- 加来慶祐
- 2019年7月1日(月) 11:15
個性の異なる投打の軸
2006年に八重山商工を離島勢初の自力甲子園出場に導き、現在は大分県の日本文理大附で指揮を執る伊志嶺吉盛監督のもとで、個性の異なる投打の逸材が目前に迫った夏の開幕を待ちわびている。
――翁長佳辰(おなが・けいたつ)
沖縄県石垣市出身。178センチ、73キロのスラリとしたシルエットとは裏腹に、直球が最速147キロの快速球右腕。縦のスライダー、フォーク、カーブを操り、大分大会の前哨戦にあたる5月の県大会で4試合中3試合に登板し優勝投手に。この大会ではもともと定評のあった直球の制球力とゲームメーク能力に加え、スタミナ面での向上も存分にアピールした。
「連休中の8連投後ということもあり、肩に張りがある中でいかにコースを突いた投球ができるか。思ったより球速が落ちることもなく、体力をセーブするところ、力を入れるとことの投げ分けもしっかりできた。何試合投げても体力が落ちなかった点は大きな自信になりました」
――東門寿哉(あがりじょう・としや)
沖縄県国頭郡金武町出身。高校通算本塁打は12本だが軌道の美しいフルスイングの迫力とインパクトの強さは圧倒的で、外野手としても小学校2年時に100m走で沖縄県1位に輝いた俊足を活かして、広大な守備範囲をカバーする。広角にヒットを量産できるうえにここへ来てパンチ力もアップ。ゴールデンウイークの17連戦ではほぼ全試合に出場し、5割6分以上の高打率を残した。
「持ち味はフルスイングと守備。打撃にやや波があるものの、ここへ来て安定した成績を残せるようになりました。糸井嘉男さん(阪神)のようにどの方向にも強い打球を打てるように、また、秋山翔吾さん(埼玉西武)のような広いミートゾーンでコンタクトできる打撃をイメージしています」
監督の辛口評価は2人への期待の表れ
エースで四番の翁長と、俊足強打のトップバッター・東門。大型連休から県大会でタイトルを獲得した春季戦線でのパフォーマンスにより、注目度は大幅に増している両者だが、後に千葉ロッテ入りする祐太・翔太の大嶺兄弟や平良海馬(埼玉西武)らを八重山商工時代に育てた指揮官の評価は、ことのほか辛い。
「今更言ってもしょうがないけど、翁長は1年の秋が終わって僕らが休んでいる間に楽をしちゃったんだ。あそこが一番成長する時期。もったいなかったよね。そういうことが3月まで続いたために、翁長は体重が増えるどころか逆に減って春を迎えてしまった。それがずっと尾を引いてしまっている。僕が彼の入学時に設定した目安からは、常に一歩後退したところにいる。この5月に147キロは出たけど、僕から言わせればこんなもんじゃないわけ。常時140キロ台が出て、力を入れた時に147、8キロを叩く。それが3年夏までのプランだったんだけど。147キロは3月か遅くとも4月には計測していないといけなかった」
「東門にしても一緒。彼の良さはどの球種、コースに対してもスイング軌道が安定していること。ただ、彼はいろいろ考えすぎてその形を自分から崩してしまう癖がある。だから、好調の時期が短いんだよね。翁長と東門は入学してすぐにチームの軸を作りたかったから試合に出していたけど、とくに東門の才能と成績は突出していたからね。ただ、彼は余計なことをいろいろと考え込んでしまうタイプ。1年の時は怖い者知らずで一生懸命やっていたからよかったけど、僕ら指導者が離れていた間に彼の打撃が崩れてしまった。最大の武器であるはずのスイング軌道が、完全に崩れてしまったんですよ。
彼が2年に上がる春に言ったことがあるんです。『2年春の時点を比較すれば、お前は藤原恭大(大阪桐蔭−千葉ロッテ)にも引けを取らない選手だ』と。それぐらいの素質は間違いなく持っているんですよ」
翁長と東門が1年秋に差し掛かった頃、伊志嶺監督は「行き過ぎた指導」により6カ月間の指導禁止処分を受けている。この期間、入学早々からチームの柱として期待し、手塩にかけてきた両者に手ほどきできなかったことが、彼らふたりの成長曲線に大きな影響を与えたと伊志嶺監督は首を垂れる。