バブル崩壊直後に発売、矢沢永吉が“しがないサラリーマン役”を承諾したワケ
そこで、どういう人が缶コーヒーを飲んでいるのか見つめなおして開発されたのが『BOSS』だ。発売当時、日本はバブル崩壊後で、「失われた20年」と呼ばれる景気の長期低迷に突入した時代でもあった。大塚氏は、『BOSS』の開発理由について、こう振り返る。
「当時、缶コーヒーは長距離運転のドライバーや工事現場で働いている方など、いわゆる『ブルーカラー』の方々に飲んでいただいていることが分かった。彼らは自分の裁量で働くため、一見、自由な働き方にも見えるが、一方で孤独な時間も多い。そのときに、缶コーヒーを1本飲んで何か会話をするような、日常の喜怒哀楽に寄り添ったものになれたらと思い、開発しました」(大塚氏)
ブランドコンセプトは「働く人の相棒」。“いつかは自分もボスになる”という思いを込めて、『BOSS』と命名した。ロゴには、現在ではおなじみの“ボスおじさん”を施した。「対話をするように飲んでもらえたらと思い、人格モチーフのロゴにしました。“ボスおじさん”の表情は、一見、笑っているようにも見えるし、まいったなぁという顔にも見えますよね」(大塚氏)
「佐々木さんは、大スターの矢沢さんが“しがないサラリーマン”になってくれたら面白いCMになると思い、オファーしたそうです。ただ当時、矢沢さんはLAに住んでいたため、来日のタイミングで直談判となった。意図を説明すると沈黙もあったようですが、『矢沢、やる』と本人から言ってもらえたそうです。偶然なのですが、普段から矢沢さんは、スタッフに『ボス』と呼ばれていたそうで、そういった縁からも了承していただけたようです」(大塚氏)
矢沢が、しがないサラリーマンになりきり「まいったなぁ」とつぶやくCMシリーズは、当時、大きな話題となり、約6年間続いた。『BOSS』の売れ行きも販売当初から好調だったという。「現在の缶コーヒー『BOSS』のヘビーユーザーは40~50代。発売当時は25歳ぐらいで、社会の厳しさを知った頃だと思います。一方、時代はバブル崩壊でどん底状態。希望が見えない中、CMでの矢沢さんの姿を見て『矢沢さんも頑張っているなら俺も頑張るか』と共感した人も多かったと思いますね」(大塚氏)
名物ロゴ“ボスおじさん”の捉え方も多様化「自分が“ボス”になるなんて投影できない時代だった」
本物だったのか大塚氏に聞くと「あれはそっくりさんです(笑)」と即答。「矢沢さんの時代は『スーパープレンド』を発売していましたが、98年に『セブン』という新商品を出しました。商品も変わったので、CMもよりサラリーマンの“まいったなぁ”を表現できるよう、変化させてみました」(大塚氏)
90年代後半からは、多くの企業でPCが一人一台配布される時代に。デスクワークなどを中心とした『ホワイトカラー』の増加もあり、缶コーヒー市場は活性化。自動販売機の普及台数も急増した。
『BOSS』発売から約10年経ち、売り上げも踊り場状態にあったため、パッケージデザインなどを統一した5種類の缶コーヒーを発売。無糖や微糖、カフェオレといった味わいを展開した。
また同時期、“ボスおじさん”をめぐって議論も起きた。ユーザーから、“ボスおじさん”のロゴは男らしさがある一方、堅物のイメージもあるとの声が寄せられたという。そこで、当時人気絶頂だった歌手の浜崎あゆみらを起用。「ボス、いつもそばにいてね」という“ボスソング”を取り入れるなど、『BOSS』を親しみのあるブランドに生まれ変わらせるため、注力した。
さらに“ボスおじさん”の見方も、時代とともに変わってきたという。「『ホワイトカラー』の人たちにとってボスは、上司と捉えてしまうことが多いと分かった。上司は近寄りがたい存在ゆえに、“ボスおじさん”に親しみを持ってもらえなくなっていた。長引く不況の中、自分がボスになるなんて投影できない時代だったのも関係しているのかも。“ボスおじさん”の捉え方も、働く人の見方によって変わるのだと知りました」(大塚氏)
「宇宙人ジョーンズ」シリーズ開始、社会を“俯瞰で見る”ジャーナリスティックな視点
トミー・リー・ジョーンズを起用した理由について、大塚氏はこう語る。「当時の担当者によると、宇宙人らしい人として、ジョーンズさんに決めたそうです。映画『メン・イン・ブラック』シリーズの演技もそうですが、そこにいるだけで存在感がある役者さん。『なんで自分はここにいるんだろう』という空気感を出すのも得意な方。そういった演技が決め手になったそうです」
ジョーンズ自身も、CM出演を楽しんでいるそうだ。「ジョーンズさんは、『BOSSのCMは1本の映画のようだ』と語っています。それぐらいストーリー性があるCMなんだと思います。また宇宙人ジョーンズという設定も、とても愛着を持ってくれていますね」(大塚氏)
同CMシリーズの人気に火が付いたのは、「カラオケ」編だ。「ストーリーは、ジョーンズがカラオケボックスの店員になって働きながら、『この惑星の住人の“歌”と呼ばれるわめき声は、全く耳障りだ』とつぶやくのですが、八代亜紀さんの『舟歌』が流れてくると、泣きながら『だが、この惑星の八代亜紀は、泣ける』と報告して終わるというもの。このCMが好感度ランキングで1位になりまして、そこから人気が定着してきましたね」(大塚氏)
また同CMシリーズでは、「この惑星の住民は、どこか抜けている。」など、必ずジョーンズの否定から始まる。しかし最後には、「だが、この惑星の夜明けは美しい。」と、何気ない日常の良さに触れて終わる。大塚氏は、単にジョーンズが褒めているだけではないところが、共感を得ているのではと語る。
「キャッチコピーは“このろくでもない、すばらしき世界。”。ろくでもないこともあるけれど、やっぱりいい日常だよね、と伝えたい。CMを見ていてホッとしたり、最後は気持ちが明るくなってもらえたら」(大塚氏)
マーケティング的には間違いかもしれない…でも、『BOSS』CMでは一切商品の特徴は言わない!
同社は近年、WEB動画などデジタルコンテンツも力を入れて制作しているが、大塚氏は「テレビCMは最強の武器」と断言する。「時代の空気や、不易流行を大きく取り込んで制作できるのが、テレビCM。働く人にどう表現したら伝わるCMになるのか、常に模索しながら制作していますね」
平成4年に発売された『BOSS』は、まさに平成という時代を生き抜くために働いてきた人たちと共に歩んだ商品でもある。来月から始まる「令和」時代に向けて、大塚氏は「これまでは、その日その日を一生懸命こなしている人たちに寄り添った内容で、哀愁が漂うようなCMを制作してきたが、令和は、未来に対して前向きになれるようなものを描いていきたい」と展望を語った。
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