名郷直樹(なごう・なおき) 「武蔵国分寺公園クリニック」院長
「武蔵国分寺公園クリニック」院長、「CMECジャーナルクラブ」編集長。自治医大卒。東京大学薬学部非常勤講師。臨床研究適正評価教育機構理事。『健康第一は間違っている』(筑摩選書)など著書多数。
一臨床医から見たがん検診の一般的な問題点
早期発見・早期治療の害には様々なものがある。その主なものについて説明しよう。
がん検診でがんの疑いと言われた人が全員がんかというと、そうではない。それは単にがんの疑いというだけで、実は大部分の人はがんではない。がん検診で精密検査が必要だとされたにもかかわらずがんでなかった人は、がん検診における「偽陽性患者」で、この偽陽性を避けることができないというのは、がん検診の害の一つである。
この偽陽性は単にがんの疑いをかけて不安にさせるというだけでなく、診断を確定するために針を刺して調べるとか、CT検査で被ばくするという身体的な害も含む。
それに対し、偽陰性と言って本当はがんである人を見逃してしまうという危険もある。がん検診を受けて大丈夫だからと言って、がんでないとは言えないのである。さらに早期であればあるほど見落としなく発見するのは困難で、がん検診こそ見逃しの危険が高いという面がある。
ただがん検診においては、見落としをできるだけ少なくすることを重視するために、偽陰性を減らす方向で行われる。そうなると今度はどうしても偽陽性が多くなる。偽陽性と偽陰性の両立は困難で、片方を重視すると片方が犠牲になってしまうという特徴がある。
偽陰性、つまり見逃しを避けるために、偽陽性であるがんでない人に余計な不安や検査の害が大きくなってしまう、これががん検診の害の一つである。偽陽性、偽陰性のない検診方法はないので、この偽陽性、偽陰性を逃れることのできるがん検診は存在しない。
過剰診断の問題は、Twitter上でも盛んに話題になっているが、なかなか理解がむつかしいようだ。ここには「がんは死ぬ病気なので早期発見・早期治療しかない」という間違った前提がある。がんは必ずしも死ぬ病気ではない。がんで死ぬ前に別の病気で死ぬというのは決して珍しいことではない。
進行が遅いがんでは、過剰診断の危険が高い。早期発見から放置しても30年以上を要して死に至るようながんは、その30年の間に別な原因で死ぬ可能性も高く、過剰診断の割合が高くなる。この代表が甲状腺がんである。被曝による甲状腺がんではないものの、通常の甲状腺がん検診を行った韓国では、甲状腺がんの患者数が15倍になっても甲状腺がんの死亡者は全く減らなかったことが示されている(注2)。甲状腺がん同様、進行の遅いがんの代表である前立腺がんでも同様な状況にある。
また甲状腺がんや前立腺がよりも進行が速い乳がん検診でも、マンモグラフィーによる検診導入後30年を経て、早期乳がんの患者数が2.5倍になったにもかかわらず、進行乳がんや転移のある乳がん患者はほとんど減っていないという事実が示されている(注3)。甲状腺がんほどではないが乳がんにも多くの過剰診断がある。
もちろん進行の早いがんも例外ではなく、その割合が少ないというだけである。1年後に死に至るような進行の早いがんも、診断の翌日に心筋梗塞で亡くなってしまえば、それも過剰診断に含めてもよいだろう。
過剰診断の具体例としては、小児の神経芽細胞腫のスクリーニングなどについて、論座の別の記事でも詳細に解説されているので参照されたい(注4)。過剰診断もがんの種類によらず、多い少ないはあるにしろ例外なく起こる害の一つである。
これは一般的ながんの診断、治療と同様に、針を刺したり、器具を使ったりする侵襲的な検査のためにかえって悪くなったり、抗がん剤の副作用で亡くなったりすることで健康を害したり寿命を縮める可能性があるということだ。
もう少し具体的な例で説明しよう。診断も治療もせず放置したときに5年後に死に至るがんである。このがんの診断時に、組織を採って検査するために針を刺したところ、そこからの出血で診断の時に亡くなってしまうと、5年も寿命が短くなることになる。またがんの診断後の抗がん剤による治療を続けていたところ、1年後に副作用の間質性肺炎で亡くなってしまうと、4年は寿命が短くなってしまう。これもあらゆるがんに共通する害である。
がん検診にはお金がかかる、人の労力もいる。もしがん検診の効果がないのであれば、その金や人の労力は別のことに使えるわけで、がん検診そのものが害というだけでなく、周囲に対しても害を及ぼす可能性がある。この害にも例外はない。
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