田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 印象報道はどうして生まれるのか。そして、スキャンダルはどのように作られるのか。

 新聞やワイドショーの手法を分析していると、常にこの論点を意識してしまう。最近では、「老後に2000万円不足」報道と、国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の原英史座長代理を巡る毎日新聞の報道に、この問題を考える糸口があるように思える。

 報道によって特定の印象に国民が誘導されてしまうと、事実に基づく論理的でまっとうな判断ができなくなってしまう可能性が生じる。その「悪夢」のような顛末(てんまつ)が、民主党政権誕生のときに見られた「一度はやらせてみよう」という感情論的なムーブメントであった。足掛け3年にもわたって報道されている森友学園(大阪市)や加計学園(岡山市)問題での安倍晋三首相と昭恵夫人に対する嫌疑も同様だと思う。

 民主党政権誕生の一つのきっかけは、いわゆる「消えた年金」問題で生まれた。年金関係は今でも世論で大きな関心の的だ。

 高齢化の進展に伴い、日本経済が二十数年もの間、長期停滞を経験する中で、老後の不安を抱える人たちが急増した。筆者も自分の老後が本当に安心できるものなのか、常に疑問を抱いている一人だ。

 ただし、老後のリスクに本当に対処するには、問題のありかを適切に把握する必要がある。だが、最近の「老後に2000万円不足」報道は、そういう適切な国民の理解を妨げる「偏向報道」の一種だと思っている。

 契機は、金融庁の委員会(金融審議会の市場WG)が作成した、「人生100年時代」を視野に入れた資産運用を促す報告書だった。この報告書の事例で、引退した人の家計の平均的な収入と支出を算出して、金融資産の変化を推計している。ワイドショーなどでは、この推計から好んで「年金不安」をあおっている。報告書の文章を引用しておこう。
毎日新聞東京本社の入るパレスサイドビル(ゲッティイメージズ)
毎日新聞東京本社の入るパレスサイドビル(ゲッティイメージズ)

 夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1300万円~2000万円になる。