オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
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全員バラバラに移動して、それぞれの拠点の近くに人員の配置も終了した。レエブン候の戦力は一つの拠点ごとに二十人弱配置され、それぞれが周辺住民の避難などを行っていた。
モモンガはその準備が終わり次第、中に入り込む。
「モモンさん。本当に良いんですか?我々は周りの警戒だけで」
「はい。中を制圧したら呼びますので。というより、もう始めています」
「え?」
「どうやら地下通路があったようで。そちらにすでに召喚したモンスターを配置しています。地図はありますか?大体の位置を伝えますので、そちらも警戒していただきたい」
「わ、わかりました」
レエブン候の戦力の代表へそう伝えて、地図の一か所へ丸を書く。あらかじめ偵察として送り込んでいたジャック・ザ・リッパーとアイボール・コープスが目の前の屋敷から繋がる地下通路を見つけて、今はそこから去る者がいないか監視させている。
この通路、王都の地下に蜘蛛の巣のように張っており、ここを八本指は行き来しているのだろうとモモンガは考え、この作戦の指揮を執っているラナーへマジックアイテムを通じて知らせる。このままザナック王子やレエブン候にも伝わった。
ただ送れる人員がいないため、今はそこの監視だけに留めるよう指示された。ナザリックがあれば物量に物を言わせて捜索をさせられたが、いないのでどうにもできない。宝物庫の金貨から傭兵召還をするという手もあるが、今はする暇がないこととこの程度のことで金貨を消費するのは愚策だと思って何もせず。
「それでは乗り込みます。こちらを頼みます」
「お任せください。ご武運を」
モモンガは正面の扉から堂々と入る。そこにはたくさんの構成員がいたが、絶望のオーラⅠを用いて制圧という名の虐殺をしていった。まともな戦闘員でもない人間ではレベルⅠとはいえ耐え切れずに死んでいく。
そのまま進んでいくと、大広間に三人の人物が待ち構えていた。その内の一人は人間ではなくエルダーリッチだったが。内訳としては男女一人ずつとアンデッド一体。それを見て絶望のオーラを切る。
その中でも剃髪した筋肉質の男だけ一歩前に出てきて、話を始める。
「よく来たな、冒険者モモン。俺ら以外の六腕がお世話になったようだ」
「というと、全員六腕か」
「ああ、そうだ!たった一人で来るとは愚か者め。貴様らなら麻薬部門を目の敵にしてこの館に来るだろうと待ち伏せしていたというのに、他の二人を他の拠点へ行かせるとはな。魔法詠唱者の分際で一人で何ができる!」
「待て、ゼロ!あれは……あの方は相手にしてはいけない!手を出すべきじゃなかった!」
「
エルダーリッチがモモンガの正体に勘付いたようだったが、全く気にせずに魔法を用いて時を止めた。口上に付き合うつもりも、無駄な時間を費やすつもりもなかった。
カルネ村に手を出した時点で、行き着く先は決まっていた。陽光聖典の時のように伝令役を残す必要もなく、存在するだけで王国領のカルネ村が脅かされるなら潰さない理由がなかった。
魔法遅延化を用いた《真なる死》を二人に使い、エルダーリッチには《獄炎》を使って時間停止を解く。動き出した直後、人間二人は前のめりに倒れ、エルダーリッチは悲鳴をあげることなく業火によって焼き払われた。
特に感慨もなく進むと、それなりに着飾った女がいた。こんな場所にいる着飾った女というだけで、その人物に心当たりがある。
その人物はモモンガの姿を視界に収めると、驚愕と恐怖で顔を引き攣っていた。
「貴様が麻薬部門の長か?」
「冒険者モモン!?まさか六腕の三人を倒したというの!?」
「ああ、そうだ。答えてもらおう。何故カルネ村に手を出した?あの村は前の事件で疲弊していることがわかっていただろう」
モモンガが詰め寄ると女、ヒルマは腰を抜かせていた。失禁もしていた。彼女は戦力としての価値を正しくは理解していなかったが、六腕がアダマンタイト級の実力者ということは事実だと思っていたし、先日の三人の件は油断したこととブレインにやられたのだろうと思っていたからだ。
部下からの報告でモモン一人で来たと聞いた時は莫迦めと思ったほどだ。
それがどうだ。たった一人で六腕の三人を倒してしまい、今追い詰められている。たった一人ではどうしようもないと高をくくっていた結果がこれだ。
嘘を言ったら殺される。そう直感して正直に話す。
「疲弊していたからこそです!村は資金が必要で、我々が裏から王国を支配するには麻薬とお金が必要だったからです!きっと疲弊した村なら、食い付いてくれると思って!」
「くだらん……。欲望に駆られた金の亡者め」
無詠唱化させた《火球》で消し炭にする。
金欲しさに他人を食い物にする。それはリアルでもこの世界でも変わらなかった。だからこそ余計にモモンガは苛立っていたのだろう。その苛立ちもすぐに抑制されてしまった。だが何度も湧いてくる怒りと度重なる抑制によって気分が悪くなってきた。
「うえっぷ……。この気持ち悪いのと抑制が交互に来るのがまた気持ち悪さを促すな……。あとはあの人たちとシモベに任せよう……」
アンデッドだから吐くことはなかったが、ないはずの胃が痛いようにも感じていた。人を殺した忌避感ではなく、感情の上がり下がりが激しすぎて気分を害するとは思ってもいなかったのでモモンガも困惑する。
それでもようやく落ち着いて、後のことは丸投げした。周りの人間はさすがの冒険者でも一人では大変だったのだろうと勝手に納得していた。
どうやら地下通路こそ本命だったようで、館よりも地下の方が資料や金貨、麻薬の在庫などがたんまりと隠されていた。裏組織が所持しているとしてはおかしいほどの金貨がこの場所からだけで見つかり、その額は国庫の数分の一に匹敵しかねないとのこと。
シモベには館から続く先へ行ってもらい、どんな場所に続いているのか調査をしてもらった。案の定様々な屋敷へ繋がっているようで、王都の外へ脱出できるような道もたくさんあった。
この地下通路の調査は後日レエブン候直々に大々的に調査することになった。ただ急ぎで王城及び王宮のどこかに繋がっていないのかだけを調べてほしいとのことで、モモンガはアイボール・コープスについていって王宮に近い方角へ向かって行った。
その結果、モモンガたちは一つの離宮に辿り着くことになる。《完全不可視化》を用いて離宮を散策。置いてある物を盗んで証拠にもしようとしたが、レエブン候を呼ぶ方が早いと思い離宮の外に出て伝言で居場所を伝える。
ラナーの離宮の場所はわかっていたので、そこと王城がある位置から場所を特定してもらった。レエブン候もその離宮がどこなのか予想はできていたようなのですぐに来てくれた。
レエブン候にも《完全不可視化》を使用して地下通路への入り口へ案内して、地下へ降りてもらった。王城にも緊急時の避難通路が地下にあるようで、それとこの地下通路が繋がっていないかの確認を取りたかったようだ。
「いやはや、魔法とは何でもありですな……。それとやはり、バルブロ王子の離宮でしたか」
「何でもは語弊があります。便利、が正しいでしょう。いくら魔法といえども、馬鹿な者に叡智を授けることはできませんし、未来を見ることもできません。できることしかできませんよ」
「ふむ、それもそうですな」
「そんな愚か者だからこそ、王族という立場を忘れて犯罪組織と手を組んだりするのでしょうけど」
それから一時間ほど調査をしたが、どうやら他の離宮に続いていたり、王族用の避難通路にも通じていないことがわかった。
王族用の避難通路の存在を教えて良かったのかと尋ねたが、レエブン候は肩をすくめながらこう答える。
「モモン殿とパンドラ殿になら教えても構わないと。悪用もせず、信用できるとのことです。よほどラナー殿下に気に入られましたな。どのようなことをしたのか、後学のためにお伺いしても?」
「特別、何かしたかというと……。少し話をしてマジックアイテムを献上したくらいですね。ラキュース殿のように縁故であるわけでもなく信用していただけるのはありがたいことです」
(まあ、俺たちの力に怯えてるだけだろうけど。頭が良くてもそこら辺は普通の女の子だよなー)
モモンガはラナーが尽力してくれるのはそういう理由だと思っていた。敵対するよりも従順に交流した方がいいと思ってのことだと。モモンガたちの実力はおいそれと公表するつもりはなかったのでそこそこに言い繕っておいたが。
だが、適当に言葉を並べたためにレエブン候から疑いをかけられていると知らずに。
(たしかにマジックアイテムは貴重だが、それだけであのラナー殿下がそうも態度を軟化させるわけがなかろう!この《完全不可視化》という魔法といい、この御仁、アダマンタイト級の力を持っているのだろう。下手をしたら帝国の逸脱者と同等の力を……。それならラナー殿下が下手に出る理由も分かる。六腕はおろか、王国全軍の戦力と匹敵するのだ。まさか殿下は冒険者をやめさせて、お抱えにするべく下手に出ている?ストロノーフ殿という前例もあり、今回の革命が成功すればその可能性もさもありなん、か……)
レエブン候は今後の自分の立ち位置などを確認しつつ、情報を抜き出す。ラナーが考えているような革命が成功してしまうのだ。六大貴族という枠組みもなくなる。それほど八本指に関わっている貴族は多く、八本指が解体されるなど夢にも思わなかっただろう。
それほど八本指というのは巨大な組織であり、武力で制圧されることも繋がりが露見することもないと思われていた裏組織だ。それが今や見る影もない。
国の根の深い所に八本指は関わっていたが、それは六大貴族も同様だ。六大貴族がそれぞれの領地を治めているために広大な土地を王国として運営していられる側面がある。その税収が厳しかったり、領地ごとに問題もあるが、六大貴族というくくりがなくなるのは国運営に関わる。
だが、そんな腐った貴族は排しないと未来がないのも事実。売国奴や金儲けしか考えない愚鈍な連中。帝国との戦争も相手が継戦できずに撤退しているのだと信じている輩ばかり。このままでももちろんダメだが、今回の革命もかなりの致命傷になりかねない危険なものだ。
王国が大規模な革命をしたとなれば、帝国が見逃すとも思えない。それをどうするつもりなのか。
一つ手があるとすれば。
(やはりこの御仁を貴族に取り上げるなり、殿下の護衛として傍に置くことでしょう。そうすればあの逸脱者にも対抗でき、強力な力を持つ領主となれば反発も産まれにくい。圧制政治だが。……まあ、冒険者である限りそれは心配しなくていいだろうが)
他の拠点制圧も順調に終わり、必要としていた書類なども見つかった。財政難も今回押収した財産を用いればある程度は解決する。それだけ八本指は金貨を貯め込んでいたということだ。金があっても解決しない事態もあるが。
王国にとって革命の初日は、順調に朝日を迎える。