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崩壊世界の転生者

夜が明けて。

耳長女のパンチラ

 次の朝、目が覚めたナオミは、椅子に座り本を読むクロオの姿が一番に目に映った。  背表紙には、『蜘蛛女のキス』とある。  ナオミの蔵書だった。  保健室に置かれた、胸ほどまでの高さの書棚には、ナオミが寄宿舎から持ってきた本がぎっしりと詰まっていた。  高浜虚子、高野素十、水原秋櫻子、山口誓子、阿波野青畝、村上鬼城、河東碧梧桐、とんで、柴田宵曲、日野草城、種田山頭火。  四段に分かれた書棚の一段目は、句集と俳句研究本が大勢を占めている。  続いて二段目は、夏目漱石、森鴎外、谷崎潤一郎、芥川龍之介、堀辰雄、宮沢賢治、川端康成、三島由紀夫、大江健三郎、安部公房、ドナルド・キーン。  三段目は半分以上が洋書だった。  そしてもう半分に、カブレラ=インファンテ、ガルシア=マルケス、ボルヘス、プイグなどの翻訳本が並んでいる。  最後、四段目には、『涼宮◯ルヒの◯鬱』、『フル◯タル◯ニック』、『甘◯ブリリアント◯ーク』などがあり、なぜか、『マ◯ア様が◯てる』の横に、村上春樹の『スプートニクの恋人』が置いてある。  クロオは、確かに、俺もこの小説はこのラノベの脇に置く、と思った。 「ナオミさん、英語使えましたっけ」  ナオミの起床に気づいたクロオがそう問いかける。  三段目の本棚には、ハーヴァード大学出版の緑色の背表紙が数冊並んでいる。  眠気眼のナオミは、こしこしと目をこすり、あくびをひとつ吐くと、応えた。 「ええ。前は読めませんでしたけど、まあ、その理由もいずれ教えてあげます」  ナオミはそう言い、立ち上がると、洗面台の前にふらふらと立つ。  蛇口をひねると、切れるように冷たい水が出てくるが、ナオミは構わず顔を洗う。  洗顔用のスポンジも、石鹸も使わずに、水でただ寝起きの顔を洗っている。  容姿に固執しない、ナオミならではの洗顔だった。  クロオは、そういうところナオミさんらしいな、と横目で見つつ、ページをめくった。  ナオミの感性がやや一般ずれしているためか、クロオがいる前でも構わず洗顔、歯磨き、うがい、の朝のルーティンワークをナオミはこなす。  ただ、着替えだけは病室で行った。  ナオミは、赤色のセーターに、黒のミニスカート。  そして黒のニーソックスをその下に履いている。  その上に昨日のものと同じ、不可思議な光沢をもつ白衣を身にまとっている。  養護教諭、というには些か下半身の露出が多い格好と言えた。 「じゃーん、どうですか、クロオ君」  ど、どうですか?と、若干の緊張感を滲ませてクロオに問う。 「似合っていると思います」  と、クロオは、本をしっかり手に持ったまま、ちらり、と視線だけをナオミの方に向けてそう答える。  いま、良い所だったのだ。  すぐに本に視線を戻す。 「うがー!」 「うおっ」  と、椅子に座るクロオの頭部に横蹴りを放つナオミ。  ぼっ、と何かが爆ぜたかのような音がした。  その一撃は人並外れて重く、鋭かったが、空手経験者であるクロオには躱されてしまう。  といっても、ぎりぎりだったが。   そして、蹴りを放った勢いでスカートがわずかにめくれた。  黒いスカートとニーソックスの間の絶対領域。  翻る、透けるように白い地肌とそれを覆う布。  クロオの超人的な動体視力が、それを捉える。  こちらは、なんというか、ぎりぎり見えてしまった。  チラリズムというやつだろうか。  パンツ。  ピンク。   意外。 「ちっ!当てるつもりでやったのに・・・・・・クロオ君良い勘してますね」 「いきなりなにするんですか」 「報復です。思いあがった人間に神罰を与えるがごとく、バベルの塔を突き崩すがごとく、私は鉄槌を下すのです、あなたに」 「なにを言ってるんですか」  ナオミは、すうっと深く深く息を吸い、それから話始めた。 「あなたは平常通りでしょうけどね、私だってそれなりの成長を見せているのですよ、五年もたってうんともすんとも変わらない女だってあなただって嫌でしょう私だってそんな女は嫌だし正直なりたくないですよ私だって。そんな私のささやかな勇気をよくもまあ涼しい顔しくさりやがりますねちょっとは赤い顔でもしてみたらどうです。言っちゃあれですけどね、目覚めたら幼馴染と五年ぶりに再会して、それが金髪碧眼の美女になってたとか、ラノベでも今日日無いくらい都合の良い展開ですよ。まあちょっと奇天烈なものというか耳がついているかもしれませんがそれだって普通許容範囲だし、一部の人にはむしろプラスなんですよそれをあなたときたらとことん平常運行じゃないですか私の五年間は何なんですかどうしろっちゅうですかこんなの攻略不可能じゃないですか、まあそれでも昨日のあなたの発言はしっかり記憶していますし、惚れな・・・ほほえましいところもなくはないというか大いにあるんですが、つまりですね」 『ナオミさん、いるかにゃ~?』  と、突然、保健室の扉の向こうから近づいてくる何者かの声がする。  ピタリ、とナオミは口を止める。 『流石にまだいないんじゃないか?ナオミさん結構朝遅いし、やっぱり寮の方にさきに寄っといた方がよかったな』  と、もう一人の声が近づいてきて、扉の前で止まった。  気配から察するに、どうやら扉の向こうの人物はふたりいるようだった  どちらの声も高い。 『まーたそれかにゃ。おみゃーの部屋からはこっちの方が近いにゃ。それに、仕事の話をプライベートにゃ場所で話すのも気が引けるにゃ』 『おー、おー、お前、そんな気遣いが出来るんだな。知らんかったわ。そんな気遣いができるやつが、なんでオレの部屋に鳥海と無断で押しかけてきて、オレの秘蔵の酒とか菓子を夜通しかっ食らってたんだろうなあ。』 『おおむね対◯列島のノリだったにゃ。ちゅーか、それウチに言うにゃよ。ソラが最初に言い出したことにゃ。ウチはただ後輩の意見を尊重しただけにゃ』 『それ鳥海のやつにも訊いて良い?』 『私の監督不行き届きです。申し訳ありません』 『てめぇ!』  などと、扉の向こう側の二人は言い合いを始めた。  クロオは、ナオミの方を見る。  ナオミは、こほん、と空咳を吐いて、タイミングが良いと言えば良いですし、悪いと言えば悪いといいますか、などとごにょごにょ呟いている。  ナオミはつかつかと歩いて扉の前に立つと、扉の鍵を開き、勢いよく扉を開けた。 「マドカさん、ミコさん、神聖な保健室の前で騒ぐのはおやめなさい!」  とナオミは、クロオに対するときとは違う、威厳に満ちた態度で二人を叱責した。  神聖だったのか、とクロオは生活感ただよう部屋の中を見回してみる。  机や床に菓子の包装や、読みかけのライトノベルや漫画が置かれている。  ちょっと、クロオには機種がわからないゲーム機も置かれていた。  扉の前で言い争っていた二人がクロオの目に映る。  なんともちぐはぐな二人組だった。  クロオから見て右側に立つ女は、女にしては背が高い。  クロオの頭一つ分下、といったところか。  赤みがかったくせ毛の茶髪を肩ほどまで伸ばしている。  猫のようなつり目で、髪と同じく赤みがかった茶色の瞳。  顔の部位ごとに見れば、成熟した大人の女性と言った感じなのだが、全体的な雰囲気はいたずらっ子のようである。  そして、時折ひくひくと動く、髪の毛と同じ色の猫の耳が生えていた。  代わりに人間の耳は見当たらないので、本物の耳なのだろう。  あえて言い表すならば、猫獣人だろうか。  クロオの制服やナオミの白衣のように、滑らかな光沢のある赤い着物を身に着けている。  よくよく観察すれば、光の加減で変化する透かし模様のようなものが入った、手の込んだものだ。  その和装の反面、靴は頑丈そうなブーツを履いており、なにか激しい運動を想定しているようだった。  もう片方の女はとなりの女とは逆に極端に背が低い。  黄色味の強い髪を少年のように無造作にしている。  ざんぎり頭、と言った感じだろうか。  瞳は髪の色と同じく黄色で、肌は白い。  不機嫌なのか、それとも常からこうであるのか、眉を寄せてむっつりとしている。  だが、顔の造形は幼く、幼女が不機嫌そうにしているようにしか見えない。  こちらの服装は頑丈そうなつなぎで、これはクロオ達の衣服のような妙な光沢は無かった。  ポケットに皮の手袋を突っ込み、運動靴を履いている。  どの持ち物も、使い込まれてところどころに汚れがついている。  どうやら、彼女はなにかの作業をしてきたのか、もしくはその作業を日常にしている人間なのだろう。 「ナオミさん、おはようにゃ。騒がしくしたのは申し訳にゃかったにゃ」 「すんません」  神聖と言うには些か生活感が漂い過ぎている保健室を背後に背負って立つナオミに、二人は素直に頭を下げた。 「おはようございます。今日は良い天気ですね。さて、今日はいったいどういったご用向きで?」 「ほら、あいつの教育係の件にゃ」  といって、背の高い方の女———マドカ———はクロオを指さして言った。 「それについては、前回の会議でもう説明しましたよね?副代表である私が責任をもって新人を教育すると」  ナオミは、マドカの視線と指先からクロオを遮り、毅然とした態度でそう言った。 「いや、それは十分承知してるにゃ。その新人君が本当はナオミさんの大事にゃかれ———痛いにゃ!ミコ、いきにゃりにゃにするのにゃ!」  ミコと呼ばれた矮躯の女がマドカの太ももを裏拳で殴りつける。  ミコは怒るマドカを抑えつつ、ずいと前に出た。 「いや、ナオミさんすんません。そちらの彼がナオミさんの大切な知人というのはオレらも分かってはいるんですが、何分大神の姉御が———キョウカさんが仰ってるんですよね」  ミコがそう言いだすと、ナオミはむっと眉をしかめた。 「キョウカが———代表が何を言ってるんですか?」 「『新人一人にかまけられる暇は仮にも代表を冠する者には与えられない。そんな暇があるなら公務を手伝え』と。そっくりこのまま仰ってるんですよ」  そうミコが言い終るやいなや、ナオミは極めて冒涜的な何かを口に入れたかのような表情をした。  その整った顔の造形を歪める。 「あのメス犬、やさしくしていたら付け上がりおってからに」  吐き捨てるように呟くナオミ。 「うわー、ナオミさん、キョウカさんの前で絶対それ言っちゃダメにゃ。戦争ににゃるにゃ」  学校が更地ににゃるにゃ、とマドカはミコへの怒りを忘れて引いた目でナオミを見ている。 「まあ、そういう訳で、俺たちがナオミさんの代わりに新人の面倒を見ろっていうお達しがあったんですよ」 「そうにゃ。ウチらはナオミさんほどではにゃいけど古株だし、経験もあるにゃ。新人一人くらい面倒見るのは訳にゃいにゃ」 「こいつと同意見なのは癪ですが、まあそういうことです。副代表には、もっと大きな仕事をしてもらいたいってのが、オレたちの総意です」  ナオミは答えに窮したのか、しばらくうんうんと唸り、最後にはクロオの方に救いを求めるような目を向けてきた。 「クロオ君は、どう思いますか?」  さあ言って、私が必要だと言って、と言外に訴えるナオミ。  先日の決心は遥か彼方に忘れ去られた。  やりたいことは欲望に従ってやるのが人間の常だが、ナオミの場合その傾向が顕著であった。  何か決心してもその時々の感情で右に左に大揺れに揺れるのがナオミの性格なのであった。

ナオミさんの謎の読書遍歴。

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