価値観がズレたままの働き方改革は成功しない
阪急電鉄「月30万」炎上広告はなぜこれほど不愉快なのか
2019.06.11
「関西私鉄の雄」とも言われる阪急電鉄の中づり広告が、大批判を呼んでいます。『はたらく言葉たち』という書籍から抜粋したメッセージ広告で、「不愉快」「時代にそぐわない」といった批判がSNS中心に巻き起こっています。
急激に働き方の価値観が変化しているこのタイミングだからこそ、メッセージの時代錯誤感と世代間ギャップを感じませんか? @人事編集部のライターYが、今回の問題の炎上ポイントを整理し、働き方改革の進め方について改めて考えてみました。
広告メッセージの「上から目線」はある意味、阪急らしい
問題になったのは、阪急電鉄の神戸線など3線で各1編成の車両を『はたらく言葉たち』という書籍から抜粋したメッセージ広告で埋めた「ハタコトレイン」です。阪急電鉄と同著を発行したコンサルティング会社「パラドックス」との共同広告事業で、6月1日から1カ月限定で実施予定でしたが、批判を浴びて10日に取り下げることに。中でもツイッターで若者中心に大反発があったメッセージがコレでした。
「毎月50万円もらって毎日生きがいのない生活を送るか、30万円だけど仕事に行くのが楽しみで仕方がないという生活と、どっちがいいか。 研究機関研究者80代」
大阪に30年以上住み、元阪急ユーザーのライター・Yの第一印象は「このメッセージを選ぶところがある意味、阪急らしい」でした。多くの人が批判したのは「毎月30万だけど」という”浮世離れ”した感覚(大卒初任給平均は20万6,700円※)。「80代研究者」という、共感を呼びにくい肩書き。「上から目線」がすごいのです。
※厚生労働省発表「平成30年賃金構造基本統計調査結果(初任給)の概況」より
子どもの頃から、えんじ色の美しい車両の阪急電鉄は「あこがれ」でした。阪急と言えば「関西私鉄の雄」。いわゆる高級住宅地も多く、乗客は「品が良い」なんて言われています。電車広告は沿線沿いの住民を想定して制作するため、「高所得者層しか見えていないのだな」と、腑に落ちたと同時に残念でなりません。
同じ近畿圏の阪神電鉄や京阪電鉄であれば、まず上記のメッセージを選ぶことはなかっただろう、とさえ思ってしまいます。(関西人ならなんとなく、分かりますよね)
阪急電車の車両はえんじ色
メッセージに説得力が皆無な2つの理由
1.労働者目線ではない
広告のネタ元となった書籍『はたらく言葉たち』を見てみると、他にも首をかしげたくなるような言葉がありました。例えば、
「私たちの目的は、お金を集めることじゃない。地球上で、いちばんたくさんのありがとうを集めることだ」(外食チェーン経営者40代)
「1万円の仕事と、100万円の仕事。金額よりも想いの強いほうを選びたい」(ブライダル/管理職30代)
「甲子園に行きたかったら、朝から晩まで、土日だって練習するでしょう。でも、社会に出たとたんに、それは『ブラック企業』になってしまいます」(人材サービス/経営者50代)
お気付きでしょうか。この書籍にあるのは、経営者や管理職の言葉ばかりなのです。
ホームページには「私たち、パラドックスは約15年にわたり、人の志を軸に多くの企業様のブランディングに携わってきました。会社の中核を担う社員様のヒアリングの中で毎回のように紡ぎ出されるのは、はたらくことにまつわる名言たち。これを自分たちだけで、とどめておくのはもったいない。この言葉を、もっと多くの人に届けることで、働くことにやりがいや誇りを見出だすきっかけにならないだろうか。そう考えて、年に一度これらの言葉を一冊に編集し、世の中に発信しています」とあります。
中核社員の言葉であって、労働者目線ではない。だから、一般のビジネスパーソンには響いてこないのです。
2.メッセージ内容が古く、今の価値観とズレている
そして、もう一つ。「約15年に渡り」とあるように、この書籍の中には明らかに「一時代前」と思われる古い価値観の言葉があります。
「外食チェーン経営者40代」の言葉は、ワタミ株式会社創業者・渡邉美樹氏のフレーズとしてよく知られていますが、2013年にブラック企業対策が始まって以降、「ありがとうを集める」のような「労働者の搾取」とも捉えられる表現は問題視されるようになっています。「金額よりも想い」というのも、「対等に対価を支払われるべき」という今の時代にそぐわないと言えます。また、学校の部活も「朝から晩まで練習漬け」を堂々と言える時代ではなくなっていますよね。
働き方改革の真っただ中にある企業の人事担当者なら、これらのメッセージをもし自社の経営者が発信したら、「NG」を突きつけることは容易なはずです。
感覚のズレ、あなたは認識していますか?
さて、阪急電鉄の担当者が書籍からメッセージを抜粋するとき、なぜ批判を想像できなかったのでしょうか。
毎日新聞によると、広告に関して阪急電鉄は「通勤や通学利用が多く、働く人々を応援したいという意図で企画した。社内で掲載文を選ぶ過程で、不愉快な思いをさせてしまうかもしれないという指摘や懸念はまったくなかった」と説明しています。
担当者が「感覚がズレているかもしれない」ことに鈍感で、批判を浴びて初めてそのズレに気付く。これは阪急電鉄だけの問題だけではないはずです。「えっ、こんな大きな会社の担当者がこのズレも分からないの?」という驚きと落胆です。ここに今回の「問題の深さ」があるように感じます。
@人事で企業の取り組みを取材していてよく感じることの一つに、「働き方に対しての世代間ギャップ」があります。特にここ数年の働き方改革推進によって「仕事観」はすさまじく変化し、そのスピードに追いついていない経営層が多いのではないでしょうか。まずはこのギャップがあるということを認識しなければいけません。
@人事でコラムを執筆している光城悠人氏は、「変わる若者と変わらない上司」として、バブル世代の50歳以上とミレニアル世代~ゆとり世代の20~30代に「世代間の断絶」があると言います。その課題解決のキー世代として挙げているのが40歳前後の就職氷河期世代です。
→就職氷河期世代の「役割の再定義」が、日本社会の将来を変える
また、牛窪恵氏は「会社や国は守ってくれない考えが染み付いている」「自信がない」というミレニアル世代の社員との接し方について、育ってきた時代背景からポイントを解説してくれています。
→牛窪恵氏に聞く、「ミレニアル世代」の若者との上手な付き合い方
世代間ギャップを認識せよ!
年齢目安 特徴
70歳 団塊世代 家庭を顧みずモーレツに働く
60歳 しらけ世代 無気力・無関心・無責任
50歳 バブル世代 飲みニケーション全盛
40歳 就職氷河期世代 評価を求めて頑張ってしまう
35歳 プレッシャー世代 打たれ強く、現状に満足する
30歳 ゆとり世代 ワークライフバランス重視
25歳 ミレニアル世代 自分の道は自分で切り開く
【注】一般的な分析であり、全ての人に特徴が当てはまるわけではありません。
働き方改革の推進が、経営層だけの満足になっていないか
今回の広告炎上から考えさせられたのは、働く人を応援するためのメッセージが「逆効果」になっていたという点です。それは価値観のズレを認識していない層からの「押し付け」であり、「不愉快な」メッセージとして届いてしまいました。当事者が気付かないうちに、実は同じようなことが企業の働き方改革の中でも行われているのではないでしょうか。
いよいよ来年からは中小企業でも本格的に働き方改革の取り組みがスタートします。企業側はどうしても、残業時間減らしや有給休暇取得率など「表向き」の数字や件数だけにとらわれがちです。
これまでの自社の「働き方」を見直して従業員に改革を促す際、自分たちの価値観でメッセージを発信していませんか? 今の時代に求められている改革のあり方を考えるヒントにしてもらいたいと思います。
★新しい視点で人事の役割を考える
→“欲しいのは人事部長じゃない” 時代に求められる『これからのCHRO』を語る
★従業員視点に徹底的に立って改革を推進したこちらの事例
→口コミサイトの“批判”がヒント。 退職者の本音を引き出した秘策
ちなみに。
ツイッターでは同じ電鉄会社の中づり広告を投稿する人が多数いました。そんな中、西武鉄道では「出勤してえらい!」とコウペンちゃん(ペンギンのゆるキャラ)が励ます広告が話題に。私がこのメッセージを出勤途中に見たらウルッとなり、「今日も一日頑張ろう!」と思えそう。「届く」ってこういうことだと、勉強になりました。
全てを肯定してくれるという「コウペンちゃん」はコウテイペンギンがモチーフ
【執筆:@人事編集部】
【編集部より】
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