ホーム全て会議室いま会議室で話していること 私の治った自慢 2019年6月7日2019年6月15日 SHARE ツイート シェア はてブ Google+ Pocket LINE 成人当事者の皆さん、グレーゾーンの皆さん ・前は悩んでいたこんなことが治ったよ ・こんなことに取り組んでみたら効果があったよ というエピソードをどんどんお寄せください! 73 COMMENTS シア 2019年7月6日 治るを実感。 仕事を始めて、試行錯誤を経て、だんだんコツがわかってくる! 繋がらなかったことが、繋がってくる! 色んな事が、わかってくる。 つまり、チャレンジは報われるのだということを、学習できる。 それが、よくわかったのが良かったです。 やっぱり、自分なりの試行錯誤で、何かを得ることによって、自分の力を信じるようになり、頑張ることもまた、楽しくなってくる。 それは、相対評価の学校では、学べないこと。 絶対評価の社会では、学べることがたくさんあります。 それを知るに至り、社会に出ることができる人は、絶対に伸びる! そのことを信じて、社会に送り出していこうと言う先生方、教師の皆さんには、頭の下がる思いです。 やはり、生きていて良かったと思えるとき、人に恵まれていました。 人が好きな人は、人の中で生きていくことができるのではないか? どんな形でも、社会と関わって生きて行けることが、「自閉症」が治ることと、道義かもしれないと、思ったんです。 返信する シア 2019年7月5日 「今まで出来なかったことが、出来る。」 それが、治った証拠だと思います。 私は、仕事の名刺を依頼し、作ってもらいました。 毎日楽しく仕事をしています。 それから、無人航空従事者の資格も勉強! 現在は、より「広く社会で活躍できる」文字通り、大空にはばたくような、ドローンオペレーターを目指し、日々精進しています。 また、毎日自転車で走るトレーニングもできるようになって、この前は、50キロメートルのコースを完走しました。 身体が弱く、難病で、身体障碍だとか、知的障害と医療従事者に言われた私が、社会でいろいろチャレンジできています。 身体アプローチをし、栄養にも気を遣って、肌もつやつやです。 私は、治りたかったんです。 治って、いろんなことをしたかったんです。 障害があるから、出来ない!と、決めつけられて、一笑狭い世界で生きていたくなかったんです。 だから、治るを模索して行きました。 そして、自ずと結果が付いて来ています。 だから、治るを信じて、まずは一歩踏み出してよかったと思っています。 返信する みる@こねこ 2019年7月4日 【誤学習:社会の理解がないと発達障害の人は生きていけない】 発達障害は「社会の理解がないといけない障害」ということばを信じ、私もかつて、行く先々で、 「私は発達障害がありますので〇〇ができません。なので××してください。障害をどうか理解してください!!」 と言って回ったことがありました。 大抵はドン引きされて終わりでした。関わりを絶たれることも1度や2度のことではなかったです。 そりゃあそうだろう。 だって世の中は発達障害の人、中心に回っているわけではないから。 それに健常者は問題なさそうにみえて、お家や仕事、健康面で問題抱えている場合もありますからね。他人の都合を鑑みずに他人に欲求ばかりしても理解などしないし、関わりたくないと思うのが普通ですね。 配慮が必要な人もいるかもしれないけど、配慮が受けられない場面も存在しますよね。 たとえば、首都圏のど真ん中の都会に住んでいる人が静かな環境を求めてもハードルが高いですね。グッズ方面に頼っても、薬に頼っても、限界はありますし。 なら、音の過敏が気にならなくなれば、かなり生きやすくなりますよね。それは「治った」といって差支えない事だと思いませんか。 だから、 生きづらさを治す ことは自分を守ることに繋がるのです。それは自分が経験した かんかく として確実に断言できます。 返信する みる@こねこ 2019年7月4日 おまけ:社会の理解がないと生きていけないと誤学習していた時代にやった黒歴史 ・医療、福祉、当事者団体はもちろん、床屋さん美容院、ボランティア先、その他あらゆる場所で、 「理解して下さい!!」 と自己紹介と一緒に説明する。 ・自分の思い通りにならないと二言目には、 「私は障害者なのになんで、私が合わせなきゃいけないの!!!差別です!!」 ・感覚過敏が強くて、トイレを待っている時の話し声や電球の光にも耐えられなかったので、身障者トイレを使用 (もし誰か警備の人がくれば障害者手帳出せば問題ないよねwwと思っておりました) ・加害者が自閉→差別ガー ・病院の待ち時間が長い→発達障害なので長く待つのは(略 ・パニック起こす→パニック起こさせた奴が悪い。なぜなら発達障害に対する理解が(略 ここで、お子さんを育てていらっしゃる親御さん、当事者、対人援助職の皆さんに質問です。率直に本音で教えてください。 ↑この箇条書きに当てはまる人と付き合いたいと思いますか? 私も治ってない時代、生きづらさ全開な時代はよくこんな発言しておりました。本当に周りに負担を強いなきゃいけないほど生きづらくてしんどかったです。けど、生きづらさが1つ2つ減る事に言わなくなりました。 今ではただの黒歴史です(苦笑) 返信する ブルー @成人当事者:ロスジェネ世代 2019年7月3日 ブログの感想を書こうとしたら、長くなったので、「取り組みの基本方針」という感じで、ここに書きます。 浅見さんのブログ「全身治る」より >いぬこ家の出会った先生は、まず、全身の障害だと理解していた。 >発達援助は全身が治ります。だって当たり前。NEUROだもの。 →この件ですが、もはや花風社クラスタの皆様には言うまでもないことでしょうが、 念のためここに記載します。 私が自分に対して取り組みを行うときに、神経系が刺激を処理する順番、つまり、電気信号が走る経路を常に意識しています。つまり、人の刺激の処理は、おおざっぱには インプット:末梢神経(身体)→中枢神経→脳 アウトプット:入ってきた刺激を脳で処理→中枢神経→末梢神経(→身体が動く) ですね。細かい例外は多々あるとは思いますが、超大まかには、です。 で、取り組み、つまり「治す」「改善する」「発達援助する」というときに、常に 「末梢から末梢から」、つまり「身体から身体から」と念頭に置きながら刺激を入れるようにしていけばいいし、取り組みを組み立てれば、まあ、それほど間違いは出ないように感じています。 逆に言えば、この刺激入力の処理手順を外して取り組んでも、どこかで頭打ちになるように思います。というか、私はなりました。 特に、発達の凸凹そのものはどうにもなりません。つまり自分を発達させられない。 反面、身体/言葉以前のアプロ―チは、人が神経系において刺激入力を処理する順番に沿っているから、効果がでる、ということかと思います。最も、末梢神経から大量かつ自然に刺激を入れられる方法論なわけですね。 「アタマでお勉強」系、つまり「言語以降」のアプロ―チは、相対的に刺激入力量が身体アプローチより減ると思いますから、身体アプローチである程度治る/発達した後にやるといいように思います。 つまり、これも 末梢/中枢(身体アプローチ)→脳(お勉強系・言語系のアプローチ) という、人体の刺激入力の処理手順に従って、取り組みの順番を構成しているわけです。 ちなみに・・・ここで発達障害を全身の問題と考えずに、「脳機能障害」と解釈をしてしまうと、確かに途方にくれて絶望的になりますね。脳ミソをどうこうするのは一般人にはかなり厳しいですからね。 でも、末梢/身体に眼を向ければ、なんぼでも試行錯誤できますし、試行錯誤しているうちに、ある方法論が自分の身体に的中して、大きく成果が出たり、小さな成果が重なりあっていったりと、自分の身体から希望を出せるようになります。 ちなみに、解剖学者の養老先生は、「中枢は末梢の奴隷」という言葉を残していますが、発達援助では特にそれが如実に出る世界かな、と思います。 発達援助においては、神経系の刺激の入力処理手順を外さない限り、取り組みは成果を出せます。そして、その中心になるのは、末梢から刺激を入れていく身体/言葉以前のアプロ―チということですね。 以上の原理は、もはや花風社クラスタの皆様には釈迦に説法ですが、念のため記載しました。 さあ、ここまで読まれた方、取り組みの際には、私がいつも心の中で唱えている、魔法の呪文を唱えましょう。 「末梢から末梢から、身体から身体から・・・」 「末梢から末梢から、身体から身体から・・・」 この呪文は最強の呪文です。10回唱えると絶望がなくなります。(???) そして、取り組みの手順を構成することができるようになります。 より末梢に近いところに働きかける取り組みが先、より脳ミソに働きかける取り組みが後ですよ。 それではまた。 返信する いぬこ 2019年7月4日 小さなことですが、 お風呂で 身体を洗ってあげてた時期も 末梢から中央にを意識して洗いました。 気持ち良さが届くように 緩むように。 ブルーさんのおっしゃること、わかります! 返信する ブルー @成人当事者:ロスジェネ世代 2019年7月4日 いぬこさん はじめまして、ブルーと申します。 反応して頂き、ありがとうございます。 そう、末梢から上手く刺激が入ると、 「気持ち良くなる」「緩む」んですよね。 つまり、身体が 「その刺激を受け入れることに許可を出した」状態、 とも言えますね。 お子様にとっては楽しいお風呂タイムだったでしょうね(^^) 返信する いぬこ 2019年7月4日 ブルーさん ご挨拶失礼しました、 はじめまして、いぬこです! 学生時代の臨床実習で 入院患者さんの清拭をしました。 末梢から中央に が基本。血液循環目的ですが 神経にも届くでしょうね(^^) ほっこりされる顔を拝見した時 まさに 「受け入れてくださってる」感覚で こちらも緩みました。 を、娘にも取り入れたのでした。 もちろん、自身にも。 自分の気持ち良さや 届き方が分かると 日々がラクになってきますよね! 同じくロスジェネ世代のわたくし ブルーさんにとっても親近感(笑 お互いがんばりましょう! 返信する シア 2019年7月3日 道に、迷いません。 迷子になりません。 ガイドがいなくても、自分で道を探れます。 やっぱり、治ったんだ。 返信する 過去のコメントを表示 コメントを残す コメントをキャンセル メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目ですコメント 名前 * メールアドレス * サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。 上に表示された文字を入力してください。 画像アップロード(PNG, JPG, JPEG)
シア 2019年7月6日 治るを実感。 仕事を始めて、試行錯誤を経て、だんだんコツがわかってくる! 繋がらなかったことが、繋がってくる! 色んな事が、わかってくる。 つまり、チャレンジは報われるのだということを、学習できる。 それが、よくわかったのが良かったです。 やっぱり、自分なりの試行錯誤で、何かを得ることによって、自分の力を信じるようになり、頑張ることもまた、楽しくなってくる。 それは、相対評価の学校では、学べないこと。 絶対評価の社会では、学べることがたくさんあります。 それを知るに至り、社会に出ることができる人は、絶対に伸びる! そのことを信じて、社会に送り出していこうと言う先生方、教師の皆さんには、頭の下がる思いです。 やはり、生きていて良かったと思えるとき、人に恵まれていました。 人が好きな人は、人の中で生きていくことができるのではないか? どんな形でも、社会と関わって生きて行けることが、「自閉症」が治ることと、道義かもしれないと、思ったんです。 返信する
シア 2019年7月5日 「今まで出来なかったことが、出来る。」 それが、治った証拠だと思います。 私は、仕事の名刺を依頼し、作ってもらいました。 毎日楽しく仕事をしています。 それから、無人航空従事者の資格も勉強! 現在は、より「広く社会で活躍できる」文字通り、大空にはばたくような、ドローンオペレーターを目指し、日々精進しています。 また、毎日自転車で走るトレーニングもできるようになって、この前は、50キロメートルのコースを完走しました。 身体が弱く、難病で、身体障碍だとか、知的障害と医療従事者に言われた私が、社会でいろいろチャレンジできています。 身体アプローチをし、栄養にも気を遣って、肌もつやつやです。 私は、治りたかったんです。 治って、いろんなことをしたかったんです。 障害があるから、出来ない!と、決めつけられて、一笑狭い世界で生きていたくなかったんです。 だから、治るを模索して行きました。 そして、自ずと結果が付いて来ています。 だから、治るを信じて、まずは一歩踏み出してよかったと思っています。 返信する
みる@こねこ 2019年7月4日 【誤学習:社会の理解がないと発達障害の人は生きていけない】 発達障害は「社会の理解がないといけない障害」ということばを信じ、私もかつて、行く先々で、 「私は発達障害がありますので〇〇ができません。なので××してください。障害をどうか理解してください!!」 と言って回ったことがありました。 大抵はドン引きされて終わりでした。関わりを絶たれることも1度や2度のことではなかったです。 そりゃあそうだろう。 だって世の中は発達障害の人、中心に回っているわけではないから。 それに健常者は問題なさそうにみえて、お家や仕事、健康面で問題抱えている場合もありますからね。他人の都合を鑑みずに他人に欲求ばかりしても理解などしないし、関わりたくないと思うのが普通ですね。 配慮が必要な人もいるかもしれないけど、配慮が受けられない場面も存在しますよね。 たとえば、首都圏のど真ん中の都会に住んでいる人が静かな環境を求めてもハードルが高いですね。グッズ方面に頼っても、薬に頼っても、限界はありますし。 なら、音の過敏が気にならなくなれば、かなり生きやすくなりますよね。それは「治った」といって差支えない事だと思いませんか。 だから、 生きづらさを治す ことは自分を守ることに繋がるのです。それは自分が経験した かんかく として確実に断言できます。 返信する
みる@こねこ 2019年7月4日 おまけ:社会の理解がないと生きていけないと誤学習していた時代にやった黒歴史 ・医療、福祉、当事者団体はもちろん、床屋さん美容院、ボランティア先、その他あらゆる場所で、 「理解して下さい!!」 と自己紹介と一緒に説明する。 ・自分の思い通りにならないと二言目には、 「私は障害者なのになんで、私が合わせなきゃいけないの!!!差別です!!」 ・感覚過敏が強くて、トイレを待っている時の話し声や電球の光にも耐えられなかったので、身障者トイレを使用 (もし誰か警備の人がくれば障害者手帳出せば問題ないよねwwと思っておりました) ・加害者が自閉→差別ガー ・病院の待ち時間が長い→発達障害なので長く待つのは(略 ・パニック起こす→パニック起こさせた奴が悪い。なぜなら発達障害に対する理解が(略 ここで、お子さんを育てていらっしゃる親御さん、当事者、対人援助職の皆さんに質問です。率直に本音で教えてください。 ↑この箇条書きに当てはまる人と付き合いたいと思いますか? 私も治ってない時代、生きづらさ全開な時代はよくこんな発言しておりました。本当に周りに負担を強いなきゃいけないほど生きづらくてしんどかったです。けど、生きづらさが1つ2つ減る事に言わなくなりました。 今ではただの黒歴史です(苦笑) 返信する
ブルー @成人当事者:ロスジェネ世代 2019年7月3日 ブログの感想を書こうとしたら、長くなったので、「取り組みの基本方針」という感じで、ここに書きます。 浅見さんのブログ「全身治る」より >いぬこ家の出会った先生は、まず、全身の障害だと理解していた。 >発達援助は全身が治ります。だって当たり前。NEUROだもの。 →この件ですが、もはや花風社クラスタの皆様には言うまでもないことでしょうが、 念のためここに記載します。 私が自分に対して取り組みを行うときに、神経系が刺激を処理する順番、つまり、電気信号が走る経路を常に意識しています。つまり、人の刺激の処理は、おおざっぱには インプット:末梢神経(身体)→中枢神経→脳 アウトプット:入ってきた刺激を脳で処理→中枢神経→末梢神経(→身体が動く) ですね。細かい例外は多々あるとは思いますが、超大まかには、です。 で、取り組み、つまり「治す」「改善する」「発達援助する」というときに、常に 「末梢から末梢から」、つまり「身体から身体から」と念頭に置きながら刺激を入れるようにしていけばいいし、取り組みを組み立てれば、まあ、それほど間違いは出ないように感じています。 逆に言えば、この刺激入力の処理手順を外して取り組んでも、どこかで頭打ちになるように思います。というか、私はなりました。 特に、発達の凸凹そのものはどうにもなりません。つまり自分を発達させられない。 反面、身体/言葉以前のアプロ―チは、人が神経系において刺激入力を処理する順番に沿っているから、効果がでる、ということかと思います。最も、末梢神経から大量かつ自然に刺激を入れられる方法論なわけですね。 「アタマでお勉強」系、つまり「言語以降」のアプロ―チは、相対的に刺激入力量が身体アプローチより減ると思いますから、身体アプローチである程度治る/発達した後にやるといいように思います。 つまり、これも 末梢/中枢(身体アプローチ)→脳(お勉強系・言語系のアプローチ) という、人体の刺激入力の処理手順に従って、取り組みの順番を構成しているわけです。 ちなみに・・・ここで発達障害を全身の問題と考えずに、「脳機能障害」と解釈をしてしまうと、確かに途方にくれて絶望的になりますね。脳ミソをどうこうするのは一般人にはかなり厳しいですからね。 でも、末梢/身体に眼を向ければ、なんぼでも試行錯誤できますし、試行錯誤しているうちに、ある方法論が自分の身体に的中して、大きく成果が出たり、小さな成果が重なりあっていったりと、自分の身体から希望を出せるようになります。 ちなみに、解剖学者の養老先生は、「中枢は末梢の奴隷」という言葉を残していますが、発達援助では特にそれが如実に出る世界かな、と思います。 発達援助においては、神経系の刺激の入力処理手順を外さない限り、取り組みは成果を出せます。そして、その中心になるのは、末梢から刺激を入れていく身体/言葉以前のアプロ―チということですね。 以上の原理は、もはや花風社クラスタの皆様には釈迦に説法ですが、念のため記載しました。 さあ、ここまで読まれた方、取り組みの際には、私がいつも心の中で唱えている、魔法の呪文を唱えましょう。 「末梢から末梢から、身体から身体から・・・」 「末梢から末梢から、身体から身体から・・・」 この呪文は最強の呪文です。10回唱えると絶望がなくなります。(???) そして、取り組みの手順を構成することができるようになります。 より末梢に近いところに働きかける取り組みが先、より脳ミソに働きかける取り組みが後ですよ。 それではまた。 返信する
いぬこ 2019年7月4日 小さなことですが、 お風呂で 身体を洗ってあげてた時期も 末梢から中央にを意識して洗いました。 気持ち良さが届くように 緩むように。 ブルーさんのおっしゃること、わかります! 返信する
ブルー @成人当事者:ロスジェネ世代 2019年7月4日 いぬこさん はじめまして、ブルーと申します。 反応して頂き、ありがとうございます。 そう、末梢から上手く刺激が入ると、 「気持ち良くなる」「緩む」んですよね。 つまり、身体が 「その刺激を受け入れることに許可を出した」状態、 とも言えますね。 お子様にとっては楽しいお風呂タイムだったでしょうね(^^) 返信する
いぬこ 2019年7月4日 ブルーさん ご挨拶失礼しました、 はじめまして、いぬこです! 学生時代の臨床実習で 入院患者さんの清拭をしました。 末梢から中央に が基本。血液循環目的ですが 神経にも届くでしょうね(^^) ほっこりされる顔を拝見した時 まさに 「受け入れてくださってる」感覚で こちらも緩みました。 を、娘にも取り入れたのでした。 もちろん、自身にも。 自分の気持ち良さや 届き方が分かると 日々がラクになってきますよね! 同じくロスジェネ世代のわたくし ブルーさんにとっても親近感(笑 お互いがんばりましょう! 返信する
治るを実感。
仕事を始めて、試行錯誤を経て、だんだんコツがわかってくる!
繋がらなかったことが、繋がってくる!
色んな事が、わかってくる。
つまり、チャレンジは報われるのだということを、学習できる。
それが、よくわかったのが良かったです。
やっぱり、自分なりの試行錯誤で、何かを得ることによって、自分の力を信じるようになり、頑張ることもまた、楽しくなってくる。
それは、相対評価の学校では、学べないこと。
絶対評価の社会では、学べることがたくさんあります。
それを知るに至り、社会に出ることができる人は、絶対に伸びる!
そのことを信じて、社会に送り出していこうと言う先生方、教師の皆さんには、頭の下がる思いです。
やはり、生きていて良かったと思えるとき、人に恵まれていました。
人が好きな人は、人の中で生きていくことができるのではないか?
どんな形でも、社会と関わって生きて行けることが、「自閉症」が治ることと、道義かもしれないと、思ったんです。
「今まで出来なかったことが、出来る。」
それが、治った証拠だと思います。
私は、仕事の名刺を依頼し、作ってもらいました。
毎日楽しく仕事をしています。
それから、無人航空従事者の資格も勉強!
現在は、より「広く社会で活躍できる」文字通り、大空にはばたくような、ドローンオペレーターを目指し、日々精進しています。
また、毎日自転車で走るトレーニングもできるようになって、この前は、50キロメートルのコースを完走しました。
身体が弱く、難病で、身体障碍だとか、知的障害と医療従事者に言われた私が、社会でいろいろチャレンジできています。
身体アプローチをし、栄養にも気を遣って、肌もつやつやです。
私は、治りたかったんです。
治って、いろんなことをしたかったんです。
障害があるから、出来ない!と、決めつけられて、一笑狭い世界で生きていたくなかったんです。
だから、治るを模索して行きました。
そして、自ずと結果が付いて来ています。
だから、治るを信じて、まずは一歩踏み出してよかったと思っています。
【誤学習:社会の理解がないと発達障害の人は生きていけない】
発達障害は「社会の理解がないといけない障害」ということばを信じ、私もかつて、行く先々で、
「私は発達障害がありますので〇〇ができません。なので××してください。障害をどうか理解してください!!」
と言って回ったことがありました。
大抵はドン引きされて終わりでした。関わりを絶たれることも1度や2度のことではなかったです。
そりゃあそうだろう。
だって世の中は発達障害の人、中心に回っているわけではないから。
それに健常者は問題なさそうにみえて、お家や仕事、健康面で問題抱えている場合もありますからね。他人の都合を鑑みずに他人に欲求ばかりしても理解などしないし、関わりたくないと思うのが普通ですね。
配慮が必要な人もいるかもしれないけど、配慮が受けられない場面も存在しますよね。
たとえば、首都圏のど真ん中の都会に住んでいる人が静かな環境を求めてもハードルが高いですね。グッズ方面に頼っても、薬に頼っても、限界はありますし。
なら、音の過敏が気にならなくなれば、かなり生きやすくなりますよね。それは「治った」といって差支えない事だと思いませんか。
だから、
生きづらさを治す
ことは自分を守ることに繋がるのです。それは自分が経験した かんかく として確実に断言できます。
おまけ:社会の理解がないと生きていけないと誤学習していた時代にやった黒歴史
・医療、福祉、当事者団体はもちろん、床屋さん美容院、ボランティア先、その他あらゆる場所で、
「理解して下さい!!」
と自己紹介と一緒に説明する。
・自分の思い通りにならないと二言目には、
「私は障害者なのになんで、私が合わせなきゃいけないの!!!差別です!!」
・感覚過敏が強くて、トイレを待っている時の話し声や電球の光にも耐えられなかったので、身障者トイレを使用
(もし誰か警備の人がくれば障害者手帳出せば問題ないよねwwと思っておりました)
・加害者が自閉→差別ガー
・病院の待ち時間が長い→発達障害なので長く待つのは(略
・パニック起こす→パニック起こさせた奴が悪い。なぜなら発達障害に対する理解が(略
ここで、お子さんを育てていらっしゃる親御さん、当事者、対人援助職の皆さんに質問です。率直に本音で教えてください。
↑この箇条書きに当てはまる人と付き合いたいと思いますか?
私も治ってない時代、生きづらさ全開な時代はよくこんな発言しておりました。本当に周りに負担を強いなきゃいけないほど生きづらくてしんどかったです。けど、生きづらさが1つ2つ減る事に言わなくなりました。
今ではただの黒歴史です(苦笑)
ブログの感想を書こうとしたら、長くなったので、「取り組みの基本方針」という感じで、ここに書きます。
浅見さんのブログ「全身治る」より
>いぬこ家の出会った先生は、まず、全身の障害だと理解していた。
>発達援助は全身が治ります。だって当たり前。NEUROだもの。
→この件ですが、もはや花風社クラスタの皆様には言うまでもないことでしょうが、
念のためここに記載します。
私が自分に対して取り組みを行うときに、神経系が刺激を処理する順番、つまり、電気信号が走る経路を常に意識しています。つまり、人の刺激の処理は、おおざっぱには
インプット:末梢神経(身体)→中枢神経→脳
アウトプット:入ってきた刺激を脳で処理→中枢神経→末梢神経(→身体が動く)
ですね。細かい例外は多々あるとは思いますが、超大まかには、です。
で、取り組み、つまり「治す」「改善する」「発達援助する」というときに、常に
「末梢から末梢から」、つまり「身体から身体から」と念頭に置きながら刺激を入れるようにしていけばいいし、取り組みを組み立てれば、まあ、それほど間違いは出ないように感じています。
逆に言えば、この刺激入力の処理手順を外して取り組んでも、どこかで頭打ちになるように思います。というか、私はなりました。
特に、発達の凸凹そのものはどうにもなりません。つまり自分を発達させられない。
反面、身体/言葉以前のアプロ―チは、人が神経系において刺激入力を処理する順番に沿っているから、効果がでる、ということかと思います。最も、末梢神経から大量かつ自然に刺激を入れられる方法論なわけですね。
「アタマでお勉強」系、つまり「言語以降」のアプロ―チは、相対的に刺激入力量が身体アプローチより減ると思いますから、身体アプローチである程度治る/発達した後にやるといいように思います。
つまり、これも
末梢/中枢(身体アプローチ)→脳(お勉強系・言語系のアプローチ)
という、人体の刺激入力の処理手順に従って、取り組みの順番を構成しているわけです。
ちなみに・・・ここで発達障害を全身の問題と考えずに、「脳機能障害」と解釈をしてしまうと、確かに途方にくれて絶望的になりますね。脳ミソをどうこうするのは一般人にはかなり厳しいですからね。
でも、末梢/身体に眼を向ければ、なんぼでも試行錯誤できますし、試行錯誤しているうちに、ある方法論が自分の身体に的中して、大きく成果が出たり、小さな成果が重なりあっていったりと、自分の身体から希望を出せるようになります。
ちなみに、解剖学者の養老先生は、「中枢は末梢の奴隷」という言葉を残していますが、発達援助では特にそれが如実に出る世界かな、と思います。
発達援助においては、神経系の刺激の入力処理手順を外さない限り、取り組みは成果を出せます。そして、その中心になるのは、末梢から刺激を入れていく身体/言葉以前のアプロ―チということですね。
以上の原理は、もはや花風社クラスタの皆様には釈迦に説法ですが、念のため記載しました。
さあ、ここまで読まれた方、取り組みの際には、私がいつも心の中で唱えている、魔法の呪文を唱えましょう。
「末梢から末梢から、身体から身体から・・・」
「末梢から末梢から、身体から身体から・・・」
この呪文は最強の呪文です。10回唱えると絶望がなくなります。(???)
そして、取り組みの手順を構成することができるようになります。
より末梢に近いところに働きかける取り組みが先、より脳ミソに働きかける取り組みが後ですよ。
それではまた。
小さなことですが、
お風呂で
身体を洗ってあげてた時期も
末梢から中央にを意識して洗いました。
気持ち良さが届くように
緩むように。
ブルーさんのおっしゃること、わかります!
いぬこさん
はじめまして、ブルーと申します。
反応して頂き、ありがとうございます。
そう、末梢から上手く刺激が入ると、
「気持ち良くなる」「緩む」んですよね。
つまり、身体が
「その刺激を受け入れることに許可を出した」状態、
とも言えますね。
お子様にとっては楽しいお風呂タイムだったでしょうね(^^)
ブルーさん
ご挨拶失礼しました、
はじめまして、いぬこです!
学生時代の臨床実習で
入院患者さんの清拭をしました。
末梢から中央に
が基本。血液循環目的ですが
神経にも届くでしょうね(^^)
ほっこりされる顔を拝見した時
まさに
「受け入れてくださってる」感覚で
こちらも緩みました。
を、娘にも取り入れたのでした。
もちろん、自身にも。
自分の気持ち良さや
届き方が分かると
日々がラクになってきますよね!
同じくロスジェネ世代のわたくし
ブルーさんにとっても親近感(笑
お互いがんばりましょう!
道に、迷いません。
迷子になりません。
ガイドがいなくても、自分で道を探れます。
やっぱり、治ったんだ。