特待生と陰陽の姫君【1】
母さんとの相談の結果。俺は結局、聖騎士学院の特別待遇を受け入れることにした。
母さんはもう年だ。一人残して俺だけが王都に行ってしまうのは忍びないけど、母さんたっての希望だった。
「必要としてくれる人がいるということは、とてもありがたいこと。そしてその期待に答えてあげることこそ、人間の生きる意味なのよ」
俺を、笑顔で送り出してくれた。
というわけで、早速手続きを済ませた俺は、いよいよもって今日から聖騎士学院の寮に住むこととなった。
「さてと――おじゃまします」
誰もいないのはわかっているけれど、家に入るときにはつい言ってしまう。
というか一人でいる時間が長すぎて……単に独り言が多くなっただけだ。
人に見られたら恥ずかしい。
「おぉ、思っていたよりもけっこう狭いな」
そこは六畳一間のワンルームで、和室だった。
風呂トイレが別なのはありがたいが、どこぞの安アパートだよ。
一人で生活するにはちょっと不便な、やっぱりちょっと狭い部屋だ。
間接照明とかなんかオブジェとか持ってきたけど、これはちょっとスペース足りないかもしれない。
トイレは洋式でウォシュレット付き。お風呂はなぜか結構良くて足を伸ばせるだけの十分な広さがあった。
加えて、洗濯機に冷蔵庫など、基本的なオーバーテクノロジーもしっかりと備え付けられている。
この世界が剣と魔法の世界であることを忘れそうになるな。
それに立地も最高だ。寮の外はゼロ秒で校内だし。
「まさに至れり尽くせりだな」
さすがは特別待遇。
……っというわけではなく、これを学院の全生徒がこうなのだ。
うん、まあそりゃ必要最低限かな。特待にしろ推薦にしろ、自分で呼んでおいてこれ以下の雑な扱いをするような学院だったなら辞退しているところだぞ。
「――よし、問題ないな」
聖騎士学院の制服は、白を基調とした清潔感のある鎧だ。
軽い素材で薄いのに丈夫。
一般的な騎士の重厚な鎧とは違い、とてもスマートなのにより頑丈に作られてある。
ちなみに女生徒用の制服は、動きやすさを重視した短いスカートになっている。スパッツや短パンの着用は禁止されているようなので、胸が高鳴る。
編入初日の今日はまるっと一日暇なので、ぶらぶら校内を散策。
早速ミニスカートで俺の前を歩く二人の女学生が、こんな話をしていた。
「ねぇ、聞いた? なんか特別待遇の生徒がくるんだって!」
「聞いたよ。なんかそれすっごいムカつくよね! 私達よりもどれだけ強いっていうの!?」
「ホント! そういうのって、絶対汚いコネとかで入ってきてるに決まってるし! 絶対に私達のほうが強いし!」
……俺はこの聖騎士学院では、普通の学生として平穏無事に、ただ静かに――そんな事は願っちゃいない。
剣術養成学校時代は本当に散々だった。
どの流派にも所属できず、素振りばかりの十七年間。ずっといじめられていたので友達の一人もいない。
数十億年もの時がそんな過去を完全に記憶から消してくれたが、校長先生が教えてくれたそんな惨めな生活をもう一度送るのだけは絶対に嫌だ。
友達が欲しい!
恋人が欲しい!
クラスのみんなと遊んではしゃいでナイトプール行って――ストロングな酒で酔わせた女を持ち帰りたい!
……っそんなどこにでもある普通の学生生活を、送りたいのだ。
平穏で静かな生活はもう何十億年と経験したからもういらない。
この剣士として有力な国内の人材を集めた精鋭揃いの学院で……っ。
みんなが己の強さを自負して負けん気が強く向上意欲も桁違いなこの学院で……っ。
俺は普通の学生生活を送りたい……っ!
とにかく、これはラッキーだ。
もしこの話を聞いていなければ、会話の流れでポロリと特別待遇であることを自慢げに喋っていたかもしれない。
そこいらを歩いていただけの女子生徒さえ自信過剰なほど強さに貪欲なのだ。特待を鼻にかけたら嫌われる可能性が高い。
それを回避できるようになったのは、正直かなりの儲けものだ。
うん、今日はなんか流れが良い気がするぞ。
そうして俺は一人で気分よく、ミニスカートの後ろをついて回った。
――そして、聖騎士に囲まれた。
「探しましたぞ、特待生のムーン・アイランド殿。学院長がお待ちです。ご友人とのご歓談中申し訳ないが、ご同行願いたい」
結構近い距離で二人の後をつけていたので、彼女たちごと囲まれてしまっていた。
最初は何事かと怯えていた女生徒も、ようやく俺の存在に気付いて、すごくびっくりしていた。
「はあ!? いつからウチらの背後にいたし!? なにこのキモいオッサン!」
「つーか特待生!? お前が!? いや学生って呼べる年齢じゃねーし! つーかなんで後ろいたのいつから!? キモいキモいキモい!」
……………終わった。
俺の求めた友達恋人100人学生生活は、理事長のせいで消えてしまった。
せっかく、いつ声をかけようか機を狙っていたというのに、こんな囚われ方をされたら矛先が俺に向くに決まってんじゃん。バカじゃねえの?
周囲の生徒も俺に注目し始める。
……このまま知らんぷりしていたらバレないんじゃないだろうか?
そんな邪な考えが一瞬脳裏をよぎったが、いや普通に無理だな。聖騎士の人たち完全に俺を見てる。
「おや? 君は……もしかして、ムーン君かい?」
渋々と聖騎士の方々に追従していると、目の前に見知った顔が一つあった。
「カール! カールじゃないか!」
聖剣杯の決勝で戦った燕一刀流の使い手がそこにいた。
その呼びかけに答えて右手を上げる。
「やっぱり君も特待生として呼ばれていたようだね」
「ど、どうしてここにいるんですか!?」
「もう少し文脈を読み取ろうよ。あ、聖騎士さん達、よければ僕が彼を案内するから、職務に戻ってくれて構わないよ」
たった一度のそう言うと、聖騎士は口答えもなく驚くほどさらっとカールに任せた。
さらば普通の聖騎士。
こんにちは僕の立役者。
■
「それにしても、なんて学院長だ……っ」
あれはひどい――やり過ぎだ。
完全に晒し者になった。
あんなの……人間のする行いじゃない。
カールに連れられて学院長のもとへとやってきた俺は、挨拶もそこそこに全校生徒が集められた武道館の壇上へと上がることを強要されたのだ。
そこで、学院長が高々と言い放った。
「皆も知っているだろうし、参加した者もいただろう。……っこの世界史において恐らく初めての出来事である、二千人規模で行われた聖剣杯。……っその歴史に名を刻む大会で優勝を争ったお二人が彼らです」
ざわめく生徒たち。
学院長は続ける。
悪魔の一言を……っ!
「この度はそんなお二人を、我が校始まって以来の特別待遇措置にて迎え入れました。いいですか皆さん、先生方もよくお聞きなさい……っ!」
興奮した様子で、学院長は声を荒げることを抑えられない様子だった。
くるぞ、悪魔の一言が……っ!
「政権杯優勝者ムーン・アイランド。そして準優勝者カール・ナイトハルト。このお二人に決闘を申し込み、勝てた者は陛下直属の近衛聖騎士となれる権利を与えましょう。しかし負ければ、彼らを絶対の師として仕えなさい」
その後、俺に近づいて来る奴は一人としていなかった。
俺は大きくため息をつきながら、学院の敷地内にある林の中に身を潜めた。
ここから少しズレたところにある舗装された道では、新入生たちが楽しそうに研鑽する声が聞こえる。
いいな……っ。
きっと彼らは楽しい学生生活を満喫しているんだろうな。仲間たちと剣術を競いながら、笑いながら……っ!
そんなことを思いながら、俺は鬱蒼と茂る林の奥へとどんどん気配を同化させていく。
やがて、自分が林と一体化したような錯覚すら覚えた頃……っ。
「……っやるか」
俺は林の中で一人。
久しぶりに、シコることにした。
……っ寂しい。
いつもは楽しいはずのシコりが、何故か今日に限ってはとてもつらい作業だった。
手が、心が、魂が――泣いていた。
こんなつらい状況でも俺は絶対にシコりをやめない。
努力は必ず実を結ぶと、母さんがずっとそう言ってくれていたからだ。
うげえええ! シコりながら母さんを思い浮かべちまった! おげえっ!
それから数十億年に比べたらちょっぴりだが数時間、虚無となった心を慰めた。
陽は既に西の空に沈んでおり、月明かりが周囲をぼんやりと照らしていた。
「そうだ。せっかくだし、大浴場に行ってみるかな」
精神が少し安定した俺は、少しだけ大胆な行動に出てみることにした。
こんな時間だ。誰も外に出はしないだろうと、全裸で校内を歩き回った。
ドキドキする。
「えーっと大浴場は……っこっちだな」
『大浴場』と書かれた立て看板のある大きな建物を見つけた。
風情のある暖簾のれんをくぐり、男子更衣室の扉を開けるとそこには――今朝の女生徒の一人がいた。
「……っ!?」
彼女はちょうどブラジャーのホックを外そうとしたところで、しかしそれ以外は一糸纏わぬ姿だった。下から脱ぎ始めるタイプの子なようだった。
絶対に見えてはいけないものが、一瞬だけチラリと見えてしまった。
――ただしカールの連撃を目で追えるほどの俺の動体視力があれば、一瞬あれば十分だ。
即座に手のひらで目を覆い、アピールする。
「見えてない見えてない見えてない!」
暗闇の目の前からスルスルと、衣擦れの音が聞こえる。
何だかそれは聞いてはいけない音のような気がして、咄嗟に耳を塞いだ。
今度は目の前が明るくなる。
「あ……っ」
「……っ!?」
そのまま石像になったようにただジッと立っていると、白い肌を真っ赤にした彼女は黙々と着替えを再開した。
女生徒用の制服に身を包んだ彼女は、こちらを見てポツリと呟いた。
「――バレてるから」
「え……っ?」
「見えてたの、バレてるから。アンタのソレがさっきから……っ!」
そこには有無を言わさぬ凄まじい圧があった。
彼女はそれでも、冷静に言葉を綴る。
「決闘を申し込みます」
「え、えーっと……っそのそれは構わないんですが……っ負けたら、俺の弟子だよ? いいの?」
「そうですね。そうなったら自害します」
彼女はニッコリとした虫も殺さぬような笑顔のまま、とんでもないことを言い出した。
「いやいや! そ、それはさすがにペナルティが重過ぎじゃ――」
俺が異議を唱えた次の瞬間。
彼女は俺の右隣の壁を殴りつけ、その人形のような顔をグッと近づけた。
「――じゃあテメェが死ねよ」
彼女は俺の耳元で、底冷えするような冷たい声でそう言った。
■
「アイリス。ムーン――二人とも準備はいいですね?」
「もちろんよ」
「まぁ……大丈夫です」
俺たちが共に頷いたことを確認して、学院長が立会人として開始の宣言をする。
「……っ! それでは――はじめっ!」
なぜこのような喧嘩にわざわざ学院長が立ち会うのかといえば、それは俺が決闘をする場合は勝敗を明確にしなければ、近衛聖騎士となれる権利が欲しいあまりに不正を働く者が現れるかもしれないからだという。
さて、俺はいつものように開始の合図を待ってから、ゆっくりと剣をを引き抜く。
なぜかみんな構えるの待っててくれるんだよな。
その一方でアイリスは、何も無い空間に剣を突き出した。
彼女の透き通る肌のように美しい、白刃の剣だ。
それが、突如として漆黒のオーラを纏う。
「陰陽無限流――バフデバフ」
明らかに、何やら黒黒とした流動したエネルギーが目に見える。
それは刀身に巻き付くように……っいや、刀身から溢れ出すように、絶えず噴出している……っ?
「こ、これは……っ」
まやかしや幻覚とは違うこの力を――俺は全く知らない。
きっと天賦の才を持つ者が、厳しい修業の末に会得する自らの魂を具象化した奥義――なんだろうな。
俺は無言で『飛刃七爪猫』を放った。
※とても大事なおはなし!
敬愛する先生が私の作風をリスペクトしていただいたようです!
感謝感激!
私の記憶違いでなければこれまで具体的な数字を用いるような作風ではなかった筈ですが、私が先日投稿した作品に感化されたのであれば嬉しい限りです!
それから毎日更新、継続中……っ!
けっこうひどい風邪を引いてしまって、熱で頭が動きませんでしたがなんとかやっていきます……っ!
明日もぶっ倒れない限りは更新予定です。(毎日更新を途切れさせたくないという、もはやただの意地)
今後も頑張っていきますので、どうか応援のほどお願いします……っ!
最後に、ここまでの――物語は、いかがだったでしょうか?
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10ポイントは、冗談抜きで本当に大きいです……っ!
どうかお願いします!
『面白いかも!』
『続きを読みたい!』
『陰ながら応援してるよ!』
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