217.服飾ギルド長の妻
ルチアとダリヤは客室で、フォルト達を待つことにした。
メイドが紅茶を勧めてくれたので、味わいつつ、温熱座卓関係の話をする。
ルチアがメイドに話をふると、『冷え性なので冬に絶対購入します!』と笑顔が返ってきた。
制作者のダリヤには、なんともうれしい言葉だ。
しばらくして、客間にノックの音が響いた。
フォルトだろうと思ったとき、ドアを開けたメイドが、小さく、あ、と声を上げた。
入って来たのは淡い金色の髪の女性だった。
白く陶器のような肌に、涼やかな空色の目が印象的だ。長い髪を後ろで結い上げ、
細身でそれほど背は高くない。
彼女はグレーシルクのドレスの裾を揺らしながら、優雅に歩み寄ってきた。
誰であるかはわからない。しかし、貴族女性であることは理解できる。
たとえ相手が部屋を間違えたのだとしても、挨拶と礼儀は必要だ。
ダリヤとルチアは即座に立ち上がる。
一瞬、自分達を確かめるような目をした後、女性はにっこりと笑った。
「はじめまして。フォルトゥナートの妻のミネルヴァ・ルイーニです。うちの夫が大変お世話になっているようですね」
聞きようによっては構えそうな言葉だが、嫉妬や疑いのこもった感じはない。
空色の目が少しだけ興味深さをたたえて、自分達を見ている。
「ご挨拶をありがとうございます。服飾魔導工房で工房長を務めさせて頂いております、ルチア・ファーノと申します。ルイーニ様には大変お世話になっております」
先に礼儀正しい挨拶を返したのはルチアだった。
ダリヤも必死にそれに続く。
「丁寧なご挨拶をありがとうございます。ロセッティ商会のダリヤ・ロセッティと申します。服飾ギルド長には大変お世話になっております」
服飾魔導工房長のルチアと、商会長のダリヤでは微妙に立場が違う。
ルチアはフォルトの直属の部下とも言えるが、ダリヤは取引関係にすぎない。
その為、フォルトの名ではなく、服飾ギルド長呼びである。確かこれでいいはずだが、礼儀作法の本を脳内検索したい思いだ。
「お二人とも、少しお話をよろしいかしら?」
「はい、もちろんです」
失礼がないか緊張していると、ミネルヴァが向かいのソファーに腰を下ろした。
「ロセッティ会長、温熱座卓の布物を、フォルトに発注して頂けて、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそよいお取引をありがたく思っております」
慣れぬ会話に緊張していると、それを見透かしたらしいミネルヴァが優しげに笑む。
そして、ダリヤからルチアに視線を移した。
「ファーノさん、服飾魔導工房のお仕事はどうですか?」
「おかげさまで発注を多く頂いております」
「忙しくて大変ではありませんか?」
「いえ、とても楽しいです!」
「あなたのような有能な方が、夫の隣にいることをうれしく思います。これからも、フォルトの力になってくださいませ」
「光栄です。お仕事に全力を尽くします!」
答えるルチアはとてもうれしそうだ。服飾師としての仕事を認めてもらえたのだ、当然だろう。
ミネルヴァもさらに笑みを深めた。
「これから先、末永くフォルトの支えになってもらえればと思っておりますの。個人的にも」
「個人的、ですか?」
「ええ。あなたにフォルトの第二夫人になって頂きたいの」
「はぅ?!」
ルチアが素っ頓狂な声を上げた。
その真横、ダリヤは無言で固まった。
自分がここにいてよいのか真面目に悩む。聞いてはいけない内容に思えて仕方がない。
新しい紅茶を準備していたメイドが、カップをソーサーにカツンと当てた音が、妙なほど大きく聞こえた。
「あ、あの! 待ってください!」
あうあうと声にならぬ音を上げていたルチアが、再起動する。
「私はフォルト様とそういった関係ではありませんので!」
「フォルトがあなたのことをとても気に入っているのは知っています。未婚のあなたに、自分の名前呼びを許しているくらいですから。フォルトは親しい者、敬意をよせる者にしか愛称を呼ばせませんもの」
自分もイヴァーノも仕事上の関係でフォルト呼びを許されているが、はたしていいのだろうか。一瞬そう思ったが、今はそれどころではない。
ルチアの援護をしたいが、この件では、なんと言っていいのかわからない。
「それは仕事上でやりとりが多いからで……」
「お気になさらないで。この夏から、屋敷に戻ってくるのは夜中すぎのことも多いのですもの……ファーノさんに婚姻条件でご希望があるのなら、できるかぎりこちらで添うつもりです」
かたり、ルチアの膝が一瞬動き、その上の手が固く握りしめられた。
言い返すのをどうにかこらえたのだとわかるのは、長い友人付き合いのせいだろう。
思わずその背に手を触れると、ルチアは、その露草色の目を伏せ、呼吸を整えた。
「……ルイーニ夫人、私は本当に、フォルト様とそういったお付き合いはしておりません。神殿契約をして、真偽確認をして頂いてもかまいません」
露草色の目が、まっすぐにミネルヴァを見返す。
その強い視線を受け止めつつ、彼女は優雅に笑む。
「そうでしたの。私の勘違いで失礼しました。フォルトはあなたにそういったことはお話していないのですか?」
「ありません。お話しするのは、お仕事と服飾関連のことがほとんどです」
「私の方で、もう一度フォルトと話してみますね。これに関わらず、どうぞ夫の力になってくださいませ」
「……もったいないお言葉です」
友人の平坦な声を聞きつつ、ダリヤは吐息をつく。
気がつけば、自分は何のフォローもできず、部屋の調度品状態になっていた。
「ロセッティ会長」
「はい」
いきなり自分に声をかけられたことに驚いたが、ミネルヴァは緊張感なく続けた。
「ロセッティ会長が、もしフォルトのことを夫候補としてお考え頂けることがありましたなら、どうぞご連絡をくださいませ。歓迎致しますわ」
「いえ、私は」
全力で否定しようとし、失礼にならないようにとの思いで声を止める。
続ける言葉がとっさに出てこない。
「もし、フォルトの――うちの一族の力が必要になったときは、どうぞお声をおかけになって。まだお若いのですもの、『この先』が確実に決まっているわけではないでしょう?」
見返す空色には、からかいも嫉妬の色もない。
ひとつの選択肢を提示する、ゆるぎない子爵夫人の
瞬間、ダリヤは理解する。
ミネルヴァと自分とは世界が違うのだ、と。
仕事で有用になりそうな女性を、自らの夫の第二夫人、第三夫人にとすること――ミネルヴァは、それが当たり前のこととして言っている。自分から声をかけるほどに割り切れている。
それがフォルト、いいや、ルイーニ子爵家の為だと、本当に思っているからだ。
この日、ダリヤは爵位を受けることに初めて怖さを感じた。
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