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福島の甲状腺検査は即刻中止すべきだ(下)

無症状の甲状腺がんを掘り起こす「検査の害」

菊池誠 大阪大学教授(物理学)

「検査の被害」をこそ真剣に考える必要がある

 最後に甲状腺検査結果を使った英語論文が次々と海外の学術誌に発表されていることについても述べておきたい。得られた知見を学術論文として公表するのは重要には違いない。しかし、この検査がなんのために行われているかを考えると、知見はまず誰よりも真っ先に受診者とその親、そして福島県民に対して説明されるべきである。

 これまでに発表された論文については福島県立医大放射線医学県民健康管理センターのウェブサイト(注17)に簡単な概要が報告されているだけであり、しかもそれも2018年1月以来更新されていない。少なくとも、英語論文公表と同時にその完全な日本語訳と一般向けの分かりやすい解説とを誰でも無料でアクセスできる場所に公開するのは、この問題で論文を書く研究者に課せられた最低限の義務であり責任であると思う。

 検査は論文のために行われているのではなく、あくまでも受診者のために行われている建前のはずである。その建前すら守らないのは研究者のモラルハザードと言うべきではないだろうか。

 というわけで、最後にもう一度まとめておこう。

 福島で行われている甲状腺検査で発見された甲状腺がんのほぼ全ては放射線被曝と関係ない自然発生のものと考えられる。それなのに予想をはるかに上回る200人ものがんが発見されてしまったのは、無症状者を高精度エコーで調べたせいであって、発生が増えたからではない。そのほぼ全ては早期に発見しても利益のないがんだったと考えられる。そのような甲状腺がんを多数見つけて手術してしまったのは、「検査の被害」と言うべきだろう。今となっては、放射線影響の有無など瑣末なことであって、「検査の被害」をこそ真剣に考える必要がある。このような検査をだらだら続けるのは倫理的に許されない。これまでに発見された甲状腺がんについては生涯にわたる補償を行政が責任を持って約束した上で、甲状腺検査そのものは即刻中止することを提言したい。


筆者

菊池誠

菊池誠(きくち・まこと) 大阪大学教授(物理学)

1958年生まれ。東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。大阪大学大学院理学研究科物理学専攻及び同大学サイバーメディアセンター教授。専門は統計力学、生物物理学、計算物理学。著書に『科学と神秘のあいだ』(筑摩書房)、共著書に『もうダマされないための「科学」講義』(光文社新書)、『いちから聞きたい放射線のほんとう  いま知っておきたい22の話』(筑摩書房)など。ギター、テルミン奏者としての音楽活動も行っている。