松任谷由実さんの作品には世代を超えて愛されている名曲がたくさんあります。『「いちご白書」をもう一度』も、間違いなく、その一つでしょう。
ただ、曲の中で<就職が決(きま)って髪を切ってきた時 もう若くないさと…>という部分には少々疑問が。重箱の隅、で申し訳ないのですが、学生が伸ばし放題の髪を切るとすれば、それは<就職が決って>からではなく、就職活動を始める時ではないのかなと…。
◆同日選でなくても勝てる
閑話休題(それはともかく)-。学生が「さあ就活だ」という時、無精ひげも伸ばした髪も切り、ジーンズとTシャツではなく、スーツにネクタイを締めて、身だしなみを整えるというのは、まあ普通のことでしょう。
今週始まる参院選も、各候補者が職を得ようと奮闘するわけですから、就活の一種と言えなくもない。国政選挙である以上、政党にとっても国民の面接試験でも受けるようなもの。相応にドキドキもし、何とか誠実さを印象づけたいなどと気を配るのが自然です。
しかし、です。自民党を率いる安倍首相には、そういう気配があまり感じられません。むしろ余裕綽々(しゃくしゃく)の風。なぜでしょう。
元々、自民党には過去の経験から「亥(い)年選挙」への恐れがあったはずです。十二年に一度、統一地方選と重なるため、地方組織に選挙疲れが残り、参院選敗北につながる…。さればこそ、首相や周辺は与党有利を見込める衆院選との「同日選」を考え、そうにおわせもした。でも結局は、参院選単独で腹を固めました。政治記者たちの解説によれば、首相はこうふんだのだそうです。
改元と十連休、トランプ米大統領への大接待、さらには絶妙なタイミングの大阪G20サミット…。こうした「イベント」が醸す何となく華やいだイメージでもあれば十分だと考えたのでしょうか。
◆何をしようと、今度もまた
しかし、です。政権の内実はと言えば、普通の宰相なら、選挙での手厳しい審判を案じて青くなるような事柄が盛りだくさん。
思い付くまま挙げると、▽首相との関わりが疑われる「モリカケ疑惑」はなお疑惑のまま▽国施策も左右する省庁の統計で不適切な処理が相次ぎ露見も、なお委細不明▽地上イージス配備を巡る防衛省調査でずさんなデータミス発覚▽首相と麻生財務相の地元を結ぶ道路整備で「忖度(そんたく)した」と国交副大臣が発言、辞任▽「老後には年金以外に二千万円必要」とする報告書を「政権の姿勢に合わぬ」と財務相が受け取り拒否…。
これでも首相が自信満々でいられるのだとしたら、選挙に影響するほどの大事とはとらえていないということなのでしょう。
しかし、これもそう思っているのでしょうか。五月の訪日時にトランプ氏が、日本との貿易交渉の成果は「七月の選挙の後になる」とツイートし、「八月に大きな発表ができる」と述べた一件です。
もし、指摘されている通り、厳しい交渉結果が参院選に影響するのを恐れて、首相が選挙後への先送りをトランプ氏に頼み込んだのだとすれば、難敵の交渉相手に大きな「借り」をつくった形。「貸しは利子をつけて返せ」となるのは必定でしょう。選挙での党利のため国益を犠牲にした、とさえ受けとられかねません。
「先送り」と言うなら、五年に一度の年金財政検証の公表も、しかり。将来の支給水準の指針になるものですが、厳しい内容だから選挙前に国民に知らせたくないのでは、と勘ぐられています。従来は遅くとも六月までには公表されていたのですから。
これらは、ただの不始末とは質が違う。国民を甘く見た不誠実な計略とみなされ、怒りを買うかも-。そういう恐れを首相が抱いていないとすれば不可解です。
もし就活にたとえるなら、<無精ヒゲと髪をのばし>たままTシャツにジーンズで面接に臨み「それでも採用される」と嘯(うそぶ)いている学生といったところでしょうか。
ただ、だが、しかし、です。内閣の支持率が依然高いのはまぎれもない事実。党総裁として衆参両院選は五連勝で、首相はいつでも望む政治的果実をほぼ手に入れてきました。何をしようと、有権者は今度もまた…。そんな確信が首相にはあって、それこそが余裕綽々の根っこなのかもしれません。
◆権力をダメにする方法
でも、どうでしょう。かのルソーは『エミール』でこう言っています。<子どもを不幸にする方法は、いつでも何でも手に入れられるようにすることだ>。例えば、この先、親ならぬ政権の支持者が警句の<子ども>を政権に置き換えて考え始めることがない、とは誰にも言い切れません。
そう、首相自身が述べた通り、「風はきまぐれ」ですから。
この記事を印刷する