*緋弾のアリア ざ ごーすと いん ざ しぇる? 作:田吾作
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ㅤ卒業までに約3%の生徒が死亡する明日無き学科。
ㅤそんな強襲科に於いても、今年で二年になるナギサという生徒は
○
ㅤ東京武偵高校強襲科教諭、蘭豹。
ㅤ彼女とナギサは、入試前日に会っている。──正確には蘭豹が一方的に知っているくらいのものだが。
ㅤその日街中をぶらついていた蘭豹の目の前で、ひとりの若い女性が引ったくりの被害に遭った。
ㅤ犯人は大柄な男で、帽子を目深に被って人相を隠そうとしていた。
ㅤ人混みの中であれば確かに有効な手段だが、しかし犯人の逃走劇は、早々に酷く呆気ない終わりを迎える事になる。
ㅤひとりの少年が自分を押し退けて通り過ぎようとした男の首を掴み、そのまま力技で押し倒したのである。
ㅤお見事。彼女は久し振りに面白いものを見れたと、犯人を捕らえた少年に声を掛けようとした。
ㅤしかしどうした事か。少年は犯人を手放すと踵を返し、周囲の視線から逃れるように走り去ってしまった。
ㅤ慌てて追い掛けるも、ビルの隙間に駆け込んだが最後、蘭豹は少年の姿を完全に見失ってしまう。
ㅤ追いかけっこで負けるなんて、曲がりなりにもプロである彼女からしてみればそうそうない経験である。
ㅤますます面白い。友人の教師に話してみれば、一般枠の中に似た特徴の受験生がいるというではないか。
ㅤそんなわけで受験生であるナギサとその日試験監督官を務めていた彼女が再会したのは、他でもない彼女がナギサを探していたからである。必然だ。
ㅤ彼が推薦持ちの受験生である事を知り、どんなものかと見てみれば素人の集まりである一般枠。それではつまらない。
ㅤ道中で捕まえたナギサを彼女が連れて向かったのは、武偵中出身者の集まる一貫試験の会場。そこへ、事情を知らない彼を叩き込んだのだった。
○
ㅤ──それから一年。
ㅤ結果的にナギサは、武偵として何でもそつなくこなす優秀な生徒として成長した。……そう、恐らくどの学科に行っても恥ずかしくない程度には能力がある、そう蘭豹は評価している。
ㅤ彼女が見失うほどの能力を有していながら堂々と会場内を走り回り、場を掻き乱す。
ㅤかと思えば突然ふっと気配を消し、相手が自分を見失ったところへ正確な一撃を叩き込む。
ㅤ一見無防備に走り回っているように見える彼の姿や、物音等に迂闊にも釣られてしまった受験者は、そうやって次々と彼に狩られていった。
ㅤそんな入試での大立ち回りからしてその片鱗はあったが、彼の成長を促したのはまず間違いなく彼女の無茶振りの数々だろう。
ㅤ最初は単に、無愛想な彼の困った表情が見たいが為のちょっとした出来心だったと彼女は言う。事の次第はこうだ。
ㅤある時似た理由で彼に度数の高い酒を飲ませてやろうと絡んだのだが、あろう事か彼は蘭豹がほんの冗談でジョッキ一杯に並々と注いだ──散々困らせてから冗談だとショットグラスに差し替えるつもりだった──それを躊躇なく一気に飲み干し、これは流石に不味いと慌てふためく彼女の前で表情をピクリとも変えずこう言ったのだ。
ㅤ──なかなか効きますね。
ㅤこればっかりは口元が引き攣った。こいつ化け物か、と。同時にしてやられたとも思った。何となく負けた気がして、面白くないと感じたのだ。
ㅤその翌日の事。
ㅤ当日の授業を終えてひとり廊下を歩いていたナギサを待ち伏せし、あくまでもばったり出会したように装いつつ、丁度いいからお前これやれやと最初の無茶振りを寄越してやった。一芝居打ったわけだ。
ㅤするとどうだ、彼は任務の概要が印刷されたコピー紙を手に僅かに嫌そうな表情を浮かべたではないか。普段が普段なだけに僅かな変化でも印象に残る。
ㅤ文句なしの大勝利……と、そこまでは良かったが、しかし彼女は忘れていた。というかこれを計算に入れてなかった。
ㅤ──わかりました。
ㅤ嫌そうな表情を浮かべたのも束の間、白昼夢もかくやといった調子で表情が素に戻り、昨夜のジョッキ一気飲みの時と同じノリでコピー紙を鞄に仕舞い込んだのだ。
ㅤ嘘やろお前と、ちょっとはごねろよお前と。立ち去る彼の背中を凍り付いた笑顔で見送った彼女はまたしてやられたと感じた。面白くない。絶対あいつに嫌だと言わせてやる!そう彼女は心のどこかで誓いつつ、自分が持ってきた任務について改めて確認する。
ㅤ無茶振りと言っても彼の実力でギリ行けるかどうかといったボーダーを考えてこの為に引っ張ってきた任務だ、彼が適切なチームを組んで臨めば万一という事もないだろう。別にそこは心配していない。早ければ今週末にでも報告してくるだろう等と考えていた。
ㅤ
ㅤその日の内に、たった一人で任務に行って帰ってきたと聞かされた時は流石に開いた口が塞がらなかったが。
ㅤそれからというもの、彼女の中で暇を見つけては適当な任務を探し、それをナギサに寄越すという殆ど日課のようなものが出来上がっていた。毎日毎日時間さえあれば大仕事から雑用まで幅広い任務を寄越してるのだ、そのうち音を上げるだろうと。
ㅤ結局彼が音を上げる事はなく、たまに休日を申請してきたかと思えばそれは調度手頃な任務がなかったりする日に限った話で、それもまるで知っていたかのようなタイミングで彼女に話を切り出してくるのだった。
ㅤそうして休日になった場合以外のほぼ毎日、彼は午後──稀に午前を含む時間を任務に費やしている。
ㅤ蘭豹は別に本人がそれを望むなら特に口出しするべきじゃないと思ってるが、他の教師の指導でたまに後衛として一人付けさせたりもした。
ㅤもっとも、大抵は長続きせず同じ者と二度組む事はなかったし、あんな死にたがりとコンビを組むなんて御免だと、そう直接言ってくる肝の据わった生徒もいた。通信科ですら、任務中に一本も連絡を寄越さないから心臓に悪いと愚痴を零す。
ㅤどういう事かと聞けば、意思疎通する気がこれっぽっちもなく、基本的に独断先行のワンマンプレイで自分達と足並みを揃えようともしないと言う。
ㅤおまけにやる事と言えば真っ向からの突貫だ、結果的に付き合わされる身にもなれと言わんばかりの乱闘になる。確かにそれだけあれば死にたがりの馬鹿だと言われるのも頷けるだろう。
ㅤただ、なにもナギサは別に付き合いが悪いわけでもなければ足並みを揃えようとしていないわけでもない。
ㅤ話を振れば普通にまともな返事が返ってくるし、足並みにしたってお前のやるべき事をやれと言ってるだけなのだ。それにあんな調子でもノリだってまあ悪くない。
ㅤこんな話がある。
ㅤある日の事、いつものようにナギサと酒を飲んでいた*1蘭豹だったが、ふとその場のノリで何かやれといつもとは毛色の違う無茶振りを投げた。──相変わらず彼を困らせようとする姿勢は変わっていない。それどころか彼の露骨に嫌そうな顔がちょっと癖になってる節もある。
ㅤそれに対してナギサは、少し考える素振りを見せてからそこら辺に落ちていた紙っ端を千切り、左手をもぞもぞと動かし始めた。何とも地味だが、ナギサの真剣な表情はそこそこ絵になっている。
ㅤ時間的にはそこまで掛かってなかったように思うが、とにかくそうして彼が動かしていた左手を広げるとそこには白い小さな折り鶴が鎮座していた。なかなか見事なものである。
ㅤ──どうぞ、鶴です。
ㅤそれくらい酔ってても見れば分かる。心做しか表情がドヤっている気がしてムカついたのでそのまま面白くないとナギサを殴る蘭豹だったが、寧ろ彼女が己の拳を痛めるハメになってしまった。
ㅤひりひりする拳を庇いつつ、納得いかないがこの鶴に免じて許してやると、さり気なく折り鶴を回収した彼女はしげしげとそれを観察する。
ㅤ成程、綺麗な鶴だ。あの短時間、それも左手の掌の中で折ったものとは思えない程のクオリティである。あまりの器用さに自分でも出来るだろうか等と柄にもない事を考えてしまうが、こいつの前でそんな真似は出来ないと保留する。
ㅤ
ㅤ後日苛々しながら片手でくしゃくしゃな鶴を折る蘭豹の姿が確認されるが、見本品を作った当の本人はそれを知らないでいる。恐らく今後も知らないままでいるのだろう。
ㅤこんな事もあった。
ㅤ武偵高にはカルテットと呼ばれる、一年全員参加の実戦テストが存在する。教員の間でどのチームが優秀な成績を収めるか話し合われる中、蘭豹は話に混ざる事もなく相変わらずナギサに回す依頼を見繕っていた。
ㅤいつだったか、友人の教師に随分とナギサに入れ込んでいるじゃないかと指摘された事がある。
ㅤ彼女自身それは認めている事で、愛想が良くて可愛げがあるとはとても言えないが、打てば響く、叩けば鳴る、当たれば砕く、そんな反応が心地好くなかったと言えば嘘になる。
ㅤだがそれとこれとじゃ話は別だ。彼には確かな実力があって、かつそれに傲る事もなく更に上を目指そうとする向上心がある。
ㅤまだまだ伸びる、化ける。そう考えているからこそカルテットの結果は目に見えていると、そう言っているのだ。贔屓目に見ているわけじゃないのだ、そう。決して違う。
ㅤ誰だって好きなスポーツチームが勝てば嬉しいものだし、お気に入りの選手が活躍していれば尚更だろう。彼女がテストの結果にご機嫌になるのは当然の事なのだ。
ㅤ新年度。
ㅤ今日はこの世界の主人公──遠山 キンジが神崎 アリアと出会い、壮大な物語の幕が上がる運命の日でもある。俺にとっては地獄の幕開けなのだが……。
『ボス、確認取れたぜ。男子生徒がひとり、自転車に爆弾仕掛けられて死にかけたとさ』
『観測した固有周波数からして、この件はまず同一犯と見ても問題はなさそうだね』
『ああ。ボスの見立て通り、武偵殺し事件は終わってなかったみてぇだな』
『さすが僕らのボスだよ』
ㅤ網を張らせておいたフギンから例の周波数を拾ったとの報告を受けて探らせてみたが、無事原作スタートとなったらしい。
ㅤ俺は主人公らには悪いが一足先に始業式にも参加し、割り振られたクラスの自分の席に腰掛けさせてもらっている。初日は遅刻するなって念押しもされてたしな。
ㅤ
「おいこら聞いてんのかよナギサァ?」
「勿論。聞いてますよ、先生」
ㅤ配属されたクラスは2年C組。去年に引き続き蘭豹先生が強襲科とは別で担任をしている。
ㅤ贔屓と言うほどではないにしても、先生なりに目に掛けてくれている事はなんとなくわかるし期待してくれているのも嬉しい話ではあるのだが、多くの目がある場所でこういう絡み方をされるのはちょっとなぁ……。
ㅤ最近は目立たない事を第一に考えている俺からしてみれば、注目を集めるのはなるだけ避けたいわけなんですよ。
「……おい、ナギサってあのナギサか?」
「げっ、ホンモノ?」
「名簿に載ってるのは知ってたけど……」
「男だったのかよ!?」
「実物初めて見た」
ㅤそして俺の席は教室の後ろ、廊下側にある。よって大人しくしていればクラスメイトの視線がこちらに向くなんて事はまずない……筈なんだが。
ㅤ蘭豹先生の絡みによってクラスメイト達の目は自然とこちらへ、瞬間的に浅雉 イズミという生徒の存在感を最大限まで強くしている。要するに針のむしろだ、勘弁してくれ。
『フギンはこのまま周辺に網を張り続けてくれ』
『命令は了解された』
『……いいなぁ』
ㅤ──ずぎゅぎゅんっ!
ㅤ突如どこかからか銃声が響いてきた事によって、ただでさえざわついていた教室内がさらに騒がしくなる。
ㅤ俺からしてみれば今の銃声も"ああ、イベント進んでんな"くらいのものだし、ここでは射撃場以外での発砲はなるべく控えるようになどというぶっちゃけ撃ち放題な規則なので校内での発砲も珍しくない。
ㅤただまあ、進級初日から早々に発砲するイカれた奴もそういないとは思うが。
「……気になりますか?」
「──ん、なんだ。レキさんか」
「おはようございます、ナギサさん」
「ああ、えっと。おはようございます。──で、銃声が気になるかだっけ」
ㅤ隣の席にいたクラスメイト──レキが視線だけこちらに向けてくる。……俺、そんなに気にしてる感じだったか?
「いいや。少なくとも、他の連中よりは」
『フギン、遠山 キンジと神崎 アリアのクラスは?』
『あ?──ああ……そいつらなら二人ともA組だな』
ㅤなら、この程度で煩いなんて思ってたらマジでノイローゼになるからお前も心しとけよ。
ㅤあの二人がどんなカップリングかは知らないけどさ、ケンカップルだったら下手すると銃声絶えないだろうし。
「それこそ、もっと騒がしくなるでしょうから」
「ゴーストの囁き、ですか」
「……かも」
ㅤメタ視点です、とは言えないか。
*1:未成年に酒を飲ませるのも飲むのも違法、真似しないように
○旧後書き
緋弾のアリア、電子書籍版で購入させて頂きました。懐具合と相談しつつ今後また追加で購入していく予定です。
元が罰ゲームなのはさて置いて、皆様からの熱い感想と評価、お気に入り登録並びにしおり登録等々を動力に私、作者は完結までの道のりを歩いて行く次第でございます。たまに燃料を補給させてください。
ゲームサークルの活動でアイテムのバックストーリー──図鑑の説明的なやつ──を設定する担当をしているのですが、指示で一つのアイテムにつき二百字以上の物語性のある文を書く事がないので、良い経験になってます。それと同じくらい頭から煙が出てるわけですが。
三、四日前後掛けて六千字です。めっちゃ牛歩です。日に二百字を二十アイテム分書いていた事もあったので、尚更文章を書く事の難しさを痛感しております。
時間、掛かります。お待たせします。
ネタ帳をサークル用のものと間違えて使用してしまった為に別メンバーにもこの作品の事が知れ渡ってしまいました。生暖かい目で見られて辛いです。頑張ります。
○後書き
2話です。