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がん 早期発見・早期治療が善であるとは限らない

一臨床医から見たがん検診の一般的な問題点

名郷直樹 「武蔵国分寺公園クリニック」院長

無差別の甲状腺がん検診が「非」であることは明らか

 最後に福島の甲状腺がん検診に関して、私自身の意見を述べておきたい。

 被曝量の推定が信じられない、被曝による甲状腺がんの予後がいいとは思えないという中で、もしそうした状況であれば早く見つけて早く治療したいというのはもっともだ。私自身が外来でがん検診の相談に乗るのも似たような状況である。自分が乳がんになりやすいかどうかわからない。もし乳がんになりやすいほうだとしたら乳がん検診を受けて早期発見、早期治療を受けたいというのは、日々の診療で日常的な問題である。もちろん、被曝したという特殊な状況と一緒にするわけにはいかないが、もともと乳がんになりやすい遺伝子を持っているかどうか知りたいというような特殊な状況もあり、同じように考えてみるのは案外役に立つ。

 たとえばこの心配を持つ女性が20歳だとしたら、乳がんの危険はかなり低いので検診自体の害を考えると検診は受けないほうを勧めることが多い。50歳になると受けてみてもいいのではということが多いが、必ずがん検診の害の部分について情報提供する。そうすると検診をやめるという人も少なくない。80歳では、おそらく早期乳がんの診断を受けても寿命のほうが早い可能性が高く、受けないほうがいいですよと説明する。全員が乳がん検診を受けたほうがいいというのはあまりにナイーブな意見だ。

 これを福島の状況に当てはめると、被曝の可能性が極めて低い人は受けないほうがいいし、被曝の可能性が高い人で迷うという状況である。ただ、少なくとも福島県全県を上げて甲状腺がん検診を受けることを勧めるということは絶対にしないほうがいい。被曝量の多いことが疑われる人、多量の被曝の可能性を心配する人に限って、害の可能性まできちんと説明したうえで、がんを探しに行くかどうか相談するというのがいい。

 すべての女性に乳がん検診を勧めるのが「非」であるように、県全体を対象にした無差別な甲状腺がん検診は、福島の個別性を考慮しても「非」であることは明らか、それが私の結論である。


筆者

名郷直樹

名郷直樹(なごう・なおき) 「武蔵国分寺公園クリニック」院長

「武蔵国分寺公園クリニック」院長、「CMECジャーナルクラブ」編集長。自治医大卒。東京大学薬学部非常勤講師。臨床研究適正評価教育機構理事。『健康第一は間違っている』(筑摩選書)など著書多数。