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【社説】

週のはじめに考える 清見寺の交流よ、再び

 悪化する一方の日本と韓国の関係、最近では経済の分野にも飛び火しました。少し立ち止まって、両国間の、長い交流の歴史と現状を考えてみましょう。

 大阪で開かれた二十カ国・地域首脳会議(G20サミット)で、安倍晋三首相は韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領との会談を見送りました。

 せっかくの機会を逃したのは、残念なことですが、実は文氏には二〇一八年秋に、日本を訪問する計画があったのです。

 昨年は、小渕恵三首相と金大中(キムデジュン)大統領(いずれも当時)が、国民・文化交流を盛り込んだ日韓パートナーシップ宣言を発表して二十年に当たりました。韓流ブームも、その時から始まりました。

◆幻の日本訪問計画

 このタイミングで安倍首相と会談し、関係を発展させる狙いでした。来日を想定して、文氏の自伝の日本語版も出版されました。

 二人の会談場所については、韓国に近い山口県の下関や、清見寺(せいけんじ)(静岡市清水区)というお寺も候補地になったそうです。

 このお寺は、朝鮮通信使と深いゆかりがあります。朝鮮王朝と徳川将軍の国書を交換する任務を担った外交使節のことです。

 豊臣秀吉による朝鮮出兵(十六世紀末)で断絶した両国関係を修復するため、徳川家康が発案しました。一六〇七年から計十二回の来日が実現しています。

 清見寺には通信使に関連する資料が多く残り、日韓の民間団体の共同申請で、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」に登録されました。

 折悪(あ)しく、昨年十月に元徴用工に関する最高裁判決が韓国で出されました。日本企業に慰謝料を求める内容で日韓関係が悪化し、文氏の訪日も霧散しました。

 日本政府は、対抗措置として、半導体材料の韓国への輸出規制を実施し、自由貿易の原則に反する措置との批判が出ています。

◆上向く日本の印象

 そんな緊張にもかかわらず、両国を行き来する人の数は、ここ数年過去最高を更新しています。

 統計によれば二〇一八年の日本人の訪韓者数は約二百九十五万人、前年比27・6%増でした。

 日韓をつなぐ航空便は週に千往復を超え、日本からの国際便としてはトップの多さです。

 逆に、韓国から日本に来る人も一八年には5・6%増の約七百五十四万人に達しました。

 単純計算で、韓国人の七人に一人が訪日したことになります。双方で計一千万人が往来しています。その理由は何でしょうか。

 日本の場合は、K-POPを中心とした第三次韓流ブームが大きいでしょう。韓国に目を向ける若者の姿が目立ちます。

 日本の民間団体、言論NPOが先月発表した世論調査によれば、日本の印象を「良い」と答えた韓国人は、31・7%と過去最高の数字になっていました。

 自分の目で生身の日本を知り、独自の食文化やサブカルチャーにひかれているのでしょう。

 朝鮮通信使は、あくまで幕府の旗振りで実現したものです。今は、政治に束縛されなくなった人々が、自由に二つの国を行き来する時代になったといえます。

 清見寺の話に戻りましょう。

 三保松原を望む眺めの良いこの寺は、代表的な文化交流の場でした。寺の住職らと、日本を訪れた通信使が、共通語である漢文で意思疎通しました。

 伏見鑛作(こうさく)さん(75)は、ボランティアガイドとして寺を案内しています。最近、韓国人観光客に会う機会が増えたそうです。

 「秀吉の朝鮮出兵ではたくさんの人が亡くなっており、今よりもっと関係は難しかったはずですが、朝鮮通信使によって乗り越えたんです。ここで、先人の知恵を知ってほしいですね」

 歴史をひもとく時、対立に目を奪われがちですが、若者や知的交流にも注目したいものです。

 交流といえば、第二次大戦で激しく対立したドイツとフランスはエリゼ条約を結び、過去五十年で青少年八百万人が往来しました。

 日韓の場合、一九六五年の国交正常化以降、青少年交流は三万~四万人程度にとどまっています。さらに最近は、中高生の海外修学旅行の渡航先が台湾などに移り、韓国は激減しています。

◆対立感情を鎮める

 日韓間では摩擦が絶えません。しかし、このまま今のような険悪な関係を続ければ、せっかく実現した両国間の幅広い交流が、犠牲になってしまうでしょう。それで良いはずはありません。

 四百年前の工夫を思い出しながら、幻に終わった清見寺での日韓首脳会談を、もう一度考えてみてはどうでしょうか。

 対話を通じて国民の対立感情を鎮め、一致点を探ることこそ、政治の力というものです。

 

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