消費される予定。ちょびちょびやってきます。
ㅤマイルドなアニメ劇場版トグサ君や原作1.5以降の成長したトグサ君も良いのですが、1のワカモノ感のあるトグサ君も好きです。
○後書き
第三話です